EP 7
月兎の洗礼と、甘い共犯者
深い森を抜けると、ふわりと視界が開けた。
青々とした畑が広がり、のどかな風が吹き抜ける。ここがルナミス、アバロン、レオンハートの三大国家が睨み合う地政学的な爆心地――『ポポロ村』だった。
「ここですわ、兄貴! ここがポポロ村ですわ」
ニャングルが自慢げに両手を広げる。
だが、龍魔呂の視線は村の風景や建物ではなく、一直線に足元の「畑」へと向かっていた。彼は無造作にしゃがみ込むと、黒土をひとつかみ手に取り、指先で丁寧にすりつぶした。
「……良い土だな。水はけも、空気の含み具合も絶妙だ。こいつは良い作物が育つ」
「分かりまっか!? 流石は兄貴でっせ!」
ニャングルが興奮気味に手を叩く。ただの腕っぷしが強いヤンキーかと思いきや、土の価値まで見抜くとは。投資家としての直感がさらに確信へと変わる。
「ニャングル〜」
のどかな空気を切り裂くように、明るく可愛らしい声が響いた。
声の主は、銀髪に兎の耳を生やした美少女。ダボッとしたパーカーにカーゴパンツという現代風のラフな格好だが、足元にはゴツい特注の『安全靴』を履いている。
「お、キャルル村長! 良い所にきおった」
「なーに? なーに? だーれ? この人達」
キャルルは兎耳をピコピコと動かしながら、興味津々といった様子で龍魔呂の巨躯を見上げた。
「こちらの龍魔呂兄貴と……えーっと、リリスとか言う女や」
「私の扱い、雑すぎません!? 一応これでも女神なんですぅ!」
抗議するピンクジャージを完全にスルーし、ニャングルはもみ手をしてキャルルに提案した。
「でな、この兄貴にポポロ村の『用心棒』なりなんなり、任せてみようかと思いましてな」
「ふぅ〜ん。用心棒?」
キャルルの雰囲気が、スッと変わった。
先程までの無邪気な村娘の顔が消え、王国の元・近衛騎士隊長候補としての、研ぎ澄まされた戦士の顔が顔を出す。
彼女の両手にいつの間にか握られていた『ダブルトンファー』が、指先でクルクルと風を切って回転し始めた。
「私より……強いのかなぁ?」
キャルルの瞳の奥に、好戦的な光が宿る。
「嫌なら、今すぐ逃げても良いんだよ?」
小首を傾げて微笑む月兎族の少女。
その挑発に対し、龍魔呂は面倒くさそうに首を鳴らし、ポケットから手を出した。
「上等だ……きな」
「いっくよ〜!」
ドッ!! と、キャルルの足元の土が爆発したように弾け飛んだ。
100メートルを5秒台で駆け抜ける月兎族の超絶スピード。瞬きする間に龍魔呂の懐に潜り込んだ彼女は、その勢いのまま大地を蹴り上げた。
「月影流……『乱れ鐘打ち』!」
空中で回転しながら放たれる、特注安全靴による連続回し蹴り。鉄芯の入った重い蹴りが、嵐のように龍魔呂の頭部や胴体を狙う。
まともに食らえば、骨ごと内臓が破裂する必殺の一撃。
「……速くて重い攻撃だ」
だが、龍魔呂の瞳は、その超音速の蹴りの軌道を完全に捉えていた。
「だが、大振りだぞ」
ガギィィィンッ!!
龍魔呂の右手に嵌められた『メリケンサック』が、安全靴の鉄芯をピンポイントで迎え撃つ。
力で止めるのではない。合気道と柔道の理合を用い、蹴りの運動エネルギーを横へと「受け流す」のだ。
「えっ!?」
自分の蹴りの威力を完全に殺され、体勢を崩されたキャルルが驚愕に目を見開く。
「じゃあ……月影流『顎砕き』!」
彼女は瞬時に体勢を立て直し、トンファーで龍魔呂のガードを崩しにかかりながら、闘気を纏わせた強烈な膝蹴りを顎へと突き上げる。
だが――
シャキッ! ガンッ!!
龍魔呂の左手から伸長した『特殊警棒』が、キャルルのトンファーの捌きを寸分の狂いもなく受け止めていた。鋼鉄と硬い木がぶつかり合い、激しい火花が散る。
「や、やだ……!」
キャルルはさらに加速した。
安全靴による連続百烈脚が、目にも止まらぬ速さで繰り出される。だが、龍魔呂は最小限のステップでそのすべてを回避し、さらに警棒の鋭いスナップでトンファーを弾き飛ばすようにパリィ(弾き)し続けた。
「…………っ!」
自分の全力の攻撃が、魔法も闘気も使わないただの「武術」と「現代の喧嘩殺法」で完全に封じ込まれる。
その未知の強さに触れた瞬間――キャルルの奥底に眠っていた『ヤンデレ気質』と『戦闘狂』のスイッチが、完全にオンになった。
「うふふふ……楽しい。楽しいっ! もっと、もっとギアをあげるね♡」
キャルルの瞳が、危険な熱を帯びてトロンと潤む。
安全靴の底に仕込まれた『雷竜石』がパチパチと紫電を放ち始めた、その時だった。
「ちょちょちょちょ! 待って! タンマ、タンマや!!」
慌てふためいたニャングルが、算盤を振り回しながら二人の間に飛び込んできた。
「そこまでや! もうええ加減にしい! 村の畑が荒れてまうやろが!」
財務担当の悲痛な叫びに、キャルルは「ちぇっ」と不満そうに唇を尖らせ、トンファーを下ろした。龍魔呂も特殊警棒をカシャッと短く収納する。
「すご〜い!」
緊張感の解けた空間に、場違いにのんきな声が響いた。
視線を向けると、畑の脇の切り株に座ったリリスが、キャルルが放り出していたハンドバックを勝手に漁っていた。
「ボリッ、ボリボリ……この飴玉、すっごく甘くて美味しいですぅ。さすが村長さん、良いもの持ってますねぇ」
「あーーっ! それ、私が後で食べようと思ってた特製の人参キャンディ!」
キャルルが兎耳をピンと逆立てて叫ぶ。
「リリスてめぇ……どこに行っても火事場泥棒の癖が抜けねぇな」
「人聞きの悪い事言わないでください! これは激戦を観戦した観客への正当な『サービス』ですぅ!」
呆れ果てる龍魔呂とニャングル。涙目で飴玉を取り返そうとするキャルルと、口いっぱいに飴を頬張って逃げ回る駄女神。
ポポロ村ののどかな空気に、かつてない強烈なノイズ(よそ者たち)が混ざり込んだ瞬間だった。
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