第51話 自由な発想と王族の思惑
本気で死を覚悟したのか、半ば泣き叫びながらスライムの入った袋から必死に距離を取るコンラード。
カイルは堪えきれず吹き出した。
「ははっ、大丈夫ですよ」
ジャイアントホーネットへとどめを刺しながら、まるで大したことではないような口調で告げる。
「そいつらは、まだ生きてますから。自分で吸う水の量を調整できます」
クラウスが不思議そうに荷物へ目を向けた。
「では、なぜ先ほどはあれほど大量の水を吸収したんだ?」
「傷を付けたあとに混ぜた薬草ですよ。霧葉草です」
「ああ。周りの水分を吸い取り、自身の栄養源とする薬草だな」
「その通りです」
カイルは満足そうに頷いた。
「ブルースライムは体内の水分が減ると、本能的に水を取り込もうとするんですよ。普通なら、自分が取り込める量まで吸えばそこで止まる。でも今回は、傷を付けたところへ霧葉草を混ぜた」
吸い込んだ水分を、霧葉草が次々と奪っていく。
これは、いつもカイルが氷の瓶を作る際にも、水分を飛ばすために使う薬草だ。
そのせいでブルースライムは、いくら水を吸っても足りないと錯覚した。
「だから、自分の身体に取り込める量を超えても吸水を止めなかった。それで最後は、身体が耐えきれなくなって――暴発したってわけです」
「なるほど……!」
クラウスの目が大きく見開かれる。
「生存本能そのものを利用し、吸水能力を暴走させたのか!」
「そうです。魔物も生き物ですからね」
カイルは何でもないことのように肩を竦めた。
つまり、傷のないブルースライムなら突然膨れ上がる心配はない。
死を覚悟していたコンラードも、ようやく胸を撫で下ろした。
その頃には、対岸でジャイアントホーネットの始末を終えたカイルも戻ってきていた。
川に並ぶ石をひょいひょいと渡り、濡れた背負い袋の前へしゃがみ込む。
解体道具を取り出そうとしたところで、ふとコンラードへ目が止まった。
ルークも同じことを思い出したらしい。
二人の視線が重なり、ほとんど同時に口元が緩んだ。
「それより……クマさん亭の……」
「ハンバーグ……」
「……っ!」
コンラードの顔がみるみる赤くなる。
「い、今のは忘れてください!」
「無理ですよ」
「無理っすね」
「忘れなさい!」
怒声が森へ響き渡った。
カイルは楽しそうに笑う。
「でも、死ぬ前に食べたくなるくらいなんでしょ? クマさん亭のハンバーグって、そんなに美味しいんですか?」
「…………」
コンラードは答えず、赤くなった顔を隠すようにくるりと背を向けた。
「今度、連れてって下さいよ」
「俺も行きたいっす!」
そこへ荷物を取りに、バルドとセドリックも戻ってくる。
話を聞いていたバルドはクラウスと顔を見合わせ、揃って頷いた。
「まあ、確かにクマさん亭は旨いよな」
「うむ。あそこのハンバーグは私も好きだ」
セドリックも興味を示す。
「そんなに有名なんですか?」
「ああ。王都の人間は知らねぇか。アルテじゃ結構有名な店だぞ。いつも行列ができてる」
当然、カイルが聞き逃すはずもない。
「ほら! やっぱり美味しいんじゃないですか!」
「今度みんなで行きましょうよ!」
「あなた達とは行きません!」
「ケチ」
「ケチっすね」
とうとうコンラードが勢いよく振り返った。
「それより、あなたは今の状況が分かっているのですか!」
びしょ濡れになった服を両手で示す。
「あなたのせいで、全員びしょ濡れでしょう!」
「……乾かせばいいじゃないですか」
「そういう問題ではありません!」
即座に怒鳴り返され、カイルは堪えきれず小さく笑った。
これ以上からかえば本気で怒られそうだと、さっさと川を渡り直し、倒したジャイアントホーネットの前へ向かう。
その場へしゃがみ込むと、すっかり気持ちを切り替え、どの素材を持ち帰るか品定めを始めた。
残されたコンラードは、濡れたハンカチで眼鏡を拭きながら、先ほど目の前で起きた光景を思い返していた。
川そのものが爆発したかのように噴き上がった巨大な水柱。
カイルにとっては、ジャイアントホーネットの羽を濡らすための手段に過ぎない。
だが、軍事参謀であるコンラードには別の可能性に見えた。
もし、あれを戦場で使ったなら――。
「……恐ろしい」
無意識に漏れた声に、近くにいたルークが振り向く。
「どうしたんすか?」
「発想が常人のものではありませんな。悪魔の子ですか、あの少年は……」
「ははっ……それ、あながち間違いじゃないかもしれないっす」
「否定しないのですか」
「坊ちゃん、加減を知りませんからね。効率よく魔物を狩れるなら、危険なんて二の次っす」
苦笑しながら向けられた視線の先では、その〝悪魔の子〟が鼻歌交じりにジャイアントホーネットの解体を始めていた。
「だから、たまに俺でも怖くなるっす」
「……やはり悪魔ですな」
コンラードは額を押さえながらも、先ほどとは違う目でカイルを見つめた。
ジャイアントホーネットを誘き寄せた液体。
そして、水柱を生み出したブルースライム。
どれも最初から武器として作られたものではない。
それでも使い方一つで、戦場を変えかねない。
しかもカイルは、危機の最中にそれらを組み合わせてしまった。
まだ十六歳の少年が、だ。
(だから殿下は、あの少年を手元へ置かれたのですか)
今になって、アルフォンスの判断が腑に落ちた。
何としても、この国で預からねばならない人材なのだ。
「コンラード! 動けるか?」
バルドの声に、コンラードは我に返った。
「……ええ。何とか」
帰るには、来た時と同じようにもう一度川を渡らなければならない。
転倒した際に足を痛めたらしく、コンラードの動きはまだぎこちなかった。
慎重に石へ足を掛けたものの、その危なっかしい様子を見かねたバルドがすぐさま腕を掴んで支える。
「ほら、足元に気を付けろ」
「申し訳ありません……」
「次に森へ来る時は、もう少し荷物を減らせ。全部抱えてたから転んだんだろ」
支えられながら川を渡るコンラードは、力なく首を横へ振った。
「二度と御免です」
やけに実感のこもった声だった。
どうやらカイルについて森を歩く恐ろしさを、たった一度で十分すぎるほど思い知ったらしい。
監視役を辞退させようというカイルの目論見は、本人の知らないところで着実に成果を上げていた。
ようやく対岸へ渡り切ったコンラードが地面へ腰を下ろす一方、カイルはすでに次のことへ夢中だった。
切り離した羽を光へ透かし、角度を変えながら表面を観察する。
「結構硬いな。薄いのに、簡単には破れねぇ」
羽の感触を確かめ終えると、今度は鋭い針や外殻へ手を伸ばした。
「この素材を使って、何か作れねぇかな」
そこへ、川を渡ってきたルークとクラウスも加わる。
「もう次の研究か?」
クラウスは呆れるどころか、同じように目を輝かせて巨大な羽を持ち上げた。
「この薄さで、かなりの強度がある。構造を調べれば、軽い防具や盾へ応用できるかもしれんぞ」
「針も使えそうですよね。毒が残ってるなら、それも使いたい」
「毒の成分も調べねばならんな!」
「外殻も何かに使えそうです」
命懸けの戦闘を終えた直後とは思えない会話に、コンラードの顔から再び血の気が引く。
「……あなた達は、恐ろしくないのですか?」
「何がです?」
「何がです、ではありません! つい先ほどまで、これに殺されかけていたのですよ!?」
「でも、もう倒したでしょ?」
「そういう問題ではありません!」
コンラードの怒声など意にも介さず、クラウスは針の先端を興味深そうに覗き込んでいる。
「これほど間近で観察できる機会は貴重だからな」
「先生まで……」
コンラードは濡れた顔を両手で覆った。
そんな背中をルークが慰めるように軽く叩く。
「慣れた方が楽っすよ」
「慣れたくありません」
そこだけは迷いのない即答だった。
やがて必要な素材を回収し終えると、残ったジャイアントホーネットの死骸へ火が放たれた。
ぱちぱちと音を立て、大きな炎が立ち上る。
濡れた身体に森の冷気は堪えたらしく、カイルは何の躊躇もなく炎の前へ腰を下ろした。
「あったけぇ」
「生き返るっす」
ルークも両手を火へかざす。
クラウスも迷うことなく加わり、さらにセドリックまで何事もなかったように同じ火を囲んだ。
燃え上がる巨大な魔物を前に、四人が平然と暖を取っている。
少し離れた場所から眺めていたバルドは、思わず頬を引きつらせた。
「……おい。普通、魔物の死体で暖は取らねぇだろ」
「火は火だぞ?」
「燃えるなら一緒っす」
カイルとルークは当然のように言う。
バルドは助けを求めるようにコンラードを見た。
「……頭がおかしいですね」
「だよな?」
「ええ」
セドリックまで何の疑問も抱かず混ざってるあたり、意外と適応力が高いのかもしれない。
どうやら、まともなのは自分達だけらしい。
ところが森の空気は冷たく、濡れた服から容赦なく体温を奪っていく。
二人はしばし顔を見合わせ、先に折れたのはバルドだった。
「……ちょっとだけな」
「ええ。ちょっとだけです」
できるだけ燃えているものを見ないようにしながら、二人もそっと炎へ手をかざす。
「……あったけぇ」
「確かに火は、火ですね」
向こう側で聞いていたカイルが、にやりと笑う。
「だから言っただろ」
「何も言ってねぇ!」
バルドのツッコミが森へ響き、それに皆の笑い声が重なった。
死骸が十分に燃え尽きたところで、一行は荷物をまとめ、森を離れることにした。
――はずだったのだが。
「……待てよ」
帰りかけたカイルが、ふいに足を止める。
「ジャイアントホーネットがここにいたってことは、近くに巣があるんじゃねぇか?」
「……だから何だ」
嫌な予感を覚えたバルドをよそに、カイルの目がみるみる輝いていく。
「蜂なら、巣に蜜があるかもしれねぇだろ?」
「蜜?」
クラウスまで反応した。
「なるほど。これほど巨大な蜂型の魔物が作る蜜か……確かに興味深いな」
「でしょ! 普通の蜂蜜と同じとは限らないし、何か使い道があるかもしれない!」
言うが早いか、カイルは森の奥へ足を向けた。
「ちょっと探して――」
「行くな!」
襟首を、バルドが即座に掴んだ。
「何すんだよ! 巣が近くにあるかもしれねぇだろ!」
「だから行かせねぇんだよ! 巣なんか見つけたら、今度は何匹出てくると思ってやがる!」
「でも蜜が――!」
「命と蜜を天秤に掛けるな!」
なおも森の奥へ手を伸ばすカイルを、ルークまで反対側から引っ張った。
「坊ちゃん、今日はもう帰るっすよ!」
「見るだけ! 巣の場所を確認するだけだから!」
「あなたの『見るだけ』ほど信用できない言葉はありません!」
コンラードまで加わり、結局カイルは三人がかりで引きずられるように森を後にした。
クラウスだけは最後まで森の奥を振り返る。
「……蜜か。私も少し見てみたかったのだが」
「先生まで余計なこと言うんじゃねぇ!」
再びバルドの怒声が飛んだ。
そして、その騒ぎに紛れて――誰一人として気付かなかった。
もう一つの目的だったフレアビートルを、一匹も捕まえていないことに。
◇ ◇ ◇
回収した素材を荷馬車へ積み込むと、一行はそのまま城への帰路についた。
森が遠ざかっていく中、揺れる荷台でセドリックが隣のカイルへ声を掛ける。
「……さっきの槍、あれで良かったのか?」
珍しく自分から尋ねてきたセドリックに、カイルはすぐ頷いた。
「十分だ。飛んでる相手は剣じゃ届かねぇからな。やっぱり槍は長さがある分、頼りになる」
何度か空を切る場面はあった。
それでも無闇に追いかけず、間合いを維持して時間を稼げた。
学生時代の訓練を思い出せたことも、自信に繋がったらしい。
「次はもっと上手くやれるさ」
「だな」
短い返事ながら、その声はどこか晴れやかだった。
カイルも満足そうに笑い、再び揺れる荷台へ身体を預けた。
やがて城へ戻る頃には、森で張り詰めていた緊張もすっかり薄れていた。
代わりに気になったのは、自分達の酷い有様だ。
服は泥だらけで、髪からはまだ水が滴り、靴の中までぐっしょりと濡れている。
「……とりあえず、風呂だな」
誰ともなく漏れた一言に、一同は揃って頷いた。
それぞれ風呂で身体を温め、着替えを済ませた頃には、ようやく人心地ついていた。
もっとも、バルドとコンラードにはまだ仕事が残っている。
森で起きたことを報告するため、その足でアルフォンスの執務室へ向かった。
扉を叩いて中へ入ると、机へ向かっていたアルフォンスが顔を上げる。
「お帰り。どうだった?」
二人は一瞬だけ顔を見合わせた。
何から話せばいいのか迷うほど、色々ありすぎた。
先に口を開いたのはコンラードだった。
「……殿下。私は、殿下があの子を手元へ置かれた理由が、ようやく分かりました」
「ほう?」
「放っておけば、あの子は恐ろしい兵器を作りかねません」
楽しげだったアルフォンスの表情が僅かに変わった。
コンラードは森で起きた出来事を順を追って説明する。
ジャイアントホーネットの群れに襲われたこと。
ブルースライムへ霧葉草を混ぜ、生存本能を利用して大量の水を吸わせたこと。
そして――川から空高くまで噴き上がった巨大な水柱。
「もし、あれを戦で使ったら……川を渡る敵兵や橋の上で発動させれば、一瞬で隊列を崩せます」
コンラードは一度言葉を切った。
「何より恐ろしいのは、あの方法をあの場で組み立てたことです」
アルフォンスはしばらく黙り、やがて静かに口を開く。
「……カイルらしい発想だ」
その声には感心だけでなく、王族としての警戒も滲んでいた。
「この国が窮地へ追い込まれた時、最後の切り札になるのは、案外あの子かもしれんな」
カイルは以前、自分が作ったものを人へ向けて使いたくないと口にしている。
アルフォンスも、その考えを曲げるつもりはない。
「二人に頼んでおきたいことがある。カイルには、好きに物を作らせろ」
意外な指示に、バルドが眉を上げる。
「危険な物でも、ですか?」
「ああ。あれの発想を、我々の常識で縛るな。ただし、何を作ったのかは必ず把握しておけ」
アルフォンスはコンラードを見る。
「クラウスは研究者として記録を残すだろう。だが、お前達は別に、軍事的な観点から残しておけ。実戦で使える可能性があるのか、それだけで構わん」
「外へ提出するのですか?」
「いや。こちらで保管するだけだ」
コンラードは意味を察したらしく、眼鏡を押し上げた。
「……いつか必要になった時のために?」
「そうだ。『そういえばカイルが昔、妙な物を作っていたな』と思い出せればいい」
バルドは何とも言えない顔をする。
「それを使うおつもりで?」
「違う。我々が勝手に使うのではない。必要になれば本人に頼む」
国から兵器を作れと命じるのでも、研究成果を奪うのでもない。
カイルには好きなように作らせ、好きなように試させる。
何事も起こらなければ、その記録が日の目を見ることもない。
それでいい。
「それに――あの子は魔物を狩る道を選んだが、志しているのはあくまで騎士だ」
金に目がなく、商売となれば誰よりも目を輝かせる。
王族相手にも遠慮がなく、放っておけば何をしでかすか分からない。
それでも、カイルの根底には騎士としての矜持と、この国への忠誠がある。
「もし本当に国が危機に陥れば、頼まずとも剣を取るだろう。いや、あの子なら我々が頼むより先に『前に作ったあれを使えます』と言い出すかもしれんな」
バルドの口元が僅かに緩んだ。
確かに、カイルならやりかねない。
自分の作ったものを人へ向けることは嫌う。
それでも、大切な者達や、その者達が暮らす国まで見捨てて信念だけを守る少年でもない。
「今思えば、あれほど危うい才能を持つ子が、ラインハルト殿の息子だったのは……この国にとって幸運だったのかもしれんな」
騎士として国に尽くしてきた父の背中を見て育った。
その生き方は、カイルにも受け継がれている。
「使わずに済むなら、それが一番いい。だが、使えるものがあったことすら忘れて国を失うほど、私は愚かではない」
アルフォンスはそこで一度言葉を切る。
「だから止めるな。カイルには自由にやらせろ」
「……承知しました」
コンラードが答え、バルドも頷いた。
「それと、この記録の意図はカイルには話すな」
「カイル殿にも、ですか?」
「ああ。人へ向けられる可能性まで意識させれば、あれの発想に余計な枷が嵌まる」
今まで通り、面白いと思ったものを作り、失敗し、また妙なものを思いつけばいい。
自分達は、それを覚えておけばいいのだ。
「……承知しました」
返事をしながら、バルドは何とも複雑な気分になった。
自由にさせながら、その成果は密かに記録しておく。
見方によっては利用しているとも取れる。
だが、アルフォンスはカイルの意思を無視して使うとは言っていない。
最後に選ぶのは、あくまでカイル自身だ。
――やっぱり王族ってのは、食えねぇな。
そんなことを考えていたバルドの前で、アルフォンスがふと机へ視線を落とした。
「……やはり急ぐべきか」
「殿下?」
「私兵の話だ。思っていたより、立ち上げを早めた方がよさそうだ」
バルドが僅かに眉を上げる。
アルフォンスは指を組み、顎をのせた。
「私はこれまで、カイルのやっていることを魔物討伐の延長として見ていた。魔物を狩り、素材を調べ、それを利用する。少なくとも、本人はそのつもりなのだろう」
「でしょうな」
コンラードは強く頷く。
しかし、魔物の素材から作られたものが、魔物にしか通用しないとは限らない。
騎士が使えばどうなる。
兵士に持たせればどうなる。
戦場へ持ち込めば――どうなる。
「本人にその気がなくとも、カイルの作るものは対人戦にも使える。これを兄上が知れば、どこに戦いを挑むか分からん」
それは以前から、アルフォンスの頭にもあった懸念だ。
ただ、あくまで可能性の話に過ぎないとも思っていた。
だが――コンラードの報告を聞いた今、その懸念は無視できないほど現実味を帯びている。
バルドも否定しなかった。
あの王ならば、真っ先に軍への転用を考えても不思議ではない。
「だからこそ、簡単には手出しできぬよう、完全に私の手元へ置かねばならん」
たとえ王といえど、王弟が正式に立ち上げた直属組織へ好き勝手に手を突っ込むことは難しい。
カイル個人でいるうちは、王国騎士団へ入れることも、近衛へ置くこともできる。
だが一度、アルフォンス直属の組織で正式な役目を与えてしまえば、そう簡単には取り上げられなくなる。
「それに、今のカイルは、この城へ置いたところで身軽すぎる」
「身軽?」
「ああ。珍しい魔物がいると聞けば、それが他国だろうと行くと言い出しかねん」
「……否定できませんな」
今度はバルドまで頷いた。
見たことのない魔物や素材があると聞いただけで、嬉々として旅支度を始める姿が容易に想像できてしまう。
「そこで嫁でも捕まえてみろ」
「嫁、ですか?」
「ああ。この国への忠誠心は失わんだろう。だが、相手の国にも情が移れば、平然とそちらのためにも動き始めるぞ」
それもまた、否定できない。
カイルにとっては裏切りですらないのだろう。
自分の国を助ける。
妻の国も助ける。
本人からすれば、ただそれだけの話だ。
「友好国ならばまだいい。しかし問題は敵国だった場合だ」
部屋の空気が僅かに重くなる。
カイルが敵国へ寝返るとは考えていない。
だからこそ厄介なのだ。
本人はこの国を裏切ったつもりなどないまま、向こうでも魔物を狩り、素材を調べ、新しいものを作り始めるかもしれない。
そして、それを現地の者たちが軍事転用しようものなら、もはや笑い話では済まない。
「本人に、そこまで考えて動けと言っても無理でしょうな」
コンラードの言葉に、アルフォンスも頷く。
「だろうな。面白いか、金になるか。その辺りで決める」
「そこまで酷くは……」
バルドが言いかけ、黙った。
誰も否定できなかった。
「だからこそ、早くこちらで囲う必要がある」
アルフォンスは組んでいた指を解く。
「この国を背負って他国へ行くのなら構わん。たとえ敵国でもな」
「敵国でも、ですか?」
「ああ。今のカイルが行けば、ただの一個人だ。そこで何を見つけ、何を作ろうと、こちらには口を挟む理由がない。だが、私の組織に属する者として赴くのなら話は変わる」
その背後にはアルフォンスがいる。
相手国も、王弟直属の組織に属する人間を、ただの一個人として扱うことはできない。
「向こうで得たものは組織へ持ち帰らせる。相手国がカイルの力を借りたいのなら――」
アルフォンスの口元に薄い笑みが浮かんだ。
「今度は私と話をしてもらえばいい」
コンラードが納得したように頷く。
「カイル殿個人の行動ではなく、国同士の話へ持っていけると」
「そういうことだ。あの子が勝手に動けば問題になることでも、こちらが間に入れば外交に変えられる」
カイルの自由を奪う必要はない。
魔物を狩りたいなら狩ればいい。
他国へ行きたいなら、それも構わない。
ただし、アルフォンスの組織を背負って。
「それに組織にしてしまえば、カイルは一人では動かなくなる」
「仲間をつけると?」
「ああ。魔物を狩る戦士がいる。素材を調べる者がいる。それを加工する職人がいる。カイルが何かを思いつけば、それぞれが関わることになる」
得た情報も、作り上げたものも、自然と組織の中に残る。
仲間が増えれば、自分一人の都合だけで動くことも難しくなるだろう。
あとは、人を集めればいい。
できることなら、戦う者は騎士で固めたい。
もっとも、魔物を狩ることに抵抗のない騎士など、この国にどれほどいるのか。
そこだけは、アルフォンスにもまだ分からなかった。
ただ――。
アルフォンスは再び指を組んだ。
「大きな問題がある」
「それは何でしょう?」
コンラードの問いに、アルフォンスは小さく息を吐く。
「駒だ」
「駒?」
「ああ。兄上に、この組織を認めさせるための駒があと一つ足りん」
たとえアルフォンスの私兵でも、好き勝手に組織を立ち上げられるわけではない。
まして、その中心に据えようとしているのは、まだ騎士学校に通う十六歳の少年だ。
カイルがどれほど優秀でも、それだけで兄を納得させるのは難しい。
必要なのは、実績と立場を持ち、その名だけで王が無視できなくなる人物。
カイルの力を認め、その隣に立つだけで、この組織にはそれだけの価値があると示せる者だ。
「それさえ揃えば、一気に話を進められるのだがな……」
アルフォンスはそう呟くと、まだ見ぬ最後の一人を探すように、静かに思案へ沈んだ。




