第48話 魔物素材の使い道
アイアーベアの牙からナイフを作るには、まず安全に加工する方法を確立しなければならない。
思わぬ問題は発生したものの、それで普段の日常が待ってくれるわけではない。
カイルも翌日からは、再び座学と鍛錬の日々へ戻ることになった。
朝の訓練場では、木剣や槍がぶつかる乾いた音が絶え間なく響いている。
走り込みを終えたカイルは、ふと足を止めた。
少し離れた場所で、セドリックが槍を扱う先輩騎士へ熱心に教えを請い、足運びを真似している。
つい先日まで一人で黙々と槍を振るっていた男が、自ら他人へ教えを求めていた。
その姿に、カイルは満足そうに口角を上げる。
(……上手くいったな)
その笑みを横目で見たバルドは、わずかに眉を寄せた。
昨日は、セドリックを自然と周囲の輪へ溶け込ませてくれたことに感謝していた。
だが、今なら分かる。
あれは善意だけではない。
これからも共に森へ入る以上、セドリックには強くなってもらわなければ困る。
他の騎士達との距離を縮めれば、それだけ学ぶ機会も増え、成長も早くなる。
カイルはそこまで見据えていたのだ。
(……コイツ、本当にずる賢いな)
もっとも、セドリックが強くなるのは自分達にとっても悪い話ではない。
バルドの口元には、小さな笑みが浮かんでいた。
◇◇◇
その日の夜。
武具開発工房では、再びアイアーベアの牙を使ったナイフ作りが始まっていた。
ジーク達は、まず加工中の牙へ簡易的な持ち手を取り付けると、直接刃へ触れずに済むよう固定し、少しずつ形を整えていく。
隣の作業台では、別の職人が完成品へ取り付ける柄を削り出していた。
カイルはその手元を眺め、少し意外そうに目を瞬かせる。
槌を振るっているわけでも、鉄を熱しているわけでもない。
扱っているのは木材と小刀だった。
「鍛冶師って、全員が鉄を打つわけじゃないんですね」
何気なく漏らすと、近くにいた職人が鼻を鳴らした。
「一本の剣やナイフが、鉄だけで出来るわけねぇだろ」
どうやら、この工房では職人ごとに役割が分かれているらしい。
刃を打つ者、持ち手を作る者、鞘を仕立てる者、金具や留め具を加工する者。
一人ですべてを仕上げるのではなく、複数の職人が手を掛けて一本の武器を完成させていく。
「なるほどなぁ……」
カイルは感心しながら作業台を見回した。
もっと見ていたい気持ちはあったが、以前ジークへ約束したとおり、カイルとルークは工房の手伝いを始めた。
削り屑が床へ落ちれば箒を手に取り、使い終えた道具を集めて所定の場所へ戻す。
必要な物が足りなくなれば倉庫へ走り、休憩の声が上がる頃には、お茶の入ったカップが作業台の隅へ並んでいた。
その様子を横目に、ジークは口元をわずかに緩めた。
「案外、よく働くじゃねぇか」
「手伝うって言いましたからね」
カイルは当然のように答え、次の削り屑へ箒を走らせた。
ひと通り作業場を整えたところで、箒を壁へ立て掛ける。
ここから先は、鍛冶師達の領分だ。
ジーク達に任せ、カイルは家から持ってきた魔物素材の詰まった袋を机へ載せた。
昨日思いついた接着剤を魔物素材で作り、牙の粉を木片へ定着させる実験をするためだ。
それまで鍛冶師達の作業を眺めていたクラウスが、待ってましたと言わんばかりに身を乗り出した。
「いよいよか!」
昨日から楽しみにしていた魔物素材が、ようやくお披露目される。
「えぇ。今のうちに接着剤を作りましょう」
クラウスの期待に満ちた視線を浴びながら、カイルは袋の口を大きく開き、中へ腕を差し込んだ。
「あれ? どこに入れたっけ?」
隣からルークも中を覗き込み、二人で探り始める。
だが、お目当ての素材がなかなか見つからない。
「これじゃねぇな」
「それも違うっすね」
取り出した瓶を、一つずつ机へ並べていく。
小さな牙の欠片。
細かく砕かれた魔物の爪。
色も粒の大きさも異なる、正体の分からない粉末。
中には、どろりとした液体が底へ溜まった瓶まで混じっている。
探せば探すほど容器は増え、気付けば机の上には大小さまざまな瓶がずらりと並んでいた。
ちょうどそこへ、バルドとセドリックが工房へ顔を出す。
二人は、すでに様子を見守っていたクラウスの隣へ加わった。
「……お前、こんなもんまで持ち込んでたのか」
バルドは眉間へ皺を寄せ、机の上を見渡した。
「色々使えるもんばっかりだぞ」
カイルは悪びれもせず、再び袋へ手を突っ込む。
一方、クラウスは返事すら聞かず、並べられた瓶を一つずつ覗き込んでいた。
「これは何の牙だ?」
瓶には、それぞれ中身を示すラベルが丁寧に貼られている。
クラウスは文字を読み取った瞬間、ぴたりと動きを止めた。
「……ブラックウルフか」
その名に、バルドとセドリックまで机へ身を寄せる。
ブラックウルフ。
黒い毛皮に覆われた狼型の魔物で、高い知能と群れによる連携を得意とする。
繁殖期には森の浅い場所まで現れ、毎年のように猟師が負傷し、命を落とす者までいる危険な魔物だった。
「お前……こんな奴まで狩ってたのか」
バルドの声が低くなる。
まだ真剣を持つことすら許されていない、十六歳の少年。
そんなカイルが、これほど危険な魔物を相手にしていた。
改めて突き付けられた事実に、バルドもセドリックも言葉を失う。
しかし、当の本人は漂い始めた重い空気などまるで気にしていない。
袋へ腕を突っ込んだまま、首を傾げていた。
「あれぇ? 持ってきたはずなんだけどな」
ごそごそと探る手が、ようやく何かを掴む。
次の瞬間――
「ギャァァァァッ!!」
バルドの絶叫が、工房中へ響き渡った。
作業を続けていた鍛冶師達が、一斉に手を止める。
ジークも驚いたように振り返った。
「どうした!?」
バルドはまるで怯えた少女のようにセドリックの背後へ回り込んでしがみつき、震える指で机を示した。
「カイルが! カイルが変なもんを持ち込んでます!」
袋から取り出されたのは、手のひらより一回り大きな瓶だった。
透明な薬液の中に、大きな目玉がいくつも浮かんでいる。
「別に変なもんじゃねぇぞ」
カイルは瓶を掲げた。
「これはフロートアイの目玉だ」
「フロートアイ!?」
「夜にだけ姿を現す魔物だ」
その姿は、大きな目玉から猫のものによく似た長い尻尾が一本生えた、なんとも歪な魔物だ。
羽もないのに、その尻尾をゆらゆらと揺らしながら空中を漂う。
カイルは軽く瓶を振り、薬液の中で揺れる目玉を見せた。
「怖い話で『目玉の幽霊を見た』なんて話があるだろ? あれ、多分こいつだ」
「いや、余計怖ぇよ!」
バルドはセドリックの背後から顔だけ出し、瓶を睨み付けた。
「早く袋へしまえ! 目が合いそうで落ち着かねぇ! なんでこんなもん取ってくるんだよ!?」
「これと別の素材を混ぜると、光る液体が作れるんだぞ」
カイルは説明をやめるどころか、よく見せようと瓶を近づけてくる。
「小瓶に入れて投げれば閃光玉代わりになるし、矢尻へ塗れば着弾地点がしばらく光る。夜の追跡や合図にも使えるし、便利だぞ」
「…………」
こんなおぞましいものを平然と持ち帰り、あまつさえ何かに使えないかと考え、実際に戦闘用の道具へ作り変えている。
しかも本人にとっては、それがごく当たり前のことらしい。
「コイツ、頭おかしいぞぉぉぉ!!」
ついに耐え切れなくなったバルドが、両手で頭を抱えた。
「こんな危ねぇもんを城に持ち込むんじゃねぇ!」
そう叫ぶなり、勢いよく踵を返す。
「殿下ぁぁぁ!! 殿下に報告だぁぁぁ!!」
そのまま工房を飛び出していった。
「ちょっ、バルドさん!?」
ルークはその背中を見送り、頬を引きつらせた。
「坊ちゃん……これ、怒られる流れじゃないっすか?」
「何でだよ」
カイルは本気で分からないらしく、首を傾げる。
「別に悪いことしてねぇだろ」
その一言に、ルークは額へ手を当てた。
「そういうところなんすよ……。みんな怖がるから、あんまり外へ出さないでください」
「そうか?」
当のカイルは、どこ吹く風だ。
何食わぬ顔で再び袋へ腕を突っ込み、ごそごそと中を探り始める。
「あった!」
やがて目当ての小瓶を見つけ、嬉しそうに掲げた。
中には虹色の鱗がぎっしりと詰まっている。
光を受けるたび、青や紫、緑へと色合いを変え、その輝きは宝石の欠片を集めたようにも見えた。
「……綺麗だな」
セドリックが思わず呟く。
先ほどまで目玉の瓶を見せられていたせいか、その美しさが余計に際立っている。
「これは爬虫類に似た魔物の鱗だ」
カイルは瓶の蓋を開け、鍋へ数枚落とした。
続いて、レンガの実だけを漬けておいた薬液を少量注ぎ入れる。
最後にアルコールランプへ火を灯すと、青白い炎が鍋底を静かに舐め始めた。
工房の一角では、先ほどまでナイフの加工に集中していた鍛冶師達まで、いつの間にか手を止めていた。
誰もが興味深そうに、鍋の中を覗き込んでいる。
◇◇◇
その頃――。
バルドは城内の廊下を、全力で駆け抜けていた。
「殿下! 大変です!」
勢いよく執務室の扉を開け放つ。
あまりの剣幕に、書類へ目を通していたアルフォンスが顔を上げた。
隣で報告書をまとめていたレオナルドも、手を止める。
「どうした、バルド」
「カイルが……カイルが危険なものを城へ持ち込んでます!」
「危険なもの?」
アルフォンスとレオナルドは、互いの表情を窺った。
バルドは呼吸を整える暇もなく、早口でまくし立てる。
「魔物の目玉を薬液漬けにした瓶やら、訳の分からない素材やらを、工房で次々に袋から取り出してるんです!」
「ほう……」
アルフォンスの眉が、わずかに上がった。
「しかも、本人は戦闘で使う気満々です! あいつ、自分で新しい道具を思い付いては、平然と作ってます!」
そこで一度言葉を切り、大きく息を吸う。
「殿下、コンラード殿を付けてください!」
「コンラードを?」
アルフォンスが首を傾げた。
コンラード・ファルケンハイン。
代々王国騎士団へ優秀な騎士を輩出してきた名門、ファルケンハイン伯爵家の出身であり、王弟アルフォンス直属の軍事参謀を務める。
三十代後半にして数々の戦術を立案し、兵站や軍の運用にも精通していた。
「はい! あの坊主は、思い付いたら止まりません。軍事の知識がある人間がそばで見張ってないと、そのうちとんでもない兵器まで作りかねません!」
レオナルドは、吹き出しそうになるのをどうにか堪えた。
アルフォンスも口元へ手を添え、しばらく考え込む。
「……見張りというより」
やがて、楽しげに唇を緩めた。
「暴走防止役が必要ということか」
「まさにそれです!」
バルドが力強く同意した途端、アルフォンスは堪え切れず声を上げた。
「はははっ!」
ひとしきり笑ったあと、目尻に浮かんだ涙を指先で拭う。
「だが、お前……それを言うなら、相手はコンラードでいいのか?」
「はい」
「犬猿の仲だろう?」
その指摘に、レオナルドの口元もわずかに緩んだ。
コンラードはカイルの座学と教育計画も担当しており、戦術や兵站、軍の運用について教えている。
そして、その座学で軍事や戦術の話になるたび、二人は決まって衝突していた。
普段のコンラードは、常に冷静沈着。
感情を表へ出すことなど、ほとんどない。
ところが、カイルの考える戦術だけは別だった。
『そんなものは兵が保ちません! あなたの言うやり方では全滅です!』
『だから、新しい補給方法を考えるんですよ!』
『問題を増やしてどうするんですか!?』
『減らすために考えてるんです!』
互いに一歩も譲らず、気付けば教室中へ怒鳴り声が響き渡る。
カイルは怯むどころか、次から次へと新たな案を口にするものだから、普段は冷静なコンラードも、最後には眉間へ深い皺を刻みながら声を荒らげることになる。
そのやり取りは、今や城内でも有名だった。
『ああ、また始まったな』
誰もがそう漏らすほど、二人の言い合いは日常の一部と化している。
アルフォンスは、なおも愉快そうに肩を揺らした。
「面白い」
そう呟くと、隣に控えるレオナルドへ顔を向ける。
「コンラードを工房へ向かわせろ」
「承知しました」
レオナルドは一礼し、すぐに部屋を後にした。
バルドも、ようやく胸を撫で下ろす。
これで少なくとも、カイルの暴走を止める者が一人増える。
コンラードは、細かな点にも容赦なく口を挟む男だ。
自分やセドリックでは、結局どこかでカイルの行動を面白がってしまう。
クラウスに至っては、新しい実験を見るたびに前のめりになり、止めるどころか一緒になって加速させている始末だった。
あの工房には、歯止めとなる人間がいない。
だからこそ必要なのだ。
多少言葉に棘があろうと、真正面から「駄目なものは駄目だ」と言い切れる男が。
◇◇◇
王城の一角では、そのコンラードがレオナルドからの呼び出しを受けていた。
「コンラード殿。すぐに武具開発工房へ向かってくれ」
「何かあったのですか?」
書類へ目を通していた男が、顔を上げる。
細身の体には、軍服を思わせる王国騎士団の白い正装が、皺ひとつなく整えられている。
黒髪は一分の隙もなく撫でつけられ、銀縁眼鏡の奥では、鋭い瞳が静かにレオナルドを見つめていた。
「カイル殿が、工房で少々騒ぎを起こしたようだ」
レオナルドは困ったように口元を緩めた。
「殿下より、至急向かうよう指示が出た」
コンラードは書類を閉じ、眉間へわずかに皺を寄せる。
レオナルドは困ったように視線を逸らした。
「近衛騎士長のバルド殿が、『カイル殿が危険なものを城へ持ち込んでいる』と、血相を変えて飛び込んで来た」
「……なるほど」
コンラードは静かに立ち上がった。
王弟からは、魔物素材を利用した武器研究が始まり、その中心にカイルがいること、さらに本人が魔物を討伐していることまで聞かされていた。
初めて聞いた時は、正直なところ耳を疑った。
まだ学生。
しかも、あのラインハルト騎士団長の息子が、自ら魔物を狩るなど常識では考えられない。
だが同時に、抱いていた疑問が一つ解けた。
(……だからか)
座学のたび、あの少年は既存の常識に縛られない戦術を次々と口にしていた。
実戦を知らない学生には思い付かない発想ばかりだったが、自ら魔物と戦っているというのなら話は別だ。
経験から生まれた提案だと考えれば、腑に落ちる部分も多い。
「何を始めたのかは知りませんが……」
コンラードは小さく呼吸を整える。
「あの少年のことです。ろくでもないことでしょう」
そう呟くと、言われたとおり工房へ向かった。
◇◇◇
その頃、カイルは鍋の中をじっと覗き込んでいた。
薬液はとろりとした粘りを帯び、虹色の鱗はすっかり溶けている。
「……よし!」
満足げに声を上げると、鍋を火から下ろした。
木べらで中身をすくい、出来上がったばかりの接着剤を木片へ薄く塗り広げていく。
続いて、アイアーベアの牙を砕いた粉末を、表面へ丁寧にまぶした。
その瞬間だった。
白かった粉末が、すっと淡い青色へ染まる。
「おっ!」
カイルの目が輝いた。
「なんかカッコいい色になったな!」
光の当たり方によって、青は深くも淡くも表情を変える。
まるで金属の刃が、鈍い光を宿しているようだった。
「もう乾いたのか?」
クラウスが好奇心を隠し切れず、作業台へ身を寄せる。
「はい。多分、大丈夫です」
カイルは近くへ転がっていた鉄の廃材を拾い上げると、木片を当てて力を込める。
ぎりっ、と硬い音が響き、鉄の表面へ鋭い切り込みが走った。
真っ二つに断ち切るほどではない。
それでも、木片へ牙の粉を塗っただけとは思えない切れ味だった。
「よし!」
カイルは口元を吊り上げる。
「やっぱり思った通りだ」
その時、工房の入口へ目をやったカイルの表情が変わった。
「げっ……」
そこには、息を切らしたバルドと、その後ろへ続くコンラードの姿がある。
カイルは反射的に木片を机へ置くと、近くにあった布袋を素早く被せた。
何事もなかったかのように。
もっとも、その動きだけは妙に素早かった。
工房へ足を踏み入れたコンラードは、一連の動きを眼鏡越しにじっと見つめる。
何も言わず、静かに眼鏡を押し上げた。
「カイル殿」
「……何です?」
「随分と危険なものを城へ持ち込んでいるそうですね」
「何のことでしょう?」
平然と返した途端、後ろにいたバルドが耐え切れず叫んだ。
「その目玉だ!」
机を指差しながら声を張り上げる。
「小瓶に入れて投げれば閃光玉になるとか、矢に塗れば夜でも使えるとか言ってただろうが!」
「ああ、作れるけど?」
悪びれる様子は欠片もない。
その返答に、バルドは頭を抱えた。
コンラードの表情は変わらない。
「確認します。あなたは現在、戦闘へ利用できる道具を、どこまで開発しているのです?」
「別に、他にはないですけど」
「そうですか」
一拍置く。
「ルーク殿」
「は、はいっ!」
突然名を呼ばれ、ルークは反射的に背筋を伸ばした。
コンラードもまた、グランツ家の執事長ギルバートに似たところがある。
静かな口調。
それにもかかわらず、有無を言わせない圧があった。
ルークは昔から、こういう相手には弱い。
「知っている範囲で構いません。正直に話してください」
「は、はい……」
ルークは恐る恐るカイルの様子を窺った。
カイルは必死に首を横へ振っている。
(言うな!)
声に出さずとも、その必死さだけは十分伝わってきた。
だが、ルークは申し訳なさそうに目を逸らした。
「坊ちゃんは……氷を発生させる瓶とか……火が出る瓶も作ってます」
「ルゥゥゥク!!」
「ひぃっ!」
カイルの叫びに肩を跳ねさせながらも、ルークは止まらない。
「他にも、魔物を寄せ付ける香もありますし……」
「まだあるのか!?」
バルドが呆然と声を漏らした。
「毒とか、痺れを与える液体も作ってます。肉に染み込ませて、魔物を弱らせたり……」
コンラードは静かに眼鏡を押し上げる。
「まだありますか?」
「えっ……」
ルークは指を折り始めた。
「えっと……」
「数えなくていい!」
カイルが慌てて止めに入る。
「もう十分だ!」
「坊ちゃん……」
「この裏切り者!」
「だって怖いんすもん!」
ルークは半泣きになりながら叫んだ。
そのやり取りを見ていたクラウスは、一人だけ目を輝かせている。
「そんなものまで作っていたのか! すごいな、カイル君。どうして今まで教えてくれなかったんだ!」
「先生はまずそこじゃねぇ!」
バルドのツッコミが、工房中へ響き渡った。
その騒ぎを横目に、ジーク達は気まずそうに作業へ意識を戻す。
誰もが昨日目にした、牙の異常な切れ味を思い出していた。
(……あれを見られたら、また一騒ぎだな)
そんな考えが頭をよぎるものの、今は何食わぬ顔で手を動かし続けるしかない。
一方、コンラードは騒ぎに流されることなく、静かに口を開いた。
「ルーク殿」
「は、はい」
「今挙げた中で、最も危険なものはどれです?」
「一番危険……ですか?」
ルークは少し考え込み、先ほど挙げた道具を頭の中で並べ直す。
「たぶん、火が出る瓶っすね。割れると一気に燃え広がるんで……」
そこまで答えたところで、ふと口を止めた。
「……いや、でも氷の瓶も結構ヤバいっすね」
「氷?」
「投げて割ると一気に凍るんです。アイアーベアと戦った時も使いました。足止めするには十分使えましたし」
コンラードはわずかに考え込む。
「どちらも実戦で使用したことがある、と」
「はい」
コンラードはわずかに間を置き、今度はカイルへ顔を向けた。
「では、まずその二つを見せてください」
「今はないですよ」
カイルはあっさり答えた。
「全部使い切ったんで」
「そうですか」
コンラードは短く返すと、間を置かずに続ける。
「ならば、すぐに作ってください」
「……は?」
思いもよらない返答に、カイルの目が瞬いた。
バルドも、ぽかんと口を開ける。
「お、怒らないのか?」
「怒る前に、どんなものか確認するのが先です」
コンラードは至って真面目な顔で答えた。
「戦場で使用できる可能性がある以上、その性能を正確に把握しておく必要があります」
淡々とした口調のまま、必要な項目を並べていく。
「威力、射程、持続時間、安全性。軍事参謀として確認しないわけにはいきません」
工房が静まり返る。
バルドは、信じられないものを見るようにコンラードを見た。
「えっ……そっち?」
「当然です」
コンラードは即答する。
「危険だから捨てる、では済みません。敵だけが使い、我々だけが知らない状況こそ最悪です」
「……俺、敵じゃねぇけど」
カイルがぼそりと呟く。
コンラードは聞こえなかったかのように流した。
声音は静かだったが、その言葉には誰も反論できないだけの重みがある。
クラウスの表情が、一気に明るくなった。
「実験か!」
「性能試験です」
コンラードは間髪入れず訂正する。
「学術的な興味ではありません。軍事的評価です」
「ほとんど同じじゃねぇか!」
バルドのツッコミに、工房中から笑いが漏れた。
そんな空気の中、カイルは困ったように頭を掻いた。
「でも、今はナイフ作りに集中した方がよくないですか?」
視線を向けた先では、ジーク達が今もアイアーベアの牙を加工している。
ようやく安全な方法を探りながら、形にし始めたばかりなのだ。
だが、コンラードは迷わなかった。
「いいえ。ナイフについては、鍛冶師の皆さんに任せればいいでしょう」
「え?」
「あなたが作ったという道具は、使い方次第では王国に危険を及ぼす可能性があります。まずは性能と危険性を把握するべきです」
静かな口調のまま、カイルへ言い聞かせるように続ける。
「ナイフの加工は専門家に任せ、あなたはこちらに注力しなさい」
「……でも」
「でもじゃありません」
即答だった。
カイルは何とも言えない顔で口を閉ざす。
それでも、すぐに別の問題を思い出した。
「作るためのスライムもフレアビートルも、今は在庫がないんですけど」
魔物を〝在庫〟と呼ぶあたりが、いかにもカイルらしい。
コンラードは、ほんの一瞬だけ黙り込んだ。
それから眼鏡を押し上げ、淡々と告げる。
「分かりました」
「明日の授業は午後からに変更します」
「え?」
「午前中は森へ行きなさい」
コンラードは当然のように続けた。
「必要なものを確保し、実物を用意してください。その後、性能試験を行います」
その場にいた全員が、一瞬だけ言葉を失った。
アイアーベアの牙からナイフを作っていたはずが、いつの間にやら話は、カイルの作った戦闘用の道具を検証する方向へ進んでいる。
その中で、バルドだけは何とも言えない顔でコンラードを見つめていた。
カイルの暴走を止めてもらうために呼んだはずなのだ。
それなのに――。
(……もしかして、呼ぶ奴を間違えたか?)
今さらながら、そんな疑問が頭をよぎった。




