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第54話 予想外の再会

翌日。


昼を少し過ぎた頃、アルテ城の正門前へ一台の豪奢な馬車がゆっくりと姿を現した。


門番達は、車体へ刻まれた紋章を目にした瞬間、揃って息を呑む。


「……リューゲン元団長だ」


その名は、今なお騎士達にとって別格だった。


王国騎士団を退いて久しいとはいえ、かつて団長として数々の戦場を駆け抜けた男である。


近年は公の場へ姿を見せることもほとんどない。


そんな本人が突然現れたとなれば、城内が騒がしくなるのも当然だった。


知らせは瞬く間に城の奥へ伝わっていく。


「殿下!」


勢いよく執務室の扉を開けたバルドは、珍しく顔色を変えていた。


机へ向かっていたアルフォンスが顔を上げる。


「どうした」


「大変です! リューゲン元団長がお見えになりました!」


その名に、壁際で護衛に立っていた近衛騎士まで、ぴくりと身体を強張らせた。


だが、アルフォンスだけは驚いた様子もなく、むしろ僅かに口元を緩める。


「そうか。来られたか」


「……ご存じだったんですか?」


「もちろんだ。ジーク殿が呼んだ」


「ジーク様が……?」


そこで、バルドの表情が止まった。


次の瞬間、その顔からさっと血の気が引く。


「で、殿下……!」


「何だ?」


「カイルを部屋へ戻しますか!?」


「なぜだ?」


あまりにも平然と返され、バルドは言葉を失った。


「なぜって……!」


現王国騎士団長ラインハルトと、前団長リューゲンが犬猿の仲なのは騎士団では有名な話だ。


そんな相手と、その息子であるカイルが城内でばったり鉢合わせでもしようものなら、何が起こるか分かったものではない。


「いやいや、駄目でしょう! 絶対に駄目ですって! 今ならまだ――」


「待て」


アルフォンスが静かに遮った。


「リューゲン殿を呼んだのは、カイルに会わせるためだ」


「…………は?」


バルドの口がぽかんと開いた。


「いや、殿下。それは本気で言ってます?」


「本気だ」


「よりによって、あの二人を?」


「そうだ」


アルフォンスは少しだけ笑った。


「次の剣作りからは、リューゲン殿にも加わってもらうつもりでいる」


「……リューゲン様まで?」


「ああ。ジーク殿も、そのために呼んだ」


ラインハルトの息子と、そのラインハルトと犬猿の仲である前団長を、同じ場所で剣作りに参加させる。


どう考えても、嫌な予感しかしない。


バルドの顔がますます引きつった。


そんなバルドとは対照的に、アルフォンスは至って落ち着いていた。


「そう慌てるな。まずはカイルを呼んで来い」


「……承知しました」


納得などしていない顔だったが、命令されれば従うしかない。


バルドは一礼すると、すぐさま執務室を飛び出した。


(昼飯は食堂だったな……)


そのまま近衛騎士達の食堂へ飛び込むが、肝心のカイルの姿はなかった。


「騎士長?」


ちょうど食事を終えたセドリックが、不思議そうにこちらを見る。


「カイルを見なかったか!」


「ああ、さっき倉庫へ行きましたよ。何でも木材が欲しいとか――」


「そうか!」


最後まで聞かず、バルドは踵を返した。


まったく、カイルが来てからというもの、城は騒ぎ続きだ。


そんな愚痴すら、今は考えている余裕がなかった。


その頃。


当のカイルは、倉庫の中で木材を物色していた。


火の瓶やらナイフやらで騒ぎ続きだったが、自分の木剣を強化することまで忘れたわけではない。


「これも違うな」


一本を手に取り、重さを確かめる。


くるりと回してみるが、すぐに首を横へ振った。


「もう少し細い方がいいか」


以前、アイアーベアの牙の粉末を付着させた木片は、鉄板に傷を付けた。


次は、実際の剣に近い形でも同じ効果が得られるか確かめたい。


カイルは重さや太さを一本ずつ確かめ、ようやく丁度よさそうなものを見つける。


「これにしよ」


木材を肩へ担ぐと、隣で待っていたルークが見上げた。


「結構長いっすね」


「剣にするならこれくらいだろ」


「似せた感じに削るんすか?」


「そうだ」


そんな話をしながら、二人は倉庫を出た。


庭へ差し掛かった時、正門の方から一台の馬車が入ってくるのが見えた。


「ん?」


カイルが足を止める。


見慣れない豪奢な馬車だった。


「客かな」


「みたいっすね」


誰が来たのか少し気になり、カイルは何となくそちらへ足を向けた。


だが、近付くにつれて車体の側面に刻まれた紋章がはっきりと見えてくる。


「…………」


カイルの歩みが遅くなった。


隣を歩いていたルークも気付いたらしい。


「坊ちゃん……」


「ああ」


見間違えるはずがない。


「リューゲン卿だ……」


さっきまでの野次馬根性を、カイルはすぐさま後悔した。


(何で見に来たんだ、俺……)


リューゲンと最後に会ったのは、グランツェル――〝剣都〟だった。


あの時は鍛冶工房で偶然顔を合わせ、剣の話をした。


まさか次に会う場所がアルテの城になるとは思ってもみなかった。


立ち去ろうにも、もう馬車はすぐそこまで来ている。


そのまま近くで止まり、御者が手早く扉を開けた。


姿を現したのは、腰まで届く銀髪を揺らす一人の男だった。


もうすぐ六十歳になるというのに、年齢を感じさせない堂々とした体躯。


何もせず立っているだけで、周囲の空気まで自分のものにしてしまうような存在感がある。


カイルの足が完全に止まった。


周囲を見渡していたリューゲンの視線が、ぴたりとカイルへ止まる。


「……ん?」


僅かに目を見開き、次の瞬間には口元を面白そうに緩めた。


「これは珍しいところで会ったな――カイリス」


「……!」


カイルは思わず顔を上げた。


どうやら自分のことを覚えていたらしい。


しかも、あの時一度名乗っただけの〝カイリス〟という偽名まで。


とはいえ、本名に気付いている様子はない。


カイルは何食わぬ顔で〝カイリス〟を装い、リューゲンのもとへ歩み寄ると頭を下げた。


「お久しぶりです、リューゲン卿」


「あぁ。まさかアルテの城で会うとはな」


「俺も驚きましたよ」


そう返したところで、リューゲンが喉を鳴らした。


「それで、お前はどこのどいつだ?」


「……何がです?」


「前に別れた時は、次に会ったら本名を名乗ると言っていなかったか?」


「…………」


カイルの笑顔が固まる。


(このじじぃ……!)


しっかり覚えていた。


「そんなこと言いましたっけ?」


「言ったぞ」


「昔のことなんで忘れました」


「ついこの前だろう」


逃げ道がない。


それどころか、リューゲンは怒るでもなく、カイルがどう言い逃れるのか楽しんでいるようだった。


「まあいい。まだ正体を明かす気はないということにしておこう」


「正体って、人聞き悪いですね」


「自分から偽名だと白状した奴に言われたくはないな」


「…………」


頼むから、その話はここで終わってほしい。


ちょうどその時、慌ただしい足音が近付いてきた。


「リューゲン様!」


駆け付けたのはレオナルドだった。


後ろには数名の騎士も続いている。


カイルは内心で安堵する。


今の会話はギリギリ聞かれていないだろう。


アルフォンスの側近であるレオナルドも、リューゲンを前にすると自然と姿勢を正した。


「ご無沙汰しております、リューゲン様。本日はわざわざアルテ城までお越しいただき、誠にありがとうございます」


「久しいな」


リューゲンは短く返すと、再びカイルへ目を向ける。


「それで、何故お前が城にいる?」


来た。


カイルの頭が猛烈な勢いで回転する。


前に話した設定では、庶民の生まれで裕福な商人の息子。


未成年ながら、成人するまでは飾っておく真剣を作りに剣都へ来たことになっている。


「父の仕事について来ただけですよ」


「父の仕事?」


「ええ。商売の手伝いです。城へ納める商品を届けに来たんですよ」


さらりと口から出た。


隣でルークが僅かに顔を伏せる。


下手に表情を見られれば、すべて台無しになると分かっているのだろう。


リューゲンは一瞬だけカイルを眺めたが、何も言わず、肩へ担いでいる木材へ視線を落とした。


「その割には、随分と妙なものを持っているな」


「これですか?」


カイルは木材を軽く持ち上げる。


「父は今、商談中なんですよ。俺はやることもないんで、従者と騎士ごっこでもして遊ぼうかと」


「ほう?」


明らかに信じていない顔だったが、追及する気もないらしい。


「それより、カイリス」


「はい?」


「剣は出来たのか?」


カイルの動きが一瞬止まる。


「……それも覚えてたんですか?」


「忘れると思ったか? 自分だけの剣を作ると言い切った奴など、そう何人もおらんからな」


カイルは頭を掻く。


「まだですよ」


「いい鍛冶師が見つからなかったか?」


「まぁ……そんな感じです」


実際には、すでにこれから製作へ取りかかるところまで話は進んでいる。


だが、説明すれば余計に面倒になるだろう。


カイルが曖昧に笑った、その時。


慌ただしい足音が近付いてきた。


カイルを探していたバルドだった。


ようやくその姿を見つけ、声を掛けようとした――その直後。


隣に立つリューゲンへ気付き、僅かに目を見開く。


「……リューゲン様!」


息を切らせながら駆け寄ると、その場で片膝をついた。


「お久しぶりです、リューゲン様」


「……バルドか」


リューゲンも小さく頷いた。


「元気そうだな」


その光景に、カイルは思わず目を瞬かせる。


普段は豪快で、多少の相手には物怖じもしない近衛騎士長のバルドが当然のように跪く姿を見れば、リューゲンの威光が今なお健在であることは嫌でも分かった。


そして――偽名の件を聞かれれば、まず間違いなく怒られる。


カイルはそっと足を動かした。


今ならいける。


一歩。


さらに一歩。


このまま自然に離れてしまえば――。


「そうだ、カイリス」


「…………」


ぴたりと止まる。


カイルはゆっくり振り返った。


「……何でしょう」


「お前、ジークとは会ったことがあるか?」


「ジーク……?」


もちろん知っている。


だが、初めて聞く名であるかのように首を傾げる。


「ああ。剣を作りたいのだろう?」


カイルの頬が僅かに引きつる。


嫌な予感しかしない。


「ちょうどいい。凄腕の鍛冶師を紹介してやろう」


「いえ、そんな凄い人に頼むなんて……お金が足りないですよ」


「何を気にしている。お前の家は裕福なんだろう?」


「いや、それはそうなんですけど……あっ、そろそろ父の仕事が終わる頃なんで!」


「さあ、行くぞ」


「ちょっ――」


がしり、と大きな手が肩へ乗った。


力そのものは大して入っていない。


それでも、絶対に逃がす気がないことだけは嫌というほど伝わってくる。


「こんな機会は二度とないぞ」


カイルは引きつった笑みを浮かべた。


そして、その行き先を認識した瞬間――別の問題に気付く。


(……待て)


ジークは当然、自分が誰なのか知っている。


この城で何をしているのかも。


父がラインハルトであることも、全部だ。


(これ、絶対話が噛み合わねぇだろ……)


さっきまでの偽名の問題とは、次元が違う。


ジークが上手く話を合わせてくれればいい。


そう思いかけ――すぐに無理だと悟った。


あの人が事情も知らず、そんな器用なことをするとは思えない。


「リューゲン様!」


我に返ったバルドが、慌ててその背中へ声を飛ばした。


「殿下がお待ちです!」


「ああ、分かってる」


リューゲンは振り返りもせず、ひらひらと手を振る。


「待たせとけ。先にジークのところへ行く」


「……承知しました」


(いや、殿下を待たせるのかよ)


カイルは思わず隣を見上げた。


しかも、今の口ぶりではジークに会うことも最初から決まっていたらしい。


(この人……何しに城へ来たんだ?)


ジークに会いに来ただけなのか、それとも他に何か目的があるのか。


何も聞かされていないカイルに、分かるはずもなかった。


一方、残されたバルドは反射的に返事をしたものの、すぐに眉を寄せた。


並んで歩き始めたリューゲンとカイル。


どうにも距離が近い。


少なくとも、今日初めて会ったようには見えなかった。


(……まっ、会ったことくらいあるよな)


何しろカイルはラインハルト団長の息子だ。


本人同士が犬猿の仲とはいえ、リューゲンも同じ王国騎士団に長く身を置いていた。


子供の頃に顔を合わせたことくらいあっても、不思議ではない。


(なんだ。元団長も、息子とは普通に話すんだな)


親子は別と割り切っているのかもしれない。


そう思うと、張り詰めていた肩から少し力が抜けた。


バルドがほっと息を吐いた、その時。


「……バルド殿」


「はい?」


レオナルドが、妙に引っ掛かった顔でこちらを見ていた。


「先ほどから、リューゲン様はカイル殿を『カイリス』と呼んでいなかったか?」


「……え?」


バルドの表情が止まる。


「愛称か何かだろうか。それに、父君の商売を手伝っているとも話していたようだが……」


「…………」


数秒の沈黙。


バルドはゆっくりと、遠ざかっていく二人の背中へ目を向けた。


カイリス。


カイル。


似てはいるが――別の名だ。


そしてカイルの父親は、どう考えても商人ではない。


「あいつ……まさか」


嫌な予感が胸をよぎった。


あれだけ仲良くやれているのは、まだリューゲンがカイルの正体を知らないからではないか。


もし、それを知ったら――。


バルドの顔が引きつる。


「……拗れるのはこれからか!」


叫ぶなり、バルドは二人の後を全速力で追いかけた。


一方、そんな騒ぎなど知らないリューゲンは、上機嫌でカイルへ話しかけていた。


「ジークの打つ剣は昔から別格だ」


「そ、そうなんですね」


「刃の出来もそうだが、重心の取り方がいい。振った時に剣が勝手についてくるような感覚がある。あれは他の鍛冶師にはなかなか真似できん」


「へぇ……」


カイルの返事は明らかに上の空だった。


気になっているのは、このまま工房へ入った瞬間、何が起こるかだ。


(ジーク様、頼むから余計なこと言わないでくれよ……)


そんな願いが届くはずもなく、二人はとうとう工房へ辿り着いた。


リューゲンは扉をノックもせず勢いよく開け放つ。


「ジーク! 来たぞ!」


作業中だった鍛冶師達の手が一斉に止まった。


そんな周囲の緊張などお構いなしに、工房の奥からジークが姿を現す。


「おう! 来たか!」


ところが、リューゲンの隣にいるカイルを見るなり、目を丸くした。


「……なんだ。お前ら、もう会ってたのか?」


「はっ? お前もこいつと知り合いか?」


「ああ」


ジークは何の疑いもなく、カイルの肩を叩いた。


「こいつが例の坊主だよ」


「例の?」


「手紙に書いただろ。魔物素材の加工法を教えてくれた奴だ」


「ほう……」


リューゲンの視線がカイルへ向く。


カイルは手にしていた木材を作業台へ置きながら、誤魔化すように笑った。


(ジーク様。そのくらいで止めてくれ)


だが、もちろん止まらない。


「こいつのおかげで、加工できなかった牙がようやく刃になった。剣の話だって、元を辿ればこいつから始まったようなもんだ」


「ちょ、ジーク様」


「何だ?」


「いや……」


止めれば余計に怪しまれる。


ジークはそんなカイルの内心など知る由もなく、むしろ二人の距離を縮めようと話を続けた。


「それに剣を見る目も悪くねぇ。お前なら気に入ると思ってな」


「へぇ」


「こいつ、妙なところまで剣にうるせぇぞ」


「なるほど」


リューゲンが喉を鳴らす。


「確かにそれは知っておる」


「だろ?」


二人の会話が、妙に噛み合っている。


ただし――前提だけが決定的にズレていた。


カイルだけが、それを知っている。


(まずいまずいまずい……)


ジークは完全に「リューゲンはカイルの素性まで知っている」と思っている。


リューゲンは「ジークもカイリスという少年を知っている」としか思っていない。


そして両方から話を振られる自分だけが、その間に挟まれていた。


そんな二人を眺めながら、ジークは満足そうに頷く。


「まあ、これだけ普通に話せるなら大丈夫そうだな」


隣で聞いていたカイルも、ぎこちなく頷く。


「……そ、そうですね」


「正直、そこが一番心配だったんだ」


「えっ?」


ジークはリューゲンへ目を向ける。


「こいつと顔合わせる時は、俺が間に入った方がいいと思ってたんだよ」


「何でだ?」


「いや、お前がガキにまで態度悪かったらと思うと、やりにくいだろ」


「ん? わしは別に子供は嫌いではない」


「そこじゃねぇよ」


「なら何の話だ」


「だから、こいつの親父とお前が――」


「うわぁあ! そうだ!」


突然カイルが声を上げた。


「リューゲン卿! そのナイフ、切れ味が気になりません?」


「……何だ、急に」


「気になるでしょう? 鉄も斬れるんですよ!」


「何?」


案の定、リューゲンの視線がナイフへ落ちる。


カイルは内心でほっと息を吐いた。


(危ねぇ……)


ジークが怪訝そうに眉を寄せる。


「おい、何で話を逸らすんだ?」


「逸らしてませんよ」


「いや、逸らしただろ」


カイルは何食わぬ顔で視線を逸らした。


本当なら、ここで名乗るべきなのだろう。


だが一度話を逸らしたせいで、切り出すタイミングを完全に失っていた。


黙るほど後で面倒になるのは分かっている。


それでも、今日この場を〝カイリス〟のまま乗り切れるなら、その方が都合がいい。


(できれば、このまま何事もなく帰ってくれねぇかな……)


そう思った、その時だった。


背後から首根っこを掴まれる。


「……ちょっと来い」


「うわっ」


振り返ると、いつの間に追いついたのか、入口には息を切らしたバルドが立っていた。


「何だよ」


「いいから来い」


カイルは工房の隅へ引っ張っていかれた。


バルドは一度リューゲンを窺ってから、声を潜める。


「お前、リューゲン様と前に会ったことがあるんだな?」


「ああ」


「じゃあ、あの人はお前が誰か知ってるな?」


「…………」


一瞬の間。


「おい」


「……知らない」


「は?」


バルドの顔から表情が消えた。


「だから、本名はまだ言ってない」


「お前ぇ……!」


額に青筋が浮かぶ。


「まさか、偽名を使ったのか?」


「しょうがないだろ! ちょっと話してみたくて」


「だからって偽名を使う奴があるか!」


「ちゃんと偽名だってことは言った!」


「もっと悪いわ!」


バルドは頭を抱えかけたが、すぐにカイルの肩を掴み直した。


「というか、お前、これからどうすんだよ!?」


「どうするって……」


「ジーク様は、次の剣の製作にリューゲン様も加えるつもりで呼んだんだぞ!」


「…………え?」


今度はカイルが固まった。


「リューゲン卿も?」


「ああ! だから殿下も会わせるつもりだったんだ!」


「…………」


カイルは数秒黙り込み、ようやく状況を理解したように頭を掻いた。


「……あー、そういうことか」


「そういうことだ!」


バルドは苛立ったように小声でまくし立てる。


「どっちにしろ、お前がラインハルト団長の息子だってことは隠し通せねぇぞ!」


「まぁ……そうだよな」


カイルはリューゲンへちらりと目を向けた。


ここまで必死に〝カイリス〟で押し通してきたが、剣作りにまで関わるなら話は別だ。


いずれバレる。


というより、すぐバレる。


カイルは小さく息を吐いた。


「なら、もう隠す必要ねぇか」


「最初からねぇよ!」


「それは結果論だろ」


「違う!」


小声で言い争っていると、背後から低い声が飛んでくる。


「……おい」


ぴたりと二人の動きが止まった。


振り返れば、リューゲンがこちらを見ている。


「さっきから何をこそこそ話しておる」


「いや、これは……」


バルドの額に冷や汗が滲む。


対してカイルは、先ほどまでとは少し違った。


困ったように頭を掻きながらも、もう逃げようとはしていない。


「……まあ、そういうことなら仕方ないか」


「何がだ?」


リューゲンが怪訝そうに眉を寄せる。


カイルは一度ジークを見る。


自分とリューゲンを繋ぐため、わざわざ段取りまで考えてくれていた。


しかも今後は、同じ剣作りに関わることになる。


なら、ここで隠し続ける意味はない。


ただ――。


(せっかく色々考えてくれてたのにな……)


これから自分が本名を明かせば、その段取り自体がひっくり返る可能性がある。


リューゲンがどう反応するか、カイルにも分からない。


「あー……ジーク様」


「何だ?」


「先に謝っときます」


「は?」


「せっかく色々考えてくれてたみたいなんですけど……」


「おう」


「その段取り、たぶん全部無駄になります」


「……何でだよ」


「リューゲン卿、俺が誰かまだ知らないんで」


「…………」


ジークの表情が止まった。


「……何?」


その低い声に、周囲で聞き耳を立てていた鍛冶師達が一斉にこちらを見る。


「俺はてっきり、全部分かった上で仲良くやってんのかと思ってたんだぞ!」


「俺はそんなこと一言も言ってないでしょう!」


「言わなくてもそう思うだろ! お前らあんな普通に喋ってたじゃねぇか!」


「言うタイミングがなかったんですよ!」


「……お前ら」


低い声が割って入る。


二人が同時に振り向いた。


リューゲンだけが完全に話から置いていかれ、怪訝そうな顔をしている。


「だから何の話だ?」


「あー……」


とうとう来た。


カイルは小さく息を吐いた。


「なんか話がややこしくなってきたんで、もう本名を名乗ります」


「名乗る?」


「はい」


カイルは少し困ったように笑う。


「ただ、聞いたあと怒って帰っても俺は知りませんからね」


「何故わしが帰る」


「それは聞けば分かります」


リューゲンがますます怪訝そうに眉を寄せる。


カイルは一瞬考え――ふと、工房の奥へ視線を向けた。


作業台の上には、自分の木剣が置かれている。


これを見本として木材を削ろうと持ってきていたものだ。


「……そうだ」


カイルの口元が少しだけ緩む。


「これも見せた方がいいか」


作業台まで歩き、木剣を手に取る。


その瞬間、リューゲンが僅かに目を細めた。


そして何かを思い出したのか、口元に薄く笑みを浮かべる。


「……なるほどな」


「何です?」


「前に会った時、お前がその木剣を慌てて上着で隠したのを思い出してな」


「…………」


カイルの頬が僅かに引きつる。


「そこまで覚えてるんですか」


「当然だ」


リューゲンは木剣へ目を向ける。


「やはり、見られたくないものがあったか」


「鋭いですね」


「そこに、お前の正体が分かるものでもあるんだろう?」


完全に見抜かれている。


カイルは苦笑しながらリューゲンの前へ戻ると、木剣をくるりと返した。


「正解です」


柄元を向ける。


そこには――グランツ家の家紋が刻まれていた。


「…………」


リューゲンの表情が消えた。


ほんの一瞬前まで浮かんでいた笑みが、綺麗に消える。


視線が紋章へ落ちた。


見間違えるはずがない。


長年、王国騎士団に身を置き、嫌というほど目にしてきた紋章だった。


「……お前」


低い声が落ちる。


リューゲンの視線が、ゆっくりと木剣からカイルへ上がった。


「まさか……」


その反応に、カイルは苦笑した。


やっぱり、こうなるよな。


木剣を下ろすと、すっと背筋を伸ばして踵を揃える。


そして――先ほどまでの砕けた態度を消し、胸へ片手を添えた。


貴族としての正式な礼だった。


その変化に、リューゲンの目が僅かに見開かれる。


工房から音が消えた。


「改めまして」


カイルは頭を下げる。


「カイル・フォン・グランツと申します」


「…………」


リューゲンは何も言わない。


カイルはそのまま顔を上げた。


そして、最後の一言を告げる。


「ラインハルト・フォン・グランツの三男です」


完全な沈黙が落ちた。


「……ラインハルトの……息子?」


ようやく絞り出された声に、カイルは小さく頷く。


「はい」


今度ばかりは、リューゲンも返事をしなかった。


ただ、まじまじとカイルの顔を見つめている。


剣都で偶然出会った少年。


妙に剣へ詳しく、職人を尊び、自分だけの剣を作ると言い切った少年。


自分が何者か知りながら、平然と偽名を使い、それが偽名であることまで本人へ白状していた少年。


あの〝カイリス〟の正体が――。


よりにもよって。


リューゲンが騎士団時代から最も折り合いの悪かった男。


ラインハルト・フォン・グランツの息子だった。

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