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第53話 危険すぎる道具

魔物の牙からナイフが生まれ、工房が称賛に包まれる中、コンラードが一歩前へ出た。


「本日、殿下にお見せしたいものは――これだけではありません。カイル殿が実際の魔物討伐で使用している道具も、ご用意しております」


先ほどまで白いナイフを眺めていたアルフォンスの目に、再び興味が宿る。


「それは見てみたいな」


「でしたら、ここでは少々危険です。場所を移した方がよろしいかと」


「僕もその方がいいと思います」


カイルもすぐさま同意した。


「……そんなに危険なのか?」


アルフォンスは警戒するどころか、むしろ面白そうだった。


カイルはにやりと笑う。


「見れば分かりますよ」


その一言に、視察へ訪れていた役人達までざわめき始める。


つい先ほど、人の作る鉄さえ容易く断つナイフを目の当たりにしたばかりだ。


そのカイルが、工房では試せないという。


興味を持つなという方が無理だった。


今回は新たな剣の製作という名目で集められた者達だが、本来の目的はそれだけではない。


魔物に対抗するための武器や道具――その可能性を探ることも、彼らがここに集められた理由の一つだった。


ならば、実際の討伐で使われている道具もまた、彼らが見るべきものだ。


アルフォンスはそう判断したらしく、一同を見回した。


「せっかくだ。皆で見に行くとしよう」


その一言で、工房にいた者達も揃って移動することになった。


外に出ると、昼をとうに過ぎた陽が城内を明るく照らしていた。


一行が向かったのは、近衛騎士団の訓練場に隣接する資材搬入場だった。


王都から届いた剣や鎧、訓練用の木材などを荷馬車から下ろし、確認するための場所である。


普段は人も少なく、周囲に建物もほとんどない。


今回の実験にはうってつけだった。


カイルは皆から十分に距離を取り、搬入場の開けた一角へ進み出る。


手には、小さな瓶が一本。


アルフォンスは、その小瓶へ目を向けた。


「それが、先ほど言っていた道具か?」


「はい」


カイルは瓶を軽く掲げた。


見た目だけなら、どこにでもありそうな小瓶だ。


中には白い粉末と青い液体が分かれるように収まっているが、それだけで何が起こるのか分かる者はいない。


「これは――氷を発生させる瓶です」


「氷?」


アルフォンスが聞き返し、役人達からも訝しげな声が漏れた。


火を起こす道具ならまだ想像はつく。


油や燃えやすい素材を使えばいい。


だが、何もない場所へ氷を生み出すとなれば話は別だった。


「アイアーベアとの戦闘でも使いました」


その言葉に、アルフォンスが「ああ」と小さく声を漏らす。


「そういえば、先日の会議でそんな話をしていたな」


「ええ」


周囲の役人達にも思い当たる者がいたらしく、何人かが顔を見合わせた。


アイアーベア討伐の際、地面を凍らせる道具を使ったとは聞いている。


だが、実際の威力までは誰も見ていなかった。


「あの時の話だけでは、いまいち想像できなかったでしょう?」


カイルは小瓶を握り直し、にっこりと笑った。


「それを今からお見せします」


「なるほど。では、頼む」


カイルは皆を見回した。


「少し離れてて下さいね」


その言葉に、全員が無意識にもう半歩ほど距離を取る。


カイルは何もない地面へ狙いを定め、大きく腕を振った。


小瓶が放物線を描き――。


パリンッ!


乾いた音とともに砕ける。


中身が地面へ飛び散った直後、白い霜が砕けた瓶を中心に一気に走った。


「なっ……!」


誰かが息を呑む。


冷気が地面を這うように広がり、土も草も瞬く間に白く染め上げていく。


ぱきっ、ぱきっ、と細かな音を立てながら凍結範囲はさらに広がり、ほんの数秒で一帯が薄い氷に覆われた。


吹き抜ける風まで、一段冷たくなったように感じられる。


アルフォンスも役人達も、そしてジーク達鍛冶師も、ただ凍りついた地面を見つめている。


ほんの小さな瓶を一本投げただけ。


それだけで、何もなかった地面が一瞬にして白く凍ったのだ。


カイルは仕上がりを確かめ、満足そうに頷く。


「こんな感じです」


「……相変わらず、それを『こんな感じ』で済ませるのですね」


昨日の夕方、事前に威力を確かめるため、この氷の瓶の試験に立ち会ったコンラードが呆れたように漏らした。


眼鏡を押し上げ、凍結した範囲を慎重に見渡す。


軍事参謀としての頭は、すでにその使い道へ切り替わっていた。


「殿下」


声を落とし、アルフォンスの傍へ寄る。


「投げるだけで、これだけの範囲を凍結させられます。戦場でも十分使えるでしょう」


「ああ」


「敵兵の足止めはもちろん、騎兵にはさらに有効です」


「馬の足を奪うか」


「はい。突撃中に足元を凍らせれば、転倒した馬が後続を巻き込み、隊列そのものを崩せます」


コンラードはさらに凍結した地面へ目を走らせた。


「橋や山道など進路の限られた場所なら、少数でも大軍の進軍を止められる可能性があります」


「なるほど……。使い方次第では、兵の数そのものを補えるということか」


「その可能性は十分にあります」


先日、執務室で話していた対人戦への転用が、早くも現実味を帯び始めていた。


だが、カイル本人は二人がすっかり軍議を始めていることなど気付いてもいない。


「それと!」


弾んだ声に、アルフォンスとコンラードが揃って振り向いた。


カイルの手には、いつの間にかもう一本の瓶が握られている。


「これは新作です!」


「……新作?」


コンラードの眉間へ、露骨な皺が寄った。


これは聞いていない。


それなのに、カイルは新しい玩具でも見せるような顔で二本目を掲げている。


しかも今度の瓶には、赤い液体と淡い琥珀色の液体が二層になって収まっていた。


コンラードは堪らず声を上げた。


「待ってください。それは何ですか?」


「これは炎を発生させる瓶です」


「……炎? それはまだ完成していなかったはずでは?」


アルテの森へ向かった本来の目的は、フレアビートルの確保だった。


肝心のそれを忘れて帰ってきた以上、完成しているはずがない。


「ああ、これはまた別です。この前、赤いスライムを捕まえたでしょ?」


「……ええ」


コンラードの警戒がさらに強くなる。


「あれを使って、似たようなのを作ってみたんです」


「似たようなもの……?」


「はい!」


何一つ安心できない返事だった。


コンラードはしばらく赤い瓶を見つめた。


「……でしたら、まずは我々だけで、性能試験を行いましょう。殿下への披露は、その結果を確認してからでも遅くありません」


「えぇ? また別の日に皆さんに集まってもらうのも大変でしょ?」


「手間の問題ではありません」


「大丈夫ですよ。これだけ広さもあるんですから」


「……本当に大丈夫なのでしょうね?」


「大丈夫ですって」


コンラードは疑わしげな目をカイルへ向ける。


「あなたがそう言うと、余計に不安になるのですが」


「酷くないですか?」


カイルは不満そうに頬を膨らませた。


それでも試すことをやめる気など毛頭ないらしく、赤い瓶を握り直す。


「じゃあ、投げますね!」


その言葉が聞こえた瞬間――クラウスが、すっと一歩下がった。


ほぼ同時にルークも、何食わぬ顔で二、三歩ほど距離を取る。


バルドが怪訝そうに振り返った。


「……先生、何で下がってんだ?」


「念のためだ」


「念のため?」


「うむ」


それ以上は答えない。


ルークも視線を逸らしながら、しれっと安全圏を確保している。


カイルと付き合いの長い二人が揃って距離を取った。


それを見た瞬間、バルドの頬が引きつる。


セドリックも同じことを考えたらしく、二人はほとんど同時に動いた。


「殿下、念のため我々の後ろへ」


「そこまでなのか?」


アルフォンスは面白そうにしているが、護衛する側には笑う余裕などない。


バルドとセドリックはその前へ立ち、いつでも庇えるよう身構えた。


役人達もそれを見て、慌ててさらに距離を取る。


気付けば、カイルの周囲だけがぽっかりと空いていた。


「何でそんな離れるんですか! もっと近くで見た方が面白いですよ」


バルドは近付くどころか、さらに警戒するように身構えた。


「いいから早くやれ!」


「はいはい」


納得いかない顔のまま、カイルが赤い瓶を構える。


「いきますよー!」


大きく腕を振った。


赤い瓶がくるくると宙を舞い、全員の視線がその軌道を追う。


地面へ落ち――。


パリンッ!


乾いた音を立てて砕けた。


瓶の中身が飛び散り、赤みを帯びた液体が土へ染み込んでいく。


誰も動かなかった。


何も起こらない。


バルドはしばらく身構えたまま待ち、やがて眉をひそめた。


「……何も起きねぇぞ?」


カイルは答えず、にやりと口角を上げた。


その顔を見た瞬間、バルドは直感する。


――まずい。何か来る。


「おい、ちょっと待て――」


コポッ。


地面に染み込んだ液体が、小さく泡立った。


「……あ?」


コポッ、コポッ――。


泡立ちは次第に激しくなり、煮えたぎるマグマのような赤い液体が地面から跳ね始める。


「うおっ!?」


バルドが反射的に身を引いた、その直後。


赤い液体がぐるりと渦を巻き――。


ゴオオオオオッ!!


渦に沿って炎が一気に立ち上がり、巨大な火柱となって空へ駆け上がった。


「ぎゃあああああっ!!」


誰のものとも分からない悲鳴が重なる。


炎は高々と立ち上がり、轟々と空気を焼きながら燃え盛った。


十分に離れているはずの一同の頬へまで熱気が叩き付けられ、役人達が揃って後ずさる。


「殿下!」


アルフォンスの前に立つバルドとセドリックが、庇うように身体を寄せた。


距離はある。


それでも、二人の身体は勝手に動いていた。


対してコンラードは、逃げることさえ忘れ、眼鏡を押さえたまま固まっていた。


先ほどの氷も常識外れだったが、目の前の炎はそれ以上に直接的な恐怖を与えてくる。


まるで、幼い頃に絵本で見た魔王の災厄そのものだ。


誰もが目の前の火柱に恐怖し、思わず身を竦ませる中、カイルだけが満足そうにその炎を眺めていた。


やがて、くるりと振り返る。


「はっはっはっ! どうです、この火力! すごいでしょ!?」


両手を広げ、満面の笑みを浮かべるカイル。


その背後では、天を焦がさんばかりの炎が轟々と燃え盛っている。


本人に悪意など欠片もない。


ないのだが――炎を背負って高笑いするその姿は、どう見ても破壊を喜ぶ魔王だった。


しばらく呆然と眺めていたルークが、ぽつりと呟く。


「……坊ちゃん、完全に悪役っす」


「え?」


カイルだけが、なぜそんなことを言われたのか分かっていなかった。


数秒、誰も答えられない。


そして――。


「何を作ってるんだお前はぁぁぁぁぁ!!」


バルドの怒号が資材搬入場へ響き渡った。


当のカイルはどこ吹く風で、燃え盛る火柱を眺めながら満足そうに頷いている。


「これなら、さすがのアイアーベアにも効くだろ」


むしろ、想像以上の威力だったことが嬉しいらしい。


「笑ってる場合か! さっさと火を消せ!」


「えぇー。もう少し見ててもいいだろ。結構綺麗な火柱じゃん」


「鑑賞してんじゃねぇ!」


「坊ちゃん! さすがにこれは消した方がいいっす!」


ルークが慌てて持っていた氷の瓶を掴み、一本、二本と続けて炎へ投げ込んだ。


パリンッ! パリンッ!


砕けた瓶から白い冷気が一気に広がり、炎を包み込む。


「……あれ?」


しかし、勢いこそ弱まったものの、炎はまだ消えない。


ルークは怪訝そうに眉を寄せた。


昨夜、コンラードが帰ったあと。


カイルとクラウスは研究棟の裏手で、この炎の瓶をこっそり試していた。


付き添っていたルークも、その威力は目にしている。


だが、あの時は氷の瓶を使えば、もう少し簡単に火勢を抑えられたはずだ。


「坊ちゃん……これ、昨日より消えにくくなってないっすか?」


すると、カイルが得意げに口角を上げた。


「甘いな、ルーク。この炎、普通の火より消えにくいんだ」


「それは昨日も見たから知ってるっす! 俺が言ってるのは、昨日より酷くなってないかってことっす!」


「ああ。それなら、あれからもう少し改良した」


「いつの間に!?」


「寝る前」


「何でさらに改良してるんすか! 余計タチ悪いじゃないっすか!」


「魔物に使うなら、簡単に消えない方がいいだろ?」


「そういう問題じゃないっす!」


ゴオッ!


炎が再び大きく揺らめき、熱気が押し寄せた。


「――っ!」


その熱に、コンラードもはっと我に返る。


「バルド殿、水を! 早く!」


「分かってる! セドリック、来い!」


バルドとセドリックは、すぐ隣の近衛騎士訓練所へ駆け込んだ。


「桶を持て! 水だ!」


突然飛び込んできた騎士長の声に、訓練中の騎士達が何事かと振り返る。


その視界には、塀より高く立ち上る火柱。


「何だあれは!?」


「敵襲か!?」


騎士達が一斉に騒めく。


「違う! ただの炎だ! いいから水だ!」


怒鳴った直後、バルドは自分で言っておきながら眉をひそめた。


「……いや、ただの炎って規模じゃねぇな」


あれが城へ燃え移りでもすれば、洒落では済まない。


騒然となる中、バルドとセドリックは桶を掴み、資材搬入場へ引き返した。


ザバァッ!


立て続けに水を浴びせると、炎が大きく揺らぎ、白い蒸気が一気に立ち上る。


それでも完全には消えない。


バルドは顔を顰めた。


「くそっ、しぶてぇな!」


何度繰り返しても、炎は燃え続けている。


とうとう堪えきれず、近衛騎士達へ怒鳴った。


「手の空いてる奴は全員手伝え!」


騎士長の一喝に、近衛騎士達が一斉に動き出した。


それを見ていた役人や鍛冶師達の中からも、何人かが堪らず加勢に入る。


「俺達も手伝うぞ!」


「桶をこっちへ回せ!」


たちまち水場から資材搬入場まで人の列ができ、次々と桶が手渡されていく。


ザバッ! ザバァッ!


大量の水が炎へ浴びせられ、そのたびに白い蒸気が立ち上った。


その様子を少し離れた場所から眺めながら、カイルは興味深そうに顎へ手をやる。


「……これ、何杯くらい掛けたら消えるんだろうな」


「うむ。そこも確かめておいた方がいい」


隣ではクラウスまで真剣な顔で炎を観察している。


「何しろ、私達の力作だからな」


「ですよね」


「お前らも手伝えぇぇぇ!」


バルドの怒声が、広い搬入場いっぱいに響き渡った。


その光景を前に、アルフォンスはとうとう額を押さえた。


――カイルには、好きに物を作らせろ。


つい先日、バルドとコンラードへそう命じたのは、他でもない自分である。


自由な発想を縛るな。危険な物が出来上がろうと止めるな、と。


まさか数日も経たないうちに、その言葉をこれほど恨めしく思うことになるとは想像もしなかった。


隣に立つレオナルドが、何とも言えない顔で燃え続ける炎を眺める。


「……殿下」


「何だ」


「これを戦で使った場合、放っておけば相当長く燃え続けるのでは?」


アルフォンスは、いまだ大勢の者達が水を浴びせ続けている炎を見つめた。


「……そうだろうな」


否定できない自分が、何より嫌だった。


それから三十分ほど経っただろうか。


ようやく、最後の炎が消えた。


資材搬入場には白い蒸気がもうもうと立ち込め、誰もが疲れ切った様子でその場に立ち尽くしている。


蒸気が風に流されるにつれ、先ほどまで火柱が立っていた地面が姿を現した。


草は跡形もなく焼け落ち、剥き出しになった地面は黒く焼け焦げている。


アルフォンスも、焼け焦げた地面を見たまま言葉を失っていた。


小瓶一本の実験に、近衛騎士を総動員して三十分。


何杯水を掛けたか分からない。


さすがに、ここまでの代物とは思っていなかった。


役人達も青ざめた顔で、地面とカイルを交互に見ている。


やがて、そのうちの一人が恐る恐る声を上げた。


「……これは、あまりにも危険では?」


別の役人もすぐに同意する。


「魔物を狩るためとはいえ、森で使えば山火事になりかねません」


「街中など論外でしょう。建物へ燃え移れば、大惨事です」


次々に上がる声に、皆の視線がカイルへ集まる。


当の本人は、なぜそんな顔をされているのか分からないとでも言いたげだった。


「ちゃんと使う場所は選びますよ?」


「そういう問題では……」


役人の一人が言葉を詰まらせる。


少し離れたところでは、別の男がぽつりと漏らした。


「……あの少年と同じ国に生まれて、本当によかったな」


その隣の役人が、無言で何度も頷く。


「敵国にいたらと思うと、ぞっとする」


その言葉を耳にした瞬間、アルフォンスの表情が変わった。


この研究について、会議に参加した者達にはすでに口止めしてある。


だが今回は事情が違う。


消火のためとはいえ予想外の騒ぎとなり、近衛騎士達にまであの炎を見られてしまった。


それだけではない。


あれだけの火柱だ。


周囲に視界を遮る建物も少なく、城からでも十分に見えただろう。


アルフォンスは搬入場を見渡す。


「――この件は絶対に外へ漏らすな!」


鋭い声が響き渡り、疲れ切っていた近衛騎士達の空気が一瞬で引き締まった。


「ここで見たもの、聞いたものは他言無用だ。いいな!」


「はっ!」


揃った返事が資材搬入場へ響く。


異を唱える者はいなかった。


アルフォンスは続けて、傍らのレオナルドへ顔を向ける。


「レオナルド。念のため、城内にも話を通しておいてくれ」


「どのように?」


アルフォンスは僅かに考えた。


「資材搬入場にあった不用品を、まとめて焼却したとでも言っておけ」


「……不用品を、ですか」


レオナルドは焼け焦げた地面へ目をやった。


あれを不用品の焼却で押し通すには、さすがに無理がある。


「……大量の木材があったからな」


アルフォンスが、ありもしない話まで付け加える。


どうやら本人も苦しいことは承知しているらしい。


だが、本当のことを話せない以上、そう言い切るしかない。


レオナルドはそれを察し、それ以上は何も言わず頷いた。


「承知しました」


「妙な噂が立たないようにな」


「すぐに手配いたします」


重い空気が落ちた――その直後。


「カイル殿!」


「カイル!」


コンラードとバルドの怒声が重なった。


「え?」


「え? ではありません!」


二人がほとんど同時に詰め寄ってくる。


コンラードは眼鏡の奥から鋭く睨みつけた。


「これほど危険なものを、殿下の目の前で何の備えもなく使用するなど――!」


ゴンッ!


「いってぇ!」


言い終わるより早く、バルドの拳骨がカイルの頭へ落ちた。


カイルは頭を押さえてしゃがみ込む。


「何すんだよ!」


「こっちの台詞だ! 見ろ、あれを!」


バルドは焼け焦げた地面を指差す。


「ちゃんと離れて投げただろ!」


「そういう問題じゃねぇ!」


「事前に威力を説明しなさい!」


コンラードも負けじと声を荒らげた。


「だから、俺もここまでとは――」


「それが一番問題なのです!」


「いてっ!」


さらにもう一発拳骨を落とされ、カイルは両手で頭を守った。


そんな三人のやり取りを見て、セドリックがとうとう肩を震わせる。


「くっ……くくっ……」


昔からカイルを知っているが、いつだって誰かに怒られている。


ルークはその横で深々とため息を吐き、額を押さえた。


「坊ちゃん……やりすぎっす……」


いつものことではある。


ただし今回ばかりは、やらかした規模が違った。


それでも、一人だけ全く別の反応をしている者がいた。


「アルフォンス!」


クラウスが興奮したまま、黒く焼け焦げた地面を指差す。


「すごいだろう!」


「先生、何であなたが自慢するんですか!」


コンラードが思わず振り返った。


「私も一緒に作ったからだ!」


クラウスは堂々と胸を張る。


叱られているカイルを助ける気などない。


それどころか、自分達の研究成果を褒めてもらいたくて仕方がないらしい。


アルフォンスはそんな一同を眺め、額へ手を当てた。


氷の瓶には戦場を変える可能性を感じ、その直後には空へ届かんばかりの火柱。


消火には近衛騎士まで総動員する羽目になり、つい先ほどまで本気で肝を冷やしていた。


一体、何というものを作ってくれたのだと思う。


それなのに――。


今、その製作者は軍事参謀と近衛騎士長に挟まれて叱られ、共同製作者は悪びれもせず成果を自慢している。


あれほどの騒ぎの果てに待っていたのが、この光景だった。


ここまでくると、怒るのも馬鹿らしくなってくる。


「……まったく、お前達は」


呆れ果てたように零した、その直後。


不意に口元が緩んだ。


「……ふっ」


一度零れた笑いは、もう止められなかった。


「ははっ……はははっ!」


とうとうアルフォンスは、額を押さえたまま声を上げて笑い出した。


少し離れたところでは、ジークが鼻を鳴らしながらその光景を眺めていた。


カイルの姿へ、昔の誰かを重ねるように目を細める。


「……ったく。ほんと、あの無茶苦茶なところは、あいつにそっくりだな」


誰に聞かせるでもなく呟くと、ジークはカイルから視線を外し、アルフォンスのもとへ歩み寄った。


「殿下」


「ん?」


「少し、お願いがあります」


いつになく声を潜めたジークに、アルフォンスも笑みを収めた。


「何だ?」


ジークは一度周囲を見回し、それからアルフォンスにだけ聞こえる声で告げる。


「これから作る剣の製作に、もう一人混ぜたい奴がいます」


「もう一人?」


「はい」


ジークが、その名を口にした。


途端、アルフォンスの表情が僅かに険しくなる。


「……あの方を?」


「はい」


先ほどまでとは明らかに違う反応だった。


アルフォンスはしばらく黙り込み、何かを考える。


「しかし、それは……」


そこまで言ったところで、ふと声を止めた。


視線の先には――。


「だから何で俺ばっかり怒られるんだよ!」


「まだ分からないのですか!」


「お前は一回ちゃんと反省しろ!」


相変わらず、コンラードとバルドに叱られているカイルがいる。


アルフォンスはその姿をしばらく眺めた。


そして、先ほどまでとは別の意味で考え込むように目を伏せる。


ジークはそんな横顔を見て、小さく笑った。


「きっと、カイルとは気が合いますよ」


「……そうなればいいがな」


カイルの味方となり、手を組んでくれるのなら、これほど心強い相手はいない。


それに、ここで縁を結び、さらに親交を深めることができれば――将来カイルが立ち上げる組織の後ろ盾になってくれるかもしれない。


しばらく考えた末、アルフォンスは静かに頷いた。


「……分かった。一度、顔を合わせてみるか」


「ありがとうございます、殿下」


ジークは深く頭を下げると、もう一度だけカイルへ目を向けた。


当の本人は、そんな話が進んでいるとも知らず、まだ二人に囲まれている。


その姿を見て小さく笑うと、ジークは一足先に工房へ戻った。


作業台へ腰を下ろし、引き出しから紙とインクを取り出す。


ペン先を浸したまま、しばらく白紙を見つめた。


そして――ゆっくりと文字を綴っていく。


すごいことが起きたぞ。


魔物の牙でナイフが作れた。


嘘じゃない。


常識じゃ考えられない切れ味だ。


その作り方を教えてくれた奴がいる。


剣の話になると止まらん。お前と同類だ。


興味があるなら一度、城へ来ないか。


最後に、ジークは少しだけ手を止める。


そして、もう一文を書き加えた。


――そいつと一緒に、もう一度あの剣に挑むぞ。


書き終えた手紙を読み返し、ジークは満足そうに鼻を鳴らした。


封を閉じる。


「……あいつなら、きっと飛んで来るな」


口元に、確信めいた笑みが浮かんだ。


翌朝。


届いた手紙へ一通り目を通した男は、読み終えるなり椅子から立ち上がった。


「支度をしろ」


向かったのは、屋敷の奥にある剣の収蔵室だった。


重い扉を開ける。


薄暗い室内には、無数の剣が静かに並んでいた。


男はその中の一振りの前で足を止める。


しばらく黙って剣を見つめた。


やがて手を伸ばし、鞘ごと外すと、迷いなく腰へ差した。


「馬車を用意しろ」


使用人達が慌ただしく動き始める。


男は腰の剣へ一度手を添えると、わずかに口元を上げた。


「アルテの城へ行く」

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