EP 3
土とチョコと共犯者
光のトンネルを抜け、龍魔呂の足が確かな地面を踏みしめた。
周囲を見渡せば、ビル群もアスファルトもない。鬱蒼と生い茂る巨大な木々と、土と草の濃密な匂い。どうやら、どこかの森の中に放り出されたらしい。
「ふ〜っ……」
龍魔呂は咥えていたマルボロ赤の煙をゆっくりと吐き出し、見知らぬ異世界の空へ紫煙を溶け込ませた。
そして、おもむろにヤンキー座りになると、足元の土を無造作に掬い上げた。
指先で土を揉み込み、その感触を確かめる。鼻を近づけ、匂いを嗅ぐ。
「どれ……この世界の土はどんな感じだ? ……ふむ、水はけは悪くねぇ。腐葉土もたっぷりで栄養価も高そうだ。関東ローム層より、少し粘土質か……?」
剣と魔法の異世界に降り立って最初の行動が「土壌調査」。農業高校三年生としての血が、未知の脅威への警戒よりも勝っていた。
「待ってくださああああいっ!!」
静寂の森に、ペタペタという健康サンダルの足音が響き渡った。
土の匂いとは無縁の、甘ったるい香水の匂いと共に、ピンク色のジャージ姿が草むらから転がり出てくる。
「本当に付いて来やがったのか」
龍魔呂は土を払いながら立ち上がり、呆れたように見下ろした。
「えへへ……ぜぇ、はぁ……まぁまぁ、そう言わずに!」
息を切らしながらも、リリスはジャージの胸元を張ってドヤ顔を見せた。
「私、結構役に立つんですから! 回復魔法も使えますし〜、ほら! こんな事も!」
リリスはジャージのポケットから、ゴツいハードケースに守られた『エンジェルすまーとふぉん』を取り出した。
画面をスワイプし、ぽちっ、と何かのアイコンをタップする。
すると、スマホの画面から小さな魔法陣が浮かび上がり、ポンッという軽い音と共に、金色の包み紙に包まれた高級チョコレートが手のひらに転がり出た。
「ほーら! お菓子だって、いつでもどこでも出せるんですから!」
「…………」
龍魔呂はジト目でリリスとスマホを交互に見比べた。
「それって、お前の金で出した物じゃあねぇだろ。さっきの『高級おはぎ』と同じシステムじゃねぇのか」
「ふぇ!?」
図星を突かれたリリスの肩がビクッと跳ねる。しかし、彼女はすぐに開き直った。
「ル、ルチアナ先輩の奢りですぅ! 先輩なら、可愛い後輩に奢るのが筋なんですぅ! これは神界における正当な福利厚生であって、決して無断決済(クレカ不正利用)では……!」
言い訳を並べ立てながら、リリスは素早く包み紙を剥き、チョコを一つ口の中に放り込んだ。
「ん〜っ! さすがデパ地下! 濃厚ぉ〜!」
幸せそうに頬を抑える駄女神。
「ほら! 龍魔呂さんも食べて下さいよ! すっごく美味しいですから!」
リリスはもう一つチョコを取り出し、龍魔呂に向かってポイッと投げた。
龍魔呂はそれを片手でパシッと受け取ると、警戒することなく包装を破り、口に放り込んだ。普段から角砂糖を直にかじる彼にとって、糖分は闘争心に火をつけるガソリンのようなものだ。
カカオの深い香りと、上品な甘さが口いっぱいに広がる。
「ちっ……。確かに、旨いな」
安物のチョコとは格が違う。素直に味を認めた龍魔呂に対し、リリスはジャージの袖で口元を隠し――
「でしょ〜?」
急激に、その顔から「可愛い見習い女神」の気配が消え失せた。
代わりに浮かび上がったのは、悪徳商法で獲物をハメた詐欺師のような、ねっとりとしたドス黒い笑み。
「これで、龍魔呂さんも『共犯』ですねぇ……」
「…………」
「これで龍魔呂さんも『共犯』ですねぇ(ニチャア)」
悪魔もドン引きする邪悪なニチャリ顔だった。
どうやらこの見習い女神、ルチアナの明細地獄に龍魔呂を道連れにする気らしい。
龍魔呂は無表情のまま、静かに言い放った。
「二回も言うんじゃねーよ。すり潰すぞ」
こうして、農業を愛する最強ヤンキーと、他人の金で生きる共犯女神の、異世界サバイバルが本格的にスタートした。




