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最弱スキルな貧乏貴族の六男の俺、隠しスキル【地脈操作】で成り上がる〜辺境の死の谷を開拓でスローライフをめざすことにしました〜  作者: 森羅万象


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第4話 再会と領地の惨状

「……ここが、竜骨谷……?」


男は深く被ったフードの隙間から、谷の奥を覗き込んだ。


冷たい風が吹き抜ける。


以前なら、ここへ足を踏み入れるだけで死を覚悟しただろう。


だが――


「…………」


男は言葉を失った。


目の前に広がっていたのは、記憶にある竜骨谷とはまるで違う光景だった。


青々とした畑。


規則正しく張り巡らされた水路。


その向こうには、整然と並ぶ石造りの建物。


さらに奥では、人々が忙しそうに行き交っている。


子供の笑い声まで聞こえる。


「……あり得ない」


男は呆然と呟いた。


ここは――


死の谷。


竜骨谷だ。


強力な魔物が棲みつき、毒の気が漂う場所。


草木すら育たない不毛の地。


それが今では。


「……まるで、別の場所じゃないか」


そのとき。


畑の向こうから、一人の少年がこちらへ歩いてきた。


土で汚れた服。


手には農具。


以前より少し日に焼けた顔。


けれど――


その顔を見間違えるはずがなかった。


「…………アルス?」


少年が顔を上げる。


「……え?」


その声を聞いた瞬間。


男の胸が大きく震えた。


「アルス……!」


フードを外す。


そこに現れた顔を見て――


少年の目が大きく見開かれた。


「……レイモンド兄さん!」


「アルス……!」


二人は駆け寄った。


レイモンドはアルスの肩を掴み、その身体を何度も確かめる。


「生きていた……」


「兄さん……?」


「本当に……生きていたんだな……!」


レイモンドの声が震える。


そして。


次の瞬間には、アルスを強く抱きしめていた。


「よかった……本当に……」


「兄さん、苦しいよ……」


「すまない……」


レイモンドは慌てて腕を緩めた。


けれど、その目には涙が浮かんでいた。


「……お前が竜骨谷へ送られたと聞いてから、ずっと心配していた」


「僕は大丈夫だよ」


アルスは笑った。


「見て」


両手を広げる。


「ちゃんと生きてる」


「……そうだな」


レイモンドは涙を拭った。


そして、改めて周囲を見渡す。


「でも……これは一体、どういうことなんだ?」


アルスは少しだけ困った顔をした。


「えっと……」


「畑もある」


「うん」


「水路まである」


「うん」


「家まで建っている」


「うん」


レイモンドの視線が、畑から石造りの建物へ移る。


「……竜骨谷に?」


「うん」


「誰が?」


アルスは頭を掻いた。


「僕が」


「…………」


レイモンドが固まった。




「……なるほど」


少し時間が経って。


二人はアルスの家で向かい合っていた。


粗末ではある。


けれど、暖かい。


中央には小さな鍋が置かれ、湯気が立ち上っている。


「どうぞ」


アルスが器にスープを注ぐ。


「野菜と干し肉だけだけど」


「いや……十分だ」


レイモンドは匙を手に取った。


一口。


「…………」


思わず目を見開く。


「美味い」


「本当?」


「ああ」


もう一口。


温かいスープが身体に染み込んでいく。


レイモンドはしばらく黙って食べていた。


そして、器を置く。


「……アルス」


「なに?」


「お前に聞きたいことがある」


「うん」


レイモンドの表情が真剣になる。


「一体、何をした?」


アルスは少し迷った。


この力のことを誰かに話したことはない。


流民たちにも詳しくは話していない。


自分でも、まだ分かっていないことが多い。


けれど――


目の前にいるのは。


自分を最後まで心配してくれた兄だった。


「……僕にも、よく分からないんだ」


アルスはゆっくり話し始めた。


竜骨谷へ来て。


魔物に襲われたこと。


そのとき、突然見えるようになったもの。


地面の中を流れる光。


土や岩の構造。


魔力の流れ。


そして――


「【万物解明・地脈操作】?」


レイモンドが聞き返す。


「うん」


「それが……お前の力なのか?」


「たぶん」


アルスは頷いた。


「土魔法だと思っていたんだけど、ちょっと違うみたい」


レイモンドは黙っている。


アルスは手を伸ばした。


床に触れる。


「こうすると、地面の中が分かるんだ」


「……地面の中が?」


「うん。どこに水があるかとか、岩の種類とか。土の中に何が入っているかも」


レイモンドの顔から、少しずつ驚きが消えていく。


代わりに――


笑みが浮かんだ。


「……そうか」


「兄さん?」


「そうだったのか」


レイモンドの目から、涙が一筋こぼれた。


「お前は……無能なんかじゃなかった」


「…………」


「誰にも分からなかっただけなんだ」


レイモンドは笑った。


涙を拭いながら。


「むしろ――」


一度、言葉を止める。


「世界を動かすほどの力を持っていたんだな」


アルスは何も答えなかった。


そんな大げさなものだとは、まだ思えない。


自分はただ。


生きるために土を動かしただけだ。


畑を作り。


水を引き。


家を作った。


ただ、それだけ。


けれど。


レイモンドは違った。


その力の意味を理解し始めていた。


「……アルス」


「うん」


「その力のことは、誰にも話すな」


「え?」


「今のヴァルハイト家に知られれば――お前は利用される」


レイモンドの声が低くなる。


「いや……利用されるだけならまだいい」


「…………」


「お前を再び家に連れ戻そうとするかもしれない」


アルスは黙った。


確かに。


自分が必要だと分かったら。


あの父が、簡単に放っておくとは思えない。


「だから、この力は秘密にしよう」


「……分かった」


アルスは頷いた。


そして。


「兄さんは?」


そう尋ねた。


レイモンドの表情が変わる。


「……本家の話をしなければならないな」




レイモンドは、持ってきた鞄から数冊の書類を取り出した。


「アルスがいなくなってから、本家の状況は悪化している」


「……どうして?」


「まず、今年の収穫量が大幅に落ちた」


アルスは眉をひそめた。


「収穫が?」


「そうだ」


レイモンドは書類を広げる。


「去年までなら何とか維持できていた。しかし今年は凶作だ」


「雨が少なかったの?」


「それもある」


レイモンドは首を振った。


「だが、それだけじゃない」


指先で数字を示す。


「農地が荒れている。水路も老朽化している。管理する人間も足りない」


「…………」


「それなのに、バルド兄さんとジュリアス兄さんは、減った税収を補うために税を上げた」


アルスの表情が曇る。


「税を?」


「ああ」


レイモンドは苦々しく続けた。


「収穫が減ったのに、納める税だけは増えた」


「それじゃ……」


「当然、領民は耐えられない」


レイモンドは拳を握った。


「逃げる者が増えた」


アルスは、竜骨谷へやってきた流民たちを思い出した。


「……だから」


「ああ」


レイモンドは頷く。


「お前がここで出会った人たちも、その一部だろう」


アルスは黙り込んだ。


自分が捨てられた直後。


本家の領地では、人々が同じように追い詰められていた。


そして――


「父上は?」


アルスが尋ねた。


レイモンドの顔が曇る。


「……病に伏せている」


「え……」


「以前から身体を悪くしていたが、最近になって急激に悪化した」


「…………」


「政務にもほとんど顔を出さなくなった」


レイモンドは深く息を吐いた。


「今の本家は、まともに機能していない」


静かな声だった。


「バルド兄さんとジュリアス兄さんが、それぞれ自分の派閥を作っている」


「派閥……?」


「領地をどうするかより、自分がどれだけ権力を握れるか。そればかり考えている」


レイモンドは書類を畳んだ。


「このままでは、ヴァルハイト家そのものが崩れる」


部屋の中が静まり返った。


アルスはしばらく黙っていた。


そして。


「……兄さんは、どうするの?」


レイモンドは顔を上げた。


その目には、強い意志が宿っていた。


「僕が立て直す」


「…………」


「父上が倒れているなら、僕がやるしかない」


レイモンドは拳を握る。


「このまま領民を苦しませ続けるわけにはいかない」


「でも……」


アルスは心配そうに兄を見る。


「兄さん一人で大丈夫なの?」


「正直に言えば――分からない」


レイモンドは苦笑した。


「僕だって、そんなに強い人間じゃない」


そして。


「でも、何もしなければ何も変わらない」


その言葉に。


アルスは小さく笑った。


「……兄さんらしいね」


「そうか?」


「うん」


アルスは立ち上がった。


「僕にできることなら、何でも手伝うよ」


レイモンドが目を見開く。


「アルス……」


「ここには食べ物もあるし、水もある」


アルスは窓の外を見る。


「少しずつだけど、村もできてきた」


そして。


「兄さんが本家を立て直すなら、僕もできることをする」


レイモンドはしばらくアルスを見つめていた。


やがて。


「……ありがとう」


右手を差し出した。


アルスも、その手を握る。


小さな手と。


少し大きな手。


「約束しよう」


レイモンドが言った。


「僕たちは、決して焦らない」


「うん」


「そして、今は互いのことを秘密にする」


「分かった」


「いつか――」


レイモンドが強く手を握る。


「この不当な扱いを覆そう」


アルスも頷いた。


「うん」


二人は固く握手を交わした。


その日。


竜骨谷の小さな家で。


ひとつの約束が交わされた。


まだ誰も知らない。


死の谷で生きる少年と。


崩れゆく辺境伯家の三男。


この二人が再び手を取り合うことが――


やがて、ヴァルハイト家の運命そのものを変えることになるとは。




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