EP 10
課金ヒールと、背徳の海老マヨ丼
もうもうと立ち込めていた土煙が晴れ、ポポロ村の畑に再び平和な夜風が吹き抜けた。
あとに残されたのは、大地の養分と化した無数の死蟲機の残骸だけである。
「いやあ……派手にやりましたな、龍魔呂兄貴!」
茂みから這い出してきたニャングルが、額の汗を拭いながら興奮気味に声を上げた。その手には、ちゃっかり死蟲機の剥がれたレア金属の装甲パーツが握られている。
「まぁな」
龍魔呂は短く答え、肩の関節を軽く回した。
その隣では、マッハの飛び蹴りを決めたキャルルが「えっへん!」と得意げに兎耳を胸を張っている。
「はいはい、お疲れ様ですぅ。じゃあ、サクッと回復回復、っと」
リリスがピンクのジャージのポケットから『エンジェルすまーとふぉん』を取り出し、二人に向けてかざした。画面をタップして神聖魔法のアプリを起動しようとした、その時。
『ピピッ。管理者権限エラー』
無機質な電子音が鳴り、画面に警告ウィンドウがポップアップした。
「え? 管理者権限エラー? なになに……『対象の疲労・損傷レベルが規定値を超えています。強力な回復アプリの実行には、ルチアナ・アカウントのネット口座から金貨500枚(約500万円)を入金してください』……?」
リリスは一瞬だけ首を傾げたが、次の瞬間には満面の笑みで親指を動かした。
「はい! 課金ですね! 入金確定っと! ポチポチポチーッ!」
チャリリーンッ♪ という軽快な決済音と共に、天界のどこかでルチアナの悲鳴がこだましたような気がした。
直後、スマホから放たれた極上の黄金の光が龍魔呂とキャルルを包み込み、ステータスと疲労を完全に『全回復(MAX)』状態へと引き戻した。
「……お前、マジで何でもありか。天界のルチアナの悲鳴がここまで聞こえてきそうだな。……まぁ、良いか」
龍魔呂は呆れ果てながらも、軽くなった身体を動かしてため息をついた。
「えっへん! 可愛い後輩に気前よく奢れて、ルチアナ先輩は本当に幸せ者です♡」
一切の罪悪感なくドヤ顔を決めるリリス。
「さて……」
龍魔呂は、見習い女神の横領(課金)は放置し、足元に転がっている『死甲虫型』や『死蟻型』の巨大な残骸の前にしゃがみ込んだ。
特殊警棒の先端で分厚い装甲をこじ開けると、中からギッシリと詰まった白く透き通るような『肉』が顔を出した。
「……これって、喰えるな」
「な、なんやて!?」
ニャングルが素っ頓狂な声を上げて飛び退いた。
「あ、兄貴!? 気でも狂いなはったんか!? 敵のバケモンでっせ!?」
「あぁ。だが、見た目も繊維の入り方も、完全に『海老』だ。地球じゃ、虫ってのは陸の甲殻類みたいなもんで、海老やカニみたいな味がするからな。しかもこいつら、さっきまで俺たちのシマの美味ぇ作物をたらふく食ってやがったんだ。不味いわけがねぇ」
龍魔呂はニヤリと笑い、死蟲機の巨大な白身を次々と解体して引きずり出した。
「よし! 戦勝祝いだ。飛び切り旨い飯を作ってやるよ」
ポポロ村の村長宅、キッチン。
深夜だというのに、暴力的なまでの匂いが部屋中を支配していた。
龍魔呂は、丁寧に下処理をして臭みを完全に抜いた死蟲機の肉――もとい『特大の海老肉』に軽く片栗粉をまぶし、多めの油で外側をカリッと揚げ焼きにする。
そこへ、たっぷりのバターと刻んだガーリックを投入。ジュワァァァッ!と食欲を直撃する音が響く。
火が通ったところで、マヨ・ハーブから絞った特製の濃厚マヨネーズと、少量の『醤油草』の汁、そして太陽芋の甘蜜を隠し味に混ぜ合わせた特製ソースをフライパンにぶち込み、一気に全体へ絡ませた。
「ふわあああ……なんちゅう、なんて暴力的な匂いや……!」
リビングで待機していたニャングルが、鼻をヒクつかせてヨダレを垂らす。
どんぶり鉢にホカホカの『米麦草』を山盛りにし、その上に濃厚なソースが絡んだ熱々の海老肉をどっさりと乗せる。
「おらよ。死蟲肉で作った……『背徳のガリバタ海老マヨ丼』だ」
「「「いただきます!!」」」
三人はスプーンを握りしめ、どんぶりにかぶりついた。
「……美味しいよおおおおぉぉぉ♡♡」
キャルルが一口食べた瞬間、両手で頬を抑えて身悶えした。
「外はサクッとしてるのに、中の身がプリップリで弾け飛ぶ! ニンニクとバターの香りが、マヨネーズのコクと合わさって……もう、ダメになっちゃうぅぅ!」
「むほほ♡ むほほほほ♡」
リリスに至っては完全に言語能力を喪失し、不気味な笑い声を上げながら、掃除機のような吸引力で丼を空にしていく。
「おかわりや! 兄貴、何杯でもおかわりするで!!」
ニャングルも顔中をマヨネーズだらけにしながら、空の丼を突き出した。
「敵の魔物の死骸が、こんな極上のメシに化けるなんて! これ、串焼きにしてルナミス帝国軍の前線に売ったらボロ儲けでっせ!」
深夜の村長宅は、敵の残骸を胃袋に収める宴の熱気に包まれていた。
龍魔呂は自分の分の海老マヨ丼をあっさりと平らげると、一人、静かに縁側へと出た。
夜空には、アナステシア世界の二つの月が輝いている。
彼は学生服のポケットから、自らブレンドし熟成させた『バレッド』を取り出し、口に咥えた。
真鍮製のオイルライターを取り出す。
カチッ……!
澄んだ金属音が鳴り、炎が赤い弾丸の先端を焦がす。
深く吸い込み、月に向かってゆっくりと、濃密な紫煙を吐き出した。
騒がしい仲間たちの笑い声と、皿の鳴る音が背中越しに聞こえてくる。
「ふーっ……」
龍魔呂は、夜風に吹かれながら低く笑った。
ヤンキーの拳と、農家の知識で駆け上がる異世界のてっぺんへの道。
「退屈はしねぇな。……ハハハ」
吐き出された煙が、月明かりに溶けて消えていった。
第二章 3カ国試食会とバレッド・スモーク 完




