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チートはいらねぇ。農高ヤンキー、拳と畑で異世界のてっぺんへ  作者: 月神世一


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EP 7

銅貨5枚の悪魔と、底辺からの侵略

夜の帳が下りた、ポポロ村周辺の国境地帯。

ルナミス帝国、アバロン魔皇国、レオンハート獣人王国の前線駐屯地が睨み合うこのピリピリとした緩衝地帯に、首から大きな木箱を下げた影が一つ、音もなく忍び寄っていた。

「まいど。夜勤、お疲れさんでんなぁ」

「ひっ!? な、なんだ貴様!」

見張りに立っていたルナミス帝国の若い歩兵が、慌てて魔導ライフルを構える。

しかし、暗闇からヌッと顔を出したのは、人畜無害な(ように見える)猫背の青年――ニャングルだった。

「まぁまぁ、そんな物騒なモン下ろしなはれ。ワテはポポロ村のしがない行商人。……お兄さん、夜通しの見張りでだいぶ『ストレス』溜まってはるみたいですなぁ」

「そ、それは……まぁ。最近は『タロ缶1型』ばかりで気も滅入るしな……」

兵士の警戒心が少し緩んだ隙を突き、ニャングルは木箱の蓋をパカッと開けた。

中には、赤い箱に詰められた龍魔呂特製の煙草――『バレッド』がぎっしりと並んでいる。

「実はな、うちの村の特産で、えらい気休めになる『魔法の葉っぱ』ができましてん。お偉いさん方にはまだ内緒の、極上の嗜好品でっせ」

「煙草か? 帝国の配給品にもあるが、どうせ田舎村の安物だろ」

「チッチッチッ」

ニャングルは算盤の珠を弾くように指を振り、赤い箱を一つ、ポンと兵士の胸元へ放り投げた。

「騙されたと思うて、一本吸うてみなはれ。……今なら初回お試し価格、一箱たったの『銅貨5枚(約500円)』でっせ!」

銅貨5枚。それは、街の食堂で安いランチが一回食える程度の、兵士の薄給でも痛くも痒くもない絶妙な価格設定だった。

行動経済学のバイブル『予想どおりに不合理』を熟読するニャングルにとって、「心理的ハードルを極限まで下げる価格」など息を吐くように弾き出せる。

兵士は訝しげに『バレッド』を一本取り出し、魔導ライターで火を点けた。

「すぅぅぅ……っ。……!?」

直後、兵士の目がカッと見開かれた。

ルナミス帝国の安っぽい配給煙草とは次元が違う。バージニア葉の豊かな甘みが肺の奥まで染み渡り、バーレーの重厚なキック感が、夜勤の疲労とストレスを脳髄から直接ぶっ飛ばしていく。さらに、太陽芋の糖蜜の残り香が、冷え切った身体を内側から温めるような錯覚すら引き起こした。

「な、なんだこれは……!? 旨い……旨すぎる! 身体の芯からリラックスできる……!」

「ヘッヘッヘ。どうでっか? 銅貨5枚の価値、ありましたやろ?」

「あ、あぁ! もう一箱……いや、三箱くれ! 夜勤明けの班の奴らにも吸わせてやる!」

兵士は慌てて懐から銀貨を取り出し、ニャングルに握らせた。

「まいどありぃ!」

その夜、ニャングルは国境地帯を神出鬼没に飛び回った。

レオンハート王国の駐屯地では、血の気の多い獣人兵士たちに「闘気オドの昂ぶりを静める極上のリラックス薬でっせ」と売り込み。

アバロン魔皇国の陣地では、魔力酔いに苦しむ魔族の術士たちに「魔力回路をクリアにする不思議な香草ですわ」と囁きながら売り歩いた。

価格はどこでも、一律で『銅貨5枚』。

底辺で身体を張る兵士たちにとって、500円の最高の娯楽は瞬く間に陣地中に蔓延した。

サケスキーやイモッカといった「酒」は勤務中に飲めないが、煙草である『バレッド』は休憩時間の合間にサッと吸える。前線の兵士たちの胃袋ならぬ「肺」を、ポポロ村の赤い弾丸が完全に制圧したのだ。

数日後。

ポポロ村の村長宅の縁側で、ニャングルは山のように積まれた銅貨と銀貨の山を前に、恍惚の表情で算盤を弾いていた。

「チャリン、チャリ〜ン……♪ たまりまへん! たまりまへんわぁ! 龍魔呂兄貴ィ! 兵士ども、完全にバレッドの虜でっせ!」

縁側に座り、自らもバレッドをふかしていた龍魔呂は、その報告を聞いてニヤリと口角を上げた。

「……まぁ、そうなるだろうな」

「偉いさん方相手の『高額な商談』も大事ですが、末端の兵隊の心を『銅貨5枚』でがっちり掴んだのがデカいですわ! これで、もし上の連中がポポロ村に攻め込もうとしても、前線の兵士たちが絶対に命令を聞きまへん! 『俺たちのバレッドの供給地を焼く気か!』って、ストライキを起こしよりますわ!」

「上の連中(幹部)から押さえるのも重要だが、シマを本当に支えてんのは、いつだって一番下で汗流してる連中だからな」

龍魔呂は煙を吐き出しながら、東京の不良界隈で培った組織論を異世界の経済に当てはめていた。

「上がどんなに偉ぶっても、下が動かなきゃ戦争(喧嘩)はできねぇ。兵隊の士気と喉を握っちまえば、この村は実質的に『不可侵領域』になる」

「まさに『底辺からの侵略』! 兄貴、あんた本物の極悪人……いや、天才や!」

ニャングルは金貨を撫で回しながら、涙を流して感動している。

「あーあ、ニャングルさんったら、完全に悪徳商人の顔になってますぅ……。まぁ、儲かってるから私のケーキ代も増えるんですけどねっ♡」

リリスは横で呑気にケーキのカタログ(神界のデパ地下通販雑誌)を眺めている。

農高ヤンキーの作り出した「赤い弾丸」は、わずか500円という価格で、三カ国の軍隊の末端を完全に絡め取った。

ポポロ村の絶対的な防衛網は、武力や魔法ではなく、強烈な「ニコチンと旨味」によって築き上げられつつあった。

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