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第26話 連れてこられた先に

まだ陽が昇り切る前から、宿では慌ただしく準備が進められていた。


仕立て職人達が持ってきた服へ着替えさせられ、髪を整えられ、靴まで磨き直される。


ルークは改めて着慣れない服にそわそわしていた。


襟は窮屈で、袖は妙に重く、靴もいつものものより硬い。


しかも、どう考えても従者が着るような服ではない。


貴族として扱われているようだった。


「落ち着かねぇっす……」


小声で呟き、裾を引っ張る。


慣れない布地が指先へ絡み、余計に居心地の悪さを感じた。


対して隣に立つカイルは違った。


まるで最初からこの服を着慣れているかのように、堂々としている。


髪を綺麗に上げたことで整った顔立ちがより際立ち、元々高い背丈も相まって、十六歳というより若い貴族当主のようにすら見えた。


ルークは思わず横目で見る。


「……なんかムカつくくらい似合ってますね」


「そうか?」


カイルは特に意識した様子もない。


ただ真っ直ぐ立っているだけ。


それだけで場の印象が変わる。


エルマーは少し離れた場所から、その姿を見ていた。


道中でアイアーベアを倒した時の鋭さ。


職人達と夢中になって語り合う姿。


ルークや護衛達を引っ張り回しながら街を歩く無邪気さ。


それが今は、高位貴族の三男として自然に立っている。


(……本当に不思議な子だ)


その場に応じて、自然と必要な自分を選び取っているのだ。


エルマーは感心したように息を漏らし、用意が整ったのを確認すると、立ち上がった。


「行くぞ」


落ち着いた声で告げ、そのまま歩き出した。


カイル達も後を追い、宿の前へ止められていた馬車へ乗り込む。


やがて、静かに動き出した。


車輪の振動が一定のリズムで伝わり、車内の緊張が少しずつ濃くなっていく。


エルマーの表情は緊張している。


同時に、どこか楽しんでいるようにも見えた。


どうにも怪しい。


今日どこへ向かうのか何度聞いても、はぐらかされた。


カイルはちらりとエルマーの様子をうかがい、思考を巡らせる。


そもそも、工房視察だけが目的とは思えなかった。


何故なら、ここまでの流れがあまりにも出来すぎていたからだ。


服の用意。


日程。


宿。


まるでエルマーは、最初からこの予定のため、自分達を旅へ誘ったみたいだった。


しばらく馬車の揺れだけが続いた後、エルマーがふと思い出したように口を開いた。


「明日からは、アイアーベアの素材加工へ入るのか?」


「あぁ。それと並行して工房回りも続けるつもりだ」


カイルは短く答える。


意識は外へ向けているが、頭の中では既に段取りを組み始めていた。


「加工だけなら何とかなる。でも問題は、その先だ」


「職人探しか」


「あぁ、そっちの方が厄介だしな。技術があっても、信用できるとは限らねぇし」


カイルはわずかに眉を寄せる。


「変な所へ話が漏れたら終わりだ。魔物素材の加工法は絶対に表に出せない。それに、資料室で見つけた情報も、もっと調べたい」


だからこそ、人選を間違える訳にはいかなかった。


エルマーはその横顔を見て、小さく笑う。


「熱心なことだ」


「まぁな」


軽く返す。


その声音には、本気が滲んでいた。


「しかし、そうなるとこちらにいるのも残り十日ほどか。あっという間に終わりそうだな」


その言葉に、カイルも苦笑する。


「そうだな。絶対足りねぇ」


カイルは、ぽつりと呟いた。


「学校、もう少し休もうかな」


半分本気だった。


工房を回り、剣のことを考えている今の方が、騎士学校にいるより遥かに面白い。


エルマーが喉の奥で笑う。


「辞める、という選択肢はやはりないのか?」


軽い口調だったが、その真っ直ぐな眼差しには、試すような色があった。


カイルの表情がわずかに変わる。


「辞める前に、辞めさせられるかもしれねぇだろ」


ぽつりと漏れる。


冗談ではない。


学校へ商売の件をどう隠し通すか、その答えはまだ見つかっていない。


だからこそ今は、剣のことだけを考えていたかった。


一瞬、馬車の中へ沈黙が落ちた。


それでもエルマーは、その横顔を見て、また口元を緩める。


「それはどうかな」


意味深な言い方に、カイルはじろりとエルマーを睨んだ。


「何だよ」


「いや」


それ以上は何も言わず、エルマーはどこか含みのある表情のまま外の景色へ意識を向けた。


馬車はすでに一時間以上走っている。


街道をしばらく進んだ頃、やがて新たな街並みが見え始めた。


王都ほどの派手さはない。


年季の入った木造建築と石畳が並び、昔から少しずつ広がってきた街だと分かる。


落ち着いた雰囲気の中、商店や宿が静かに軒を連ねていた。


ルークは窓へ張り付くように身を乗り出した。


「うわ……なんか剣都と全然違うっすね」


思わず漏れた声には、隠しきれない驚きが滲んでいる。


「あちらは職人の街だからな」


エルマーは通りへ目を向けた。


「この辺りは商人や役人、貴族達が集まる区画だ。だが、奥へ行けばまた雰囲気は変わる」


「変わる?」 


ルークが不思議そうに聞き返す。


「あぁ。この街は広い。正確には、周囲の森や狩猟区まで含めて、だがな」


エルマーは静かに続ける。


「ここは、巨大な森と共に発展してきた街でもある。奥には猟師や解体職人が集まる区画もあるぞ」


その言葉に、カイルの目がわずかに細くなる。


巨大な森があるということは――


(……魔物も多そうだな)


もしそうなら、王都では見られない種類もいるかもしれない。


新しい素材が手に入るなら、また別のものが作れる。


気づけば、商人としての思考が自然と動き始めていた。


「……じゃあ、こっちは木工業が盛んなのか?」


カイルが通りを眺めながら呟く。


「あぁ。この国でも木材の質はかなり良い方だ。猟師達の使う道具も、多くはここで作られている。特に弓は有名だな」


エルマーの声には、どこか誇らしさが滲んでいた。


確かに、街の雰囲気が違う。


剣都にあったのは、鉄と火の匂いだった。


昼夜を問わず炉が燃え、職人達が武器を打ち続ける、あの街特有の熱気。


ここには、それとは別の静かな熱があった。


森と共に、ゆっくり積み重ねられてきた街の熱だ。


ルークは感心したように窓の外を見回す。


「剣と弓の名産地が隣同士って、なんか面白いっすね」


「必要なものが違えば、育つ技術も変わるということだ」


エルマーは静かに答えた。


そのまましばらく馬車は街道を進む。


すると、不意にルークが声を上げた。


「うわぁ……!」


「今度は何だ?」


カイルが呆れたように外へ目をやった、その時だった。


視界の先へ、巨大な建造物が見え始める。


「あれは……」


思わず言葉に詰まった。


高い外壁。


広大な敷地。


遠目からでも分かる重厚な存在感。


街へ溶け込むように佇んでいるのに、それでも圧倒的だった。


カイルはすぐに理解する。


教科書にも必ず載っている、有名な場所だ。


この国の王の弟――アルフォンス・ヴェルシオン・ルグレインが住む城だった。


アロン陛下の実弟であり、民や貴族達から広く慕われている存在でもある。


カイルは思わず息を呑んだ。


実物を見るのはこれが初めてだった。


幼い頃、王都で行われた式典で、一度だけ父ラインハルトに連れられ、挨拶をした記憶がある。


アルフォンス殿下は、穏やかで優しい印象の人だった。


式典の席でも、いつも柔らかな笑みを浮かべていたのを覚えている。


だが――


ある日、家で部下達と酒を飲んでいた父が、ぽつりと漏らした言葉があった。


『本当に怖いのは、アルフォンス殿下だ』


その時は意味が分からなかった。


成長し、国の仕組みを学ぶ中で理解していく。


税制改革に交易路の整備、さらには騎士団再編まで、表では語られない王国運営、その多くにアルフォンス殿下が関わっている。


そんな話を、カイルは嫌というほど聞かされてきた。


戦場で剣を振るうだけでは、国は回らない。


金を動かし、人を動かし、制度を整える。


そうして国そのものを回している者こそ、本当の意味で王国を支えている。


アルフォンス殿下は、まさにそういう人物だった。


荒々しく前線へ立つアロン陛下とは、まるで正反対の存在だ。


それでも、不思議と兄弟仲は良いらしい。


だからこそ厄介だ、と父が漏らしていた理由も、今なら少し分かる気がした。


そんな人物に、会いに行くのか?


カイルはゆっくりとエルマーへ顔を向けた。


「……エルマー」


低く落ちた声には、警戒と確認、その両方が混ざっている。


「……まさか、あそこに行くなんて言わねぇよな?」


エルマーは悪びれた様子もなく肩を竦めた。


「ちょっと寄るだけだ」


軽すぎる返答だった。


普通の貴族ですら気軽に足を踏み入れられる場所ではない。


噂では、多忙なアルフォンス殿下へ会うのは、アロン陛下より難しいとまで言われている。


そして今になって気づく。


ここはアルテだ。


森と木工で知られ、王弟アルフォンスの居城を擁する街。


エルマーは街へ入ってからも、その名を一度も口にしなかった。


今思えば、わざとだったのだろう。


剣都グランツェルの隣接地域だということは分かっていた。


とはいえ、その周囲にはいくつもの街がある。


カイルは工房や素材のことばかり考え、馬車がどちらへ向かっているかすら気にしていなかった。


まさか行き先がアルテだとは思ってもみなかった。


完全に油断していた。


「ちょっとで済む場所じゃねぇだろ」


思わず低く返した。


相手は王弟だ。


その予定を取るには、相当な根回しと準備が必要なはずだった。


つまり、エルマーは最初からここへ連れて来るつもりだったということになる。


エルマーは楽しそうに笑う。


「そんな顔をするな」


そう言って窓の向こうを顎で示した。


馬車はゆっくりと城門へ近づいていく。


視界へ飛び込んできたのは、高い城壁と巨大な門。


騒がしさはない。


だが、その静けさこそが異様だった。


一切の乱れを許さない空気が、この城の威圧感を作り上げている。


カイルは小さく息を吐く。


もう引き返せない場所まで来ていた。


馬車がさらに進むにつれ、周囲へ控える騎士達の姿が見えてくる。


鋼の鎧。


揃えられた槍。


微動だにしない佇まい。


ただ立っているだけなのに、それだけで精鋭だと察せられた。


この城を守る者達もまた、所属は王国騎士団だ。


つまり――父、ラインハルトの部下達だった。


カイルは思わず顔を逸らした。


(最悪だ)


胸の奥から、嫌な感情が込み上げてくる。


家では誕生会や催しの度に多くの騎士達が出入りしていた。


むしろ知った顔がいて当然だった。


騎士は王都で訓練を受けた後、能力や功績に応じて各地へ配属される。


数年ごとに配置換えが行われることも珍しくなく、特定の土地や貴族と癒着しすぎないための制度でもあった。


しかし今のカイルにとっては、それが最悪だった。


(……面倒なことになったな)


知った顔に見つかれば、父の耳へ話が入るかもしれない。


失礼な振る舞いでもすれば、即座に報告される。


昔から父に怒られ慣れているせいか、条件反射みたいに嫌な予感が先に浮かぶ。


だが、それより遥かに最悪な可能性が頭を過ぎった。


自分が隠れて商売をしていること。


そして、森での魔物狩り。


それらの情報が、既に王国側へ知られていたとしたら――


学校へ話が行くだけなら、まだいい。


退学で済むなら、むしろ軽い。


だが、こんな場所へ連れてこられたということは、それだけでは済まないのか。


荒事や問題行動の話なら、まずアロン陛下や父ラインハルトの耳へ入るはず。


それなのに、自分達はアルフォンス殿下の城へ連れてこられている。


その事実が、嫌な方向へ考えを傾けさせた。


もしかして、自分達のやっていることは何か法に触れているのか。


法や制度、表へ出しにくい問題は、アルフォンス殿下が扱うことも多いと聞いたことがあるからだ。


もしかして、エルマーが俺達を売った?


そんな想像までよぎり、背中を冷たい汗が伝った。


隣では、ルークも同じことを考えたのか顔色が悪い。


「坊ちゃん……俺ら、怒られるやつじゃないっすか?」


「それだけじゃ、済まねぇぞ」


カイルは短く返す。


馬車は城内の車寄せで静かに止まった。


ほどなくして、城を守る騎士達が数名こちらへ歩み寄ってくる。


後方を警護していたノエル達も馬を降りる。


重苦しい空気だった。


護衛の一人が馬車の扉を開いた。


「到着しました」


エルマーは静かに立ち上がる。


「降りるぞ」


落ち着いた声。


まるで何でもない用事のような口ぶりだったが、逆に逃げ場を塞がれている気分になる。


その時、エルマーの視線がカイルの腰へ向いた。


「木剣は置いていけ。城内への武器の持ち込みは許されん」


カイルは小さく舌打ちしながらも、素直に腰の木剣へ手を掛ける。


「分かってるよ。誰が城の中で振り回すかよ」


木剣を馬車へ置き、カイルは一度だけ深く息を吸ってから降り立った。


途端に、周囲の意識が一斉にこちらへ向く。


王国騎士団の視線。


値踏みするような目。


警戒するような目。


無言の圧力が、肌へ刺さるように伝わってきた。


気づけば、ノエル達もいつものように近くへ並んでいる。


それを見た近くの騎士の一人が、ふと口を開いた。


「……あれ、ノエルじゃないか?」


小さな声。


だが静まり返った空気の中では、妙によく響いた。


「本当だ。まだ護衛なんてやってたのか」


「元騎士団のエリート様も落ちぶれたな」


ノエルの表情は微動だにしなかった。


まるで聞き慣れていると言わんばかりの反応だった。


きっと、顔見知りも多いのだろう。


言葉を返すこともなく、無言のまま立っている。


隣では、ルークが露骨に顔をしかめていた。


あからさまな嘲笑が、気に食わないらしい。


カイルだけが、静かに騎士達を見返す。


肩書きだけで人を測り、落ちた人間を見下す。


騎士社会の嫌な部分を煮詰めたような空気だった。


カイルは小さく鼻を鳴らす。


(……くだらねぇ)


こういう連中がいるから、騎士社会は腐る。


強いか弱いかではなく、所属と立場だけを見る。


そんな空気に、カイルはわざとらしくルークへ顔を向けた。


「なぁルーク」


「はい?」


「この城の騎士って、誰かを迎える時、相手の陰口を言うのが礼儀なのか?」


周囲の気配がぴたりと止まる。


明確な挑発だった。


ついさっきまで、何か失礼をすれば父の耳に入るかもしれないと警戒していた少年とは思えない。


ルークが引きつった顔になる。


「ぼ、坊ちゃん……」


ルークが慌てたように小声を漏らす。


それでもカイルは気にした様子もなく、わずかに口角を上げた。


「父上の部下は、随分と失礼な方が多いようだ」


騎士達の表情が変わる。


「父上……?」


「まさか……」


ざわり、と場が揺れた。


今までの嘲笑が、一瞬で警戒へ変わる。


カイルはわざとらしく首を傾げる。


「まだそんな礼儀作法、騎士学校じゃ習ってないんだよな。何年生になったら教えてくれるんだ?」


わざと子供っぽく言った瞬間、隣のルークが青ざめた顔で慌てて口元へ人差し指を立てる。


「しーっ! 坊ちゃん、静かにするっす!!」


しかも最悪なのは、カイルが間違ったことを言っていない点だった。


エルマーは吹き出しそうになるのを堪えながら、そのまま歩き出す。


自分の護衛達を見下した相手へ、カイルが真正面から言い返したことに、内心かなりすっきりしていた。


それは後ろに控える護衛達も同じだった。


もっとも、そんな空気も長くは続かない。


エルマーを先頭に、一行はそのまま城の入口へ向かって歩き出した。


城内へ足を踏み入れた瞬間、空間の質が変わった。


磨き上げられた石畳。


無駄なく動く使用人達。


飾り立てる派手さはない。


だが、細部まで管理された光景が、この城の歴史と格式を静かに物語っていた。


ルークは思わず声を潜める。


「……なんか余計緊張するっす」


「分かる」


カイルも珍しく同意した。


下手に騒げば、それだけで浮く。


そんな張り詰めた感覚があった。


やがて、一室へ通される。


「こちらで少々お待ちください」


案内役が恭しく頭を下げた。


どうやら、まだ約束の時間より少し早いらしい。


通された部屋は派手さこそないが、置かれた調度品の一つ一つに品の良さが滲んでいた。


やがて茶が運ばれてくる。


カップから立ち上る香りだけで、高級品だと分かった。


ルークなど、運ばれてきた瞬間から妙に背筋が伸びている。


カイルはカップを持ったまま珍しく静かだった。


ここで何を聞かれるのか。


どこまで知られているのか。


そして、自分は何を見られているのか。


頭の中では、そればかりを考えていた。


そんな二人の様子を見て、エルマーがくすりと笑う。


「どうした。緊張しているのか?」


からかうような口調だったが、どこか楽しそうでもある。


カイルはカップを置き、ちらりとエルマーを見る。


「……いい加減教えろ」


低い声だった。


「なんで俺をここに連れてきた」


部屋へ短い沈黙が落ちる。


やがてエルマーは静かに茶を置いた。


「お前の将来を相談しに来た」


その答えに、カイルの眉がわずかに動く。


「殿下に?」


「あぁ」


エルマーは静かに頷く。


「悪いようにはせん」


ただ安心させるための言葉ではない。


必要だからここへ連れてきた。


そんな確信が滲んでいた。


さらに続ける。


「殿下は口が固い。ここで話した内容が、お前の父へそのまま伝わることはない」


その言葉に、カイルは少しだけ肩の力を抜いた。


同時に、エルマーが自分のためにこの場を用意してくれたのだということにも気づく。


相手は王弟だ。


そんな繋ぎを作ることが、どれほど重い意味を持つのかくらいカイルにも分かる。


エルマーの裏切りを一瞬でも疑った自分が少し情けなかった。


カイルは小さく息を吐いた。


「……ありがとな」


珍しく素直な礼だった。


エルマーはそれに軽く笑うだけで、恩着せがましいことは何も言わない。


やがて、扉が静かに叩かれた。


「お時間です」


案内役の声と同時に、部屋の空気がわずかに引き締まる。


三人は立ち上がった。


ここから先が、本当に王弟の領域なのだと自然に理解させられる。


案内役に先導されながら廊下を進み、さらに城の奥へ。


途中、控えていた使用人達が一斉に頭を下げる。


その所作だけで、この先にいる相手の重みが嫌でも伝わってきた。


ただ歩いているだけなのに、自然と背筋が伸びる。


王族との正式な謁見とは違う。


通された先は、客間ですらなく王弟本人の執務室だった。


それだけで、この面会が単なる挨拶ではないことが分かる。


部屋の奥では、一人の男が窓辺に立っていた。


扉が開く気配に気づいたのか、男はゆっくりと振り返る。


穏やかな男だった。


少なくとも、見た目だけなら。


柔らかな笑み。


落ち着いた眼差し。


だが、その佇まいだけで分かる。


この男が、王国の裏側を動かしているのだと。


王弟は静かにカイルを見つめ――


「初めまして、カイリス君」


柔らかく微笑んだ。


カイルの表情が固まる。


隣でルークも目を見開いた。


(……は?)


何故、その名で呼ぶ。


背筋を冷たいものが走る。


カイル・フォン・グランツではない。


今ここで呼ばれた名は、“カイリス”だった。


つまり――。


カイルはゆっくりエルマーへ視線をやる。


エルマーは涼しい顔で微笑んでいた。


発明家“カイリス”の名は出していても、顔も素性も伏せていたはずだ。


なのに――


その表情を見た瞬間、全部理解した。


(正体バラしやがったのか!!)


頭の中で絶叫する。


発明家兄弟、カイリスとルーカス。


自分達はその名で、この場へ招かれていたのだった。

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