リュウの気持ち
勢力を強めた寒気が、暖冬という言葉をどこかに吹き飛ばし、ここ数日でめっきり冬らしくなってきていた。
クリスマスイブの朝、男はスコップを片手にある場所を目指していた。
西城幼稚園――ユキ達3人が通っていた幼稚園だ。その日はちょうど振り替え休日で、園の中には誰もいなかった。柵をまたいで中に入った男は、木枯らしに吹かれて寂しそうな桜の木に近づくと、その根元を掘っていく。悲しい音を立てるスコップの叫びを聞きながら、男は考え事をしていた。
――僕はずっとユキが好きだった。何度告白しようと思ったかわからない。
でもユキの楽しそうな顔を見ると、それを壊したくないって気持ちになって、
自分だけのモノにしようなんて考えは邪なんじゃないかって思ってた。
だから3人で一緒にいる時も、ずっとその関係を壊さないように、
必死で自分の気持ちを抑えてきた。彼女の笑顔を守るために――。
掘り進んでいく。ふいに男が手を止めた。
「良かった。まだあったんだ……」
地面から出てきたガチャガチャのプラスチックボール。それを拾い上げると、男は神社へ向かった。
クリスマスイブの神社。見回しても人はまばらだった。閑散として冷え切った空気を、境内へ向かう男の足音が切り裂いていく。
賽銭箱の前で立ち止まった男は、鈴を鳴らし、手を合わせた。誰にも聞こえないぐらい小さな声で何かをつぶやくと、続いて売場の方へと足を向けた。巫女から絵馬を買い、願い事を書き込む。
何をやってるんだろう僕は。いつだって遅すぎる――。
男はそう思いながら絵馬を掛け、ぶら下がる幾多の願い事の前でひとりじっ、と佇んでいた。
―――――――――――――――
夕方になると雪が降り積もってきていた。ひび割れそうな寒さの中、エンジの家のインターホンが鳴る。
「誰だよー、こんな大事な時に」
ユキとの約束の準備に追われていたエンジは、ぶつぶつ言いながら扉を開けた。そこにいたのはリュウだった。
「おっ、リュウじゃん。どうした?」
「今日は誰もいないの?」
静かな家の様子を見てリュウが訊ねた。
「クリスマスコンサートの準備で教会に行ってるからね」
「ああ、そうだったね」
エンジの父は牧師をしている。それを思い出したリュウは納得の言葉を発したものの、心は別のところにいっていた。
なかなか要領を得ないその様子に、苛立ちを隠せないエンジは、ちょっとぶっきらぼうに切り出した。
「なんか用か?俺、ちょっと急ぐんだけど」
リュウは、ポケットから何かを取り出した。
「メリークリスマス。君にプレゼントを持ってきたんだ」
エンジは手渡された物をまじまじと見つめた。
「これは……」
エンジはハッとしてリュウの顔を見た。
リュウからのプレゼント。それはおもちゃの指輪だった。
『この指輪をくれた人と結婚するー!』
記憶の断片が頭の中で一つになっていく。幼稚園の頃、ユキがそう言って桜の木の下に埋めたあの指輪だ。
「それ、いつか役に立つかと思ってさ」
「知って……たのか?」
「うん。ユキから聞いたよ」
沈黙の後、エンジが言った。
「ちょっと上がってくか?」
自分の部屋にリュウを通すと、エンジは手をついて謝った。
「すまん!ぬけがけして悪かった!」
「いいよ。僕は大丈夫」
リュウはただ笑った。
「でも、お前もユキの事……」
エンジはそこで言葉を止め、取り繕うように言葉を並べ始めた。
「俺さ、二人と一緒にいれなくなるって思ったら辛くなってさ。ユキと高校が一緒になるお前が羨ましくって、それで焦っちまったんだ」
単なる言い訳。しかし今のエンジにできるのはそれだけだった。目を細め、落ち着いて聞いていたリュウが改めて息を吸い込む。
「いいよ。ユキを……幸せにしてあげて欲しい」
その言葉にはどこまでも深い思いがこもっていた。
「分かった。いつかこれを渡す日が来るまで、大切にしまっとく」
エンジはおもちゃの指輪を棚の上にゆっくりと置いた。ふいに時計を見たリュウが言う。
「そろそろ時間じゃない?」
エンジは我に返り、慌てて準備を始めた。
エンジの家の前。自転車にまたがったエンジをリュウが見送る。
「じゃあ、ホントにありがとうな」
握手を求めたエンジ。
「うん。ユキを泣かせたら、許さないからね」
しっかりと握り返すリュウ。
エンジは迷い無くペダルを踏み込んだ。動き出した自転車の車輪が、降り積もる雪に一本の道を作り出していった。
遠ざかるエンジの背中を見るリュウに、現実がただ重く圧し掛かってくる。ユキの元へ急ぐその後ろ姿は自分のものでは無いのだ。
親友を気持ちよく送り出してあげたかった。しかしもうひとりの自分が問いかけてくる。
『本当はこんな事したいんじゃないだろう? 後悔してるくせに』
エンジが待ち合わせ場所に辿り着かなければ――。
そんな気持ちが一瞬だけよぎった。
「くそっ、やっぱり辛いな……」
空を見上げる。
頬を伝うものは、積もろうとする雪を拒むかのように溶かしていく。
もう、決めたはずだ。これで良かったじゃないか――。
自分に言い聞かせた。
今からどうする? 何のアテも無い。
ただ気持ちが治まるまで立ち尽くしていればいいだろう――?
しかし意志とは関係無く脚が動き出す。
どうするつもりだ? なにがしたいんだ――?
自分自身も分からない。ただその脚はゆっくりと駅の方へと向かっていた。ユキに思いを馳せる。
ユキ……僕の気持ち、届いてるかな――?
『ユキが幸せになりますように……』
神社ではリュウの書いた絵馬が、風に吹かれて寂しそうに揺れていた。




