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第35話 技術になる瞬間

悪臭を放つアイアーベアの脂に変化が訪れた。


カイルも皿へ顔を近付け、慎重に鼻を鳴らす。


「本当だ。生姜のニオイしかしねぇ」


「私にも確認させてくれ」


クラウスが身を乗り出し、同じように鼻を鳴らした。


次の瞬間、目が僅かに見開かれる。


「確かに他のニオイがせん」


「どけ。俺にも嗅がせろ」


今度はモーリスが割り込んできた。


縄で縛られたまま身を乗り出し、何度か短く鼻を鳴らす。


「……そうだな。生姜のニオイだけが残ってる」


エルマーは、その光景に眉をひそめた。


つい先ほどまで助けを求めていたはずのモーリスが、今は何事もなかったかのようにカイル達と話し込んでいる。


しかも、縄で縛られたままだ。


(……何なんだ、こいつらは)


エルマーは深くため息を吐いた。


「一旦飯にするぞ」


その一言で、護衛達が昨日と同じように即席のテーブルを組み始める。


ところが当のカイル達は聞いていない。


まだ皿を囲み、顔を寄せ合っていた。


「生姜の量が多かったか……」


カイルは露骨に肩を落とした。


せっかく悪臭が消えたと思ったのに、今度は生姜のニオイが強すぎるらしい。


するとモーリスが口を開いた。


「さっき細かく刻みすぎたからだ。それを変えれば上手くいくかもしれねぇぞ」


「そういうもんなのか?」


「あぁ。香りを出したいのか、残したいのかで変わる」


「なるほど……」


「だから――」


「おい」


エルマーの低い声が飛んだ。


「おい!!」


しかし誰も反応しない。


もう一度エルマーは声を張り上げた。


「飯にするぞ!! 早く来い!!」


倉庫中に声が響き、ようやく全員が振り返る。


「あ」


カイルは今思い出したような顔をした。


「そうだった」


ようやく実験から意識を引き剥がされた一同は、即席のテーブルへ向かった。


そこでモーリスが叫ぶ。


「その前に縄を解けよ!!」


「悪りぃ悪りぃ」


カイルは軽い調子で答え、縄を解いた。


解放されたモーリスは肩を回しながら立ち上がり、そのままカイルと会話を続けるように、自然と食事の席へ腰を下ろす。


エルマーはその姿を見てまた眉をひそめた。


「お前、解体場へ戻らなくていいのか?」


モーリスが答えるより先に、カイルが口を開いた。


「駄目だ」


「何故だ?」


「もう魔物素材の加工を見たからな。守秘義務契約に署名するまで返せない」


エルマーは呆れたように額を押さえた。


「まったく……勝手すぎるぞ」


「モーリスが勝手に押しかけてきたんだぞ」


「誰のせいだと思ってやがる!!」


モーリスが即座に机を叩いた。


「悪臭撒き散らしてたのはお前らだろうが! 文句言いに来ただけだ!」


「結果的に知っちまっただろ」


「知らされたんだよ!」


モーリスの怒鳴り声に、横でルークが苦笑する。


「エルマーさん、実際は俺たちが悪臭撒き散らして、それにモーリスさんが怒鳴り込んできて、クラウス先生が魔物の話をうっかり喋っちゃったんす」


「うっかりで済ませるな!」


モーリスが即座にツッコむ。


しかしクラウスは全く聞いておらず、目の前の食事に目が向いてる。


言い合いはしているが、いつの間に知り合ったのか。


エルマーは深くため息を吐いた。


「……解体場は大丈夫なんだろうな?」


今度はモーリスへ視線を向ける。


「あぁ。副責任者がいるから、回るには回る」


するとノエルが口を開いた。


「カイル様の指示で、副責任者の方へモーリス殿をお借りしたい旨は伝えてあります」


「そうか」


エルマーは頷き、カイルを見た。


「そういうところだけは妙にちゃっかりしているな」


「そうだろ?」


「褒めてない」


返事は間髪入れずに返ってきた。


カイルは不服そうに目の前のステーキへナイフを入れると、肉汁の滲む肉へ豪快にかぶりついた。


「うまっ」


朝話したよう、エルマーは高級なステーキを買ってきてくれていた。


しかし、あの悪臭のままなら、この場所で昼食を取る気など誰も起きなかっただろう。


「ある意味、モーリスのおかげだな」


カイルがそう言うと、モーリスは顔を背けた。


「……ふん」


けれど、並べられた豪華な食事を前に、その眉間の皺は少しだけ緩んでいた。


やがて食事が終わると、カイルの一言で再び倉庫が動き出した。


護衛達は毛皮へ塩と薬草を擦り込み、別の者達は天日干ししていた骨を種類ごとに箱に仕分けていく。


冷ました血液も丁寧に瓶へ詰められ、素材の保存作業そのものは順調に進んでいた。


その一方で、作業台の周りには自然と人が集まる。


問題は残っていた。


悪臭は消えた。


だが今度は生姜の香りが強すぎる。


商品として売る以上、こちらも何とかしなければならなかった。


「生姜を減らしてみるか」


「減らしすぎると臭いが戻るかもしれんぞ」


「ならやっぱり刻み方だ」


モーリスの助言に、カイルは頷いた。


そこから先は、ひたすら試行錯誤だった。


生姜の刻み方を変え、酒を足し、また量を変え、火加減を調整する。


一歩前へ進んだと思えば、今度は別の問題が顔を出す。


生姜が強すぎる。


酒が目立つ。


獣臭さが戻る。


あと少しなのに届かない。


「……もうちょっとなんだけどな」


カイルが皿へ顔を近付け、小さく鼻を鳴らす。


その横でルークが苦笑した。


「いつものっすね」


失敗してはやり直す。


新しい方法を思い付いては試し、また失敗する。


一歩進んだと思えば二歩戻る。


そんなことは、二人にとって珍しくもなかった。


答えのない道を、ただひたすら歩き続ける。


そんな地味な繰り返しだった。


それでもカイルは、一度も諦めたことがない。


ルークが倉庫をぐるりと見回した。


「でも今回は全然違うっす」


「何がだ?」


「クラウス先生に、モーリスさん。それに皆がいるじゃないっすか」


いつの間にか作業を終えた護衛達まで集まり、皿を手に取っては鼻を鳴らし、思ったことを口にしている。


「こっちは酒が強い」


「いや、生姜の方が気になる」


「先に酒を入れたらどうだ?」


誰も頼んでいない。


それなのに、自然と輪へ加わり、同じ答えを探してくれていた。


ルークは少しだけ笑った。


「普段は俺と坊ちゃんだけっす。だから今、いつもの何倍も早く進んでる」


その言葉に、カイルは改めて辺りへ目を向けた。


いつもなら静かな地下室で、ルークと二人きり。


失敗すれば笑って、また最初からやり直すだけだった。


正直、心が折れそうになった時だって多くある。


それが今は違う。


気付けば、倉庫全体が一つの実験場になっていた。


一人の知識が次の知識を呼び、誰かの経験が新しい発想へ繋がっていく。


その光景が、たまらなく嬉しかった。


だからこそ。


この場所で、この仲間達と成功を掴みたい。


カイルはまた、手を動かし始める。


やがて倉庫の外が橙色へ染まる頃、一人の青年が訪ねてきた。


「親父」


モーリスが振り返る。


二十代半ばほどの青年だった。


体格も顔立ちもどこか似ており、腰には解体用の包丁が提げられている。


同じ解体場で働く長男だ。


「おう」


「帰らねぇのか?」


青年は倉庫の中を見回し、父が見知らぬ誰かと何かに夢中になっている姿を見て困惑する。


「色々あってな」


モーリスは頭を掻いた。


説明が面倒だった。


それにどこまでどう話していいのかも分からない。


「俺はもう少しかかる。母さんに遅くなるって伝えといてくれ」


「は?」


「いいからお前は先に帰ってろ」


青年は何度も振り返りながら帰っていった。


それからも実験は続き、ランタンへ火が灯る。


何度も失敗を重ね、気付けば脂の入った桶の底が見え始めていた。


「あとこれだけか」


カイルが呟く。


ルークも苦笑した。


「そろそろ当てたいっすね」


誰もが同じことを思っていた。


モーリスは腕を組み、ちらりとカイルを見る。


「駄目ならまた脂を用意すればいいだろ」


その言葉に、カイルは肩を竦めた。


「そうなったら森に行くしかねぇな」


「森?」


モーリスが眉をひそめる。


「何でだ?」


「何でって、魔物なんだからその辺の肉屋に在庫がある訳ねぇだろ」


言われてみれば当然の話だった。


だがモーリスは今まで深く考えていなかった。


魔物素材。魔物の脂。


何度も聞いていたはずなのに、どこか現実感がなかったのである。


解体場で働く彼にとっても、死んだ魔物は焼かれるものであり、加工するものではなかった。


だからこそ恐る恐る尋ねる。


「ちなみによ……」


「ん?」


「これ、何の脂なんだ?」


カイルは何でもないことのように答えた。


「アイアーベア」


モーリスの動きが止まる。


「……は?」


「だからアイアーベアだ」


まるで猪や鹿の話でもするような気軽さだった。


だがモーリスの顔から血の気が引いていく。


アイアーベア。


その名を知らぬ者はいない。


森で遭遇すれば死を覚悟する魔物だ。


そんな化け物の脂を煮ていたのかと、モーリスは改めて桶を見る。


(どうやってそんなもん手に入れたんだ)


疑問は浮かんだが、モーリスは口にしなかった。


護衛を従え、学者を抱え、あの会頭エルマーとも気安く話している。


仕立ての良い服を見ても、目の前の少年が金に困るような立場でないことくらいは分かる。


研究だと言っていたが、金持ちの道楽なのか、何か大きな商売なのか。


自分にはさっぱり分からない。


「……お前、何者なんだ?」


カイルは首を傾げる。


「ただの学生だけど」


「学生?」


その横でルークが苦笑した。


「坊ちゃん、まだ十六っすよ」


「……十六?」


モーリスは目を瞬かせる。


脳裏に、先ほど様子を見に来た長男の顔が浮かんだ。


その息子より、目の前の少年は十も年下だ。


それが自分に怯むことなく噛み付いてきて、学者と話し、諦めずに実験を続けてる。


冗談のような話だった。


だが、目の前で起きていることは現実である。


それに、魔物の素材だの守秘義務契約だのと騒いでいる時点で、思っていた以上に厄介な連中なのは確かだった。


(俺、とんでもないガキに関わっちまったんじゃねぇか……)


大きなため息が漏れる。


その時だった。


「待て」


火へ掛けられた皿を覗いていたクラウスが声を上げた。


「臭わん」


その一言で、倉庫の空気が止まった。


カイルが皿へ顔を近付け、鼻を鳴らす。


「……本当だ」


あの鼻に殘る魔物くささもなければ、生姜や酒のニオイもしない。


「貸せ!」


モーリスも乱暴に顔を近付け、何度か鼻を鳴らす。


「消えてる……」


ルークも護衛達も集まる。


何度試しても残っていたニオイが、もうなかった。


静寂が落ちる。


次の瞬間。


「今の配合だ!」


カイルが叫び、クラウスも同時にノートへ飛び付いた。


「待て。順番も確認する!」


成功の喜びより先に、全員の頭へ浮かんだのは同じことだった。


――再現できなければ意味がない。


材料の分量と、投入した順番。


加熱時間に火加減。


ルークが材料を量り、クラウスが記録を照らし合わせる。


ようやく条件が揃ったところで、カイルは脂を皿へ移した。


「やるぞ」


同じ手順で作り直す。


脂がゆっくりと溶け始め、皆が無言で見つめた。


クラウスが鼻を鳴らす。


モーリスが身を乗り出す。


カイルも皿へ顔を近付けた。


「……ない」


ルークが呟いた。


もう一度嗅ぐ。


やはり臭わない。


「再現した……」


クラウスの声が震えた。


その瞬間、張り詰めていた空気が一気に弾けた。


「やったぞ!!」


「成功っす!!」


ルークが拳を突き上げ、護衛達からも歓声が上がる。


深夜だというのに、倉庫は祭りのような騒ぎになった。


モーリスも思わず笑っていた。


「まさか本当に消すとはな……」


クラウスは震える手でノートを抱き締める。


仮説が当たり、再現に成功した。


偶然ではなく、技術になったということだ。


カイルは臭いの消えた脂を見つめ、口元を吊り上げた。


「これで商品になる」


その目は研究者ではない。


商人の目だった。


モーリスは嬉しさから、勢いそのままに隣のカイルへ腕を回した。


「やったな!!」


丸太のような腕が首元へ回る。


抱き寄せたつもりなのだろうが、相手はモーリスである。体格差がありすぎた。


カイルは一瞬で引き寄せられる。


「ぐぇっ!?」


首が締まった。


クラウスも興奮している。


「本当に成功したぞ!」


「だから苦し――」


カイルは、モーリスの腕を叩くも聞いていない。むしろ興奮して力が強くなった。


「すげぇじゃねぇか!」


「待っ――」


「これで何かになるんだろ!?」


「なるから離せ!」


「はっはっはっ!」


豪快な笑い声が響くにつれ、カイルの顔が少しずつ赤くなっていく。


必死に抗議する姿を見て、護衛達から笑い声が上がる。


クラウスも珍しく声を出して笑っていた。


エルマーは、その様子を眺めながら小さく息を吐く。


数時間前まで怒鳴り込みに来ていた男とは思えない。


けれど、モーリスの顔は誰よりも明るかった。


長い実験だった。


失敗もした。


怒鳴り合いもした。


縄で縛られた者までいる。


それでも最後には、全員が笑っていた。


深夜の倉庫は、ようやく成功の熱気に包まれていた。


翌日。


カイル達は、完成した配合を元に革用油の試作へ取り掛かっていた。


モーリスも守秘義務契約には署名したものの、本業は解体場だ。


「勝手に変なことすんじゃねぇぞ」


朝からこちらに立ち寄り、そう言い残して仕事へ戻っていった。


だが、休憩の度に倉庫へやってきては、誰よりも頻繁に様子を見に来ていた。


ルークが肩を揺らす。


「完全に気になって仕方ないみたいっすね」


「もう仲間だな」


カイルが笑う。


クラウスも嬉しそうに頷いた。


「実に良いことだ」


昨日まで悪臭に満ちていた倉庫には、もう笑い声しか残っていなかった。


そんな賑やかな倉庫とは対照的に、遠く離れた王都では――。


ラインハルトの屋敷に、一通の手紙が届いていた。


受け取った執事長ギルバートは、差出人を見た瞬間、僅かに目を見開く。


王弟アルフォンス。


封蝋にも見覚えがあり、間違いなく本人からのものだった。


長年この屋敷を預かってきたギルバートですら、王弟から直接手紙が届くことなど滅多にない。


一体どのような用件なのか。


胸に小さな疑問を抱きながらも、彼は表情一つ変えず丁寧に封書を預かる。


主人宛の手紙を勝手に開くことはしない。


執事長ギルバートは開封することなく、大切に主人の帰宅を待つ。


そして夜。


騎士団の業務を終えたラインハルトが屋敷へ戻る。


玄関では執事長と妻エレナが静かに出迎えた。


「お帰りなさい、あなた」


「あぁ。ただいま」


わずかに表情を和らげたラインハルトへ、ギルバートが一通の封書を差し出す。


「旦那様。本日、お手紙が届いております」


「手紙?」


何気なく受け取ったラインハルトは、差出人を見た瞬間に眉を寄せた。


「アルフォンス殿下……?」


「殿下からですか?」


不思議そうに尋ねるエレナへ、ラインハルトは小さく頷く。


「軍務の話かもしれん。先に確認してくる」


「分かりました」


エレナもそれ以上は尋ねず、静かに送り出した。


長年連れ添った夫婦だからこそ、公私の区別は自然と身についていた。


書斎へ入ったラインハルトは椅子へ腰を下ろし、静かに封蝋を切る。


読み進めるにつれ、その表情がゆっくりと変わっていく。


最後まで目を通したあと、もう一度差出人を確認した。


見間違いではない。


確かに王弟アルフォンスからの手紙だった。


「……何が起きている」


珍しく本気で困惑した声が漏れる。


次の瞬間、ラインハルトは勢いよく立ち上がり、書斎の扉を開け放った。


「エレナ!」


普段は冷静沈着な夫の声が屋敷へ響く。


寝室へ戻っていたエレナは驚いたように顔を出した。


「あなた? どうなされました?」


「大変だ」


ラインハルトは手紙を握り締めたまま歩み寄る。


「これを読んでくれ」


エレナは一瞬きょとんと目を瞬かせたが、差し出された手紙を受け取る。


読み進めるにつれ、その表情も次第に固まっていった。


「……どういうことでしょう?」


そこには簡潔な文面が記されていた。


――貴殿の息子、カイル・フォン・グランツを、いたく気に入った。


その才能を伸ばしたく、しばらくの間、私の城館にて学ばせたい。


騎士学校には特別学習として話を通す。


どうか私を信じ、大切なご子息を預けてはくれぬだろうか。


短い。


だが、その一文一文には王弟という立場に相応しい重みがあった。


エレナは不安そうに眉を寄せた。


「何があったのでしょうか?」


「私にも分からん」


ラインハルトは苦々しく息を吐く。


「あの子は剣都へ向かったはずだ」


何故、王弟と関わっているのか。


何をして、ここまで目を掛けられたのか。


まるで見当がつかなかった。


「まさか何か失礼なことをしたのでは……」


エレナが小さく呟く。


「いや」


ラインハルトは静かに首を横へ振った。


「内容を見る限り処罰ではない。むしろ高く評価されている」


確かにカイルの成績は優秀だ。


だが、優秀な学生など騎士学校にはいくらでもいる。


王弟が直々に目を掛け、手元へ置いて育てたいと望むなど、ラインハルトも聞いたことがなかった。


それだけに、何故あの三男坊がそこまで評価されたのか分からない。


夫婦はしばらく言葉もなく、静かに手紙を見つめていた。


やがてラインハルトが、小さく息を吐く。


「……本来なら、一度連れ戻して話を聞きたいが」


父親としては当然の思いだった。


何が起きたのか。


どんな経緯でこうなったのか。


本人の口から直接聞きたかった。


だが、それは簡単には叶わない。


アルテは王都から遠く離れている。


今から向かったとしても、到着まで数日を要する距離だ。


それに、ラインハルトは王国騎士団長である。


私事を理由に持ち場を離れるわけにはいかなかった。


エレナが静かに口を開く。


「とりあえず、お返事を書かれては」


「あぁ」


ラインハルトは頷く。


相手は王弟アルフォンス。


王国でも指折りの実力者であり、多くの貴族が縁を望む人物だ。


その方が直々に才能を見込み、育てたいと言っている。


それを断れば、カイル自身の未来を閉ざすことになりかねない。


騎士として考えても、父親として考えても、答えは一つだった。


「受けるべきだな」


エレナも戸惑いながら、それでも穏やかに微笑んだ。


「きっと、あの子にとって大切な機会なのでしょう」


「あぁ」


ラインハルトは机へ向かい、ペンを取った。


王弟から直々に目を掛けられたことへの礼。


そして、愚息をよろしくお願いしたいという言葉を書き進める。


だが筆先は、何度も止まった。


兄弟の中で一番やんちゃで、そして、一番目が離せない三男坊。


ラインハルトは苦笑し、小さく息を吐く。


「あいつは一体……何をしているんだ」


父親の小さな呟きだけが、静かな書斎に溶けていった。

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