EP 3
喫煙所の密談と、ヤンキーの分配論
「金貨一万枚!! 我がルナミス帝国と専属契約を結べ!」
キュロスが円卓をバンッと叩き、立ち上がった。
「それに加え、我が軍の魔導インフラをポポロ村に無償提供するなど、色々と融通する用意はある!」
「なっ……! 抜け駆けは許さんぞ、キュロス!」
ハガルが黒豹の牙を剥き出しにして対抗する。
「よ、よし! ならば俺は金貨一万二千枚だ! こっちに専属で渡せば、レオンハート獣人王国の圧倒的な武力による庇護の元、ポポロ村の絶対の安全を約束しよう!」
「お二人とも、それは3カ国の不可侵協定に違反するのでは?」
ルーベンスが優雅に、しかし目は完全に血走った状態で割って入る。
「軍事力で釣るなど野蛮な。我がアバロン魔皇国は、純粋な適正価格として金貨一万枚で専属契約を。……それに、ルーベンス個人のポケットマネーから、さらに上乗せしても構わん!」
三国のトップが、完全に理性を失ってオークション状態に陥っていた。
ピイカラと酒の魔力、そしてそれを自国で独占した際にもたらされる莫大な兵士の士気向上(と自分たちの晩酌の充実)。絶対に他国に渡すわけにはいかないのだ。
「かぁーっ! もっと、もっとや! もっと景気よく上げんかいな!」
ニャングルは算盤を天高く掲げ、瞳を金貨の形にして叫んでいる。
「ポポロ村の特産品は、早い者勝ちの独占契約でっせー!」
議論は白熱し、もはや乱闘一歩手前の様相を呈してきた。
見かねたキャルルが「はーい、一旦クールダウン! 休憩、休憩でーす!」と強制的に銅鑼を鳴らし、商談は一時休戦となった。
迎賓テントの裏手に設けられた、簡素な喫煙所。
頭を冷やすために外に出たキュロス、ハガル、ルーベンスの三人は、無言のまま自国の煙草や葉巻をふかしていた。
一歩間違えれば大陸規模の戦争になる。その重圧と、極上のつまみを逃したくないという欲望の間で、三人の顔は険しかった。
ザク、ザク。
そこへ、ゆっくりとした足音が近づいてきた。
「どうだ? 景気は」
黒い学生服のポケットに手を突っ込んだ龍魔呂だった。
彼は三人の間に無造作に割り込むと、ポケットから『マルボロ赤』の箱を取り出した。
カチッ……!
使い込まれた真鍮製のオイルライターで火を出し、紫煙を深く吸い込む。
「ふー……」
濃厚なニコチンとタールの匂いが、喫煙所に漂った。
この世界の葉巻や煙草とは違う、現代地球の、それもひときわ重くて甘い独特の匂い。
「……そのヤニは、美味しそうだな」
ルーベンスが、自身のポポロシガーから目を細めてマルボロを見つめた。
「うむ。見たことのない銘柄だが、漢の魂をくすぐる強い香りだ」
ハガルも鼻をヒクつかせ、興味深そうに同意する。キュロスに至っては、無言で龍魔呂の手元をガン見していた。
三人の視線を受け、龍魔呂は「チッ」と小さく舌打ちをした。
「……残り少ねぇんだがな。地球のダチが吸ってたヤツだからよ」
ぼやきながらも、龍魔呂は箱を振り、三本のマルボロを半分飛び出させた状態で彼らに突き出した。
「ほら。吸うか?」
三国のトップが、揃って顔を見合わせた。
そして、無言のまま一本ずつ抜き取る。魔法や闘気を操る彼らにとって、他国の者から直接物を受け取るなど普段ならあり得ない警戒事項だ。だが、この農業ヤンキーの飾らない振る舞いが、彼らの警戒心を不思議と解かせていた。
「集まれ」
龍魔呂がライターのフタを開け、火を灯す。
カチッ……。
ルナミスの騎士、レオンハートの暗殺者、アバロンの貴公子。
大陸の覇権を争う敵同士の三人が、一人のヤンキーが差し出す小さな炎に向かって、同時に頭を寄せ合った。シュボッ、と煙草の先端が赤く染まる。
「……うまいな。ガツンと来る」
ハガルがゆっくりと煙を吐き出し、感慨深げに呟いた。
「うむ。味わい深い。帝国の高級煙草とは違う、泥臭いが確かな芯のある味だ」
キュロスも目を閉じて頷く。
男たちの間に、奇妙な連帯感と静寂が流れた。
ふと、ルーベンスが煙をくゆらせながら、龍魔呂に視線を向けた。
「龍魔呂殿は、今回の専属契約の件……どう思っているのかな? ニャングル殿は独占させて利益を釣り上げる気満々のようだが、貴殿は余り乗り気では無いように見えた」
その問いに、ハガルとキュロスも視線を龍魔呂に集める。
商品を生み出した張本人の意思は、この商談の行方を左右する最大の鍵だ。
龍魔呂は煙草を指に挟み、空を見上げた。
「……ポポロ村の作物が売れるのは嬉しい。俺たちが丹精込めて作ったモンだ。当然の評価だ」
そこから、龍魔呂の声の温度が一段下がった。
「だがな。金積んだからって、一カ国の奴らだけが美味い物を『独占』するのは気に入らねぇ」
「気に入らない……?」
「あぁ。旨い物はな……誰かを出し抜いて隠れて食うより、みんなで腹いっぱい食べた方が、絶対に美味しいんだよ。俺の龍儀じゃ、食いモンで誰かがこぼれ落ちるのを見過ごすわけにはいかねぇ」
富の独占を否定し、すべての者に分け隔てなく飯を食わせる。
それは、東京のストリートで孤児院の子供たちや腹を空かせた仲間たちにメシを作ってきた、農高ヤンキー・龍魔呂の決してブレない哲学だった。
「ほぉ……」
ルーベンスの目が、驚きと感心で丸くなった。
「真理をついてくるわい。美味い物を独り占めしようとした我らが、ひどく浅ましく思えてくる」
ハガルが自嘲気味に笑い、マルボロの煙を吐き出す。
「ふむ……。力で独占するのではなく、分かち合うことで得られる豊かさか。建国者(佐藤太郎)が目指した理想のようだな」
キュロスも、兜の下で静かに感嘆の息を漏らした。
喫煙所という狭い空間で、ライターの火を分け合った男たち。
龍魔呂の何気ない、しかし芯の通った一言が、血で血を洗うオークションになりかけていた三カ国の商談の空気を、決定的に変えようとしていた。




