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第52話 魔物の牙から生まれた刃

アルフォンス達がこれからの話をしている頃、当の本人はそんな思惑など知る由もなかった。


昼食を終えたカイルは午後の座学へ出席し、授業が終わるや否や、真っ先に武具開発工房へ足を向けた。


扉を開けば、広い工房にはまだ人影もまばらで、炉の前ではジークが一人、工具の手入れをしている。


足音に気付いたジークが顔を上げた。


「おう、来たか」


「ジーク様!」


カイルは駆け寄るなり、開口一番礼を告げる。


「真剣、ありがとうございました! 今日使ったんですけど、切れ味が凄かったです!」


「もう使ったのか?」


ジークの手が止まった。


昨日渡したばかりだというのに、まさか翌日には実戦へ持ち出しているとは思わなかったらしい。


「はい。ジャイアントホーネットを斬るのに」


「……お前な」


何をしてきたのかと聞きたげな顔をされたが、役に立ったこと自体は嬉しいのだろう。


ジークは呆れ半分に鼻を鳴らしながらも、どこか満足そうだった。


「まあ、役に立ったなら何よりだ。それより――こっちも順調だぞ」


作業台へ向かい、布を被せてあった一本を慎重に持ち上げる。


布の下から現れたものを見た瞬間、カイルの目が輝いた。


「おおっ!」


アイアーベアの牙から削り出された、一本のナイフだった。


まだ研ぎの途中ではあるものの、刃から柄へ続く輪郭はすでに完成形に近い。


あれほど硬く、まともに加工できなかった牙が、今では紛れもない刃物の姿をしている。


「ここから火を入れて、残ってる水分をしっかり飛ばす。そのあと、さらに研ぎ込めば完成だ」


「あと、どれくらいです?」


「二日もあれば仕上がる」


「本当ですか!」


カイルはすぐさま作業台へ身を乗り出し、白い刃を右から左から覗き込んだ。


顔まで近付けて表面を観察する姿は、新しい玩具を前にした子供と大差ない。


「……触るなよ」


「分かってますって」


返事だけは素直だが、目はまったく離れない。


ジークもそれが分かっているのか、念を押すようにナイフを少し遠ざけた。


このまま完成するまで見張っていたいくらいだったが、カイルにもやるべきことが残っている。


「……そうだ。あれを作っとかねぇと」


コンラードから見せるよう言われていた氷の瓶だ。


カイルはようやく作業台から離れると、工房の一角へ移動して背負い袋を下ろした。


ルークも慣れた様子で隣へしゃがみ込む。


「ルーク、青いやつ取って」


「はいっす」


袋から取り出されたブルースライムを鍋へ入れ、必要な薬草と水を加えて炉の火へ掛ける。


しばらくすると、中身がぐつぐつと粘り気を帯びながら煮立ち始めた。


気付けば、バルドまで鍋を覗き込んでいる。その隣にはセドリックもいた。


「……何というか」


「ん?」


「お前、こうしてると料理人みてぇだな」


「どこがだよ」


「鍋でスライム煮込んでるところだよ」


「こんな料理あるか! 食うわけねぇだろ!」


即座に言い返すカイルの横で、クラウスだけはそんな会話など耳に入っていなかった。


鍋を覗き込んでは紙へ書き込み、また顔を寄せる。


「なるほど……加熱するにつれて粘度が変化しているな」


「先生、近付きすぎると顔に跳ねますよ」


「カイル君、これはどの程度まで煮るんだ?」


聞いていない。


カイルは苦笑しながらも、鍋を掻き混ぜる手を止めずに答えた。


「水分がある程度飛ぶまでです。煮すぎると固まりすぎますから」


「なるほど!」


またペンが走る。


その様子を眺めていたバルドが、やはり納得できないという顔で呟いた。


「……やっぱ料理じゃねぇか」


「だから違うって言ってんだろ」


今度はセドリックまで堪えきれず、横を向いて肩を震わせた。


そんな中、鍋を掻き混ぜていたカイルの手が不意に止まる。


「……あ」


バルドの顔から笑いが消える。


こういう時のカイルは、大抵ろくでもないことに気付いている。


「……どうした?」


「フレアビートル……」


「ん?」


「捕まえるの、完全に忘れてた」


工房に妙な沈黙が落ちた。


「お前、何しに森へ行ったんだよ!」


バルドの怒声が響き渡る。


本来、今日の目的はスライムとフレアビートルの確保だった。


ところがジャイアントホーネットに追い回され、川で大騒ぎを起こし、挙げ句には素材回収へ夢中になった結果――全員揃って、本命の一つを忘れて帰ってきたのである。


「どうすっかなぁ……」


今から出直すわけにもいかない。


なら、別の素材で代用できないか。


工房を見回したカイルの視線が、壁際に並べた布袋の一つで止まった。


中では森から持ち帰った色とりどりのスライムが、時折もぞりと動いている。


そのうちの一つ――赤いスライムへ目が留まった。


カイルの表情が変わる。


「……こいつ、使えるんじゃねぇか?」


そして翌日。


カイルは赤いスライムの入った袋へ近付くと、その口を開いて果物を一切れ差し出した。


「ほら、出てこい」


甘い匂いに誘われ、赤い身体がぷるりと揺れる。


やがて袋の縁から顔を覗かせると、果物を追うようにゆっくりと這い出してきた。


「……お前」


バルドが怪訝そうに見下ろす。


「何だよ」


「飼ってんのか?」


「昨日から餌やってるからな。もう結構懐いた」


「魔物だぞ、それ」


「大人しいぞ?」


何を今さら、とでも言いたげに、カイルは赤いスライムをひょいと持ち上げた。


昨日、生きたスライムを工房へ連れてきた時こそ、鍛冶師達は揃ってぎょっとしたものだ。


だが襲ってくるわけでも暴れるわけでもない。


何度か餌を与えられ、普段は袋の中でぷるぷるしているだけとなれば、警戒心も随分と薄れていた。


「……そいつ、意外と可愛いんだよな」


近くで作業していた鍛冶師が、ぼそりと漏らした。


「でしょ?」


カイルが果物を動かすと、赤いスライムもそれを追って身体を傾ける。


「ほら」


「どこが可愛いんだ……」


バルドには理解できないらしい。


一方、クラウスにとって重要なのは可愛いかどうかではなかった。


すでに赤いスライムの前へしゃがみ込み、身体の色や動きを興味深そうに観察している。


「カイル君。その赤い個体には、青い個体とは違う性質があるのか?」


「ありますよ」


カイルは抱えていた赤いスライムを、クラウスの顔の前へずいっと差し出した。


「フレアビートルがいないなら――こいつで代用します」


「代用できるのか?」


「多分」


「多分かよ!」


バルドのツッコミを置き去りに、クラウスの目が輝く。


「なるほど! ならば試してみよう!」


「先生ならそう言うと思いました」


意気投合した二人は、そのまま揃って作業台へ向かった。


「……お前ら、今度は何を作る気だ」


カイルは赤いスライムを作業台へ乗せると、にやりと笑った。


「炎の瓶だよ」


そう言うなり、自分の荷物を漁り始める。


その中から小瓶をいくつか取り出して中身を確かめたものの、必要なものが足りないらしい。


袋の奥まで探ったあと、今度は工房の壁際に置かれた大きな棚へ向かった。


それは、いつの間にか出来上がっていたカイル専用の素材棚だった。


最初は一段だけ借りていたはずが、持ち込む薬草や魔物素材は増える一方。屋敷に溜め込んでいたものまで運び込んだ結果、見かねたジークが専用の棚を作ってくれたのである。


今では乾燥させた薬草や骨、小瓶に詰めた粉末や液体、果ては魔物の目玉が浮かぶ瓶まで並び、工房の一角を堂々と占領していた。


「これはある。こっちも……あー、足りねぇな」


「何がないんだ?」


案の定、クラウスが横から覗き込んできた。


「薬草です。これだけじゃ足りない」


必要なものをいくつか挙げると、クラウスは顎へ手を当てた。


「それなら研究棟にあるぞ。乾燥させたものも残っていたはずだ」


「本当ですか?」


「ああ」


返事を聞いたカイルは必要なものを掴み、すぐさま立ち上がった。


「じゃあ行きましょう」


「うむ!」


そのまま出口へ向かえば、ルークも何も言われないまま当然のように腰を上げ、その後へ続く。


そこでカイルは、ふと振り返った。


「バルド達は?」


「俺らまで行く必要ねぇだろ」


「じゃあ、これ刻んどいてくれ」


「は?」


カイルは机に置いていた瓶から薬草を取り出し、当然のように差し出した。


「細かくな。戻ってきたら使うから」


「お前なぁ……」


文句を言いながらも、バルドの手はしっかり薬草を受け取っている。


カイルは続いてセドリックを見る。


「二人でやった方が早いだろ?」


「……俺もか?」


「頼む」


「……分かった」


「じゃ、よろしく!」


役割分担だけ済ませると、カイルはルークとクラウスを引き連れてさっさと工房を出ていった。


ぱたん、と扉が閉まる。


残された二人は、しばらく無言でそこを見つめた。


「……いつから俺達は、あいつの研究員になったんだ?」


「いつの間にか、そうなってしまいましたね……」


言葉とは裏腹に、身体はすでに動いている。


まな板と包丁を用意し、薬草を並べる。


バルドが慣れた手つきで刻み始める一方、隣から聞こえてくる音はあまりにも頼りなかった。


トン……。


しばらくして、


トン…………。


横を見ると、セドリックが真剣な顔で包丁を握り、恐る恐る薬草へ刃を下ろしている。


前にカイルから頼まれて薬草を刻んだ時もそうだったが、どうやら包丁の扱いは相変わらずらしい。


「お前、前にも教えただろ」


「……何でしたっけ?」


「左手だよ。そんな押さえ方したら指切るぞ」


「ああ、そうでした」


思い出したように指を曲げるが、何かが違う。


「違う違う! 猫の手だって言っただろ!」


「猫の手……」


もう一度試すものの、やはり妙だ。


「だから、こうだ!」


見ていられなくなったバルドは包丁を置き、左手を顔の横へ持ち上げて指を丸めた。


「こう! 猫の手だ!」


「…………」


なぜか返事がない。


セドリックは、バルドの顔とその横に掲げられた手を交互に見ていた。


「何だよ」


「いえ……その、騎士長がそれをすると……」


口元が震える。


「何だ?」


「にゃん、とやっているように見えまして」


「はぁ!?」


とうとうセドリックが吹き出した。


「す、すみません……」


謝ってはいるが、肩は完全に震えている。


バルドは思わず自分の手を見た。


確かに、見ようによっては――。


「誰がにゃんだ!」


「申し訳ありません。ですが……ふっ」


「まだ笑ってんじゃねぇ!」


怒声に、近くの鍛冶師達まで何事かと振り返る。


「いいから刻め!」


「はい。……猫の手、ですね」


「いちいち言うな!」


今度こそセドリックは声を上げて笑った。


そういえば最近、こいつも随分とよく笑うようになった。


以前は生真面目で口数も少なく、何を考えているのか分からないほど感情を表に出さなかった。


それが今では、こうしてバルドをからかっては笑い、他の騎士達とも自然に言葉を交わしている。


これも、カイルと行動を共にするようになった影響だろうか。


バルドはそんな変化を悪くないと思いながらも――今はそれどころではない。


「笑ってねぇで手ぇ動かせ!」


「はい、すみません」


セドリックはまだ笑いを残しながら、再び包丁を握った。


しばらくして研究棟から戻ってきたカイルは、すぐさま赤いスライムの加工を始めた。


煮て水分を飛ばし、乾燥させ、刻んでもらった薬草を混ぜる。


配合を変えて反応を確かめ、思った結果が出なければやり直す。


「……違うな」


小瓶を光へ透かし、色や粘度を確かめる。


まだ求めている反応には届かない。


ならば薬草を減らすか、別の素材を加えるか。


新たな配合を試し、鍋へ材料を加えた、その時だった。


ボウッ!


「うわぁっ!」


突然、鍋を覆うほどの炎が立ち上がり、カイルは反射的に身を仰け反らせた。


「お前、今度は何やってんだ!?」


バルドの怒声に鍛冶師達が一斉に手を止め、ジークまで顔を上げる。


「おい、カイル! 大丈夫か!?」


「大丈夫です!」


幸い炎はすぐに収まった。


そこへやって来たコンラードが、焦げた鍋と周囲を見回す。


「……今度は何をしたのですか」


「ちょっと火が出ただけですよ」


「ちょっと……?」


コンラードは額へ手を当てた。


「あなたが来てから、この工房は随分と騒がしくなりましたね……」


「賑やかでいいでしょ?」


「誰のせいだと思っているのですか」


当のカイルは気にする様子もなく、再び鍋を覗き込んだ。


「……これも違うな」


そうして迎えた翌日。


赤いスライムの扱い方も少しずつ見えてきた。


そして――アイアーベアの牙も、ついに一本の刃として完成する。


「カイル」


呼ばれて作業台へ向かうと、ジークが布に包んだものを慎重に持ち上げた。


カイルの前で布が開かれる。


白く磨き上げられたナイフは、元が魔物の牙だったとは思えないほど滑らかな光沢を放っていた。


装飾らしい装飾はない。


それでも、研ぎ澄まされた白い刃そのものが目を引く。


ただ一つ、カイルが想像していたものと違うところがあった。


刃先が僅かに丸められている。


その視線に気付き、ジークが先に説明した。


「本当なら、もっと鋭くできる」


「じゃあ、何で?」


「危険すぎるからだ」


冗談を言っている顔ではない。


「この素材は、俺が思ってた以上に刃が立つ。そのまま限界まで研いじまったら、少し触れただけで指を飛ばしかねねぇ。だから意図的に切れ味を落としてある」


「これで……?」


「これでも十分すぎるほど危険だ」


そこまで言われると、逆にどこまで斬れるのか確かめたくなる。


とはいえ、鞘まで斬れてしまうようでは持ち運びようがない。


完成の知らせはすぐにアルフォンスへ届けられた。


翌日。


武具開発工房にはアルフォンスをはじめ、クラウスや鍛冶師、武具研究室の学者、先日の剣製作の会議に出席していた役人まで顔を揃えていた。


加工不可能とされてきたアイアーベアの牙が、本当に武器として使えるものになったのか。


誰もが、その答えを自分の目で確かめようとしている。


「では、試してみるか」


アルフォンスの言葉を受け、ジークは完成したナイフをバルドへ差し出した。


「頼む」


「了解」


まず用意されたのは肉の塊だった。


バルドが刃を当て、普段通りに腕を引く。


力を込める暇すらなかった。


白い刃はほとんど抵抗もなく肉へ沈み込み、そのまま綺麗に二つへ分けてしまった。


「……軽いな」


続いて、厚みのある木材。


今度は多少力を込めて刃を滑らせる。


ギシリ、と短い抵抗音が鳴ったものの、それだけだった。


真っ直ぐな切断面を残し、木片が床へ転がる。


工房の空気が変わった。


そして最後に運び込まれたものを見て、役人達の間にざわめきが広がる。


鉄板だった。


「まさか……な」


誰かの呟きが妙に大きく聞こえた。


一方、カイルとジーク達に驚いた様子はない。


加工の途中で性能を確かめた際、鉄すら切れることはすでに分かっていた。


だからこそ、最後の試し切りには鉄板を用意したのだ。


カイルは鉄板へ目をやり、そのままバルドへ声を掛ける。


「バルド、それもやってみてくれ」


「……簡単に言いやがるな」


作った本人達が平然としている以上、少なくとも鉄板に傷を付けるくらいはできるのだろう。


それでも目の前にあるのは紛れもない鉄だ。


バルドは余計な力を込めず、鉄板へ刃を当て、そのまま滑らせた。


ギィッ――。


鋭い金属音とともに、手へ伝わっていた抵抗がふっと消える。


「……は?」


鉄板が、ずれた。


切断された片側がゆっくり傾き、硬い音を立てて床へ落ちる。


工房から音が消えた。


鉄が――切れた。


叩き割ったのでも、砕いたのでもない。


一本のナイフを滑らせただけで、厚みのある鉄板が真っ二つになっている。


役人や学者達が言葉を失う中、カイルとジーク達だけは驚くことなく眺めていた。


以前、牙の欠片を軽く尖らせただけで試した時よりも、刃として丁寧に研ぎ上げた今回は、切断面が明らかに綺麗だった。


「……やっぱ、ちゃんと研ぐと違うな」


ジークも満足そうに頷く。


アルフォンスが歩み寄った。


「見せてくれ」


差し出されたナイフを受け取り、光へかざす。


白い刃には、目立った欠けすら見当たらない。


「……これが、魔物素材の力か」


これまでカイルは、魔物の骨や皮、牙にまで目を向け、加工法を探りながらいくつもの商品を生み出してきた。


だが今回、形になったものはそれまでとは違う。


一本のナイフ。


魔物の素材から、ついに武器が生まれたのだ。


硬すぎるがゆえに加工の難しかった牙も、方法さえ見つけてしまえば、その硬さそのものが人の作る武具にはない強みへ変わる。


アルフォンスは刃へ指を近付けたものの、触れる寸前で止めた。


「……うっかり触れただけで、指を失いそうだな」


「ええ」


ジークの返事は真剣だった。


「だから刃先を少し殺してあります。それでも、ご覧の通りです」


「これで切れ味を落としているのか……」


アルフォンスは鉄板の切断面へ目をやり、しばし黙り込んだ。


「……これは、新しい時代の武具だな」


その言葉を聞いた瞬間、カイルは堪えきれず拳を握った。


「よっしゃ……!」


宣言した通りだ。


加工できなかったアイアーベアの牙を、本当に一本のナイフへ変えることができた。


それも形だけではなく、鉄板すら断ち切る武器として。


必要な本数にはまだ届いていないが、ナイフとして成立することが証明できた以上、いよいよ次の段階――魔物を狩るための剣の製作へ進める。


ようやく、本命へ手が届く。


カイルは満足げに白い刃を眺め――ふと、その目を細めた。


(……使えるな、これ)


鉄板まで断つほどの切れ味は、魔物を相手にするなら頼もしい。


だが、普通に使うには明らかに過剰だ。


(もっと性能を落としたら……売れるな)


鉄など斬れなくていい。


普通のナイフよりよく切れ、頑丈で長持ちする。


それだけでも、猟師はもちろん、肉や皮を扱う職人には十分な価値がある。


しかも、材料はアイアーベアに限らない。


大きな牙を持つ魔物なら他にもいるし、骨だって使えるかもしれない。


これまで硬すぎて使い道のなかった素材まで、商品へ変えられる。


そこまで考えたところで、カイルの口元がじわりと緩んだ。


(……やっぱり、狙い通りだ)


実のところ、武具開発工房を使えると決まった時から、この可能性は考えていた。


自分の持つブランド、トリニティ・クロスには様々な品を作る職人達がいる。


しかし、足りなかったのは――武具を作れる職人だった。


自分達で一から探せば、当然ながら金も時間も掛かる。


だが、ここには腕利きの鍛冶師が揃っている。


聞けば、今回ナイフの留め具を作った鍛冶師も、普段は鎧を専門に手掛けているらしい。


剣だけではない。


鎧や盾、槍や弓――それぞれ得意分野を持つ職人達が、新しい武具となれば専門の垣根を越えて力を貸してくれる。


そして――その費用を負担するのは国だ。


(助かるんだよなぁ、これが)


牙を柔らかくする方法はカイルが見つけ、その先の加工法はジーク達が形にしてくれた。


なら、それを武具だけに使って終わらせる必要はない。


性能を抑えて民間へ流し、販売はトリニティ・クロスが担えばいい。


素材を集める仕組みも、販売経路もすでにある。


もちろん、牙を柔らかくする方法まで渡すつもりはなかった。


そこはトリニティ・クロスの大事な技術だ。


自分の技術は守り、国の工房で生まれた技術は国の発展という大義名分のもと、有効活用させてもらう。


新しい産業が生まれるのだから、国にとっても悪い話ではない。


(誰も損しねぇじゃん)


そう説明すれば、アルフォンスだって駄目とは言わないはずだ。


剣の製作会議では、双方の技術を守るべきだと、いかにも聞こえのいいことを並べていた。


もちろん、それ自体は本心である。


だが、その裏ではしっかり自分の利益へ繋がる道まで考えていたのだから、何とも自分に都合のいい話だった。


(開発費、ごっそり浮くな)


カイルの口元が、ますます緩んでいく。


聖人ぶった顔の裏側は、なかなかどうして、ずる賢い。


(金貨何枚取れる……?)


頭の中では、早くも値札が付き始めていた。


「……カイル」


「はい?」


アルフォンスの声に、カイルは何食わぬ顔で振り返る。


「なぜそんなにニヤニヤしている?」


「いやぁ、出来て嬉しいなぁと思って」


「そんな顔か?」


「そうですよ」


しれっと答えるカイルに、アルフォンスは何か言いたげな目を向けた。


だが、当の本人はすでに素知らぬ顔で白いナイフへ視線を戻している。


アルフォンスはナイフをジークへ返すと、改めてカイルへ顔を向けた。


「よくやったな、カイル」


穏やかな声だった。


カイルは一瞬きょとんとしたものの、すぐに表情を緩める。


「俺だけじゃありません」


ジークへ目を向け、それから工房に集まった面々を見回した。


「ジーク様や、みんなのおかげです」


誰が最初だったのかは分からない。


ぱち、と一つの拍手が鳴り、それに応えるように音が重なっていく。


やがて工房全体が大きな拍手に包まれた。


ジークは居心地が悪そうに鼻を鳴らしながらも、どこか満足げだった。


クラウスはナイフと鉄板の切断面を交互に眺め、早くも何か考え始めている。


ルークは自分のことのように胸を張り、バルドも先ほどまでの驚きを残しながら笑っていた。


セドリックも白い刃から目を離せずにいる。


役人達からも感嘆の声が漏れた。


「あれほどの素材を、本当に武器へ……」


「流石、団長のご子息だな。大したものだ」


口々に聞こえてくる声に、カイルは少し照れくさくなって頬を掻く。


そんな横顔を、アルフォンスは何も言わず眺めていた。


――やはり、この少年には自由にやらせた方がいい。


一つ形にしたかと思えば、そこから次の可能性を見つけ、また別のものへ手を伸ばしていく。


そうして進んだ先に何が待っているのか。


それを見届けたいと、素直に思った。


ひとしきり拍手が続いたあと、アルフォンスは改めて白いナイフへ目を向ける。


加工不可能とされてきた魔物の牙を武器へ変え、その工程まで確立した。


これだけでも、成果としては申し分ない。


「では、今日はこれで――」


「殿下」


その言葉を遮ったのは、少し離れた場所に控えていたコンラードだった。


アルフォンスがそちらを見る。


「どうした?」


コンラードはいつもの落ち着いた顔のまま、一歩前へ出る。


「まだ終わりではありません」


「……何?」


それまで拍手を送っていた者達も、何事かとコンラードへ顔を向けた。


「本日、殿下にお見せしたいものは――これだけではありません。カイル殿が実際の魔物討伐で使用している道具も、ご用意しております」


その言葉に、工房の空気が再び変わった。


先ほどまで白いナイフへ向けられていた興味が、一斉に次の〝道具〟へと移っていく。

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