EP 2
神のチートは要らねぇ。俺の拳でてっぺんを獲る
「てっぺん? ふふっ、大きく出たわね。嫌いじゃないわよ、そういうの」
ルチアナは、コタツの上に散らかった書類や空き缶を雑に手で払い除けると、ニヤリと口角を上げた。
「じゃあ、私が特別に『ユニークスキル』をあげる。何が良いかしら? どんな攻撃も弾く『絶対防御』? それとも、相手の装甲を紙切れみたいに引き裂く『防御力貫通魔法』なんてどう?」
剣と魔法の異世界において、女神から与えられるチートスキル。
それは、普通の転生者であれば泣いて喜ぶであろう、絶対的強者の証明である。
だが、龍魔呂は鼻で笑った。
「スキル? ……馬鹿がよぉ」
「は?」
「神にもらった力で勝って、何が『俺の喧嘩』だ。ふざけんな」
龍魔呂は学生ズボンのポケットから『マルボロ赤』を取り出し、一本咥えた。
そして、愛用の真鍮製オイルライターのフタを親指で弾く。
カチッ!
重厚な金属音がコタツ部屋に響き、オレンジ色の炎が揺れた。
煙草の先端に火を移し、龍魔呂は紫煙を深く、そしてゆっくりと天井に向かって吐き出した。
「ふーっ……てっぺんはな、誰かに『貰う』もんじゃねぇ。取りに行くもんだ。……てめぇの拳でな」
ただの高校生が放ったとは思えない、圧倒的なまでの凄みと覇気。
その言葉には、東京の裏社会で血と汗を流し、自らの拳一つで生き抜いてきた男の強烈な自負が宿っていた。
ルチアナは、目を丸くして彼を見つめた後――耐えきれないように、肩を揺らして笑い出した。
「あっはははは! いいじゃない、ますます気に入ったわ! あんたみたいな規格外、久しぶりに見た! ……じゃあ、そうねぇ。ヴァル〜! ヴァルちゃーん!」
ルチアナがだらしない声で叫ぶと、コタツ部屋のふすまがスッと開いた。
そこに立っていたのは、美しい銀髪をきっちりと結い上げ、純白の鎧を身に纏った高潔なる天使族の族長、ヴァルキュリアだった。
「……お呼びですか、ルチアナ様。また部屋をこんなに散らかして……片付ける身にもなってください」
呆れ顔でため息をつくヴァルキュリアの姿は、完全に『だらしない母親をたしなめる有能な委員長』そのものだった。
「えっとえっと、い、良いから! 部屋のことは後! ヴァルキュリア、リリスを呼んできて!」
「……はぁ。分かりました」
数分後。
ヴァルキュリアに首根っこを掴まれて引きずられてきたのは、ピンク色のジャージ(胸元に若葉マークの刺繍入り)に健康サンダルを履いた、見習い女神のリリスだった。
「あーっ! 昭和のヤンキーが居るですぅ!」
リリスは龍魔呂のリーゼント気味の髪型と短ラン姿を見て、無礼極まりない第一声を発した。
「平成生まれだ。すり潰すぞ」
龍魔呂がギロリと睨むと、リリスは「ひぃっ!」とヴァルキュリアの背後に隠れた。
「ルチアナ先輩! どうしたんですかぁ? ……もしかして、ルチアナ先輩のクレジットカードの家族カードで、銀座デパ地下の『超高級みたらしおはぎセット(一万円)』を勝手に買ったのがバレたんですか!?」
「あんだと!? あんたねぇ、私の限度額が今月あといくらだと思って……! そ、それより!」
ルチアナはワナワナと震えながらも、どうにか話題を本筋に戻した。
「リリス! 貴女は、これからこの龍魔呂の『担当女神』になりなさい! 一緒に下界に降りて、サポートするのよ!」
「えええええええええええ!? 急ですぅ! ブラックですぅ! 私、まだ見習いだから地上勤務は無理ですぅ!」
「お黙りなさい! 勝手に先輩の金で高級おはぎを買う子に言われたくないわよ! これも立派な社会勉強です!」
「うわあああああん! パワハラですぅ!」
ギャーギャーと騒ぎ立てる神々(?)の痴話喧嘩を前に、龍魔呂は苛立ちを隠さず、首の骨をゴキリと鳴らした。
「おい。勝手に話をポンポン進めてんじゃねぇぞ。俺は一人で――」
「全く! あんたも心配ね!」
ルチアナはコタツから身を乗り出し、龍魔呂に向かってビシッと指を突きつけた。
「いい!? きちんと一日三食ご飯を食べるのよ!? 途中で変な道草をしないように! 喧嘩は買ってもいいけど、怪我だけは気をつけること! 分かった!?」
「…………てめぇは俺のお袋か」
龍魔呂は呆れ果てて言葉を失った。
異世界の女神というのは、もっとこう、神秘的で威厳のあるものだと思っていたが、目の前にいるのはただの『世話好きのオバサン』である。
「じゃあな。世話好きオバサン。長居すると頭が悪くなりそうだ」
龍魔呂は咥え煙草のまま、コタツ部屋の奥にある、いかにも怪しい光を放つ『異世界への扉』に向かってスタスタと歩き出した。
その背中は、未知の世界に対する恐怖など微塵も感じていない。ただ、新しい喧嘩の匂いに胸を躍らせている狂犬のようだった。
「ほら! リリス! 早く後を追っかけなさい! 見失うわよ!」
「うわあああああん! 鬼ぃ! 悪魔ぁぁぁぁ!」
涙目で健康サンダルをペタペタと鳴らしながら、リリスは慌てて龍魔呂の大きな背中を追いかけて扉へと飛び込んだ。
「鬼は龍魔呂で、悪魔はラスティア(魔王)! 私は女神よ!」
ルチアナの的確すぎるツッコミがコタツ部屋に虚しく響き渡る中、光の扉はパズルのように弾け飛び、消滅した。
こうして、チートスキルを蹴り飛ばした農業高校最強のヤンキーと、ポンコツ見習い女神の、異世界をひっくり返す爆走伝説が幕を開けたのである。




