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わたくし、犬がほしいの!

彰子がまだ幼かったときのこと……


「おとうさま!本当に何でもよろしいの?」

「ああ、今日はお前の誕生日だ。お父様がなんでも買ってあげるよ」

 彰子の父は、家庭的とは言えない男だったが、娘の記念日などには気まぐれに買い物などに連れ出すことがあった。

「彰子、犬がほしいわ!ありきたりの犬ではない、あかるい色をした毛と目の洋犬が欲しい!お友達に自慢できるもの!」

「そうか、きちんと躾をするならいいよ」

「ありがとうございます、おとうさま!」

 照葉家には番犬や猟犬が複数いたが、娘が喜ぶならと照葉伯爵は了承した。正確には、とりあえず欲しがるものを与えておいて今日を楽しく終わらせればよく、犬を飼育するのにあたってのあれこれや娘の情操教育は自分の仕事ではないと考えていた。


 正面玄関に回された車に親子が乗り込もうとした時、突然植え込みから飛び出してくるものがいた。

「きゃあっ!」

「旦那様、お嬢様、お下がりくださいませ!」

 もんどりうって転げ出たのは、みすぼらしい姿をした男のようだ。そのまま彼を追いかけてきた下男たちに抑え込まれる。男の頭を覆っていた襤褸切れがずり落ち、顔があらわになった。

「あら、あの男のかおを見せて?」

「お止め下さい、危のうございます」

 主人たちを庇い前に立っていた家令を押しのけて、彰子は男の前に膝をつく。

 よくよく見ると彼は長身にしては幼く、年のころは14,5と推測された。泥と埃に汚れた様からは美醜までは判別できないが、彫りの深い顔立ちをしている。そして何より……

「お前、変わった髪の色をしているのね?それに目の色もおかしいわ」

「こいつは多分、西洋人と娼婦との子です。浮浪児でしょう。お嬢様のお目汚しに……」

 ぐったりと抑え込まれていた少年は無表情だったが、下男たちの蔑みの目に唇を噛み、涙を一滴こぼした。

 目から零れた透明な滴が、汚れを巻き込みながら頬を滑り落ちていくのを令嬢はしげしげと眺めていたが、突然思いついたように父親を振り向いた。

「わたくし、犬じゃなくてこの子が欲しいわ!」

「お嬢様、それは」

「ねえおとうさま、おねがい!」

 照葉伯爵は手を振って、下男たちに少年を助け起こすよう示した。

「私の可愛い娘のわがままだ。叶えてやりたいが。

きみは娘によく仕えられるかね」

 少年は自分の腰までもない幼い彰子を見つめていたが、伯爵の言葉にためらいながら頷いた。

「……決まりだ。彼の身なりを整えてやりなさい。

 彰子、お願いを聞いてあげたのだから、お母様と吉田の言うことをよく聞くように」

「はい、ありがとうございます!」


これが、彰子令嬢と、後に彼女の犬と呼ばれる使用人との出会いだった。





 このシーンを見るたびに思う。100%嘘、大嘘じゃねーーーか!と。

 その頃、『燃え落ちる薔薇』の著者たる書生はいなかったし、根も葉もない噂話と想像で書いたんだろう。

 実情は全く違う。

 父が前世の私の誕生日、酔いによって浮浪児を拾ってきたというのが事の真相である。母は潔癖の気があったのでヒステリーを起こし、父が「薔子は洋犬が欲しいと言っていた。犬はすぐ死ぬから人のがいいと思った」と意味の分からない言い訳をした。私は二人の喧嘩に恐れをなし、「まあ、お父様ありがとう、ちゃんと面倒を見ます」と言ってしまった。そんな成り行きで浮浪児は高嶺家で生活することになり、私の使用人になった。

 どこをどう廻ったらあんな話になるんだろう。まあ、私の素行を考えたらしょうがないことかもしれないけど。

 彼のことを散々こき使ったし。だけど彼だって、なんだかんだで私のことを散々コケにしていたし、最後には屋敷に火をつけて焼き殺したのだから、トントンだと思いたい。これで貸し借りなし、すっきり前世のことは忘れて、今生で出会ってもお互い知らないふりで新しい人生楽しみましょう……


「お嬢様、登校の時間です」

 そう、強く訴えかけたい。特に彼に。

 私は憂鬱な気持ちで振り返った。のびやかな肢体に麗しい顔立ち、栗色の髪にヘーゼルの瞳。

前世の使用人そっくりの容姿を持つ少年がいた。もっとも、彼は私と同じ年齢だけど。

「またそんな、低俗極まりないテレビ番組を見ていたんですか?朝からこんなものをご覧になるから、

気分も鬱々として、お友達もできないのでは?」

それは関係ないでしょうが!!!

 そう、彼もいささか辛口すぎる人だった。似てる……あまりにも似ているけれど、前世なんてきっと関係ない。生まれ変わりなんて嘘。転生なんて嘘。寝ぼけた私が間違えてるだけ……と思うには似すぎている。


 彼は、父の部下の息子。名前は櫻井レオン。幼くして亡くしたイギリス人の母と、日本人の父を持つ。父子家庭で育ち、父親が政情の安定しない国に単身赴任になったため、五年前から家で預かることとなった。同い年の娘(つまり私)がいるため寂しくはないだろうという配慮だったのだが、親の力関係をそのまま持ち込み、過剰に敬意を持って私に接してくる。そう、まるで使用人のように。だけど私は距離を置きたい……

 だって怖すぎるだろ!

 まさかとは思うけど、もしも彼に前世の記憶とやらがあった場合……私は年上の男をさんざっぱら顎でこき使った挙句、焼き殺そうとまで恨み募らせた相手なのだ。彼が父親の立場を気にして私を持ち上げているなら別にいい。二世に渡って怨念を持ちこしているとしたら……気になる、でも聞けない。もしもうっかり尋ねた場合、


CASE1.

「ねえ、前世であなたって私の犬だった?」

         ↓

「いえ、違います(うわ中二病キモッ!)」

         ↓

       社会的な死!

CASE2.

「ねえ、前世であなたって私の犬だった?」

         ↓

「そうです私こそが前世のあなたを前世で殺したのです」

         ↓

       肉体的な死!


……藪を突いて蛇を出すことに他ならない。

こうして私は今日も悶々としながら暮らしていくのである。

 憂鬱そうな顔をした私を気にしたのか、レオンが余計な気遣いを見せた。

「大丈夫ですよ、お友達がいなくても僕がいるじゃありませんか。

 気にすることはないです。もしも授業で女子だけ二人組、三人組を作ることになっても、

 僕が手を回しておきますから、なにも心配することはありません」

「やめて」

逆に悲しくなるだろ!



 前世では取り巻きを引き連れて学校を練り歩いていた私だが、今生ではボッチ道を貫いている(レオンを除いて)

理由は前世、私の死後に周りが手のひらを反して、あることないこと噂したからだ。すべての原因が自分にあるとしても、さすがにそれは傷ついた。今思えば鼻持ちならない女だったけど、私は私なりに友情を築いたつもりだったから、根も葉もない誹謗中傷をネタにして楽しんでいることにへこみ、人間不信になった。

 今生でも私は総備グループの一人娘、一応ご令嬢である。おハイソな子供たちがセレブなコミュニティを作ろうと話しかけてきた時期もあった。しかし拒否反応による精神的ひきこもりフィールドが発動した結果、極度にそっけない対応になり、結果として遠巻きにされるようになった。放課後も一人で読書に勤しむ毎日だ(レオンは向こうがしゃべっているだけなので除外)。

 そんな私に積極的に話しかけてくる子なんて、よっぽどの物好きか、ある種のバカしかいない。

「今日もレオ様を一人占めにするなんて、ずうずうしいにもほどがあるのよ!」

 この場合は後者である。

 仁王立ちになり、私を睨みつけるのは、二つに結った髪をキレイに巻いた少女(とその仲間たち)。雨にも負けず風にも負けず鏝をあてられたきっちり縦巻きヘアーのインパクトにすっかり本名を忘れ、仮にドリル巻子、略してドリ子と呼んでいる。

 レオ様という発言から察せられるように、彼女たちは、私の恐怖の根源たる櫻井レオンにお熱な連中。たしかに顔よし頭よし育ちよし運動神経よし、スペックをみればまさにパーフェクト王子様だ。

 その王子様が、親の威光をかさにきた友達ゼロのコミュ障女にかかりきりでお世話をさせられている。魔女(私)の呪いにかけられた王子様(レオン)、それを救い出すジャンヌ・ダルクのような私(ドリ子)!まっててレオ様!今愛の翼、広げる!

 使命感たっぷり、熱に浮かされた目で、ドリ子は私を睨みつけた。

「よくもまあ、恥ずかしげもなくレオ様の優しさにつけこめるわね、この泥棒猫!」

 よくもまあ、恥ずかしげもなくそんなコッテコテのセリフを吐けるものねと言いたい。きっと彼女か彼女の母親が熱心な昼ドラ視聴者なんだろう。私?私は自省のために見ているのです。

 それにしても泥棒猫って、まるでかつて櫻井レオンの所有権が彼女にあり、不当に私が奪い去ったとでもいうのか。彼女の妄想の中でどんなドラマが繰り広げられているのか、知りたいようで知りたくない。

 お仲間もドリ子に負けじと私を罵ってくる。

「ちょっと顔がいいからって何よ!人間中身だし!」

「みんな言ってるよ、総備さんのこと高慢ちきだって!」

「レオ様はあなたに迷惑してるのよ!」

 人間中身だってお前の性格はなんだと、小一時間ほど説教したい。こんなに目立たないようろくに口も利かずにボッチでいるんだからそっとしておいてほしい。別に私が「面倒見ろ」って言っているわけではないのに理不尽極まりない。言い返したい……けど、喧嘩を買って夢の穏便ライフを今ここでブチこわすわけには行けない。私は読んでいた『人間関係万事解決ビジネスマナー~これであなたもリア充~』をひねくりかえして、解決の糸口を探そうとした。自分では対応できないクレームを言われた場合は……

「何とか言いなさいよ!」

「あっ!」

 振り上げたドリ子の小指関節が本の角に激突、これは痛い。まるで自分が被害者の様に私を睨むドリ子。先に手を上げたのはそっちじゃん……とは言ってはいけない。とりあえずここは引いておこう。

「あぁ、ごめんなさい。痛かった?」

 まずは冷静に謝罪する。

「あなたたちの言い分は伝えておくわ。それではごきげんよう」

 『レオ様』と彼女たちの関係は私に言われても何ともできないので、上司に伝えるがごとくレオンに言っておくことにする。かしこまりました、申し伝えておきます。失礼いたします……は堅苦しすぎだろうと思い、適当に砕けた言い方をした後、私は鞄をもってさっさと立ち去った。叫び声が追いかけてくる。

「レオ様はあなたの犬じゃないのよ!」

知ってるよ。




もしも前世に戻れたらこう言うだろう。

私の!欲しいのは!犬!!!

前世 玲苑れおん ドラマ 玲雄れお 今生 櫻井 レオン

犬じゃないのです

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