EP 4
『静寂の異端審問官』襲来。ギャグの通じない男
「アホンダラあああ! アホンダラあああ! 終わった、ポポロ村は完全に終わりやああ!!」
翌朝。村長宅の広場では、自らの頭の毛をむしりながら絶叫するニャングルの姿があった。
その足元で、正座させられているのは天使のキュララである。
「もー、ニャングルおじさんうるさ〜い。だって同接(同時接続)100万人超えたんだよ? スパチャだけでお城が建つよっ♡」
「そのお城を建てる前に、三カ国の正規軍が俺たちを更地に(物理的に)しに来るんや!!」
ニャングルが泡を吹いて倒れかけた、まさにその瞬間だった。
――キィィィィィィンッ……!!
突如として、ポポロ村の空気を劈くような高周波のノイズが鳴り響いた。
鳥たちがパニックを起こして森から飛び立ち、村の魔石灯が一斉に光を失う。
「な、なんや……!?」
空を見上げた村人たちは、絶望に息を呑んだ。
ポポロ村の上空を、太陽の光を遮るほど巨大な『漆黒の魔導飛空艇』が数隻、完全に包囲していたのだ。
飛空艇から次々と投下される、重装甲に身を包んだ兵士たち。彼らの軍服には、三カ国の国章が混ざり合った『異端審問局』のエンブレムが刻まれている。
そして、その部隊の先頭に、冷徹な足音を響かせて歩み出る一人の男がいた。
銀色の髪を撫でつけ、一切の感情を感じさせない氷のような瞳を持つ男。
『三カ国合同特務・異端審問局』執行官、ゼイン。
「世界のルール」を乱す存在を容赦無く刈り取る、法と秩序の冷酷なる代行者である。
「……違法な軍事拠点、並びに無許可の農地展開を確認。これより、ポポロ村に対する『浄化』を開始する」
ゼインの声は低く、淡々としていた。そこには一切の熱も、感情の揺らぎもない。
「ちょっとちょっと〜! いきなり何なのあの怖いおじさん!」
キュララが空気を読まずに立ち上がり、新しい魔法スマホを構えた。
「みんな〜! いきなり軍隊が来ちゃったよ! これはバズる予感! 特定班、あの銀髪のおじさんの身辺調査よろ……!」
「……不愉快なノイズだ。黙れ」
ゼインが指をパチンと鳴らした。
その瞬間。
バキィィィンッ!!!
「きゃあっ!?」
キュララの持っていた魔法スマホが、見えない力で粉々に砕け散った。
それだけではない。キュララの背中の羽が重力を増したように垂れ下がり、彼女は地面に這いつくばるように倒れ込んだ。
「な、何これ……!? 配信が……私のリスナーと繋がれないっ!」
「『広域魔力ジャミング』だ」
ゼインは冷たい目で見下ろした。
「この村の魔力通信と、下級天使の魔力回路を完全に切断した。……お前のくだらない『配信(お遊び)』は終わりだ。デジタルタトゥーなど、ただの子供の悪戯にすぎん」
「そんなぁ……」
フォロワーという名の権力を失ったキュララが、恐怖に震え上がる。
「あらあら……皆さん、とってもピリピリしていらっしゃいますわね」
そこへ、ふわりと歩み出たのは、我らが天然災害エルフのルナだった。
「こんな怖い顔をしてはダメですわ。さぁ、大自然の恵みで『ハッピー・ドリーム』を……」
ルナが世界樹の杖を振るい、いつものように幻覚催眠の触手植物を召喚しようとした。
……しかし、何も起きない。
地面から芽が出る気配すら、微塵もない。
「……え?」
ルナが不思議そうに杖を振るが、エメラルドグリーンの光は杖の先で虚しく霧散するだけだった。
「世界樹の加護を持つエルフか。……無駄だ」
ゼインは懐から、禍々しい光を放つ黒いクリスタルを取り出した。
「『対・自然魔力用・絶対封殺プリズム』。いかに世界樹の魔力であろうと、この領域内ではただの枯れ木と同義。……お前のそのふざけた『善意(魔法)』が通じる相手ばかりだと思うなよ」
「そんな……私の魔法が……」
常に余裕の笑顔を浮かべていたルナの顔から、初めて血の気が引いた。
圧倒的だったはずのルナの魔法が、一切通じない。
キュララのネットの権力も、完全に遮断された。
これが、「本物の脅威」だった。
「部隊に告ぐ。抵抗する者は即座に斬り捨てろ。地下の兵器庫は制圧。……そして」
ゼインは、冷酷な目で村の奥――龍魔呂が手塩にかけて育てていた畑の方角を見た。
「あの目障りな違法農地(畑)の作物は……すべて根絶やし(焼却)にしろ」
「――待てや」
その時。
凍りついた広場の空気を、熱く焦がすような低い声が響いた。
黒い学生服の袖を捲り上げた龍魔呂が、咥えていたバレッドを地面に吐き捨て、ゆっくりと安全靴で踏み躙った。
「……おい、銀髪。てめぇ、今俺の畑をどうするっつった?」
龍魔呂の全身から、過去最大級の赤黒い闘気が、陽炎のように立ち昇り始めていた。
ギャグは終わった。最強の農業ヤンキーの逆鱗に、致命的な火がついた瞬間だった。




