第二章 3カ国試食会とバレッドCigs
ポップコーンとピイカラ、三カ国首脳への挑戦状
ポポロ村の村長宅。
その一室を急遽改装して作られた「会議室」には、かつてないほど場違いで、どこか間の抜けた空気が漂っていた。
「さて……今日の議題ですがね……」
ニャングルは長椅子に深く腰掛け、細長い煙管をふかした。
ゆっくりと吐き出される紫煙。彼の鋭い三白眼は、これから始まる大商いへの野心でギラギラと光り、裏社会の大物めいたシリアスな雰囲気を醸し出そうとしている。
しかし、そんな彼の渾身の空気作りを、隣の席の二人が完全にぶち壊していた。
「それで、それで?」
「楽しみですぅ。ズズズーッ……」
銀髪の兎耳を揺らす村長キャルルと、ピンクジャージの見習い女神リリス。
二人は並んでソファーに深く腰掛け、大きなバケツサイズのポップコーンを抱え、ストローで氷の入ったコーラを啜っていた。(当然、リリスが『エンジェルすまーとふぉん』を使い、ルチアナのクレジットカード決済で神界から召喚した代物だ)。
「……ここは映画館か!?」
たまらずニャングルが煙管を机に叩きつけてツッコミを入れる。
「ちゃうねん! ちゃうねん! 真面目な商売の会議中やぞ! なんやそのポップコーンと黒い炭酸水は! ワテのありがたい話は娯楽映画とちゃいまっせ!」
「だってぇ、ニャングルさんがもったいぶって煙管なんか吹かすから、つい……ねぇ、キャルルちゃん?」
「うん。なんかスクリーンが降りてきそうな雰囲気だったから」
カリッ、とポップコーンをかじりながら悪びれもしない二人。
「……それで、本題は」
騒ぎをよそに、窓際で壁に寄りかかっていた龍魔呂が、低く重い声で促した。
彼は学生服のポケットから角砂糖を一つ取り出し、無造作にボリッと噛み砕く。190cmの巨躯から放たれる圧倒的な静のオーラに、ニャングルは慌ててコホンと咳払いをして姿勢を正した。
「へ、へい、兄貴。今日はですね……ポポロ村が誇る二大銘酒、太陽芋の『イモッカ』と米麦草の『サケスキー』。そして、兄貴のアイデアで仕込んだピラダイの干物スナック……略して『ピイカラ』の試食・試飲会を、この村で開催しますんや!」
「ほう」
龍魔呂の目が微かに細められる。
「ピイカラ……獰猛なピラダイの身を、辛味、甘辛、塩辛の三種類の味付けで極限まで旨味を引き出した最強の酒のつまみでっせ。これを、ルナミス帝国、アバロン魔皇国、レオンハート獣人王国……この3カ国から使者たちをポポロ村に一挙に呼んで、振る舞う手はずを整えましたんや」
ニャングルの言葉に、ポップコーンを頬張っていたキャルルがピタッと手を止めた。
「3カ国の使者を……同時に? この緩衝地帯のポポロ村に?」
元・レオンハート王国近衛騎士隊長候補としての鋭い政治的感覚が、それがどれほど危険な火薬庫であるかを告げていた。
ルナミス帝国の魔導技術、アバロン魔皇国の圧倒的魔力、レオンハートの獣人の武力。互いに覇権を争う三大勢力が一堂に会せば、ほんの些細な諍いが血で血を洗う外交問題、最悪の場合は戦争の引き金になりかねない。
だが、ニャングルは不敵に笑って算盤をバンッと叩いた。
「そうでっせ。ただの田舎村の特産品発表会やない。これはポポロ村が3カ国の『胃袋と財布』を同時に掌握するための、バチバチの経済戦争の火蓋でっさかいな! なので……今日はビシッと決めますさかいな。よろしゅうおまっ!」
危険な橋を渡ってでも、莫大な利益をもぎ取る。
ゴルド商会に身を置くニャングルの、商人としての底知れぬ胆力だった。
「……面白ぇじゃねぇか」
龍魔呂は真鍮製のオイルライターを取り出し、親指でフタを弾いた。
カチッ……!
澄んだ金属音が会議室に響き、オレンジ色の炎がマルボロ赤の先端を焦がす。
「どこの国のてっぺん張ってる奴らだろうが関係ねぇ。俺たちのシマ(村)で作った最高の食い物と酒だ。……奴らの舌と胃袋、残らずひれ伏させてやろうぜ」
紫煙と共に吐き出された農業ヤンキーの絶対的な自信。
ポップコーンの甘い香りと煙草の匂いが入り混じるポポロ村の会議室で、世界を揺るがす「最強の試食会」の幕が切って落とされた。




