EP 3
敗北のち、極上ネギ味噌豚バラ弁当
「……う、ん……」
ふわりとした、甘くて香ばしい匂いが鼻腔をくすぐった。
ダイヤ・カギタはゆっくりと重い瞼を開ける。視界に映ったのは、青空と、ポポロ村ののどかな広場だった。
手足を太い麻縄でグルグル巻きに縛られ、地面に転がされていることに気づくのに、そう時間はかからなかった。
「ハッ……! しまった、私はテロリストとの戦闘中に不覚にも……!」
ダイヤは身をよじって起き上がろうとするが、お腹に力が入らず力なくへたり込む。
「目が覚めたか、襲撃者の姉ちゃん」
頭上から、ドスの効いた低い声が降ってきた。
見上げると、黒い学生服の袖を捲り上げた龍魔呂が、バレッドを咥えながら冷たい目で見下ろしていた。その横には、算盤を持った獣人のニャングルが控えている。
「くっ……! 殺しなさい、悪党ども! 誇り高き『紅蓮の戦乙女』であるこの私を捕らえたのだ、煮るなり焼くなり好きにするといいわ!」
ダイヤはキュッと目を閉じ、ドン・キホーテの如き悲劇のヒロインを演じて虚勢を張った。
「どんな拷問にも、私は決して屈しない! さぁ、やりなさい!」
「…………」
龍魔呂は無言で、持っていた『何か』をダイヤの顔の前に突き出した。
「拷問なら受けて立つわ……って、え?」
ダイヤが恐る恐る目を開けると、そこにあったのは、焼けた鉄ゴテでも拷問器具でもなかった。
丸みを帯びた、温かい『木箱の弁当箱』だった。
「…………腹、減ってんだろ。ほら、食え」
龍魔呂が、呆れたような、しかしどこか呆れの中に『農家のオッサン特有の世話焼き』を滲ませた声で言った。
「べ、弁当……?」
「手ぇ縛ってたら食えねぇな」
龍魔呂がナイフを取り出し、ダイヤを縛っていた縄をスパスパと切ってやった。
「なっ……私を解放するなんて、正気!? テロリストからの施しなんて、私が受けるわけ……」
キュルルルルルゥゥゥゥゥゥ〜〜〜〜……ッ!!
再び、ダイヤの腹の虫が広場に響き渡った。
ダイヤの顔が、クリムゾンアーマーの色すら超えるほど真っ赤に染まる。
「意地張ってねぇで食え。土いじり(農業)の邪魔をした罰として、一粒残さず食い切れよ。毒なんか入ってねぇから」
龍魔呂はそう言って、弁当箱のフタをパカッと開けた。
その瞬間。
「…………っ!!??」
ダイヤの脳髄を、暴力的なまでの『美味そうな匂い』がぶん殴った。
弁当箱の中には、ツヤツヤに光り輝くポポロ村特産の『銀シャリ(白飯)』が敷き詰められ、その上に、こんがりと焼かれた極厚の『ルナミス幻豚の豚バラ肉』が何枚も重なっている。
さらにその上には、龍魔呂特製の『焦がしネギ味噌ダレ』がたっぷりと絡められ、食欲をそそる照りを放っていた。
「じゅるり……っ」
ダイヤの口から、無意識のうちに大量のヨダレがこぼれ落ちた。
連日の『MRE(戦闘糧食)のハズレ・ベジタブルオムレツ』で味覚と精神を破壊されていた彼女にとって、このネギ味噌豚バラ弁当は、もはや神がもたらした奇跡に等しかった。
「い、いただきますっ!」
誇りも騎士道も、すべてが吹き飛んだ。
ダイヤはひったくるように弁当箱を受け取ると、備え付けの箸を使い、尋常ではない速度で肉と白飯をかき込み始めた。
「んんんっ!? ほ、ほっぺたが落ちるぅぅぅっ!!」
一口食べた瞬間、ダイヤの目から滝のように涙が溢れ出した。
「お肉が……甘い! 豚バラの脂の甘みを、焦がしネギと味噌のコクが完璧に包み込んで……! それをこの、一粒一粒が立っている白飯が全部受け止めてくれるっ!! なにこれ、天界のご飯!? MREの消しゴムオムレツと全然違うぅぅぅっ!!」
「おう、よく噛んで食えよ。喉詰まらせるぞ」
龍魔呂は、飢えた野良犬がガツガツと飯を食うのを眺めるように、バレッドの煙を吐き出しながら優しく(?)声をかけた。
「……ッ!」
その瞬間、弁当をかき込んでいたダイヤの動きがピタッと止まった。
(な、なんなの、この人は……?)
ダイヤはチラリと龍魔呂の顔を盗み見た。
目つきは悪く、言葉遣いも荒い。明らかにヤンキー(不良)のそれだ。
しかし、その大きな手で作られた弁当は信じられないほど温かく、自分に向ける視線には、戦場では絶対に向けられることのない『純粋な心配(優しさ)』が宿っていた。
「……あ、あの……」
ダイヤがモゴモゴと口を動かす。
「お代わり、あるか?」
「えっ」
龍魔呂が、ポンとダイヤの頭に軽く手を乗せた。
「お前、ちゃんと普段からまともな飯食ってねぇだろ。身体が細すぎる。農作業の基本は『食うこと』だ。……足りねぇなら、もう一つ作ってきてやるよ」
ドクンッ……!!!
ダイヤの心臓が、バズーカの着弾よりも激しく跳ね上がった。
20年間、剣の修行と賞金首を追う生活に明け暮れ、『彼氏』はおろか、男の人とまともに手を繋いだことすらない純情無垢な乙女の心に、ヤンキーの『無自覚なたらし(胃袋掌握)』がクリティカルヒットした瞬間だった。
「あ、ぅ……あ……っ」
プシューーーーーッ!!!!
突如、ダイヤの身に纏っていた『クリムゾンアーマー』の排熱ダクトから、凄まじい勢いで高熱の蒸気が噴き出した。
顔面を限界まで真っ赤に染め上げたダイヤの体温(と羞恥心)が上がりすぎたせいで、魔導装甲が異常事態を検知し、強制冷却を始めたのだ。
「うおっ!? なんだ急に煙吹き出しやがって! 爆発すんのか!?」
龍魔呂が驚いて一歩引く。
「ち、ちがっ……! ば、爆発じゃなくて……その……っ! あああっ、私、どうしちゃったの……っ!?」
顔を両手で覆い、装甲から蒸気を吹き上げながらジタバタと身悶えするダイヤ。
「テロリストを成敗するクールな戦乙女」という彼女のキャラクターは、龍魔呂の『極上ネギ味噌豚バラ弁当』と『頭ポンポン』によって完全に崩壊し、ただの「チョロすぎるポンコツ純情乙女」へと成り下がってしまった。
「……ニャングル。あの姉ちゃん、やっぱり頭のネジ飛んでんな」
「せやな。間違いなく、この村のイカれ住人の適性がありますわ」
こうして、ダイヤ・カギタの「勘違い強襲事件」は幕を閉じ、ポポロ村のイカれ住人(底辺女子)の枠に、また一人、新たな問題児が加わることとなったのである。
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