第44話 ナイフ作りの第一歩
剣の作成に向けた話し合いは、無事に終わった。
その翌日。
早朝訓練が始まる頃には、バルドの機嫌は、それはもう最悪だった。
明日の休日は、カイル達に付き合って森へ入り、レンガの実とシルバーハープを採りに行くことになっていた。
(……せっかくの休みが消えた)
近衛騎士長ともあろう男が、朝からそんなことばかり考えていた。
「カイル! 腕立て百回追加だ」
「はぁぁあ!? 何でだよ!?」
「気分だ」
あまりにも理不尽である。
カイルはむっとしながら、その場で腕立て伏せを始めた。
もちろん、納得したわけではない。
バルドが機嫌を損ねている理由も分かっていた。
だからといって、大人しく従うだけの性格でもない。
「休みが潰れたくらいで、八つ当たりすんなよ!」
「うるさい!」
バルドは怒鳴ると、腕立て伏せを続けるカイルの背中へどかりと腰を下ろした。
「ふざけんな! このくそゴリラ!!」
潰されまいと、カイルは腕へさらに力を込める。
朝の訓練場へ二人の言い争う声が響き、周囲の近衛騎士達は笑いながらも、誰一人止めようとはしなかった。
そんな輪から少し離れた場所で、セドリックだけが無言で光景を見つめていた。
ついこの前まで、ああしてカイルと言い合っていたのは自分だった。
それなのに今では、カイルは近衛騎士達とも打ち解け、バルドとまで遠慮なく軽口を叩き合っている。
その輪の中に、自分の居場所はなかった。
別に羨ましいわけじゃない。
そう言い聞かせても、胸の奥には言葉にできない、引っ掛かりだけが残っていた。
セドリックは視線を逸らし、その場を静かに離れた。
バルドは、その背中へちらりと目を向ける。
王都からアルテへ来て三年。
もともと口数の多い性格ではないが、それを差し引いても、セドリックは未だに周囲へ馴染めずにいた。
カイルと遠慮なく言い合う姿を見て、少しは変わるかと思っていたのだが――今もこうして、自分から輪を離れていく。
バルドにも、どうしてやるのが一番いいのか、その答えはまだ分からなかった。
朝の訓練を終えたカイルは、朝食を済ませて座学へ向かった。
授業と鍛錬を終えた夕方。
ルークを連れ、再びバルドのもとを訪れる。
「バルド! 工房を見に行こうぜ!」
「はぁ? 明日から始めるんだろう?」
呆れたように返すバルドへ、カイルはにやりと笑った。
「殿下は『今日から研究を始めろ』って言ってたぞ」
「最初は素材集めからって話だったろうが。なら、明日からで十分だ」
「工房を見るだけでも立派な準備だろ?」
目を輝かせるカイルを前にしては、断る気も失せる。
「……分かったよ」
バルドは諦めたように息を吐いた。
「準備してくる。少し待ってろ」
そう言い残すと、近くの騎士へ二、三言だけ指示を飛ばし、更衣室へ戻る。
顔を洗って汗を拭い、訓練着のまま出ようとして足を止めた。
(……いや、着替えておくか)
若い奴らは、こういうところに妙にうるさい。
汗の染みた訓練着を脱ぎ、襟付きの白いシャツへ袖を通した。
「待たせたな」
戻って声を掛けると、カイルは待ってましたとばかりに駆け出す。
「じゃあ、行こうぜ!」
「走るな!」
「坊ちゃん、子供じゃないんすから」
三人はそんなやり取りを交わしながら、王城西側の武具開発工房へ向かった。
王都の城にも武具工房はあるが、修理や手入れが主な仕事だ。
けれど、ここは違う。
新たな武具を研究し、生み出すために造られた施設だった。
煉瓦造りの重厚な建物から、かすかに鉄を打つ音が響いてくる。
カイルは足を止め、建物を見上げた。
「……デカいな」
予想していたより、ずっと立派だった。
バルドでさえ、この工房へ足を運ぶ機会は多くない。
武具の修理や調整だけなら、城の窓口へ預ければ済む。
呼ばれるのは、新たな武具の試し斬りを頼まれた時くらいだった。
(……ここへ来るのも久しぶりだな)
試作品を振るった日のことを思い出しながら、重厚な扉を叩く。
コンコン――。
返事はない。
「聞こえてねぇんじゃねぇか?」
カイルが苦笑する。
「……だろうな」
炉が燃え、金槌の音が絶えない工房だ。
この程度の音では中まで届かない。
バルドは肩をすくめると、扉へ手を掛けた。
「……開けるか」
重厚な扉を押し開けた瞬間、熱気がどっと押し寄せた。
鉄の焼ける匂いと炭の煙が混じる、工房特有の空気が鼻をつく。
奥ではジークが打ち上がったばかりの剣を眺め、何やら紙へ書き込んでいた。
「ジーク様!」
バルドが声を張り上げる。
王国最高峰と名高い鍛冶師。
近衛騎士長であるバルドも、自然と敬意を払う相手だった。
呼びかけに気づいたジークは手を止め、振り返った。
「おう、来たか」
バルドの方へ目を向けた途端、眉を寄せる。
「……坊主はどうした?」
「え?」
バルドも隣を見る。
そこにいたのはルークだけだった。
「……あれ?」
慌てて工房内を見回すと、カイルはいつの間にか隅まで歩いて行き、棚一面に並ぶ工具へ目を輝かせていた。
「沢山あるなぁ」
「カイル!」
呼び掛けても、本人はまるで聞こえていない。
所狭しと並べられた道具を眺めながら、完全に夢中になっている。
剣を打つ工房を見学したことは何度もある。
とはいえ、それは作業風景を見せてもらう程度だ。
こうして工房の隅々まで見て回れる機会など、そうそうない。
「これ、初めて見たな……」
カイルは巨大な金槌へ顔を近付ける。
「でけぇ。大剣を打つ時に使うのか?」
「おい」
呆れたバルドは歩み寄ると、カイルの首根っこを掴んだ。
「まずは挨拶しろ」
「あっ……悪りぃ悪りぃ」
まるで反省した様子もなく笑いながら、カイルはジークの前まで連れ戻される。
姿勢を正し、改めて頭を下げた。
「本日より、よろしくお願いします」
「こちらこそだ」
ジークは頷くと、工房の奥へ顎をしゃくる。
「他の奴らは、研究に使えそうな資料を探しに行ってる。また揃った時に紹介する」
「分かりました」
カイルは頷き、隣に立つルークへ手を向けた。
「改めて紹介します。こちらは僕の従者のルークです」
「ルークっす」
ルークはぺこりと頭を下げる。
「坊ちゃんがご迷惑をお掛けすると思いますが、よろしくお願いします」
「おい」
カイルがすかさずツッコミを入れた。
「何で迷惑掛ける前提なんだよ」
「今まで見てきた感じだと、ほぼ確実っす」
即答するルークに、ジークは豪快に笑った。
「違ぇねぇ。入って早々、勝手に消えてたくらいだ」
「まだ何も壊してないでしょ」
「壊してからじゃ遅ぇんだよ」
工房にひとしきり笑い声が響いたあと、ジークは表情を引き締めた。
「最初はナイフから始めるんだったな」
「はい」
「なら、まずはどんな形にしたいのか決めねぇとな」
そう言って、一行を工房の端にある大きな作業机へ案内する。
机には、様々な形のナイフが整然と並べられていた。
細く鋭い突き向きのもの。
刃の腹が大きく膨らみ、肉を捌きやすくしたもの。
刃渡りの短い小型のものから、短剣と呼べるほど長いものまである。
持ち手も木製や革巻き、滑り止めの溝が刻まれたものなど、実に様々だった。
「……こんなに種類があるんですね」
カイルの目が輝く。
中には、動物の骨を削り出して作られた刃もあった。
(アイアーベアの牙を使うなら、見た目はこれに近くなりそうだな)
一本ずつ手に取り、重さや握り心地を確かめていく。
隣では、バルドも興味深そうにナイフを握っていた。
短剣は戦うための武器。ナイフは切るための道具だ。
役割が違えば、刃の厚みも重心も、握りの形も変わってくる。
一方のカイルは、魔物を解体した時のことを思い浮かべながら、次々と持ち替えていく。
「細かい作業なら、この形が使いやすそうだな……」
そう呟いたかと思えば、すぐ隣の一本を手に取る。
「いや、こっちも捨てがたい」
刃の反り具合や厚み、握り心地を確かめながら比べていく。
戦うためではない。解体するため。
カイルが見ているのは、鍛冶師とも騎士とも違う視点だった。
しかし、剣ならともかく、ナイフの良し悪しまでは分からない。
「素人目じゃ、よく分かんねぇな」
今使っているナイフも、狩猟用として父が選んでくれた一本だった。
ここまで用途ごとに細かく種類が分かれているとは思っていなかった。
ジークは迷う様子を見て笑う。
「焦る必要はねぇ。最初は荒削りから始める。最後の形なんざ、じっくり決めりゃいい」
その言葉に、カイルは肩の力を抜いた。
せっかく時間をもらえたのだ。
焦って決める必要はない。納得できる一本を選ぼう。
「……もう少し考えてみます」
「それでいい」
ジークは頷くと、一本のナイフを手に取った。
「まずは、どういう造りになってるか覚えろ」
そう言って、刃の厚みや反り、重心の違いなど、鍛冶師ならではの視点で一本ずつ説明していく。
カイルは真剣な表情で、その説明へ聞き入った。
その時だった。
工房の扉が開く。
「すまない。遅れた」
クラウスが姿を現した。
「先生、お疲れ様っす」
ルークが軽く頭を下げる。
「明日の採取道具を準備したいんですが、一緒にお願いしてもいいですか?」
「おお、そうだったな」
ルークはクラウスと共に学者棟へ向かい、翌日の採取に必要な道具を集める。
必要な物はルークにも分かっているが、保管場所までは知らない。
クラウスに教わりながら、袋や桶、縄を運び出した。
工房へ戻ると、集めた道具を床へ並べ、二人で不足がないか確認していく。
穏やかな時間が流れていた。
炉の炎が揺れ、皆の声が工房へ響く。
職人は武具を語り、学者は知識を貸し、従者は道具を整え、騎士候補生は新たな可能性を学ぶ。
立場は違っても、皆が同じ目標へ向かって動き始めていた。
バルドは腕を組み、その光景を静かに眺める。
騎士団の訓練場とは違う空気だった。
上下関係や命令ではなく、それぞれが自分にできることを自然にこなしている。
悪くない。
そう思った時、不意に一人の騎士の顔が頭へ浮かんだ。
(……あいつをこの輪に混ぜてみたら、少しは何か変わるかもしれんな)
夕食の時間になると、バルドはカイル達と別れ、その足でアルフォンスの執務室へ向かった。
◇ ◇ ◇
翌朝。
まだ朝日が昇りきる前から、カイルは動きやすい服装で城の玄関へ姿を見せていた。
今日は森へ素材を採りに行く日だ。
腰には木剣と解体用のナイフ、それに採取用の小袋を提げ、背中には荷物をまとめた背負い袋を背負っている。
ルークも同じように荷物を抱え、出発の準備は万全だった。
「先生、今日はよろしくお願いします」
「うむ」
クラウスも自然学者として同行する。
アルテ周辺の森へは何度も入っており、道案内も兼ねる予定だった。
三人は採取用の袋や桶を足元へ置き、他愛もない話をしながら待っている。
そこへバルドが姿を現した。
「全員揃ってるな」
そう言って後ろを振り向いた瞬間、カイルは顔をしかめる。
「げっ! なんでお前がいるんだよ」
そこに立っていたのは、セドリックだった。
「うるさい」
セドリックはぶっきらぼうに答える。
「バルド騎士長が来いと言ったんだ」
ぷいとそっぽを向くセドリックに、カイルは怪訝そうな顔でバルドを見た。
「何で連れてきたんだよ?」
バルドは腰に剣を差し、セドリックは長槍を肩に担いでいた。
「護衛は一人より二人の方がいいだろ?」
「……それはそうだけど」
納得はしたものの、不安は消えなかった。
セドリックは、今回の研究が魔物を狩るための武具を作るものだと、どこまで知っているのだろうか。
それを知っているなら、自分が実際に魔物を狩っていることも伝わっているはずだ。
この国の騎士は、自ら魔物を狩ることを良しとしない者が多い。
昔から顔馴染みなだけに、どう思われるのか少し気になった。
バルドは小さく笑う。
「安心しろ。この間の会議の内容は共有してある」
カイルはちらりとセドリックを見た。
「……お前、俺のこと軽蔑しねぇの?」
セドリックは一瞬だけ目を丸くしたあと、小さく息を吐いた。
「アホか」
それだけ言うと、呆れたように肩をすくめる。
「昔から、お前は変なことばっかやってただろ」
「まぁ、それはそうだけど……」
「昨日、殿下とバルド騎士長から話を聞いた時は驚いたし、心配もしたさ。でも、お前を止めても無駄なのは知ってる」
セドリックはカイルを真っすぐ見た。
「だったら、俺が付いてた方がまだ安心だ」
その一言に、カイルの肩から少しだけ力が抜ける。
「……そっか」
だが、安心したのも束の間だった。
「お前、アレン兄様にチクったりしねぇだろうな?」
バシッ。
セドリックの手が、軽くカイルの頭をはたく。
「痛っ!」
「俺はそんなに口は軽くねぇよ」
頭を押さえるカイルを見て、ルークが吹き出した。
張り詰めていた空気も、そのやり取りでふっと和らぐ。
(また一人、坊ちゃんの仲間が増えたっすね)
ルークはそんなことを思いながら、小さく笑った。
そこへ、一台の荷馬車が到着した。
今日は素材採取が目的だ。
乗るのは貴族用の豪華な馬車でも、研究用の車両でもない。
人も荷物も多く積める、実用的な荷馬車だった。
「ほら、乗るぞ」
バルドに促され、一行は荷物を積み込み、荷台へ乗り込む。
車輪がゆっくりと回り始めた。
森までは、およそ一時間。
走り出してみると、改めてアルテの広大さを感じる。
屋根だけが付いた荷台には心地よい風が吹き抜け、街並みがゆっくりと後ろへ流れていった。
道中もクラウスは、これから向かう森に生える植物や動物の生態について語り続ける。
熱量は相変わらずで、前に座るバルドとセドリックなど、まるで視界へ入っていないようだった。
カイルは苦笑しながら尋ねる。
「先生。この二人の騎士の名前、分かります?」
「ん?」
クラウスはようやく二人へ視線を向けた。
しばらく真顔で見つめたあと、首を傾げる。
「……知らん」
本人達を目の前にして、あっさりと言い切った。
「ぶっ!」
ルークが堪え切れず吹き出す。
「先生、マジで坊ちゃんと同じくらい失礼っすね」
「せめてバルド騎士長くらいは覚えてくださいよ」
カイルが呆れたように言うと、クラウスは「ふむ」と頷き、バルドへ向き直った。
「よろしくな、バード君」
「バルドだ!!」
荷台へ怒鳴り声が響き渡る。
「あはははっ!」
「ぶっ……先生、ひどすぎるっす」
カイルとルークは腹を抱えて笑い出した。
セドリックまで、つられるように口元を緩める。
バルドは、その笑顔を横目で見ながら息を吐いた。
(……やっぱり、カイルがいると違うか)
連れてきた意味は、少しだけあった気がした。
カイルは次に、セドリックを指差す。
「で、こっちは性格の悪いセドリックです」
「お前の方が性格悪いだろ!」
即座に怒鳴り返され、荷台へ再び笑いが広がる。
クラウスはやり取りを眺めながら、不思議そうに首を傾げた。
「長い名前は覚えきらん」
そんなはずがあるかと、カイルは半眼になった。
「じゃあ先生。南国の火山島にしか生えない、赤い葉を持つツタ植物の名前は?」
クラウスは一拍も置かず答えた。
「ベルディア・ルベラ・トロピカリス・ルブラ・ヘリオフィラだ」
荷台が一瞬、静まり返る。
「……」
カイルはじっとクラウスを見つめた。
「それは覚えられるんですか?」
「植物だからな」
クラウスは当然のように頷く。
「人の名前を覚えてくださいよ!」
荷馬車は再び笑いに包まれた。
そんな賑やかな時間は、あっという間に過ぎていく。
やがて御者が手綱を引き、荷馬車がゆっくりと止まった。
「着いたぞ」
バルドが荷台から飛び降り、続いて全員が地面へ降り立つ。
真っ先に目へ飛び込んできたのは、シルバーハープだった。
森の入口を流れる川沿いでは、一面に銀色の細葉が風に揺れている。
「あった!」
カイルは思わず声を上げる。
だが、すぐに首を横へ振った。
「……いや、先にレンガの実だ」
クラウスへ向き直る。
「先生、最後に川で手を洗いたいんで、先にレンガの実を採りに行きましょう」
「うむ」
カイルは荷物を下ろしながら、ふとバルドへ尋ねた。
「そういえば、バルドって森は慣れてんのか?」
「当たり前だ。演習で何度も入ってる」
バルドは当然と言わんばかりに答える。
一方、セドリックも森には慣れていた。
子供の頃からカイルの兄と共に、グランツ家の屋敷近くの森へ何度も狩猟に入っていたからだ。
事情を知っているカイルは、満足そうに頷いた。
「じゃあ問題ないな」
荷馬車から下ろした袋や桶、採取道具をそれぞれへ手渡していく。
「ルークは袋。先生は桶。バルドとセドリックは護衛頼む」
「了解だ」
「……分かった」
役割を確認すると、全員で森の入口へ向かった。
カイルもルークも、アルテの森へ入るのは初めてだった。
鬱蒼と茂る木々は高く、屋敷近くの森とは比べ物にならないほど深い。
多くの植物や動物、魔物が生息している。
「じゃあ、行くとしますか」
その一言を合図に、一行は木々の生い茂る森へ足を踏み入れた。
ひんやりとした空気が肌を撫で、朝の陽光が枝葉の隙間から差し込んでいる。
鳥のさえずりが遠くから聞こえ、風に乗って草木の青い香りが漂ってきた。
「すげぇ……」
カイルは声を漏らし、辺りを見回す。
そんな彼へ、クラウスが一本の植物を指差した。
「カイル君。この植物は王都には生えておらんぞ」
ギザギザとした葉を持つ、見慣れない草だった。
「本当だ!」
カイルは目を輝かせ、駆け寄る。
「図鑑でしか見たことありません!」
しゃがみ込んでは葉脈を観察し、茎を眺め、根元まで確かめ始めた。
まだ森へ入って五メートルも進んでいない。
それなのに二人は、すっかり足を止めてしまっている。
「ほら見ろ、葉の付き方が――」
「全然違う! これって群生して生えるんですね」
盛り上がる二人に、バルドは額へ手を当てた。
「おい」
返事はない。
「おい!」
それでも二人には届かない。
「さっさと行くぞ!!」
ようやく同時に顔を上げる。
「「あっ」」
ルークとセドリックは顔を見合わせた。
「始まったっすね……」
「……先が思いやられる」
セドリックがため息をつく。
そこから先も同じだった。
少し歩けばクラウスが植物を見つけて立ち止まり、カイルが食い付く。
今度はカイルが気になる木を見つけ、二人でしゃがみ込んでは話し始める。
そのたびに行列は止まった。
「おい、またか!? もう少し先へ進んでから見ろ!」
バルドは何度目かも分からない注意を飛ばす。
その光景に、苦笑が漏れた。
(……本当にガキを二人連れてるみたいだ)
興味の向いた方へ一直線。
止めても聞こえない。
二人は好奇心の塊だった。
一方、その後ろでは意外な組み合わせが会話を弾ませていた。
ルークとセドリックである。
考えてみれば、二人ともカイルに振り回される被害者という共通点があった。
顔を合わせたこともあり、互いに面識はある。
「あの時、坊ちゃんが池へ飛び込んだの覚えてるっすか?」
「……ああ。俺とアレンまで巻き込まれた」
「結局、旦那様に三人まとめて怒られたんすよね」
「最悪だったな。団長に正座させられた」
昔話に花が咲き、普段は仏頂面のセドリックも、どこか表情を和らげていた。
そんな穏やかな空気を切り裂くように、鼻をつく強烈な異臭が漂ってきた。
「……くっ」
誰からともなく顔をしかめる。
少し遅れて、臭いは一気に濃くなった。
「この臭い……」
カイルが前方を見据える。
「レンガの実だ!」
魔物でさえ嫌がって近寄らないと言われるほどの悪臭だ。
まだ木は見えていない。
それでも、風に乗って流れてくるだけで場所が分かるほど強烈だった。
バルド達は反射的に布で鼻と口を覆う。
「うっ……!」
「久しぶりに嗅いだな……」
セドリックも顔をしかめた。
その横で、カイルとクラウスだけは目を輝かせていた。
「カイル君、こっちだ!」
クラウスが嬉しそうに声を上げる。
「はい!」
カイルも迷わず駆け出した。
「お、おい! 走るな!」
バルドの制止も耳に入っていない。
ルーク達は苦笑しながら、その後を追い掛けた。
誰もが、この先さらに振り回されることになると、薄々予感していた。




