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第56話 同じ夢、違う道

リューゲン本人がいるとも知らず、コンラードは盛大な失言をやらかしてしまった。


そして今――。


リューゲンの手が、作業台に置かれていた一本の剣を掴んだ。


「リューゲン殿!」


アルフォンスはすぐさま頭を下げる。


「私の配下が、大変な無礼を働きました。非礼をお詫びします」


「殿下!?」


カイルは思わず声を上げる。


まさか、王弟であるアルフォンスまで頭を下げるとは思っていなかった。


「どうか命だけは……お許しいただきたい」


その声は、僅かに強張っていた。


レオナルドも事態を察し、すぐにアルフォンスへ倣った。


「いや、アルフォンス――」


何のことか分からず、リューゲンがきょとんとする。


だが、それを言葉にするより早く、アルフォンスが声を荒らげた。


「コンラード!」


「はい!!」


カイルの足から手を離したコンラードが、慌ててリューゲンへ向き直った。


「も、申し訳ございませんでした!」


その隣では、バルドとレオナルドまで一緒になって頭を下げる。


リューゲンは剣を手にしたまま、四人を怪訝そうに眺めていた。


一方、カイルはその剣を見て――ようやく気付く。


「……もしかして」


次の瞬間。


「ぶふっ! はははっ!」


堪えきれず、カイルが吹き出した。


その笑い声に、リューゲンの視線がカイルへ向く。


「何がおかしい?」


「いや、だって……リューゲン卿が剣なんて持つからですよ」


笑いを堪えながら、カイルは四人へ目を向けた。


「コンラード様が斬られると思われてます」


「何を馬鹿なことを」


リューゲンは呆れたように鼻を鳴らす。


「そろそろ場所を移すかと思って、剣を持っただけだ」


「「「「……へ?」」」」


揃って気の抜けた声が漏れる。


リューゲンは呆れたように、大きくため息をついた。


「この程度のことでいちいち腹を立てておったら、わしは今頃何人斬っているか分からん」


「いや、それはそれで怖いんですけど……」


カイルがぼそりと漏らすと、リューゲンはその頭を軽く小突いた。


「うるさい坊主だ。ほら、さっさと茶のある場所へ案内しろ。喉が渇いた」


「はいはい」


そう返しながら、カイルの視線は作業台へ向いていた。


そこには、先ほどジークとリューゲンが裏から見つけてきた素材が置かれている。


「やっぱり、俺これ見てますんで。いってらっしゃい」


「何を言っておる」


リューゲンが呆れたように振り返る。


「お前も一緒に来るに決まっておるだろう」


「え、俺も?」


「当たり前だ。話はまだ終わっておらん」


「いや、でもこれ気になるんですけど」


「後で見ろ」


「えぇ……」


「ほら、行くぞ」


「はーい」


名残惜しそうに素材を振り返りながら、カイルも後を追った。


そんな二人のやり取りに、先ほどまで張り詰めていた空気もようやく緩んでいく。


結局、作業台に残された素材は後回しとなり、一行は工房を出た。


廊下を進む間もリューゲンはカイルへ何かと話しかけ、そのたびに軽口が返ってくる。


先ほどまで斬る斬らないと騒いでいたのが嘘のような気安さだった。


やがて一行は、城内の応接室へと場所を移した。


◇ ◇ ◇


リューゲンとジークが並んでソファへ座り、その向かいにアルフォンスとカイルが腰を下ろす。


コンラード、レオナルド、バルドは後ろへ控え、ルークもカイルの背後へ回る。


もっとも――コンラードだけは、先ほどから妙に大人しい。


カイルが横目で見る。


「コンラード様、まだ気にしてるんですか?」


「誰のせいだと思っているのです!」


「俺のせいですか?」


「あなたが授業に来ないからでしょう!」


「そこまでだ」


アルフォンスに止められ、二人は素直に口を閉じる。


リューゲンが喉の奥で笑った。


「随分と賑やかな城になったものだな」


アルフォンスは苦笑し、改めて向き直る。


「それで、リューゲン殿。今回お越しいただいた件についてですが」


姿勢を正した。


「ジーク殿からもすでに聞いていると思いますが、我々は新しい剣を作ろうとしています。その製作に、リューゲン殿にも加わっていただきたい」


「魔物素材を使った剣だな」


「ええ」


「構わん。面白そうだ」


返事は早かった。


リューゲンは持ってきた剣へ目を落とす。


「しかし――何故、そんな剣を作る?」


「と、言いますと?」


「魔物素材を使い、この剣に近いものを作るつもりなのだろう? だが、この切れ味は尋常ではない」


リューゲンの目が僅かに鋭くなる。


「まさか、対人戦に使うつもりではあるまいな?」


「いいえ」


アルフォンスは即座に否定した。


そして一度、隣に座るカイルへ目を向ける。


カイルと視線を交わしてから、再びリューゲンへ向き直った。


「実は今、魔物討伐を専門とする組織を構想しております」


「……魔物討伐を専門に?」


「ええ」


リューゲンの眉が僅かに上がる。


「騎士団とは別に、魔物による被害へ対応するための組織です。そして、その者達が使う武器として――魔物を狩ることに特化した剣を作りたいと考えています」


「なるほど」


リューゲンは小さく頷いた。


だが、すぐに一つの疑問が浮かんだらしい。


「しかし、随分と変わったことを考えるものだな。誰が言い出した?」


アルフォンスの視線が、再び隣へ向く。


「カイルです」


「……お前か?」


「はい」


カイルは何でもないことのように頷いた。


「俺、魔物を狩る騎士になりたいんですよ」


リューゲンの眉が僅かに上がった。


そこからカイルは、これまでやってきたことや、自分が考えている構想を簡単に説明した。


すでに自ら魔物を狩り、その素材を使って商売までしていること。


将来的には、傭兵や猟師も集めた組織を作りたいこと。


そして、討伐した魔物の素材を商品へ変え、その利益も活動資金の一部として回していくこと。


一通り聞き終えたリューゲンは、しばし呆気に取られていた。


アイアーベアを倒したとは聞いていたが、それは偶然遭遇した末のことだと思っていた。


まさか普段から魔物を狩り、その素材で商売までし、さらには組織まで作ろうとしているとは。


ラインハルトの息子だと聞いて、ある程度は分かったつもりでいた。


どうやら、それだけでは足りなかったらしい。


「……お前、一体何を考えて、そんなことを始めた?」


その問いを皮切りに、リューゲンは次々とカイルへ疑問をぶつけていった。


時折笑い声が上がり、かと思えば感心したように唸る。


二人の話はなかなか途切れない。


アルフォンスは、ちらりとジークへ目を向けた。


確かに彼の言った通り、二人は気が合うようだ。


やがてカイルへの質問も一段落すると、リューゲンは顎に手をやった。


「……魔物を狩る騎士、か」


「はい」


カイルが頷く。


リューゲンの目が僅かに細くなる。


「……ラインハルトも、若い頃は同じ夢を語っておったな」


「らしいですね。うちの執事長から聞きました」


「だが、お前は随分とやり方が違うようだな」


「そりゃそうですよ」


カイルはあっさりと答える。


「騎士全体が変わるのを待ってたら、いつになるか分からないでしょう?」


「では、何故お前自身は騎士を目指す?」


「発言権が欲しいからですよ」


「……何?」


その場にいた何人かが、同時にカイルを見た。


「騎士になれば国や貴族に話を通しやすいでしょう? 俺の家は代々騎士ですし、その立場を使うのが一番早いじゃないですか」


「…………」


初めて聞いたバルドが額を押さえた。


「お前……騎士をそんな便利な肩書きみたいに言うなよ」


「便利なのは事実だろ」


「そういう問題じゃねぇ! お前に騎士道ってもんはないのか!」


「騎士道?」


カイルは少し考え――あっさりと言った。


「学校で習う騎士道なんて、正直クソくらえとしか思ってねぇけど」


「…………」


完全な沈黙が落ちる。


バルドは額を押さえ、コンラードは眼鏡の奥で再び目を閉じた。


アルフォンスも、さすがに言葉が出ない。


そんな中――。


「…………くっ」


リューゲンの肩が揺れた。


「くく……はっはっはっ!」


豪快な笑い声が部屋いっぱいに響く。


「お前、やはり面白いな!」


その隣では、ジークもつられるように小さく笑っていた。


「え?」


思わず聞き返したカイルに、リューゲンは笑ったまま続ける。


「わしも若い頃、似たようなことを言った!」


「……そうなんですか」


「ああ。騎士道だの格式だの知ったことかとな。民を守れりゃそれでいい。敵を倒せりゃそれでいい。剣を振るう理由まで他人に決められてたまるか――そう言って、上の連中と散々揉めた」


「リューゲン様……」


頭を抱えるバルドを見て、背後でルークが遠慮がちに口を挟む。


「あの……こうやって言ってますけどね。坊ちゃんは、何より自警団を助けたいんすよ」


「おい、ルーク」


カイルがすぐに振り返った。


「余計なこと言うな」


「だって本当じゃないっすか」


「黙ってろ」


どこか居心地が悪そうに視線を逸らす。


その想いは、口にするのが恥ずかしかった。


ルークは小さく笑った。


「金を稼ぎたいって言うのも本当ですけど、その金で自警団の装備を揃えたり、死ぬ奴を少しでも減らしたいって、ずっと考えてるんすよ」


「ルーク」


「それに、稼いだ金だってほとんど貯めてるじゃないっすか。いつか自警団そのものが必要なくなるようにしたいって。騎士を目指したのだって、元々は旦那様に憧れて――」


「ルーク」


今度は少し低い声が飛んだ。


「はいはい。もう黙ります」


カイルはむすっとした顔で前を向いた。


その様子を、リューゲンは黙って見つめる。


魔物を狩りたい。


金を儲けたい。


発言権が欲しい。


口にする言葉だけを聞けば、随分と現実的で打算的だ。


だが結局、その先にあるのは民を助けることなのだろう。


先ほどは、ラインハルトとは性格がまるで似ていないと思った。


だが――。


(根っこのところは、同じか)


自分のやり方で民を守ろうとする。


その一点だけは、確かに父親の血を引いているらしい。


リューゲンの口元が僅かに緩んだ。


「なるほどな。ラインハルトと同じ夢を持ちながら、考え方はわしに近い」


「えっ!? それマズくないですか!? 俺、規律違反なんてしたくないですよ」


その言葉に、コンラードは青い顔をする。


「カイル殿! その話は蒸し返さないで下さい!」


リューゲンは肩を揺らした。


やがて、先ほどの話を思い出したように首を傾げる。


「しかし、なぜ傭兵や猟師まで入れる? お前が騎士になり、国の組織となるなら、周りは騎士で固めた方がいいだろう」


「逆に聞きますけど、この国に魔物を専門に狩りたい騎士が何人いると思います?」


「…………」


「いないでしょう? それに、騎士は剣の扱いや戦いには慣れてても、森に慣れてる人ばかりじゃないですからね」


カイルはそこで、ちらりとバルドへ目を向けた。


「実際、バルドを連れて森に入りましたけど、役に立たないなんてもんじゃ――」


「頑張ってるだろうが!」


最後まで言わせず、バルドの怒声が飛んだ。


「この間だって、俺もあの蜂みてぇな魔物を倒しただろ!」


「ああ。何回か急所外してたけどな」


「そこは言わなくていいんだよ!」


そのやり取りに、リューゲンの口元が緩む。


カイルは何事もなかったように話を戻した。


「まあ、そういうことです。その点、猟師なら森の歩き方も獣の痕跡の見つけ方も知ってる。傭兵だって、魔物と戦った経験がある奴はいます。だったら、肩書きに拘る意味ないでしょう?」


「随分と割り切っておるな」


「騎士かどうかで、出てくる魔物の強さが変わるわけじゃないですからね」


リューゲンは愉快そうに目を細めた。


「はっはっはっ! 確かにな!」


やがて笑いを収めると、リューゲンは別の疑問を口にした。


「だが、魔物の素材を使って商売をするといっても、あの飾りのようなものだろう? それで組織を回す足しになるのか?」


実のところ、この国にも魔物の素材を使った商品がまったくないわけではない。


リューゲンが言っているのは、おそらく露店などで売られている魔除けの類だろう。


魔物の牙や骨を紐で繋いだだけのものや、呪術に使うと謳われた怪しげな飾り。


ただ、その多くは実用品とは程遠い。


そもそも本当に魔物の素材なのか、何かしらの効果があるのかさえ定かではない。


「あぁ、あれですか」


何を想像しているのか察したカイルは、小さく笑った。


「そういうのじゃないですよ」


「では、何を売っておる?」


「そうですねぇ……」


カイルは少し考え、ふと自分の足元へ視線を落とした。


「例えば――これとか」


そう言って片足を上げ、靴底をリューゲンへ見せる。


そこに刻まれていたのは、盾と三本の剣、その中央に天秤を配した焼印。


「靴?」


「はい。これ、俺がやってるブランドの商品です」


「……お前、靴まで売っておるのか?」


「売ってますよ。結構評判いいんですから」


カイルが得意げに笑う。


リューゲンは呆れ半分にその靴底を眺めていたが――ふと、表情が止まった。


「……待て」


「はい?」


リューゲンが自分の足元へ目を落とす。


そして、おもむろに片足を上げ、靴底を確かめた。


そこには、カイルの靴と同じ焼印が刻まれている。


「……それなら、わしの靴にも同じ印があるぞ」


「おっ」


カイルの目が輝く。


「ヴァルディア商会で買いませんでした?」


「……買った」


その瞬間、カイルの口元がにやりと吊り上がった。


「毎度ありがとうございます」


「…………」


リューゲンが固まった。


「おい、カイル。俺にも見せろ」


後ろに控えていたバルドが、たまらず身を乗り出す。


「え?」


「その靴だよ」


「いや、今履いて――」


「いいから脱げ」


「何でだよ!」


文句を言いながらもカイルが片方の靴を脱ぐと、バルドはほとんど奪い取るように受け取った。


「ちょっ! 雑に扱うなよ。結構いい靴なんだから」


バルドは構わず靴をひっくり返す。


そこへコンラードも寄ってきた。


二人の視線が、靴底に刻まれた焼印へ落ちる。


盾と三本の剣、その中央に天秤。


「……これ」


コンラードが眼鏡の位置を直した。


「トリニティ・クロスではありませんか?」


「知ってるんですか?」


「知っていますよ!」


コンラードが珍しく声を荒らげる。


どうやら、カイルがトリニティ・クロスを手掛けていることまで知っていたのは、アルフォンスとレオナルドだけらしい。


「アルテでも名を知られているブランドでしょう!」


「へぇ。結構広まってるんですね」


「何故あなたが他人事なのです!」


その横で、バルドも靴とカイルを交互に見る。


「お前……これ、本当にお前の商品なのか?」


「さっきからそう言ってるだろ」


「商売してるとは聞いてたが……こんな規模でやってたのかよ!」


「言ってなかったっけ?」


「聞いてねぇよ!」


バルドの怒声が応接室へ響いた。


少し値は張るが品質がよく、とりわけ靴は滑りにくく丈夫だと評判になっている。


「ちなみに、その靴にも魔物素材が使われてます」


「……これに?」


リューゲンが自分の足元を見る。


「はい。魔物の骨や爪を細かく砕いて、靴底に混ぜてるんです」


「お前が考えたのか?」


「そうですよ。形にしたのは靴職人ですけど」


リューゲンはしばらく靴を眺め、それからカイルを見る。


「お前……いくら稼いでおる?」


カイルの口元が、にやぁっと緩んだ。


「それは秘密ですよ」


「お前、本当に商人みたいだな……」


「だから商売してるって言ってるでしょう?」


その横で、バルドが低い声を出す。


「……カイル。このブランドの商品って、全部魔物の素材を使ってるのか?」


「全部じゃないけどな。肌に直接触れるようなものには、今のところ使ってないし」


コンラードが額へ手を当てた。


「あなたという人は……国民まで騙しているのですか……」


「人聞き悪いなぁ」


「では、購入者は魔物素材が使われていると知っているのですか?」


「知らないんじゃないですか?」


「それを騙していると言うのです!」


「違いますよ。魔物素材を使ってないって嘘をついて売ってるわけじゃないでしょう?」


「それは……」


コンラードの言葉が詰まる。


「これ、世間に知られたら大騒ぎになるぞ……」


バルドの呟きに、カイルは肩を竦めた。


「最初から魔物素材だって言えば、気味悪がって買わない人もいるだろ?」


「だから黙ってるのか?」


「先に使ってもらってるだけだよ。滑りにくい。丈夫で長持ちする。それが当たり前になってから、実は魔物素材でしたって分かる」


バルドが嫌そうな顔をした。


「……お前、最初からそのつもりだったのか?」


「もちろん」


「性格悪りぃ……」


カイルは気にせず続ける。


「一年も二年も普通に使われて、何の問題も起きなかった。それ自体が実績になるだろ? 一度便利だと分かれば、人はそう簡単には手放さない」


「……そこまで考えていたのですか」


コンラードが呆れたように呟く。


「ですが、それだけで世間が受け入れるでしょうか?」


「分かってますよ」


「では、どうするつもりです?」


「組織を立ち上げる頃までには、こっちも準備を整えておきますよ」


「……準備?」


カイルはにっこり笑った。


「それはまだ秘密です」


「…………」


コンラードは眉間を押さえた。


どうやら、まだ何か隠しているらしい。


アルフォンスも黙ってカイルを見つめる。


これまでにも、彼の口から何度「実は」と聞かされ、そのたびに予想外のものが出てきた。


今度は何を隠しているのか。


問い詰めたいところだが、今はリューゲンがいる。


アルフォンスはひとまず話の続きを待つことにした。


一方、リューゲンはというと――。


しばらく自分の靴とカイルを交互に見ていた。


魔物を狩り、その素材を商品へ変える。


その利益で人を集め、また魔物を狩る。


話だけを聞けば突拍子もない。


だが、その一端はすでに自分の足元にある。


「……なるほどな」


リューゲンがぽつりと呟いた。


「お前の言っていることが、ようやく分かってきた」


「でしょう?」


カイルが得意げに笑う。


「魔物って、ちゃんと使えば金になるんですよ」


「そこへ戻るのか」


「大事なところですから」


リューゲンは堪えきれないように肩を揺らした。


「はっはっはっ! まったく、お前という奴は!」


ひとしきり笑ったあと――ふと、リューゲンの目が細められた。


「……ところで」


「はい?」


「お前、普段から魔物を狩っておると言ったな」


「言いましたけど」


リューゲンは顎に手をやった。


「ここまで話を聞いて、お前が何を考えておるのかは大体分かった」


そう言って、カイルへ視線を向けた。


「だが、肝心のお前自身については、まだ一つ分からんことがある」


「俺自身?」


「ああ」


リューゲンがにやりと笑う。


「お前、剣の腕はどれほどだ?」


「……俺の剣ですか?」


「これだけ魔物を狩る騎士について語るのだ。どんな剣を使うのか、少し興味が湧いた」


その言葉に、カイルは一瞬考え――ふと、リューゲンを見る。


「それって、もしかして……」


「何だ?」


「俺と手合わせしてくれるってことですか?」


先ほどまでとは打って変わって、カイルの目が輝く。


その変化に、リューゲンが片眉を上げた。


「ほう。嫌がるかと思ったが」


「何でです? 元とはいえ、伝説の王国騎士団長と剣を合わせられるんですよ?」


リューゲンは小さく笑った。


自分の名を聞けば、たいていの者は萎縮する。


まして、自ら剣を合わせたいと目を輝かせる者など、久しく見ていなかった。


リューゲンの口元が、ゆっくりと吊り上がる。


「ならば話は早い」


そう言って、楽しそうに立ち上がった。


先ほどまでの陽気な雰囲気が、僅かに変わる。


その目だけが――剣を握ってきた者のものになった。


「お前の剣を、わしに見せてみろ」


その言葉とともに、カイルの目つきも変わった。


目の前にいるのは、数々の戦場を駆け、王国最強とまで謳われた男だ。


その戦歴や戦術は、騎士学校でも嫌というほど学んできた。


だが、リューゲンが騎士団を退いたのは九年前。


実際に剣を交える機会など、一生ないと思っていた。


「やります」


カイルは間髪入れずに答えると、勢いよく立ち上がった。


「どこでやります?」


「剣を振れる場所ならどこでも構わん」


「だったら近衛の訓練場がいいですね。広いし」


「よし。そこへ行くぞ」


「はい」


話が決まるまで、ほんの数秒だった。


二人はそのまま、さっさと歩き出そうとする。


「ちょ、ちょっと待て!」


慌てて声を上げたのはバルドだった。


「もうやる気なのか!?」


「そのつもりだけど?」


「そのために立ったのだが?」


カイルとリューゲンが揃って振り返る。


「いや、そうじゃなくてだな……!」


バルドは思わず額を押さえた。


つい先ほどまで組織や商売の話をしていたはずなのに、いつの間にか手合わせが決まり、しかも今すぐ始めることになっている。


アルフォンスも呆気に取られたように二人を見ていた。


「……随分と話が早いな」


「善は急げって言うでしょう?」


にっこり笑うカイルを見ながら、レオナルドは密かに思う。


(殿下の御前だというのに……随分と勝手な二人だ)


もっとも、それを口に出せるはずもない。


しかしバルドにとっては、非常事態だった。


このままでは本当に二人だけで、ふらっと訓練場へ行きかねない。


バルドは咄嗟にカイルを指差した。


「カイル! お前、その格好でやるつもりか!」


「え?」


言われて、カイルが自分の服装を見下ろす。


「一度部屋に戻って訓練着に着替えてこい!」


「別にこのままでも――」


「駄目だ!」


反論を叩き切ると、今度はリューゲンへ向き直った。


「リューゲン様にも訓練着をご用意します。新品があるはずですので、少々お待ちください」


「わしは別にこのままでも構わんぞ?」


「構います!」


「そうか?」


「そうです!」


珍しく食い下がるバルドに、リューゲンが怪訝そうな顔をする。


もちろん、服装だけが理由ではない。


訓練場には、まだ何の話も通していないのだ。


(頼むから、その間だけ大人しくしててくれ……!)


「俺は先に訓練場へ行って準備してきます! カイル、お前は着替えろ! 絶対に先に来るなよ!」


「何でそんな必死なんだよ」


「誰のせいだと思ってんだ!」


怒鳴るなり、バルドは足早に応接室を出ていった。


残されたカイルとリューゲンが顔を見合わせる。


「……着替えるか」


「ですね」


「お前の部屋はどこだ?」


「案内しますよ」


結局、二人は何事もなかったように歩き出す。


その背中を見送りながら、アルフォンスは小さく息を吐いた。


「……本当に似た者同士だな」


ジークが愉快そうに笑った。


そんな周囲の反応などどこ吹く風で、二人の頭の中はすでにこれからの手合わせでいっぱいだった。


カイルがリューゲンとルークを連れて自室へ向かう途中、バルドから話を聞いた使用人が、新品の訓練着を抱えて駆けつけてきた。


「リューゲン様、こちらをお使いください!」


「おお、すまんな」


訓練着を受け取った二人は、そのままカイルの部屋へ入り、さっそく着替え始めた。


そこで、カイルはふと思い出す。


「あ、ルーク。俺の木剣、工房に置いたままだ」


「取ってくるっす!」


ルークがすぐさま部屋を出ていく。


その間、リューゲンは珍しそうに室内を見回していた。


広い寝台に立派な机。


調度品の一つ一つも、騎士学校の学生が使う部屋とは比べものにならない。


「……随分と立派な部屋を使っておるな」


「豪華ですよね」


カイルは訓練着へ腕を通しながら答えた。


「騎士学校の学生が使う部屋には見えんぞ」


「元は、客室らしいです。最初は俺も驚きましたよ」


着替えを済ませたあとも、二人は他愛のない話を続けながら時間を潰した。


やがて、木剣を抱えたルークが戻ってくる。


「坊ちゃん、持ってきたっすよ」


「ありがとな」


カイルは受け取ると腰へ差す。


リューゲンが、その木剣をちらりと見た。


「それは随分といい品のようだ」


「まぁ、こう見えて騎士団長の息子ですからね」


そんな呑気なやり取りをしている頃――。


近衛騎士の訓練場では、まるで別の騒ぎが起きていた。


「おい! 片付けろ! 急げ!」


バルドは訓練場へ駆け込むなり、大声を張り上げた。


突然の怒声に、訓練中だった騎士達が一斉に振り返る。


「騎士長?」


「どうしたんです?」


「いいから片付けろ! そこに転がってる木剣も、防具も全部だ!」


自ら木剣を拾い上げながら、周囲へ指示を飛ばしていく。


そこへセドリックが怪訝そうな顔で近付いてきた。


「騎士長、何があったんです?」


「リューゲン様が来る!」


「…………は?」


「ここにな!」


セドリックの表情が固まった。


「カイルの剣を見るってよ!」


その一言で、周囲の空気が変わる。


「リューゲン元団長が!?」


「ここへ!?」


「おい、早くしろ!」


訓練場は、一気にパニックに陥った。

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