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それぞれの進路

 まだ蝉が騒がしくがなり散らしている夏休みのある日。

 うつぼ公園――大きな池のある、学校にほど近いその場所は、今日も家族連れで賑わっていた。

 芝生の上、シートを敷いて場所を確保した私達は、周りの人に紛れて思い思いに過ごしていた。


 エンジは少し離れたところで子供達とサッカーボールで戯れている。初めて会った子供達ともすっかり意気投合しているのは、精神年齢がピッタリなんだろうな。

 リュウは分厚い本を片手に、さっきからずっと芥川龍之介のような難しい顔をしている。

 私はそんな二人を微笑ましく思いながら、手作りのお弁当を広げていた。

 暖かな陽だまりは、耳に入ってきた喧騒を忘れさせてくれるの。周りの空気は緩み、時間は間延びしていく……そんなのどかな空気の中、急にエンジが叫んだ。

「あ、あぶねぇ!」

 ふと顔を上げるとサッカーボールがこちらに向かって飛んできていた。

「きゃあ!」

 私はとっさに目をつむった。

 衝撃に備えて身構えてみたものの、しばらくしても静かなまま……

 あれ? 何も無い――?

 恐る恐る目を開けてみると、ボールは横から伸びた手に遮られ、私の前で静止していた。

 あっけにとられた私が目をぱちくりさせながら、助けてくれた腕の主を視線で辿っていくと、優しく微笑むリュウの顔があった。

「ユキ、大丈夫?」 

「あ、うん。ありがとう」

 私はボーっとしたまま色の無い声を出した。

「何やってんだよお前?」

 遠くから聞こえる声で我に返り、ふと視線を移すとエンジの前で子供が怒られてしゅんとしていた。あの子がボールを蹴ったんだろう。

 リュウが二人のところへ向かう。私も慌てて駆け寄った。

 エンジの前に割って入ったリュウが、少年にボールを渡した。

「はい。気を付けるんだよ?」

 そう言うと優しく頭を撫でている。私も続けて声をかける。

「大丈夫だから気にしないでね♪」 

 その子は顔を上げ、申し訳無さそうに言った。

「うん、ごめんねお姉ちゃん」

 私はなんだか可哀想に思えて、おもむろに隣にいるエンジにチョップをした。

「あんた大人気なさ過ぎ!」

「えー? 心配したんじゃん。なんだよー」不満げな声が返ってきた。

「あんた、ただでさえ図体でかいんだから怒ったら恐いでしょ?」

 拳を揚げてけん制すると、エンジは小さくなって頭を抱えた。

「ごめんって、俺が悪かった!」

「わかったならよろしい」

 私はそう言った後、男の子の方にむき直した。

「このお兄ちゃん、反省してるみたいだから許してやってね」

 やりとりが可笑しかったのか、男の子はちょっと笑顔を浮かべ、もう一度頭を下げて走り去っていった。

 その子が待っている他の子供達の元に帰ったのを見届けて、私はエンジの方を向いた。

「ごめんねエンジ。心配してくれてありがと」

 ちょっと照れくさかったので、顔を真っ直ぐ見る事はできなかった。

「え? うん、ああ」 

 エンジもなんだか決まり悪く答える。

「よし、じゃあ戻ろうか!」

 リュウがフォローしてくれた。彼のタイミングはいつも的確なのだ。


 シートに戻った私達は、気を取り直して三人でお弁当を並べた。さぁ、お昼ご飯だ! 

 食べ方で性格がわかるって言うけど、それはきっと正しいと思う。リュウは少しずつしか口に入れない。物静かにしっかりと味わっていて、食べ物を大切にしているのがわかる。一方エンジは気持ちがいいほどがっついてくれる。作った方としてはこれはこれで嬉しい。エンジが喉を詰まらせないようにタイミングを見てお茶を渡す。これがいつもの私たちの食事風景なの。


 しばらくの間、無言で食事を食べていると、タコさんウィンナーをほおばっていたエンジが突然言った。

「あのさ、お前達はどこの学校に行くつもり?」

 リュウは口の中の物を飲み込んだ後、答えた。 

「僕は成星高校。父さんは医者になりたければ私立に入れってうるさいけど、できれば公立がいいな」

 選ぶ余地はいくらでもあるといった様子。校区で一番の公立高校でさえ不満だなんて、優秀な一族の息子は違うよね。私は余裕の無い自分との差を痛感しながら言った。

「私もできれば成星高校かなぁ……リュウと違って成績ギリギリだからわかんないけど」 

「んー、そうなんだ。俺は頭良く無いからサッカー推薦しか無いんだよな」

 エンジはそう言うと、ちょっと寂しそうな表情を浮かべた。

「エンジは英語があるじゃん。お父さんイギリス人なんだから」

 私の言葉にリュウも頷いている。しかしエンジは不満を露わにした。

「あー、ハーフだからってそう思うのははっきり言って偏見だぞ。それに俺、受験英語って苦手なんだよね。なんでそこにtoしか入らないんだよ? ってさ」

「あはは、確かにエンジ英語ペラペラだけどテストはいつも満点って訳じゃないもんね」

 私がノリで賛同するとちょっとムッとしたエンジ。そこでリュウがさりげなくフォローをしてくれた。

「でもエンジ、サッカー推薦では選びたい放題じゃない」


 中1の時から背も高かったエンジは、外見も相まってかなり目立つ存在だった。サッカー部に入り、初めての公式試合でド派手にハットトリックを決めて以来、その注目は校内に止まらず、有名高校からも偵察が来るようになっていた。引退試合の後も推薦入学のオファーをあちこちから受けていたので、進路についてはある意味一番安泰だと言えた。


 私は『受験しなくていい』という事を羨ましく思いながら、ウサギの形をしたリンゴをほおばるエンジを見た。ふと目が合う。するとエンジは何を思ったのか急に顔を曇らせ、ばたん、と後ろに倒れ込んだ。

「はぁ……どちらにしても俺は二人と一緒の学校には行けないんだよなー」

 その言葉を聞いた私は初めて、3人の関係がいつまでも続くものじゃないという事に気が付いた。

 三人でいるのが当たり前過ぎて、今まで深く考えた事はなかった。でも、人間にはそれぞれの道があり、私は看護士。エンジはサッカー選手。リュウはお医者さんを目指している。それぞれの進路を歩んでいく事になるんだから、当然いつかは離ればなれになってしまうんだ。


 私が物思いにふけっていると、リュウが寝転んでいるエンジに話しかけた。

「もし、何かあったらユキは僕に任せといてよ」

「何か、は無ぇよ」

 エンジが苦笑いで応えた。

 そんなやりとりを見て、なんだか嬉しさと悲しさが同時に込み上げてきた私は、二人にそれを悟られないようにばたん、と後ろに倒れ込む。そして

「いい天気……だねぇ」とごまかしながら言った。

 合わせるようにリュウも一緒になって寝ころび、私達は三人で川の字になった。

 青空に流れる雲をしばらく眺めていた私は、こんな事を思った。


 私達は一体どこに流れていくんだろう――?

 


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