EP 13
赤黒き闘気と、鬼神の鉄拳
「グルワアアアアアッ!!」
3メートルを超える巨躯が咆哮を上げ、丸太のような太い腕が巨大な棍棒を大上段から振り下ろした。
風を切り裂く轟音。
「チッ!」
「きゃあああっ!」
龍魔呂とキャルルは左右に大きく飛んで回避した。
ズドォォォォンッ!!
直前まで二人が立っていた地面が爆発したように抉れ、土塊が雨のように降り注ぐ。直撃すれば、人間など一瞬で肉の染みになる絶対的な暴力。
「なんて破壊力……!」
着地したキャルルが、抉れたクレーターを見て息を呑む。
だが、龍魔呂は土煙を払いながら、口の端をニヤリと歪めた。
「喧嘩はなぁ……ドタマと図体がでけえ奴が勝つとは限らないぜ」
龍魔呂の足先が地面の石を跳ね上げ、それを左手で掴むや否や、ピッチャー顔負けの剛速球で放り投げた。
「ギャウッ!?」
石はホブゴブリン頭の巨大な眼球にクリーンヒット。
「ギャアアアアアアッ!!」と視界を潰された魔物が痛みに身悶えした瞬間、龍魔呂はその懐へと滑り込んでいた。
右手に握られた黒い筒。青白い火花を散らすスタンガンを、魔物の分厚い腹部の皮膚へ全力で押し当てる。
「おらよっ!!」
バリバリバリバリバリッ!!
「グルルルゥゥゥゥッ!!」
高圧電流が巨体を駆け巡り、ホブゴブリン頭が痙攣を起こす。
だが――魔物のボスとしての生命力と狂暴性が、電流の痛みを上回った。
怒りに我を忘れたホブゴブリン頭が、痙攣したままの腕で棍棒をデタラメに薙ぎ払う。
「ぐっ……!」
回避が間に合わない。
丸太のような棍棒の横薙ぎが龍魔呂の巨体を捉え、ガードした腕ごと彼を吹き飛ばした。
ズサァァァッ! と土を削りながら数メートル後退し、龍魔呂は膝をつく。その額から、タラリと一筋の赤い血が流れ落ちた。
「龍魔呂さんッ!!」
キャルルの悲痛な叫びが響く。彼女の瞳孔が、極限の怒りでスッと縦に細くなった。
「よくも……私の龍魔呂さんを……ッ!!」
ドンッ!! と大地が爆ぜた。
キャルルはクラウチングスタートからのトップスピードで踏み切り、目にも止まらぬ速さで宙へ舞い上がる。何もない空気を蹴り(三角飛び)、空中で軌道を鋭く変えながら、銀色に輝く『闘気』を両足に極限まで圧縮させた。
「月影流……『乱れ流星脚』ッ!!」
マッハの速度から放たれる、怒りの連続飛び蹴り。
銀色の流星がホブゴブリン頭の顎を正確にぶち抜き、ゴキィッ!と骨の軋む音が響く。
「やった!」と茂みのニャングルが叫んだ、その時。
ホブゴブリン頭の太い腕が、空中にいるキャルルの細い足をガシッと掴み取った。
脳を揺らされながらも、ボスの意地で持ちこたえたのだ。
「え……?」
「ギルルルァァァッ!!」
魔物はキャルルを逆さ吊りの状態に引き上げ、そのまま力任せに地面へと叩きつけた。
「きゃあああああっ!」
キャルルが叩きつけられたのは、なんと彼らが囮として用意していた『太陽芋』の木箱の上だった。
バシャァッ! と木箱が砕け散り、ふかしたての美しい黄金色の太陽芋が、泥と混ざって無残に潰れていく。
「キャルル!!」
龍魔呂が叫ぶ。
「キャ、キャルル村長ォォ!」
「キャルルちゃんっ!」
ニャングルとリリスも茂みから悲鳴を上げた。
キャルルは潰れた芋にまみれながら、痛みに顔をしかめて動けなくなっている。
その光景を見た龍魔呂の中で――何かが、完全にキレた。
「キャルル……俺の、ダチを」
ゴクリ、と空気が重くなる。
「俺の、シマ(村)を……」
周囲の温度が、急激に上昇し始めた。
「土が育てた……食い物を、粗末に、しやがって……!!」
額の血を拭いもせず、龍魔呂がゆっくりと立ち上がる。
その瞬間、彼の巨躯から、赤黒く、ドロドロとした陽炎のような異常なエネルギーが噴き出し始めた。
魔法でもない。神気でもない。それは、己の肉体と精神の底から発露する純度100%の生命エネルギー……獣人族が扱う『闘気』の、極めて暴力的な覚醒だった。
「龍魔呂、さん……?」
倒れたキャルルが、その異様な気配に目を見開く。
「あ、兄貴……? なんやあの禍々しいオーラは……」
「龍魔呂さん……怒ってるですぅ……すっごく、怒ってるですぅ……」
ニャングルとリリスも、その圧倒的なプレッシャーに息を呑んだ。
龍魔呂は学生服のポケットから『マルボロ赤』を一本抜き取り、口に咥えた。
そして、血に塗れた手で真鍮製のオイルライターを取り出す。
カチッ……!
赤黒いオーラが渦巻く中、澄んだ金属音が響いた。
火を点け、紫煙を深く吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
その目は、もはや人間のそれではなく、地獄の底から這い出た『鬼』の瞳だった。
「ふーっ……。これ以上、俺のシマでの悪さは許さねぇ」
龍魔呂はライターを仕舞い、両方の拳を強く握り込む。
バキバキバキッ! と骨が鳴り、赤黒い闘気が拳に高密度で収束していく。
「鬼神 龍魔呂。……タイマンを張らせて貰う」
「ガァァァァァッ!!」
本能的な恐怖を感じ取ったホブゴブリン頭が、それを振り払うかのように、渾身の力で巨大な棍棒を龍魔呂の脳天めがけて振り下ろした。
逃げ場のない一撃。
しかし、龍魔呂は避けない。
赤黒い闘気を纏った右の鉄拳を、落ちてくる棍棒に向かって真っ向から突き出したのだ。
ドゴォォォォォォォォンッ!!!
肉と木の激突とは思えない、爆発音が轟いた。
直後――数トンはある大岩すら粉砕するはずの魔物の棍棒が、龍魔呂の拳に触れた端から、まるで脆いガラスのように木っ端微塵に砕け散った。
「ヒッ……!? ギャ、ギャギャ……!?」
信じられない光景に、ホブゴブリン頭が初めて明確な「恐怖」の声を上げ、後ずさりする。
「俺流……いや!」
龍魔呂は右拳を引き絞り、大地の力を吸い上げるように足を踏み込んだ。
全身を覆っていた赤黒い闘気が、すべて右腕へと流れ込み、それはまるで顎を開いた『凶悪な龍』の形を成していく。
「鬼神流――炎魔龍撃掌ッ!!!」
踏み込みと共に放たれた正拳突き。
龍魔呂の右腕から、咆哮を上げる赤黒い地獄の龍が解き放たれた。
闘気の龍は、逃げようとしたホブゴブリン頭の巨体を完全に飲み込み、その強靭な胸の装甲と肉体を容易く食い破って、背後へと突き抜けた。
ドガガガガガガガアアアアアンンンッ!!!
森の木々をなぎ倒しながら闘気の嵐が吹き荒れ、後方へ吹き飛んだホブゴブリン頭は、白煙を上げて完全に沈黙した。
静寂が戻った畑に、ライターの「カチン」というフタを閉じる音だけが、小さく響いた。




