第6話 枯れた大樹と森の同盟
ドワーフとの協力によって、竜骨谷の拠点は急速に拡大していた。
簡素な住居が建ち並び、鍛冶場からは金属を打ち鳴らす音が響く。
荒れ果てていた谷が、少しずつ人の暮らす場所へと変わり始めていた。
そんな中だった。
アルスは、谷の隣に広がる「迷いの森」から、妙な感覚を覚えた。
――悲鳴。
耳で聞こえたわけではない。
大地そのものが、苦しんでいる。
地脈が大きく乱れている。
「……何だ、これ?」
アルスは足を止めた。
森の奥から、断続的に伝わってくる地脈の乱れ。
まるで何かが、助けを求めているようだった。
「放っておけないな……」
そう呟くと、アルスは迷いの森へ足を踏み入れた。
森の中は薄暗かった。
木々が密集し、昼間だというのに太陽の光はほとんど届かない。
奥へ進むほど、空気が重くなっていく。
「……この辺りか」
地脈の乱れを追って進んだ先で、突然視界が開けた。
そこにあったのは――巨大な樹だった。
周囲の木々とは、明らかに違う。
太く巨大な幹。
空へ伸びる無数の枝。
しかし、その姿は痛々しかった。
葉はほとんど落ち、樹皮には無数のひびが入っている。
今にも枯れ果てようとしていた。
――霊樹。
その巨大な霊樹を囲むように、エルフたちが集まっていた。
長い耳。
森を思わせる装束。
手には弓や杖。
彼らは霊樹を囲み、静かに祈りを捧げていた。
だが。
アルスの姿を見つけた瞬間、空気が一変した。
「人間か……!」
一人のエルフが叫んだ。
弓が一斉に引き絞られる。
「我らの聖域に入り込むな!」
「待て!」
張り詰めた空気を裂くように、別の声が響いた。
エルフたちの間から、一人の老人が前へ出てくる。
集落の長老だった。
「武器を下ろせ」
「しかし、長老!」
「よい」
長老はアルスをじっと見つめた。
「何者だ?」
アルスは両手を上げ、敵意がないことを示した。
「僕はアルスです」
「何をしに来た?」
「争いに来たんじゃありません」
アルスは霊樹へ視線を向けた。
「……大樹を助けに来ました」
エルフたちがざわめいた。
「霊樹様を……?」
「人間に何ができるというのだ」
長老が手を上げ、エルフたちを制する。
「なぜ、霊樹を助けられると思う?」
「森の奥から、地脈の乱れを感じたんです」
アルスはゆっくりと霊樹へ歩み寄った。
「それに……」
幹へ手を伸ばす。
「この樹が、助けを求めている気がします」
「待て!」
エルフの戦士が叫ぶ。
だが、長老はそれを止めた。
「よい。見届けよう」
アルスは霊樹の幹に、そっと手を触れた。
――瞬間。
「……!」
頭の中へ、大量の情報が流れ込んできた。
地中へ伸びる根。
その周囲を流れる水。
大地を巡る魔力。
そして――途絶えている地脈。
「分かった」
アルスは目を開いた。
「地中の水脈が途絶えています」
エルフたちが息を呑む。
「それだけじゃない」
アルスは眉を寄せた。
「根の一部に、邪気が溜まっている」
「邪気……?」
長老が聞き返す。
「はい。このままでは、霊樹そのものが枯れてしまいます」
長老は霊樹を見上げた。
「……我らにも、それは分かっていた」
その声には、深い悲しみが滲んでいた。
「何年も祈り続けた。だが、霊樹の衰えは止まらなかった」
「だったら――」
アルスは霊樹の根元に手を置いた。
「僕が直します」
「何だと?」
エルフたちがどよめく。
アルスは目を閉じた。
大地の奥。
途絶えた地脈。
その流れを感じ取る。
「……ここだ」
一本。
また一本。
断ち切られていた地脈を、アルスの力がつないでいく。
「【地脈操作】――」
アルスの周囲に、淡い緑色の光が集まり始めた。
「巡れ――大地の息吹!」
次の瞬間。
大地から眩い緑の光が溢れ出した。
地面が震える。
途絶えていた地脈が、一本の流れとなってつながっていく。
清浄な魔力が大地を駆け抜け――
霊樹へと流れ込んだ。
枯れかけていた枝が震える。
そして。
枝の先から、小さな緑の芽が顔を出した。
「……!」
エルフたちが息を呑む。
芽は瞬く間に葉へと変わり、枯れていた枝を覆っていく。
さらに。
輝く花々が次々と咲き始めた。
枯れ果てようとしていた霊樹が、再び生命を取り戻していく。
「おお……」
「霊樹様が……!」
「奇跡だ……!」
エルフたちは感涙し、次々とアルスへ深く頭を下げた。
長老もまた、静かに頭を下げる。
「……ありがとう」
震える声だった。
「我らは、霊樹を救うことができなかった」
長老は顔を上げ、アルスを見る。
「それを……人間であるお前が」
「僕は、ただ直しただけです」
アルスは少し照れたように答えた。
「それに、まだ終わっていません」
「何?」
「地脈は戻りました。でも、邪気が完全に消えたわけじゃない」
アルスは霊樹の根元へ視線を向けた。
「原因を取り除かない限り、また同じことが起こるかもしれません」
長老の表情が変わった。
「……原因を探るというのか?」
「はい」
アルスは頷いた。
「壊れたものを直すなら、壊れた原因も見つけないと」
その言葉に、長老はしばらく黙っていた。
やがて、穏やかに微笑む。
「なるほど……」
そして、エルフたちを振り返った。
「我らは今日より、この者を敵とは見なさぬ」
長老の言葉に、エルフたちが顔を上げる。
「我らの森を救った者に、弓を向ける理由はない」
一人。
また一人。
エルフたちは弓を下ろしていった。
長老は続ける。
「ドワーフたちが竜骨谷で新たな地を築いていると聞いている」
「はい」
「ならば――我らも協力しよう」
アルスは目を見開いた。
「エルフとドワーフが?」
「長きにわたり、我らは互いに反目してきた」
長老は苦笑した。
「だが、森を救った者が両者を結びつけるというのなら……」
長老はアルスへ手を差し出した。
「我らエルフも、竜骨谷の開拓に力を貸そう」
アルスはその手を握った。
「ありがとうございます」
こうして。
竜骨谷に、新たな仲間が加わった。
鍛冶と鉱山に長けたドワーフ。
森と霊樹に通じたエルフ。
本来ならば、決して交わることのなかった二つの種族。
その両者が、アルスを中心として手を取り合おうとしていた。
しかし――
アルスはまだ知らない。
この小さな同盟が。
やがて、この世界の勢力図を大きく変えることになるとは。




