第六章 紅蓮のド貧乏戦乙女と、鉄火場の農業祭
賞金首を狩る紅蓮の戦乙女!
「うぅ……っ、ぐすっ……。なんで、なんでよりによって『ベジタブル・オムレツ』なのよぉ……」
ルナミス帝国郊外の荒野。
吹き荒れる風を避けるように張られた、ボロボロの軍用テントの中で、一人の美しい少女が涙ぐんでいた。
彼女の名前はダイヤ・カギタ。
かつて世界を救った伝説の勇者『鍵田 竜』と聖女セーラの血を引く、名門カギタ公爵領の令嬢である。
誰もが息を呑むほどの美貌と、勇者の血筋にのみ呼応する紅蓮の最高級魔導装甲『クリムゾンアーマー』を身に纏う彼女は、世間から『紅蓮の戦乙女』と呼ばれ畏怖されていた。
……しかし、その実態は。
彼女の足元には、ルナミス帝国軍から二束三文で買い叩いた、賞味期限ギリギリの『戦闘糧食(MRE型)』の空き袋が散乱していた。
「信じられないくらい不味い……。消しゴムをすり潰して泥水で煮込んだみたいな味がする……。でも、これを食べないと……次の弾薬代が……っ」
彼女の持つ『魔導重火器』は、維持費と魔石弾薬代が国家予算レベルでかかるため、彼女の財政は常に限界突破の自転車操業だった。宿代すら払えず、こうして野宿と不味いミリ飯で食いつないでいるのである。
「はぁ……どこかに、一攫千金の極悪な賞金首はいないかしら……」
ダイヤが涙目で魔法スマホのニュースフィードをスクロールした、その時だった。
画面に、先日全世界に大炎上配信された『T-チューバー・キュララのポポロ村潜入配信』の切り抜き動画が流れてきた。
『【衝撃】辺境のポポロ村はテロ組織の温床!? 地下要塞に大量の兵器と、謎の魔改造トラクター(V8)を発見! 異端審問局のゼイン執行官も返り討ちに! 三カ国はポポロ村を特A級の危険地帯に指定!』
「……なっ!?」
ダイヤの瞳が、画面に映る『懸賞金:金貨10万枚』の文字に釘付けになった。
「こ、これよ!! こんな大量の違法兵器を隠し持ち、あまつさえ正義の異端審問局をボコボコにするなんて、許されざる絶対悪!!」
ダイヤはガバッと立ち上がり、クリムゾンアーマーをガチャリと鳴らした。
脳内の『ドン・キホーテ(正義の騎士道)』が激しく燃え上がり、同時に『パリ・ロンドン放浪記(極貧のドケチ根性)』が金貨10万枚の幻覚を見てよだれを垂らす。
「私がこの悪党どもを成敗して、正義を貫く! そして懸賞金で、ふかふかのベッドと、熱々のコーンスープと……っ! いざ、出陣よ!!」
紅蓮の戦乙女は、空腹で鳴るお腹を押さえながら、ポポロ村へと猛ダッシュを開始した。
一方、その頃のポポロ村。
ゼインの業火からルナの魔法で復活した『超巨大・発光大豆』の畑の前で、龍魔呂は鍬を片手に汗を流していた。
「チッ、あのバカエルフが魔力を過剰に注ぎやがるから、大豆の茎が鉄筋みてぇに太くなりやがった。これじゃ収穫の時にトラクターのロータリーが欠けちまう」
龍魔呂は咥えていたバレッドの煙を吐き出し、見事な鍬さばきで固い土をほぐしていく。
「龍魔呂兄貴ィ! 今日も精が出まっせ! 新しい算盤も発注したし、ウチのシノギは絶好調や!」
ニャングルが揉み手をしながら近づいてきた、その時。
ヒュウゥゥゥゥンッ……!!
上空から、空気を切り裂くような鋭い飛翔音が響いた。
「んあ?」
龍魔呂が顔を上げた瞬間、彼からわずか数メートル先の地面に、凄まじい速度で『何か』が突き刺さった。
ドゴォォォォォォンッ!!!
「うおおおっ!? な、なんや爆発や!?」
ニャングルが悲鳴を上げて転がった。
もうもうと舞い上がる土煙の中。
太陽の光を反射して紅蓮に輝く『クリムゾンアーマー』を纏った少女が、片膝をついた完璧なスーパーヒーロー着地を決めていた。
「……見つけたわよ、世界を脅かす極悪非道なテロリストども!」
ダイヤ・カギタである。
彼女はバッと立ち上がり、長い髪を風になびかせながら、ドン・キホーテの如く高潔で芝居がかった声で名乗りを上げた。
「我が名はダイヤ・カギタ! 伝説の勇者リュウの血を引く、紅蓮の戦乙女! 貴様らのような法と秩序を乱す悪党は、この私が天に代わって討ち果たす!! さぁ、神聖なる決闘を……!!」
ダイヤが背中に背負った伝説の『天魔竜聖剣』に手をかけようと、凛々しくポーズを決める。
美しい美貌と、勇者の血筋、そして輝く装甲。どこからどう見ても、ファンタジー世界における『圧倒的な正義の主役』の登場シーンだった。
……しかし。
「…………」
龍魔呂は、土埃を被った自分の学生服をパンパンと払いながら、死んだ魚のような目でダイヤを見つめていた。
「おい、ニャングル。ウチの村はいつからコスプレ会場になったんだ? またあのバカ天使のリスナーか?」
「いや、あんなガチの装甲着たコスプレイヤー、見たことないでっせ……」
「なっ……!? こ、コスプレですって!?」
ダイヤの顔が、怒りで装甲と同じくらい真っ赤に染まる。
「ええい、この悪党ども! 余裕ぶっていられるのも今のうちよ! 正義の鉄槌を下してやる!!」
ダイヤは『天魔竜聖剣』の柄から手を離し――次の瞬間、腰の魔法ポーチから『魔導式マークスマンライフル(狙撃銃)』と『プラスチック爆弾(C4)』を流れるような動作で取り出した。
「くらえ! 正義の『面制圧』!!」
「……は?」
龍魔呂が目を丸くする。
外面は『高潔な騎士』。しかし、その内面にインストールされている実行プログラムは『レンジャー・ハンドブック(泥臭い特殊部隊)』。
ガガガガガガガガッ!!!
ドチュゥゥゥンッ!!
「騎士道」も「決闘」もクソもない。
ダイヤは開幕から容赦なく、アサルトライフルの弾幕をバラ撒きながら、的確な位置にプラスチック爆弾を放り投げてきたのである。
「うおっ!? てめぇ、畑のど真ん中でチャカ(銃)ぶっぱなしてんじゃねぇ!!」
龍魔呂は即座に鍬を回転させ、飛んできた弾丸を凄まじい動体視力で弾き落とした。
「ちっ、弾かれた!? ならば、これよ!!」
ダイヤはライフルを捨て、今度は『魔導式バズーカ』を肩に担ぎ上げた。
「……あの女、頭のネジ飛んでんのか?」
龍魔呂の額に、ピキリと青筋が浮かぶ。
金と正義に飢えた『紅蓮の戦乙女(物理)』と、畑を荒らされてキレる『最強の農業ヤンキー』。
ポポロ村に、またしても最悪のトラブルメーカー(ヒロイン)が爆音と共に襲来したのだった。
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