EP 2
多目的トイレの姫君と、労働のメロディ
ポポロ村の朝の静寂は、村長宅の玄関が開く音と共に賑やかな喧騒へと塗り替えられた。
「龍魔呂さああん、おっはよう♡」
玄関まで跳ねるように駆け寄ってきたのは、月兎族の村長・キャルルだ。彼女は龍魔呂の姿を見るなり、その逞しい腕に抱きつこうと距離を詰める。
「龍魔呂さん、お腹すいた〜……。朝ごはんの匂いがしないと、私の神力が枯渇しちゃうですぅ〜」
ソファーで死んだ魚のような目をしていた駄女神リリスも、のろのろと這い出してきた。
「おう。……さっき、道端で変なのを拾ってきたわ」
龍魔呂が面倒そうに顎で後ろを指すと、そこには薄汚れた芋ジャージの袖を必死に整え、何食わぬ顔でポーズを決めるリーザが立っていた。
「そんな!? 私はダンボールに入れられた捨て猫じゃありません事よ! 私は純金製の箱にすやすや寝ていた時に、パトロンの龍魔呂さんに熱烈に口説かれて、この村に招待されたのですわ!」
胸を張り、人魚姫らしい気品(の欠片)を演出しようとするリーザ。
「……全くの嘘だろ」
「はい! 嘘です! ごめんなさい! アイドルは偶像なので、見栄とハッタリだけで生き延びるんっす! てへっ♡」
龍魔呂の冷徹なツッコミに、リーザはコンマ一秒で土下座……もとい、可愛らしい(つもりの)ウインクで誤魔化した。
「げっ……リーザ。相変わらずね」
キャルルが嫌そうな、それでいて懐かしそうな顔でリーザを指差した。
「あんた、ルナミス帝国でアイドルやってたんじゃなかったの?」
「キャルルぅ、酷いじゃない! 貴女が黙ってポポロ村になんか行くから、シェアハウスの家賃が払えなくてマンションから追い出されたのよ!? 仕方なくルナミスデパートの警備員さんたちから隠れながら、多目的トイレで寝泊まりする羽目になったんだから!」
「多目的トイレ……? ご飯とかどうしてたのよ?」
リリスが興味津々で尋ねる。
「もちろん、デパートの試食コーナーを全制覇して食いつなぎ、夜は多目的トイレの石鹸を借りてシャワータイムよ! 完璧なサバイバル・ラグジュアリー生活だったわ!」
「お前……とんでもねぇな。ある意味、魔物よりたくましいぜ」
龍魔呂が呆れ果てて吐き捨てると、リーザは「てへ♡」と舌を出した。
「てへ、じゃねぇよ」
「つまり……。ポポロ村に寄生しに来たと」
キャルルの鋭い指摘に、リーザはこれ以上ないほど胡散臭い「ニチャア……」とした笑みを浮かべ、キャルルの肩に手を置いた。
「私達、お・と・も・だ・ち……でしょう?(圧)」
「も〜、仕方ないな〜……」
旧友のあまりの厚かましさに、キャルルも折れるしかなかった。
「はいはい、事情はよ〜く分かりましたがな」
そこへ、算盤をチャキチャキと鳴らしながらニャングルが現れた。
「しかしリーザはん。ポポロ村は『働かざる者食うべからず』。タダで居座れるほど甘くないで」
「は〜い、頑張りまぁす(棒)」
生返事でやり過ごそうとするリーザだったが、その瞬間、部屋中に響き渡るような轟音が鳴り響いた。
――グギュルルルルルルルッ!!
「やあん♡ 誰!? はしたないわよ〜、朝からお腹を鳴らすなんて!」
頬を赤らめて周囲を見渡すリーザ。
「「「お前だろ!!」」」
全員の息の合ったツッコミが炸裂した。
「……仕方ねぇ。朝飯でも作るか」
龍魔呂は台所に立つと、手際よく包丁を握った。
「今日は『ダイズラ』の納豆に、『ピラダイ』の塩焼き。人参マンドラとレ足すのサラダ、それに炊き立ての米麦草だ」
ジューッという脂の乗ったピラダイが焼ける音と、香ばしい醤油の匂いが部屋を満たす。
「「「いただきます!!」」」
「ううっ……! 美味ひいい……! 美味ひいいよぉぉ……!」
リーザは涙をボロボロと流しながら、茶碗に山盛りの米麦草を猛烈な勢いで掻き込んだ。
「多目的トイレでは味わえなかった、人の温もりと……糖質の暴力ですぅ……!」
「う〜ん♡ 龍魔呂さんの作るご飯は、やっぱり最高ね♡」
「美味しいよ〜。……龍魔呂さん、デザートは?」
「ねぇよ。朝から食い過ぎだろ」
騒がしくも温かい食卓が一段落した頃、ニャングルが静かに、そして極悪な笑みを浮かべてリーザの前に立った。
「ほな……飯を食い終わったことですし。リーザはん、ほれ♡」
ガチャン。
テーブルの上に置かれたのは、泥に汚れたヘルメットと、ズッシリと重いツルハシだった。
「ふぇ? なんですの、これ」
「いや〜、村の土木作業員(土方)が不足してましてなぁ。穴掘りやら石運びやら、丁度人手が欲しかったんや」
ニャングルは「ニチャア……」と、リーザの背筋を凍らせるような笑みを浮かべた。
「わ、私は深海の至宝! 絶世の歌姫アイドルですのよおおお! 泥にまみれて穴を掘るなんて、イメージダウンですわ!」
「おや、そうでっか。……なら、もし仕事をしてくれたら、あんさんが最高に輝ける『ポポロ村特設ステージ』を作ってあげてもええんやけどなぁ……(チラッ)」
「………………やりますわあああああ!!!」
ヘルメットを速攻で被り、ツルハシを天高く突き上げるリーザ。
(((チョロい……)))
龍魔呂、キャルル、リリス、そしてニャングルの心の声が完璧に一致した。
こうして、ポポロ村に新たな(強制)労働力として、芋ジャージの歌姫が加わることとなったのである。
「よし。食ったらさっさと現場に行け。……夕飯は、しっかり働いた奴にしか食わせねぇからな」
龍魔呂はバレッドに火を付け、満足げにツルハシを担ぐリーザを見送った。




