EP 2
キュルリン・ラボと、V8魔導トラクターの誕生
ガガガガガッ! ギュイイイイインッ!!
ポポロ村の地下要塞、さらにその最深部。
ドンガン帝国との密輸ルートの終点に位置する極秘工房『キュルリン・ラボ』では、今日も鼓膜を破るような激しい金属音と、青白い溶接の火花が散っていた。
「きゃるんっ♡ もう少しで、世界一キュートな『ハート型自爆ドローン・いちごみるくエディション』が完成だもんっ! ……あークソッ、そこ! 10ミリのレンチ寄こせ! ナットが緩んでんだろうがオラァッ!」
火花の中から顔を出したのは、黒と深紅のフリルがたっぷりあしらわれたゴスロリドレスに身を包んだ、小柄なドワーフの少女だった。
しかし、その足元は泥にまみれた『鉄芯入り安全靴』。コルセットの上からは鈍く光る重機用の工具がギッシリ詰まった『ガテン系の腰袋』を巻き、頭にはヘッドドレスと『溶接用魔導ゴーグル』を装着している。
彼女の名はキュルリン(100歳・女)。
ドンガン帝国の元・兵器開発局トップにして、国家予算を横領してピンク色の爆弾を作った罪で左遷されてきた、正真正銘の「天才マッドサイエンティスト(心は乙女)」である。
「アホンダラあああ! キュルリンはん! また勝手にルナはんの金塊(予算)を溶かして、使い物にならんピンク色のポンコツ兵器を作っとるんかい!」
工房の入り口から、ニャングルが算盤を振り回しながら怒鳴り込んできた。
「もー、ニャングルおじさんは乙女のロマンが分かってないもんっ! 兵器は可愛くファンシーに爆発するべきなんだもん! ほら、このピンク色のボタンを押すとね……」
「や、やめぇ! 地下要塞ごとファンシーに吹き飛ぶわ!」
ニャングルが悲鳴を上げて止めに入ろうとした、その時。
「……おい。ここがドンガン帝国から来た『腕利きのメカニック』の工房か」
ガラガラガラ……と、重い車輪の音を立てて、工房に一人の男が入ってきた。
黒い学生服の袖を捲り上げ、口にバレッドを咥えた龍魔呂である。彼の手には、完全にエンジンが焼き付き、黒煙を上げている『魔導トラクター(農業用)』が引かれていた。
「あらっ♡ いらっしゃい、龍魔呂きゅん! キュートな発明乙女、キュルリンだもんっ! どうしたの? その泥臭い鉄くず、私がピンク色のメリーゴーランドに魔改造してあげよっか?♡」
キュルリンが上目遣いでウインクを飛ばす。
だが、東京のストリートで数々の修羅場を潜り抜けてきた最強の農業ヤンキーは、そんなぶりっ子など意にも介さず、トラクターのボンネットをバンッと叩いた。
「ピンク色になんざしなくていい。……パワーが足りねぇんだよ」
龍魔呂はバレッドの煙を吐き出し、忌々しそうにトラクターを睨んだ。
「あのバカエルフ(ルナ)が『過剰施肥』を撒き散らすせいで、ウチの畑の作物は鋼鉄みたいに根が張りやがる。市販の魔導エンジンじゃ、ロータリー(耕運刃)が土に負けて、すぐにエンスト(焼き付き)しちまうんだ」
「なるほどねぇ……」
キュルリンはゴーグルを額に押し上げ、顔つきを変えた。
「乙女」の甘ったるい表情が消え、純粋な「職人」の鋭い目つきになる。
「土の抵抗に負けないトルクと、限界を突破する推進力。……龍魔呂きゅんは、ただの農機具じゃなくて、荒れ狂う大地を力でねじ伏せる『化け物』が欲しいってわけね?」
「あぁ。アクセルを吹かした瞬間、腹の底まで響くような咆哮を上げるやつがいい。てめぇの技術で、コイツを最高にイカれた『鉄馬』に仕上げられるか?」
龍魔呂の挑発的な笑みに、キュルリンのドワーフとしての魂が激しく点火した。
「……フッ。誰に口利いてると思ってんのよ、ヤンキー兄ちゃん」
キュルリンは腰袋から特大のスパナを引き抜き、肩に担いだ。
「どっこいしょぉ!! おらぁ! ニャングル、そこにあるドンガン軍の極秘物資、『軍事用・V型8気筒魔導エンジン』を持ってきな! このトラクターにぶち込んで、マッハで畑を耕せる世紀末仕様にしてやるもんっ!!」
「ひいいいっ!? アカン! それは有事の時のための最高級パーツ……!」
「ごちゃごちゃ言ってっと、お前の算盤をV8エンジンで粉砕するぞ! 早くしな!」
ヤンキーとマッドサイエンティスト。
ベクトルは違えど、「狂ったほどの出力」を愛する二人の波長が、ここで完璧に合致した。
それから数時間。
キュルリン・ラボからは、乙女チックな声とオヤジの怒号、そして凄まじい改造音が鳴り響き続けた。
「そこだ! 吸気をもっと広げろ! 魔力を過給させるんだよ!」
「言われなくても分かってるもんっ! シャフトの強度が足りねぇ! 溶接マシマシでいくぞ、おらぁっ!」
そして――。
「……完成だもんっ!」
スモークが晴れた工房の中央に、それは鎮座していた。
元の素朴な農業トラクターの面影は微塵もない。
フロントには軍事用の極太マフラーが天を突き刺すように何本も伸び、タイヤは成人の背丈ほどもあるトゲ付きの特大ブロックタイヤ。ボンネットからは、ドンガン帝国の最高機密である『V8魔導エンジン』が剥き出しになって凶悪なオーラを放っている。
後部に備え付けられた巨大なロータリー(耕運刃)は、ミスリル合金で造られた「大地をミンチにするための処刑器具」のようだった。
「さぁ、乗ってみなよ、龍魔呂きゅん」
ススだらけになった顔で、キュルリンがニヤリと笑う。
龍魔呂は運転席に飛び乗り、キーを回した。
キュルルッ……ドゴォォォォォンッ!!!
ヴロロロロロォォォォッ!!!
地下要塞全体を揺るがすような、暴力的な重低音。
マフラーから青白い魔力の炎が噴き出し、V8エンジンが狂ったように咆哮を上げた。
「……ハッ! 最高にイカれた音だ。これなら、どんなクソッタレな土だろうが、障害物だろうが、全部まとめて粉々に耕せ(轢き飛ばせ)るぜ」
龍魔呂はハンドルを握りしめ、極上の笑みを浮かべた。
狂気の天才ドワーフによって生み出された『V8魔導トラクター』。
この世紀末の農業兵器が、間もなくポポロ村に迫る「最悪の脅威」を蹂躙することになるとは、この時のニャングルには知る由もなかった。




