EP 8
居酒屋『鬼龍』のお忍び会と、黄色い産業廃棄物
ポポロ村の裏路地に、ひっそりと赤提灯をぶら下げた小さな店ができた。
暖簾には達筆で『居酒屋 鬼龍』と書かれている。龍魔呂が趣味と実益(と、騒がしい村長宅からの避難所)を兼ねて作った、夜限定の溜まり場だ。
その日、カウンター席には場違いな三人の男が並んで座っていた。
全員が目立たないローブや外套で変装しているが、その中身は大陸の運命を握る三カ国のトップたちである。
「あー……染みる。五臓六腑に染み渡るわい……」
アバロン魔皇国の貴公子・ルーベンスは、ローブの襟元をだらしなくはだけさせ、片手でおしぼりで顔をゴシゴシと拭いていた。手にはポポロ特産『イモッカ』の熱燗が入ったコップ。そして、テーブルの下では小刻みな貧乏ゆすり(カタカタカタカタ……)が止まらない。
「あのババア(魔王ラスティア)……また今月も防衛予算の30%を朝倉月人の限定グッズに回しやがった……。もう嫌だ、俺は魔皇国に帰りたくない……」
完全に「金曜の夜に管を巻く限界サラリーマン」と化したルーベンスの前に、龍魔呂がドンッと皿を置いた。
「ほらよ。お待ちかねの『油たっぷりの黄金チャーハン』と『獄炎焼き餃子(マイルド版)』だ」
「おおっ! これだ、俺はこれを求めていたんだ!」
ルーベンスは目を輝かせ、貴公子の品格など完全に投げ捨てて餃子に食らいつき、熱燗で流し込んだ。
隣の席では、レオンハート王国の近衛騎士団長ハガルと、ルナミス帝国の近衛騎士団長キュロスが、龍魔呂特製の『ピイカラ』をちびちびと齧りながら、それぞれ自国の酒を飲んでいた。
「ふぅ……」
龍魔呂はカウンターの中でエプロンを外し、ポケットから赤い箱――『バレッド』を取り出した。
カチッ……!
真鍮のライターで火を点け、紫煙を吐き出す。すると、三人の顔が一斉にこちらを向いた。
「……おい、龍魔呂」
キュロスが、いかにも言いにくそうに咳払いをした。
「その『バレッド』だが……我がルナミス帝国軍の物資と、大量に交換しないか?」
「ほう」
龍魔呂が煙草を咥えたまま目を細める。「何と交換する気だ?」
キュロスは少し目を泳がせながら、声を潜めた。
「我が軍の誇る魔導戦闘糧食……『MRE型』だ。栄養価は完璧で、保存も利く。これをトラック数台分、バレッドと交換でどうだ?」
ピタッ。
その言葉が出た瞬間、隣で飲んでいたハガルの黒豹の耳が限界まで逆立ち、全身の毛が逆立った。
龍魔呂はふっと鼻で笑い、バレッドの灰を落とした。
「……キュロス。てめぇ、俺を舐めてんのか? それ、完全な『ハズレ』だろ」
「なっ……! なぜお前がMREの存在を!?」
「ニャングルの情報網を甘く見んな。……聞いたぜ? 栄養価だけを追求して味をガン無視した結果、濡れたスポンジと劣化したゴムの味がする『ゲロオムレツ』ができたってな。おまけに、腹を空かせた占領地の孤児たちに善意で配ったら、『俺たちを殺す気か!』ってブチ切れられて、石を投げられたらしいじゃねぇか」
「ブッ……!!」
横で聞いていたルーベンスが、思わずイモッカを吹き出した。
「こ、孤児に石を投げられる軍用糧食!? 帝国はどんな拷問器具を開発しているんだ!」
「やめとけ、キュロス」
ハガルが本気で嫌そうな顔をして、自身の鼻を覆い隠した。
「我が国の特殊部隊(人狼族)が、風下からあのMREの『焦げた魔導回路と濡れた獣の体臭を混ぜたような臭い』を嗅いで、戦意喪失して吐いたことがある。……この素晴らしい『鬼龍』の飯が不味くなる。今すぐその話題をしまえ」
敵国の暗殺者にすら「兵器」として恐れられているMRE型。
キュロスは肩を落とし、両手で顔を覆った。帝国の誇り高き騎士の、あまりにも哀愁漂う姿だった。
「俺だって……俺だって、内務官のオルウェルに言ったのだ!!」
キュロスが半ばヤケクソ気味にジョッキを叩きつけた。
「『あんな物は兵士への冒涜だ! 軍法会議モノだぞ!』と直訴した! だが、あの効率狂いの眼鏡は『コストが10分の1に抑えられています。栄養は足ります』と一歩も引かんのだ!」
キュロスは頭を抱え、さらに愚痴をこぼし始めた。
「とにかく安くてな……倉庫に山のように量だけが余っているのだ。兵士たちは誰も食わん。最近では、最前線の兵士たちがこれを食事としてではなく、『敵の魔族の頭に投げつける投擲武器』として運用し始めている! 最早、物理的な石化クラッカーの方が魔導地雷より有用なのだぞ! どうにかしてくれ!!」
「知るかよ。てめぇの国の兵站(尻拭い)を、俺に押し付けんじゃねぇ」
龍魔呂は呆れ果ててため息をついた。
「しかしだな、龍魔呂……!」
「うるせぇ。……まぁ、バレッドが欲しいってんなら、売ってやらねぇこともねぇが」
龍魔呂はカウンターの下から、赤い箱を3カートン(30箱)ほどドンッとテーブルに置いた。
「なっ……!」
「これは……!」
三人の目の色が変わる。
「産廃(MRE)との交換はお断りだが、適正価格の金貨なら売ってやるよ。今日は特別にお忍びの『ダチ』としての飲み会だ。……市場に流す前に、少しだけ融通してやる」
「た、龍魔呂ォォ……!!」
キュロスが感極まった顔でバレッドの箱を抱きしめる。
ハガルとルーベンスも、我先にと金貨をカウンターに叩きつけ、赤い箱を懐へと素早く回収した。
「ふーっ……」
さっそくバレッドに火を点け、紫煙を吐き出して至福の表情を浮かべる三人のトップ。
会議室では絶対に見せない、ただの「疲れ切った男たち」の顔がそこにはあった。
「ったく、どこのてっぺんも苦労が絶えねぇな」
龍魔呂は笑いながら、彼らのグラスに酒を注ぎ足した。
「ほら、さっさと飲んで、さっさと食え。……明日からまた、お互いのシマで殺し合い(ビジネス)すんだろ?」
「フッ……違いない」
「貴殿の飯で、英気を養わせてもらうとしよう」
夜のポポロ村。
『居酒屋 鬼龍』のカウンターでは、三カ国の首脳と一人の農業ヤンキーが、肩を並べてグラスをぶつけ合っていた。




