第33話 臭いが呼んだ男
黒ずんでいたアイアーベアの血が、鍋の中で少しずつ鮮やかな赤へ変わっていく。
揺れる色の変化に、クラウスは思わず見入った。
何故、清め草などという名前が付けられたのか。
長い年月の中で迷信として片付けられていたものが、目の前の現象によって少し違って見えてくる。
それはまるで、古い物語の一節が形を得たようだった。
「こんな草があるくらいですし、もしかしたら、聖女様みたいな人も本当にいるのかもしれませんよ」
カイルが面白そうに笑う。
穢れを払い、魔物から人々を守る。
そんな神聖な力を持つ者がどこかにいても不思議ではないと思えてしまうほど、目の前で起きた現象は常識から外れていた。
「じゃあ勇者様もいるかもしれないっすね」
ルークが楽しそうに笑う。
「ふむ。なら魔王もおらんと成り立たんな」
クラウスが真顔で言った。
カイルは思わず吹き出した。
「確かに。悪者がいないと物語になりませんしね」
「そうだろう?」
クラウスが満足そうに頷く。
そんな他愛のない話で笑い合いながらも、三人の意識は自然と目の前の作業へ戻っていた。
隣では、護衛達によってアイアーベアの毛皮が氷室から運び出される。
広げられた毛皮へ刃を寝かせ、付着した脂を丁寧に削り落としていく。
刃が動くたびに白い脂が桶の中へ落ち、少しずつ底を埋めていった。
カイルは血液がさらさらになったことを確認すると、鍋を火から下ろした。
「後は冷ますだけです」
血が汚れないよう木蓋を被せ、今度は毛皮から取れた脂の方へ向かう。
「問題はこいつだな……」
桶を覗き込んだカイルの声に、先ほどの血の変化をノートへ記録していたクラウスが顔を上げた。
「どうした?」
「魔物の脂を何かに使いたいんですが、毎回失敗するんですよ」
その言葉に、クラウスの目が僅かに光った。
研究者にとって失敗は終わりではない。むしろ次の入口である。
「失敗する?」
「ええ。燃やしても駄目、塗っても駄目、混ぜても駄目」
ロウソクにしようとすればニオイがきつく、革へ塗ればニオイが移る。
薬草と混ぜて軟膏や傷薬も試したが、分離して上手く形にならなかった。
「ただ、人の肌に直接触れるものは基本的に自分達で使う用なんで、解決は後回しです」
「何故だ?」
カイルは桶の中の脂を見る。
「どれだけ安全でも、後から魔物素材を使ってると分かったら嫌がる人はいますから」
クラウスは感心したように頷いた。
商品は人が買うものだ。
人は、安全だと説明されただけで納得する訳ではない。
「そこまで考えていたのか」
「商売ですからね」
カイルは桶を指差した。
「それに、ロウソクも革油も問題は同じです」
「同じ?」
「ニオイです。逆に言えば、これを解決できれば二つまとめて商品にできるかもしれません」
クラウスの口元が僅かに緩んだ。
「なるほど」
「そこで質問なんですが、何かニオイを取る植物や虫をご存知ありませんか?」
「ニオイを取るものか」
クラウスは顎へ手を当てる。
「ニオイを発する植物なら山ほどある。だが、ニオイそのものを消すとなると話は別だ」
クラウスは腕を組み、しばらく考え込んだ。
薬草、虫、果実。
自然学者らしく様々な候補が頭の中に浮かんでは消えていく。
それでも決め手になるものは見つからなかった。
その頃――。
エルマーはアルフォンス殿下の城へとやって来ていた。
面会の依頼を出したのは昨日のことだった。
その日のうちに返答が届き、翌日には時間が確保されたのである。
王都にいた頃とは違い、今は剣都とアルテが馬車で一時間ほどの距離だ。
やり取りも早い。
とはいえ、それを差し引いても返答は早過ぎた。
再び執務室へ通されながら、エルマーは小さく苦笑する。
どうやら前回の面会以来、自分は秘匿性の高い話を持ち込む人間として認識されているらしい。
少なくとも、優先順位が上がっていることだけは間違いなかった。
しばらくして、アルフォンスが姿を現す。
「待たせたな」
軽く声を掛けるなり席へ腰を下ろし、挨拶もそこそこに本題へ入った。
エルマーは持参した紙束を差し出す。
「これは?」
「実は魔物避けの匂い袋の件で、少しお耳に入れたいお話がありまして」
旅の途中、自警団で使用されている匂い袋が定期的に交換されていない可能性が浮かんだ。
その後、商会で調べられる範囲だけを調査した結果である。
アルフォンスは紙束を受け取り、ゆっくりと中身を確認していった。
やがて小さく息を吐く。
「何ということだ……」
エルマーが掴んだのは、自警団を管理する一部貴族による横流しの痕跡だった。
配布記録と現場の証言が噛み合わない。
前回の物を使い続けろと言われた者や、そもそも交換を知らされていない者までいた。
商会が聞き取れた範囲だけでも、同じような証言が複数集まっていた。
さらに問題なのは、一部が裏市場へ流れていたことだった。
「他国で発見されたのか」
エルマーは頷いた。
「はい。国境近くの商人からも証言が取れました」
王国でしか製造されていない匂い袋が、隣国の兵士や貴族の手へ渡っていた。
あの時カイル達が予想した最悪の事態が、現実になっていたのである。
「ただ、これはまだ一部です。商会で調べられる範囲には限界があります。自警団全体の管理記録や、貴族側の帳簿までは踏み込めません」
殿下の目が静かに細まる。
「つまり、国で調べろということか」
「ご判断はお任せします」
エルマーは資料へ視線を落とした。
「しかし匂い袋は、魔物を遠ざけるための重要な物資です。それが横流しされていたなら、守られるはずだった者達が危険に晒されていたことになります」
「確かにそうだな」
紙束を握りしめ、アルフォンスが頷く。
「だが、よく気付いたな」
「私ではありません」
エルマーは即座に答えた。
「きっかけはカイルです」
「ほう」
「こちらへ来る途中の野営地でのことです」
「野営地?」
「はい。カイルがその場で匂い袋を作りました」
「即席で、か」
「ええ。その時、自警団員の一人が言ったそうです」
エルマーはその時のことを思い出す。
「もらったばかりの時の匂いがする、と」
「ふむ」
そこからの流れを説明した。
カイルが自警団員に聞き取りを始めたこと。
家柄的に運搬に詳しいノエルにも意見を聞き、横流しの可能性が浮上すると、今すぐ調べろと言い出したこと。
アルフォンスは資料を見下ろした。
「そして調べた結果がこれか」
「はい。まだ一部ですが。私も、ここまでとは思いませんでした」
しばらく沈黙が落ちた。
あの少年は、問題の大きさから危険を察し、即座に調査を依頼した。
それだけでも十分な価値がある。
殿下は小さく笑う。
「本当に優秀な子だな」
するとエルマーも苦笑した。
「あの子が動いた理由は二つあります」
「ほう?」
「一つは、自警団へ渡るべき物が渡っていなかったことです。あの子は、自分が作った物が機能せず、自警団が危険に晒されることを本気で心配していました」
アルフォンスは頷いた。
それは理解できる。
「そして、もう一つですが……」
「何だ?」
エルマーは肩を竦めた。
「他国で売れるなら、俺が売っていたと」
「……」
「自分が稼げたはずの金を、貴族に掠め取られたかもしれないと腹を立てていました」
一瞬の沈黙。
そして――。
「ははっ!」
執務室へ珍しく殿下の笑い声が響く。
「なるほど。実にあの子らしい」
「ええ」
エルマーも苦笑した。
「あの子は正義感だけで動く子ではありません」
「だが、それでいて見過ごさない」
アルフォンスは楽しそうに口元を緩めた。
「だから面白いのだろうな」
エルマーは首を振った。
「面白いで済めば良いのですが」
「む?」
「あの子は少々危なっかしい」
「どういう意味だ?」
「相手が年上だろうと、立場が上だろうと黙る子ではありません。理不尽だと思えば、その場で言い返します」
「はっはっ! 肝が据わっておるな」
エルマーは眉を下げた。
「そう言えば聞こえは良いのですが……。たまにこちらが頭を抱えたくなるほど喧嘩っ早いところもありまして」
「まぁ、まだ子供だ。それはこれから落ち着いていくだろう」
「だと良いのですが……」
エルマーは小さくため息を吐いた。
「今回の件も、大事にならないか少し不安がありまして……。この話はまだカイルにはしておりません」
アルフォンスは首を傾げる。
「何がそんなに不安なのだ?」
エルマーは顔を顰めた。
「誰が横流ししていたか知れば、黙ってはいないでしょう」
「ほう?」
「相手が貴族だろうと何だろうと、あの子は納得しません」
エルマーは静かに続けた。
「自分達へ害を成した相手を、簡単に許す子ではありませんから」
「つまり?」
「やり返します」
エルマーは即答した。
「しかも、自分が納得するまで」
執務室が静まり返る。
王弟は腕を組んだ。
「しかし、まだ十六歳の子供だ。そう恐れることはない」
その言葉に、エルマーは静かに首を横へ振る。
「殿下。あの子を普通の子供と思わない方が良いでしょう」
一拍置いて続けた。
「実際カイルは、十二歳の時に、ある商会を一つ潰しております」
「……何だと?」
一方、倉庫では――。
「ハックシュンっ!」
盛大なくしゃみが作業場へ響いた。
木槌を振り下ろしていたカイルは思わず鼻を押さえる。
砕かれた木炭の粉がふわりと舞っていた。
「坊ちゃん、大丈夫っすか?」
ルークが少し心配そうに声を掛ける。
「風邪じゃないっすよね?」
「違うだろ。この粉だ」
あれから、クラウスより木炭はどうかという案が出た。
地方によっては井戸へ木炭を入れ、水を綺麗にする話があるらしい。
木炭の表面にある無数の小さな穴が、不純物や臭いの元を取り込むのではないかというものだ。
理屈までは分からない。
それでも、これまで試したことのない方法である。
草や実、虫にばかり意識が向き、その発想はなかった。
試す価値はあると判断し、ノエルに頼んで急遽木炭を調達してもらったのだ。
カイルはそれを細かく砕くと、脂へ混ぜる準備を進めていた。
鼻を啜るカイルを見て、ルークは面白そうに言う。
「誰かが坊ちゃんの噂でもしてるんじゃないっすか」
するとカイルは得意げな顔をした。
「まぁ俺は真面目でいい子だからな。どこかで誰かが褒めたくなる気持ちも分かる」
「いや、多分逆っすよ」
素早いツッコミにカイルはギロリと睨むが、ルークは気にせず手を洗い、桶に入った脂を素焼きの皿へ取り分けていく。
何もしないもの。
木炭を混ぜるもの。
予備。
そこへクラウスが言った。
「清め草も試してみよう」
先ほどの「穢れを払う」という話が、かなり気になっているらしい。
その提案で、清め草を混ぜるものと、両方を同時に混ぜるものも追加された。
気付けば作業台の上には、実験用の皿がずらりと並んでいる。
「始めるか」
カイルが言うと、クラウスの目が再び輝いた。
まず試したのは、何も混ぜない脂だけのものだ。
どんなニオイなのかクラウスに知ってもらうため、網の上に皿を置き、火へ掛ける。
すると想像以上のくささが立ち上がった。
クラウスは鼻を押さえ、涙目になる。
「これは酷い……」
カイルとルークは知っているからこそ、自分達だけ口元にハンカチを当てていた。
不意打ちを受けた護衛達も慌てて布を取り出し、鼻を覆う。
すぐに火から下ろし、今度は砕いた木炭を脂へ混ぜたものを火にかける。
黒い粉はゆっくりと脂へ沈み込み、溶け始めた白い脂の中へ広がっていった。
三人は皿を囲み、じっと見守る。
「……」
「……」
「……」
しばらくして、ルークが口を開いた。
「何も起きないっすね」
「うむ」
「何も起きないな」
クラウスは皿へ顔を近付けた。
「待て。少しニオイが弱くなっておらんか?」
カイルも顔を近付ける。
相変わらずくさい。
それでも――。
「あ」
「気付いたか」
「ニオイの種類が変わってる」
先ほどまで鼻を刺していた魔物くささが僅かに薄れ、代わりに炭の焦げたニオイが混ざっていた。
「完全ではない。だが何かは起きている」
クラウスが呟くと、カイルの目が輝いた。
「じゃあ次だ」
清め草だけを混ぜたものと、両方を混ぜたものも試した。
結果は悪くない。
特に清め草と木炭を使ったものは、ニオイがかなり弱くなった。
それでも――。
「……くさいな」
「くさいですね」
「くさいっす」
最初よりは遥かに良い。
しかし商品にできるレベルには届かない。
配合を変え、何度も試してみるが、どれも決め手に欠けた。
三人で顔をしかめていた、その時だった。
「何だこのニオイは!? こっちの食肉にまで臭いが移ったらどうしてくれんだ!!」
怒鳴り声が倉庫の外から響く。
護衛達の制止する声が続き、人が揉み合う気配まで伝わってきた。
「おい、止まれ!」
「うるせぇ! これをすぐにどうにかしろ!」
カイル達のいる倉庫周辺には、魔物素材の秘密を守るため数人の護衛が配置されていた。
その護衛達へ食って掛かっている男の声だった。
やがて人垣を割るようにして、一人の男が姿を現す。
肩幅の広い大柄な男だった。
革の前掛けには血染みがこびり付き、日に焼けた腕には無数の傷跡が走っている。
一目で分かる。
長年、獣を捌いて生きてきた男だ。
「だから言ってるだろ! このニオイだ!」
男は作業場を指差した。
どうやら獣の解体場を任されている責任者らしい。
その顔を見た瞬間、カイルの頬がぴくりと引き攣る。
(やべぇ……)
実験に夢中になり過ぎていた。
ニオイの元は目の前の脂だ。
風に乗って周囲へ流れている可能性など、まるで考えていなかった。
今はエルマーも席を外しており、間へ入ってくれる人間もいない。
カイルは慌てて立ち上がると、護衛達と揉めている男の元へ駆け寄った。
「すみません! ご迷惑をお掛けしました!」
頭を下げながら謝る。
すると男はカイルを見るなり眉をひそめた。
「……何だ、このガキは?」
低い声だった。
近くで見るとさらに大きい。
日に焼けた腕は丸太のように太く、腰には解体用の大型ナイフが下がっている。
髪には白いものが混じっていた。
父と同じくらいか、少し年上か。
ただ立っているだけなのに妙な威圧感があった。
「すぐにやめますので、申し訳ありません」
カイルはもう一度頭を下げる。
しかし男の機嫌はまるで良くならない。
「責任者を出せ! やめるのは当たり前だ。何があったのか話をさせろ!」
カイルは少し考えた。
責任者と言われても、この場にそんな肩書きを持つ者はいない。
それでも保存作業を始めようと言い出したのは自分だ。
ついでに実験を始めたのも自分である。
怒られるなら、自分が前に出るべきだろう。
「……すみません。これでも僕が責任者なんです」
そう言うと、男は一瞬きょとんとした顔になる。
次の瞬間。
「そんな訳あるか! ガキがふざけるな!」
カイルを押し退け、クラウスへ視線を向けた。
「おい! そこのお前が責任者か?」
突然話を振られたクラウスは目を瞬かせる。
「む?」
自分の言葉を完全に無視されたことに、カイルの額へ青筋が浮いた。
(何だこいつ)
カイルはクラウスの前へ立つ。
「ですから僕が責任者です」
落ち着いた声で続けた。
「臭いの原因はこちらにあります。すぐに止めますし、肉へ臭いが移ったなら確認の上で買い取ります」
「……は?」
「今後同じことが起きないよう改めますので」
責任を認め、補償を提示し、対策まで話す。
言っていることは確かに商会の責任者そのものだった。
しかし、それが男の癇に障った。
「何なんだ、その態度は」
男は大股で近付き、カイルの胸ぐらを掴み上げた。
周囲の護衛達が一斉に動く。
ルークも反射的に一歩踏み出した。
「おい!」
「坊ちゃん!」
だがカイルは片手を上げて制した。
男の顔を真っ直ぐ見返す。
「非があるのはこちらです。本当に申し訳ありませんでした」
それでも男は手を離さない。
カイルは静かに続ける。
「許して頂けませんか?」
男はすぐに低く吐き捨てた。
「あぁ、許せねぇな」
ギロリとカイルを睨む。
「俺達は毎日、猟師が獲った獣を捌き、人の手で育てられた家畜を飯に変えてる」
男は解体場の方角を指差した。
「猟師は命懸けで山へ入り、家畜だって誰かが手間暇かけて育ててる。だから腐らせねぇし、少しも無駄にしたくねぇんだ」
胸ぐらを掴む手に力がこもる。
「何より、俺達の都合で動物の命を奪って食ってるんだぞ! それを無駄にすることがどれだけ重いことか、お前はまるで分かっちゃいねぇ!」
その言葉にカイルは一瞬だけ黙る。
命を軽んじたつもりではない。
それでも、自分の伝え方が悪かった。
「……すみませんでした」
カイルは素直に謝った。
「そこは僕の考えが足りませんでした。では、どうすれば……」
男は眉をひそめた。
「それを俺に聞くな」
「え?」
「誠意の見せ方くらい、自分で考えろ」
男は鼻を鳴らした。
「まったく最近のガキは……。年上に対する頭の下げ方も知らねぇのか。だいたいお前みてぇな若造が責任者なんて、ここは遊び場か? 職場体験でもやってんのか?」
カイルの眉がぴくりと動く。
(話にならねぇな)
先ほどまでは筋の通った話をしていると思った。
それなのに結局はそこか。
若いというだけで見下し、勝手に人がやっていることを決めつける。
最初からこちらの話を聞く気などなかったのではないか。
カイルには、ただ難癖を付けているようにしか見えなかった。
「……なるほど」
その声から温度が消えた。
こういう人が望むものは簡単に分かる。
「ここで土下座でもすればご満足ですか?」
男の顔が引き攣る。
「そういう話じゃねぇ!」
「じゃあ金ですか?」
「違う!」
怒鳴り声が響いた。
「お前は問題を片付けることばっか考えてやがる! それが気にくわねぇって言ってんだ。ちゃんと何があったか話して謝るのが誠意ってもんだろうが!」
カイルの眉もぴくりと動く。
「問題を解決して何が悪いんですか?」
「ほら、それだ!」
男は指を突き付けた。
「その態度だ! 謝ってるくせに全然頭を下げてねぇ!」
「頭は下げましたけど」
「そういう意味じゃねぇ!」
男が怒鳴る。
「若ぇくせに生意気なんだよ!」
カイルの目が細まった。
男の胸ぐらを掴み返し、一気に敬語が外れる。
「またそれかよ」
「何だと?」
「どうせ何言ったって生意気に聞こえるんだろが! 若いってだけで気にくわねぇだけじゃねぇか!」
ルークと護衛達は慌てて前へ出る。
しかし割って入るべきか判断できず、その場で足を止めた。
男の額に青筋が浮く。
「そこじゃねぇよ! もう少し年上に対しての態度ってもんがあるだろうが! 少しは口答えせずに聞け!」
「じゃあ何だよ! 一方的に怒鳴られろって言うのか!?」
「はぁ!?」
「年上様は、何してもいいのか? いきなり人の胸ぐら掴んで許されるのか!?」
「このクソガキが!」
「そっちこそ何なんだよ、このクソジジイ!」
額がぶつかりそうな距離まで顔を寄せる。
「だいたいどうやったらこんなくせぇニオイ撒き散らせんだよ。腐った猪肉みてぇなニオイさせやがって。熊みてぇなニオイも混ざってるじゃねぇか」
「肉じゃねぇよ馬鹿が! てめぇの鼻が腐ってんじゃねぇのか!?」
いよいよ護衛達が動こうとした、その時だった。
「待て」
妙に落ち着いた声が響く。
全員が振り返る。
クラウスだった。
そして本人だけが真面目な顔で言った。
「君、ニオイの種類が分かるのか?」
「「は?」」
カイルと男の声が綺麗に重なった。




