第45話 問題児
レンガの実を取りに森へ入った一行。
目的地へ近付くにつれ、異臭はさらに強さを増していく。
木々の間を抜けた先で、不意に視界が開けた。
「おお……!」
そこには、黒く艶を帯びた手のひらほどの実が、木々の枝という枝に鈴なりになっていた。
熟した実は自然と地面へ落ちるため、木の根元にも黒い実が点々と転がっている。
カイルは背負い袋を下ろし、中から取り出した布を口元へ巻くと、手袋をはめる。
隣ではクラウスも真似をするように手袋を身に着け、ルークは桶へ水筒の水を注いで準備を整えた。
「その桶と水は何だ?」
興味深そうに尋ねるクラウスへ、カイルは地面に落ちていたレンガの実を一つ拾い上げる。
「まぁ、見ててください」
実を水の中へ沈め、そのまま狩猟用のナイフで真っ二つに割った。
「馬鹿! 何やってんだ!」
バルドが思わず叫ぶ。
割った瞬間、さらに強烈な悪臭が広がる――誰もがそう身構えた。
ところが、次の瞬間。
ふわりと、甘く爽やかな香りが辺りへ漂う。
「なっ……!?」
クラウスが目を見開いた。
「何だこれは!」
「へへっ」
カイルは得意げに笑う。
「レンガの実は、水の中で割ると臭くならないんですよ」
「そんな話、聞いたこともないぞ」
「コツは、割れていないものを選ぶことです。ひびが入った時点で、中の汁が空気に触れて臭くなっちゃうんですよ」
「すごい!」
クラウスは何度も頷いた。
「そんなことを試した者はいなかったぞ!」
学者達もレンガの実は悪臭を放つものとしか認識しておらず、図鑑にも「中身はより強い悪臭を放つ」と記されているだけだった。
それでも、クラウスには一つ疑問が残った。
「しかし、それなら木になっている実を採ればいいのではないか?」
カイルは首を横に振る。
「あれは未熟なんです。臭いは少ないですけど、牙を柔らかくする成分が薄くて、ほとんど効果がありません」
バルドとセドリックが目の前の光景に言葉を失う一方、ルークは慣れた手つきで割れていない実だけを拾い集め始めた。
「坊ちゃん、今回は何個くらい必要っすか?」
「十個は欲しいな」
カイルは桶の中で実を割りながら答える。
「アイアーベアの牙は大きいからな。いつもの三倍くらいは使う」
「了解っす」
ルークは地面を見渡し、状態の良い実だけを選んで次々と桶のそばへ運んでいく。
セドリックは、その手際を眺めながら眉をひそめた。
「……お前、何でそんなこと知ってるんだ?」
「そりゃ、何度も試したからだ」
カイルは当たり前のように答える。
その言葉を聞いた途端、セドリックの脳裏に昔の記憶が蘇った。
『カイルが今度は、屋敷で異臭騒ぎを起こした』
かつてアレンが、呆れながら話していた出来事だ。
(まさか、あれもレンガの実だったのか……?)
当時、カイルはまだ六、七歳だったはずだ。
(そんな頃から、ルークと一緒に魔物素材を加工する方法を探していたのか……)
セドリックは小さく息を吐き、桶のそばへ歩み寄った。
悪臭に満ちていた一帯には、今や爽やかな香りが漂っている。
「へぇ……」
思わず覗き込んだ時だった。
「ほら」
カイルがレンガの実を放るような仕草を見せる。
「っ!?」
セドリックは反射的に身を引き、勢い余って尻餅をついた。
カイルが腹を抱えて笑い出す。
「はははっ! 引っかかった!」
「このクソが!!」
顔を真っ赤にして怒鳴るセドリックに、周囲から笑いが漏れた。
直後、茂みががさりと揺れた。
その音に、一斉に視線が向く。
奥から、狸に似た小型の魔物が二匹、じりじりと距離を詰めてくる。
丸い体に鋭い目。
口元には、小さくも鋭利な牙が並んでいた。
すぐにバルドは剣を抜き、セドリックも槍を構える。
張り詰める空気の中、カイルだけが微動だにしない。
「……ノロヌキか」
ぽつりと呟く。
高い跳躍力で喉元を狙う危険な魔物だ。
普段は群れで獲物を取り囲んで襲うが、二匹だけということは、群れからはぐれたのか。
「まずいな」
クラウスが一歩後ろへ下がる。
「私も何度か遭遇したことがある」
遭遇した際は刺激せず、食べ物を投げて気を引き、その隙に逃げるのが基本だ。
周囲が警戒を強める中、カイルは落ち着いて足元のレンガの実を拾い上げ、魔物の前へ放り投げた。
実が地面へ落ち、ぱきりと割れる。
強烈な臭いが一気に広がった。
「ギッ……!」
ノロヌキは鼻先を振りながら後ずさる。
明らかに嫌がっている。
それでも逃げず、再び牙を剥いて低く身構えた。
「……さっさと逃げりゃいいのに」
カイルは腰の木剣を抜く。
ほぼ同時に、バルドが声を上げた。
「任せろ!」
地を蹴り、一気に踏み込む。
隣ではセドリックも長槍を構え、左右からノロヌキを追い詰めた。
「チッ!」
しかし、ノロヌキは二人を嘲笑うかのように跳ね回り、剣も槍も紙一重でかわしていく。
鋭い突きも、横薙ぎも届かない。
「……下手くそ」
カイルがぽつりと呟く。
一匹のノロヌキが地を蹴った。
狙いはセドリックの喉元。
「っ!」
カイルは迷わず飛び込み、セドリックのシャツを掴んで力任せに引いた。
「うおっ!」
勢いよく引き寄せられたセドリックは、カイルの足元へ転がり込む。
頭上をノロヌキが掠めるように飛び越えた。
「……ちゃんと動きを見ろよ」
カイルはにっと口角を上げ、飛び越えていく魔物へ狙いを定める。
最短の軌道で木剣を横薙ぎに振り抜いた。
狙うのは頭。
ゴッ、と鈍い音が森へ響く。
「ギャンッ!」
ノロヌキは地面へ叩きつけられ、そのまま痙攣した。
木剣では仕留めきれない。
それでも、一撃で戦闘不能にはできる。
カイルは一瞥しただけで、すぐにもう一匹へ視線を向ける。
残ったノロヌキは、一目散に森の奥へ駆け出していた。
「くそ! 待てこら!!」
カイルはすぐさま追い掛ける。
「ルーク! そいつ、とどめ刺しとけ!」
「了解っす!」
バルドとセドリックは唖然とした。
魔物を見れば、人は逃げる。
それが常識なのに、カイルは逆に追い掛けていた。
ルークは二人を気にも留めず、倒れたノロヌキへ歩み寄った。
慣れた手つきでナイフを抜き、躊躇なく喉元へ突き立てる。
刃を引き抜き、脇腹を軽く突いて反応がないことを確認すると、死体をひょいと持ち上げた。
「……はい、終了っす」
あまりにも慣れた手つきだった。
バルドとセドリックはようやく我に返り、カイルを追おうとする。
けれども、ルークが片手を上げて制した。
「坊ちゃんは放っといて大丈夫っすよ。さっきの二人の動きを見てると、多分逆に邪魔になるっす」
間もなく、森の奥から甲高い悲鳴が響いた。
茂みをかき分け、カイルが戻ってくる。
片手にはノロヌキの尻尾。
気絶した魔物が、ざり、と地面を擦りながら引きずられていた。
カイルはルークの前へ放り出す。
「こいつ、逃げ足だけは早いよな」
服についた木の葉を払い落とす横で、ルークが素早くナイフを抜いた。
同じように、気絶したままのノロヌキの喉元へ刃を突き立て、息絶えたことを確認する。
「こいつ、爪と牙が使えたっすよね?」
「あぁ」
二人は並んでしゃがみ込み、迷いなく解体を始める。
ルークが刃を入れ、カイルは切り離された部位を確かめながら必要な爪と牙だけを回収していく。
その手際は、獲物を扱う職人そのものだった。
バルドもセドリックも、クラウスまで言葉を失う。
魔物を迷いなく仕留め、資材として解体する二人の姿は、話で聞いていた以上に異様だった。
カイル達は向けられる視線など気にも留めず、作業を続けている。
回収した爪と牙を眺め、カイルは小さく息をついた。
「ジーク様から何本かナイフを借りてくればよかったな」
実際に使い比べれば、どの形が扱いやすいかすぐに分かったはずだ。
「まぁ、次の機会でいいか」
二人で必要な部位を回収し終えると、残った死体へカイルが火を放つ。
ルークが火の番に残り、カイルは三人へ振り返った。
「あれ?」
ようやく様子がおかしいことに気付く。
三人とも顔を引きつらせ、いつの間にか一歩後ろへ下がっていた。
「もしかして……ドン引きしてる?」
恐る恐る尋ねると、バルド、セドリック、クラウスは無言のまま、ぶんぶんと首を縦に振った。
カイルは困ったように頭を掻く。
「そう言われてもなぁ……」
さも当然のことのように続ける。
「これが使えるんだから、仕方ないだろ?」
三人は揃って言葉を失う。
それから死体が燃え尽きるまで、現実逃避を始めた。
バルドは遠い目をしながら木の幹を撫で、
「……立派な木だな」
と誰にともなく呟いていた。
セドリックは無言で槍の素振りを繰り返し、クラウスは珍しくもない草花を熱心に手帳へ写している。
カイルは三人を順番に眺め、ぽりぽりと頬を掻くと、隣のルークへ小声で話しかけた。
「なんか、刺激が強かったみたいだな」
「そりゃそうっすよ。普通は魔物を倒した直後に解体なんて始めませんから」
「そういうもんか?」
「そういうもんっす」
やがて火の勢いが弱まる。
ルークは残り火を確認すると、水を掛けて火を消した。
「おーい! 終わったぞー」
カイルが声を掛けると、三人は揃ってびくりと肩を震わせる。
(……そんなにビビらなくてもいいだろ)
森へ入る前とは、明らかに様子が違っていた。
「まぁ、そのうち慣れるっすよ」
ルークは苦笑しながら、レンガの実が入った桶を持ち上げる。
「そうだな」
カイルも頷いた。
「とりあえず、今はそっとしておこう」
一行は荷馬車へ戻り、レンガの実が入った桶を荷台へ置いた。
続いて向かったのは、川沿いに群生するシルバーハープだ。
カイルとルークは川で血のついた手袋を洗い、採取用の袋を広げる。
ようやく現実へ戻ってきたのか、クラウスがカイルの隣へ歩み寄った。
「これを使うのか?」
「ええ」
三人は並んでシルバーハープを摘み始める。
少し離れた場所で、バルドはセドリックへ視線を向けた。
「なぁ……昔から、あいつはああなのか?」
「俺も知りませんよ」
セドリックは苦笑する。
「騎士は魔物を見つけたら逃げるよう教えられて育ちました。それなのに、あいつは自分から追い掛けて、解体まで始めるんですから」
思い出しただけでも頭が痛くなる。
バルドも呆れたように呟いた。
「俺にはもう騎士候補生には見えん」
「猟師でも、あそこまではやりませんよ」
バルドは苦笑した。
「とんでもない問題児が城へ来たな」
セドリックも肩を竦める。
「昔から悪ガキでしたけど……ここまで頭のネジが飛んでるとは思いませんでした」
「これをラインハルト団長が知ったら、ひっくり返るぞ」
その姿を想像した途端、二人は顔を見合わせ、小さく吹き出した。
こうしてまともに話したのは、今日が初めてだった。
きっかけを作ったのは、間違いなくあの問題児だ。
バルドは苦笑しながら、シルバーハープを摘むカイルへ目を向ける。
「……まだまだ、あいつは問題を起こしそうだな」
自ら袋を広げ、採取へ加わった。
「ほら、さっさと終わらせるぞ」
「はい」
セドリックも肩を竦めながら手を動かし、五人は黙々と採取を進めていった。
やがて、予定していた量を採り終える。
カイルは集めたシルバーハープを袋へ収めながら、ふと思い出した。
(そういえば、アイアーベアの牙も取りに行かなきゃならなかったな)
牙は今も剣都の倉庫にある。
まだ昼前だが、カイルは荷台の桶や袋を見て首を振った。
(いや、一回戻るか)
レンガの実もシルバーハープも、早めに工房へ運んでおきたい。
それに森での採取には便利な荷馬車だが、そのまま剣都へ向かうには少々場違いだ。
「一旦、城へ戻るか」
全員が荷台へ乗り込むと、荷馬車はゆっくりと走り出した。
採取と魔物との遭遇を無事に終え、帰りの荷台には穏やかな空気が流れている。
城門が見えてきた頃、バルドが口を開いた。
「このあと、昼飯でも食いに行くか?」
カイルは少し考え、隣のルークへ顔を向ける。
「俺、午後から剣都へ牙を取りに行こうと思ってるんだけど」
「俺も行くっすよ」
言い終わる前に返され、カイルは小さく笑った。
「無論、私も行く」
クラウスも即座に頷く。
カイルはバルドへ向き直り、首を横へ振った。
「悪い。俺達は午後から剣都へ行ってくるよ」
「剣都?」
「アイアーベアの牙を取りに行かなきゃならねぇんだ」
「そうか。なら、俺たちも――」
「いいって」
カイルは照れくさそうに頭を掻く。
「せっかくの休みを潰しちまったしな。あとは俺達だけで行ってくるよ」
バルドは少しだけ目を丸くしたあと、口元を緩めた。
「……お前、意外と気遣いできるんだな」
「失礼だな。俺を何だと思ってんだよ」
「問題児だ」
即答だった。
「ひでぇ!」
荷台へ笑いが広がる。
セドリックも肩を竦めた。
「また何かやらかすなよ」
「何もしねぇよ」
「その台詞が一番信用できねぇ」
「お前まで言うか!」
再び笑いが起こった。
朝はセドリックの姿を見ただけで顔をしかめていたカイルが、今では自然に軽口を交わしている。
バルドは二人を眺め、小さく息を吐いた。
(……連れてきた甲斐はあったか)
荷馬車はそのまま城門をくぐった。
「じゃあ、今日はここまでだ」
「おう。またな」
軽く手を振り、バルドとセドリックを見送った。
カイルはルークとクラウスを連れ、採取した素材を武具開発工房へ運び込んだ。
休みだというのに、工房にはジーク達鍛冶師や武具研究室の学者が集まっている。
まだ自己紹介を済ませていなかった者達へ挨拶を済ませると、レンガの実を炉の熱が届かない場所へ置き、シルバーハープの状態も確認した。
「ここから動かさないでほしいんです。牙を柔らかくするには、この水温が大事なんで」
「ほぅ……」
ジークが興味深そうに桶を覗き込む。
周囲にいた鍛冶師や武具研究室の者達も、作業の手を止めて視線を向けた。
「牙は午後から剣都へ取りに行ってきます」
「そうか」
素材の保管方法と今後の作業について簡単に確認する。
森を歩き回り、思いがけず魔物とまで戦ったのだ。
ひとまず体を休めてからでも遅くはない。
「じゃあ、一回休むか」
カイル達は遅めの昼食と休息を取るため、工房をあとにした。
◇ ◇ ◇
一方、バルドはアルフォンスの執務室を訪れていた。
「それで、森はどうだった?」
書類から顔を上げたアルフォンスへ、バルドは何とも言えない表情を向ける。
「レンガの実とシルバーハープは、予定どおり採れました」
「そうか」
「途中で魔物も出ましたが」
アルフォンスの手が止まる。
「……被害は?」
「ありません。むしろ、カイルが追い掛けて仕留めました」
「追い掛けた?」
聞き返す声が僅かに低くなった。
バルドは、森での出来事と、カイルの立ち回りについて順を追って説明した。
話を聞き終えたアルフォンスは、しばらく黙り込む。
「……お前から見て、カイルの戦いに危なげはなかったか?」
バルドは静かに首を横へ振る。
「危なげどころか……むしろ、我々の方が足手まといでした」
「何だと?」
アルフォンスが眉を寄せた。
バルドは小さく息を吐く。
「カイルは魔物をよく知っています。名前や習性だけではありません。どこへ飛ぶか、何を狙うか――動きまで読んだ上で戦っていました」
「なるほどな」
武具研究室からの報告では、古い文献に記された剣を打つために、まだ多くの魔物素材が必要になるという。
今後も森へ入り、危険な魔物と相対する機会は増えるだろう。
アルフォンスは腕を組み、小さく呟いた。
「そうなると……猟師や自警団、あるいは傭兵の力も借りる必要があるかもしれんな」
その一言に、バルドの表情が強張る。
騎士だけでは役に立たない。
そう告げられたような気がした。
「……いいえ」
バルドは真っ直ぐアルフォンスを見据えた。
声には強い意志が宿っている。
「私達も学びます」
アルフォンスが静かに目を向けた。
「魔物との戦い方も、素材の扱い方もです。騎士だから知らなくていいでは済まされません」
森で見た光景が脳裏をよぎる。
魔物を恐れず追い、仕留め、迷いなく解体する少年。
あの背中を見た以上、自分達だけが昔のままではいられなかった。
アルフォンスは小さく笑う。
「そう言うと思っていた。人員については、また改めて話し合おう」
やがて表情を戻し、別のことを尋ねる。
「セドリックはどうだった?」
バルドは少しだけ目を細めた。
「久しぶりに、あいつが笑っているところを見ました」
「そうか」
短い返事だったが、その声には安堵が滲んでいた。
アルフォンスは窓の外へ目を向け、小さく呟く。
「セドリックにとって、いい変化だ」
「ええ」
鋭い目付きと派手な赤髪を持つセドリックは、幼い頃から生意気だと誤解され、騎士学校でも何度も揉め事へ巻き込まれてきた。
カイルの兄であるアレンと親しくなってからは、一度状況が落ち着いた。
だが、その平穏も長くは続かなかった。
近衛騎士へ選ばれて数か月後。
アレンが国境沿いの見回りへ出ていた隙を狙われ、年上の騎士から因縁を付けられた。
殴られても反撃しなかったが、相手の手を振り払った際、偶然肘が顔へ当たってしまう。
相手が格上の貴族だったことで騒ぎは大きくなり、セドリックはアルテへ異動となった。
「セドリックは、左遷されたと思っておるだろうな」
アルフォンスは静かに首を横へ振る。
「王都へ置けば、いずれ潰されると思い、アルテへ移したのだが」
バルドは苦い顔をした。
事件の噂はアルテまで届き、場所を変えても周囲は腫れ物に触るような扱いを続けた。
セドリック自身も人付き合いが得意ではなく、心を閉ざしたまま。
槍の才能は誰もが認めていたが、助言してくれる者もおらず、その実力は頭打ちになっていた。
ふと、昨日この執務室で交わした会話が脳裏をよぎる。
『殿下、お願いします。セドリックも一緒に森へ連れて行きたいのです。カイル達の輪に混ざれば、きっとあいつも本来の自分を取り戻せます』
あの時のバルドは、自分の無力さも認めていた。
何度も訓練へ誘った。
それでも、セドリックは心を開かなかった。
『ですが、あの少年なら違います。誰一人置いていかず、輪の外にいる者にも当たり前のように手を伸ばします』
アルフォンスは静かに考え込んでから口を開く。
『しかし……魔物を狩ることに拒否反応を示すのではないか?』
『それは話してみなければ分かりません。ですが、セドリックは以前からカイルを気に掛けています。あいつなら、きっとカイルを理解し、互いにいい影響を与え合えるはずです』
放っておけば、セドリックはこの先も一人だ。
自分では、その壁を壊せなかった。
だから託した。
あの問題児なら、笑いながらその壁ごと壊してしまう。
それが、バルドの出した答えだった。
昨日の会話を思い返しながら、バルドは小さく笑う。
「今日見ていて、二人を引き合わせたのは間違いではなかったと確信できました」
アルフォンスは満足そうに頷いた。
「今回、同行させた意味は十分にあったようだ」
◇ ◇ ◇
昼食と短い休息を終えたカイルは、大きく伸びをした。
「さて、行くか」
「ああ、牙っすね」
ルークも席を立つ。
まずは馬車の手配を済ませ、その足で学者棟へ向かった。
牙を包むための布や袋を受け取り、必要な物を揃える。
その途中、不意にクラウスが思い出したように口を開いた。
「ああ、そうだ。せっかく剣都へ行くのなら、モーリス殿へナイフを見てもらってはどうだ?」
「モーリス?」
ルークは首を傾げた。
「あっ! あの絵本のリスと同じ名前のモーリスさんっすか!」
「そっちかよ」
カイルは呆れ、ルークの頭を軽く小突く。
「せめて、一緒に革油を作った方を思い出せよ」
「あっ、そっちっすか」
ルークは照れくさそうに頭を掻いた。
確かに、モーリスほど刃物を使い込んでいる人間はいない。
毎日のように獣を解体しており、刃物の使い勝手を知るには最適な相手だ。
魔物も獣と似た体の構造をしている以上、実際に使う者の意見ほど参考になるものはない。
「……確かに、モーリスに聞くのが一番だな」
カイルは頷いた。
「ジーク様に何本かナイフを借りて、実際に見てもらおう」
三人はそのまま武具開発工房へ向かった。
工房へ入ると、ジークはまだ他の鍛冶師や武具研究室の者達と話し込んでいた。
「ジーク様」
カイルが声を掛けると、ジークは振り返って小さく手を上げた。
「おう。何か忘れものか?」
「いえ、ちょっとお願いがあるんですけど」
「何だ?」
「昨日見せてもらったナイフを、何本か貸してもらえませんか?」
ジークが眉を上げる。
「何に使う?」
「解体に詳しい人へ見てもらおうと思ってるんです。実際に使う人なら、どんな形が使いやすいか分かるはずなんで」
ジークは口元を緩めた。
「なるほど。考えたな」
迷うことなく棚へ向かい、形の異なるナイフを何本か取り出す。
「好きに持ってけ。ただし、扱いには気を付けろよ」
「はい!」
カイルは嬉しそうに受け取ると、ルークと手分けして追加の布と袋を借り、一本ずつ丁寧に包んでいく。
「じゃあ、行ってきます!」
元気よく手を振り、三人は工房をあとにした。
玄関前には、手配していた研究用の馬車が待っていた。
先ほどまで乗っていた荷馬車とは違い、長時間の移動を考えて造られた馬車だ。
カイル達は荷物を積み込み、剣都へ向けて出発した。




