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第25話 剣鬼の興味

「……そういや、昼抜きだったな」


カイルたち一行は、鍛冶屋を巡るうちにすっかり時間を忘れていたらしく、ふと腹の奥から不満げな音が鳴る。


だが――それ以上に気になったのは、同行する皆の空気が妙に重いままだということだった。


理由は言うまでもない。


つい先ほど、剣都の伝説そのものとも言える男――リューゲン卿と出会ってしまった余韻が、まだ全員の胸に色濃く残っているのだ。


あの威圧感を前に平然としていたのは、どうやらカイルだけだったらしい。


だからこそ彼は、わざとらしいほど軽い調子で口を開いた。


「飯にしようぜ。腹減った」


その一言で空気を切り替えるつもりなのだと察し、ノエルがすぐに姿勢を正した。


「エルマー会頭から勧められている食事処があります。この近くですよ」


「じゃあそこにしよう」


そうして案内されたのは、年季の入った木造の食堂だった。


貴族の坊ちゃんが入るには、やや街の匂いが強い場所だが、カイルがそんなことを気にしないと分かっているからこそ、エルマーもここを勧めたのだろう。


磨かれた看板と煤けた外壁が、長年この地で職人たちに愛されてきたことを物語っていた。


戸を開けた瞬間、焼いた肉と香辛料の匂いが一気に鼻を突き抜ける。


「……ここ、当たりだな」


満足げに呟きながら奥の席へ腰を下ろしたカイルは、そのまま当然のように後ろに控えた護衛たちへ振り返り、ひらひらと手を振った。


「おい、あんたらも座れよ。一緒に食おうぜ」


ノエルたちは、ぴたりと動きを止めた。


昨日も喫茶店で同じやり取りをした。


「護衛ですので」と一度は断るものの、どうやらこの子息に拒否権は通じないらしい。


結局、三人は諦めたように席へ腰を下ろした。


カイルはすでに何を食べるかに意識が移っており、メニューを覗き込んでは「これ美味そうだな」「いや、こっちも捨てがたい」と真剣な顔で悩み始めている。


その姿を見て、ルークが小さくぼやいた。


「……坊ちゃんだけ本当、通常運転っすね」


「何が?」


「その鋼メンタルのことっすよ」


カイルは意味が分からないと言わんばかりに首を傾げ、再びメニューへ視線を戻してしまう。


その“いつも通り”が妙な安心感を生んだのか、皆もようやく気持ちを切り替え、それぞれ注文を決め始めた。


ほどなくして運ばれてきた料理は、豪快に焼かれた肉と香辛料の効いた煮込み、それに厚切りのパンという、いかにも鍛冶の街らしい力強い献立だった。


「……うわ、美味そう!」


カイルの目が輝く。


最初は遠慮がちだった護衛たちも、ひと口食べれば表情をほころばせた。


「……美味いですな」


「ええ、噂通りです」


そこにはもう護衛としての顔はなく、ただ同じ卓を囲む食事仲間としての空気があった。


それを見て、カイルは満足げに笑う。


「な? 一緒に食った方が美味いだろ」


その言葉に、三人は静かに頷いた。


しばらく和やかな食事が続いた後、不意にカイルが肉を切り分けながら何気なく呟く。


「リューゲン卿って、意外と話しやすかったな」


――ぴたり。


卓上の空気が止まった。


フォークもナイフも、完全に動きを止め、誰かの肉を飲み込む音だけが落ちる。


ルークが引きつった笑みを浮かべた。


「いや坊ちゃん……あの人のどこが話しやすかったんすか」


「え? 普通に面白かったけど」


「俺、横で寿命縮んだっすよ!?」


カイルは肩をすくめる。


「そうか? 正体バレないかはヒヤヒヤしたけど、話してる分には楽しかったぞ」


護衛たちは顔を見合わせ、やがてノエルが低く口を開いた。


「……あの方の噂は、ご存知ですか?」


「噂?」


「ええ」


ノエルの声音が少し低くなる。


「騎士だった頃は、敵を討てばその剣を奪い、持ち帰って館に飾っていたそうです」


ルークがぴくりと肩を揺らした。


「戦場では、折れた剣を捨て、敵兵の剣を奪って戦い続けたとか……その姿から、“剣鬼”と呼ばれるようになったそうです」


もう一人の護衛が続ける。


「その逸話が、“剣が真の主を選ぶ”という思想の始まりになったとも聞きます」


カイルは黙って聞いていた。


護衛は少しだけ声を落とす。


「……それだけではありません。妻君が病に伏した際も、戦を優先し、死に目にも戻らなかったそうです。帰ってきたのは、葬儀が終わって二日後だったとか」


「それに騎士団内でも浮いた存在だったと聞きます。功績は絶大でしたが……恐れられていたと」


そこで護衛たちは苦く笑った。


「正直、かなり……非情で悪趣味な方だという噂です」


卓に小さな沈黙が落ちる。


「……ふぅん」


カイルは驚くほどあっさりした反応を返した。


「だから?」


護衛たちは目を瞬かせた。


「……信じないのですか?」


「噂だろ?」


カイルは肉をひと切れ口に運びながら、当然のように言った。


「本人に聞いてみなきゃ、本当の事なんて分かんねぇじゃん」


「……え?」


「誰かから聞いた話をそのまま信じるとか、危なすぎるだろ」


さらりと言い切る。


言葉に詰まり、護衛たちは互いに目を合わせた。


「商売やってると分かるぞ。“今これが流行りです”って言われて手を出したら全然売れねぇとか、“何にでも使える万能素材です”って仕入れたら全部中途半端とか、ザラだからな」


カイルは肩をすくめた。


「人の評価も商品も、最終的には自分で見て、自分で判断しねぇと痛い目みる」


護衛たちは思わず感心したように目を見開く。


「……若いのに、随分達観しておられますな」


「いや、普通だろ」


「普通じゃないっす」


即座にルークが突っ込んだ。


「坊ちゃんを騙そうなんて無理っすよ。むしろ騙したと思った奴が逆に買わされる側になるんで」


「人聞き悪いこと言うな」


「事実じゃないっすか」


そのやり取りに、護衛たちから小さな笑いが漏れる。


だが視線の奥には、先ほどまでとは違う色が宿っていた。


この少年は、自分の頭で考え、自分の目で見て、他人の言葉を鵜呑みにしない。


年齢に似合わぬその在り方に、三人は自然と背筋を正していた。


そんな空気など気にも留めず、カイルは椅子へ深く腰を預ける。


「……でも、あのじじぃ絶対なんか知ってたよな」


ノエルたちの肩がびくりと跳ねた。


ルークは即座に額を押さえる。


「坊ちゃん、工房出た時から思ってたんすけど……あの方を“じじぃ”って呼ぶのやめてください」


「なんでだよ?」


「剣都の伝説っすよ!? 元王国騎士団長っすよ!? 普通もっと敬うっす!」


カイルはけろりとした顔で肩をすくめた。


「まぁ、そうなんだろうけど。俺まだ騎士じゃねぇし。それに、絶対反応してたぞ。工房印見せた時も、“獣”って言った時も」


その言葉に、護衛たちも真顔へ戻る。


確かに、あの時の空気は変わっていた。


「……私も、そう見えました」


「知らないにしては、反応が鋭すぎた気がします」


低く返された言葉に、カイルは口角を上げる。


「だろ? あれで“知らない”は無理ある。教えないなんて、性格悪いぞ」


その言葉に、ノエルたちはなんとも言えない顔で視線を逸らした。


――あなたも大概ですが……。


誰も口には出さなかったが、全員同じことを思っていた。


特にこの遠慮のない口の悪さは、本当にあのラインハルト団長の息子とは思えない。


先ほどまで「年齢に似合わぬ器だ」と感心していた自分たちを返してほしい――。


ノエルたちは揃ってそんな気持ちになりながら、無言で水を飲んだ。


カイルは腕を組み、目を閉じる。


「……どうにかして調べられねぇかな」


ルークが苦い顔で肩をすくめた。


「でも、また直接聞いても同じ気がするっす」


「だよなぁ」


カイルは椅子へ背を預けながら天井を見上げる。


「さっきの工房、結構付き合い深いなら色々聞けそうなんだけどな」


ルークが顔を上げた。


「店先にいた若い職人っすか?」


「あぁ。話しやすかったし、何か知ってるならあっちから聞き出せるかもしれねぇ」


カイルはそう言いながら最後の肉を頬張り、満足げに飲み込んだ。


「よし。明日もう一度行ってみるか」


その瞬間だった。


「駄目です」


「明日は予定があります」


ノエルたち護衛が揃って真顔で止めに入る。


カイルはぽかんと目を瞬かせた。


「……あっ」


数秒遅れて思い出したらしい。


――三日後には、もっと面白い予定も用意している。


以前、エルマーがそう言っていた。


そして、その“三日後”が明日だった。


「そういやそんな話あったな」


ルークまで腕を組んで首を傾げる。


「なんか言ってたっすね」


「お前は忘れるなよ」


「坊ちゃんといると、時間の感覚おかしくなるんすよ」


護衛たちは揃って深いため息を吐いた。


――本当に、会頭の読み通りだ。


エルマーからは、今日も“絶対に遅くなるな”と念を押されていた。


こうなる未来が見えていたのだろう。


ノエルは咳払いを一つして、話を戻すように口を開いた。


「また明後日行きましょう。今日はほどほどで切り上げて、宿で資料を見られては?」


「あー……それもありか」


カイルは納得したように頷く。


またリューゲン卿に会える保証などどこにもない。


だが、あの剣鬼を前にして「自分の剣を生み出す」と言い切った以上、半端なものは見せられない。


何より、あの圧倒的な存在が、カイルの闘争心を強く刺激していた。


「すげぇ剣作って、あのじじぃ驚かせてやりてぇしな」


また失礼な呼び方だった。


ルークやノエルたちは揃って微妙な顔になる。


そうして、この日も早めに切り上げ、宿へ戻った。


当然のように資料室へ向かおうとしたカイルだったが、ノエルたちは「こちらへ」と別の方向へ案内した。


着いていくと、宿の一室にエルマーが待っていた。


きちんと戻ってきたカイルの姿を見て、エルマーは露骨にほっとした表情を浮かべる。


「どうやら今日も、ちゃんとカイルのお守りが出来たようだな」


そう言って、ノエルたちへ労うように視線を向けた。


護衛たちもどこか疲れた顔で苦笑する。


カイルは部屋の中を見て、思わず目を丸くした。


並んでいたのは、いくつもの服だった。


「……なんだ?」


「明日の準備だ」


中には仕立て職人たちがいる。


カイルは驚き、少し警戒するように眉をひそめた。


「……俺たちが持ってきた服じゃ駄目なのか?」


どれも高位貴族の子息として用意された上等な品ばかりだ。


旅用とはいえ、仕立ても生地も一級品であり、貴族として見劣りするような服ではない。


それでもなお、新たに仕立て直す必要があるらしい。


エルマーは困ったように肩をすくめた。


「少々決まりがあってな。その辺りの格好という訳にもいかないんだ」


どうやら明日訪れる場所は、かなり格式の高い場所らしい。


そのまま次々と服を合わせられていく。


もっとも、完全な一からの仕立てではない。


普段、カイルたちがトリニティ・クロスの工房へ出入りする際、変装代わりに使っている庶民向けの服も、元を辿ればヴァルディア商会が用意しているものだ。


当然、体格やサイズは既に把握されている。


だから必要なのは、大きな仕立て直しではなく細かな調整だけだった。


肩幅、袖丈、腰回り。


立ち姿まで細かく確認され、合わなければその場で手直しが入る。


「カイル様、少し腕を上げて下さい」


「あぁ……」


面倒そうにしながらも、カイルは大人しく従った。


その横でルークは楽しそうに笑っている。


「なんか本当に貴族って感じっすねぇ」


「お前まで言うな」


だが次の瞬間、ルークの前にも服が運ばれてきた。


「……え、俺もっすか!?」


「当然だ」


エルマーが呆れたように返す。


「カイル一人で行かせる訳ないだろ」


結局ルークも職人たちに囲まれ、されるがまま採寸され始めた。


そして全て終わる頃には、二人ともぐったりしていた。


「では、本日中にお直しを済ませ、またお持ち致します」


職人たちが去ると、エルマーは小さく息を吐く。


「よし、もういいぞ」


その瞬間、カイルとルークは揃って肩の力を抜いた。


部屋を出る際、二人はこそこそと顔を寄せ合う。


「なぁ、明日どこ行くと思う?」


カイルの問いに、ルークも眉をひそめた。


「全然分かんないんすよ。なんで俺までなんです?」


「俺たちが持ってきた服より、なんか妙にきっちりしてたよな」


「ですね」


カイルはちらりと後ろを振り返り、資料室についてくるノエルへ探りを入れる。


「明日どこ行くんだ?」


だがノエルは表情一つ変えなかった。


「申し訳ありません。存じ上げません」


「絶対知ってるだろ」


「存じ上げません」


余程口止めされているのだろう。


結局、何を聞いても返ってくるのは同じ答えだけだった。


カイルは諦めたように肩を竦める。


「……まぁいいか」


そうして再び、カイルは資料室へ籠もった。


途中、夜食を取りに出たルークは、そのまま食堂へは向かわず、宿の奥へ足を進める。


そして一室の前で立ち止まり、小さく扉を叩いた。


「……失礼します。ルークです。こんな時間にすみません」


「入れ」


中から返った声に従って扉を開けると、エルマーは机の書類を片付けながら視線を上げた。


「失礼します」


ルークは部屋へ入ると、扉を閉める。


いつもの軽い調子ではない。


どこか探るような、少し低い声で口を開いた。


「……ノエルさんたちから、もう聞いてると思いますけど。実は今日、街で……リューゲン卿にばったり会っちゃいまして」


「あぁ、らしいな。カイルが偽名を使ったと聞いたが」


「そうっす。旦那様と重ねて見られるのが嫌だって、坊ちゃん言ってました」


「何ともアイツらしいな」


エルマーは肩を揺らして笑う。


ルークは苦笑したあと、小さくため息を吐いた。


「それで……リューゲン卿、多分、坊ちゃんが作ろうとしてるものについて何か知ってる感じだったんすよ」


「ほぅ」


「坊ちゃん、完全に目ぇつけちゃってて。絶対また接触しようとすると思います」


エルマーは特に驚いた様子もなく頷いた。


「まあ、止まらんだろうな」


あまりにも即答だった。


ルークは少しだけ視線を落とす。


「……リューゲン卿って、悪い人なんすか?」


「悪い?」


「その……坊ちゃんの正体バレたら、何か危害加えられるとか……」


ルークは言い淀みながら視線を逸らす。


「今でも普通に現役騎士って感じだったんすよ。五十代なら、まだ全然強そうじゃないっすか。体も鍛えてそうでしたし……」


するとエルマーは小さく笑った。


「あの方は、もうすぐ六十歳になられるがな」


「……え?」


ルークは思わず目を丸くする。


エルマーは、堪えきれないように「ははっ!」と笑った。


「あの方は今でも鍛錬を欠かさんからな。若く見えるのも無理はない」


どこか呆れたように笑いながら、エルマーは続ける。


「それにしてもお前、随分と物騒な想像をするな」


「だって、めちゃくちゃ怖かったんすよ……旦那様と仲が悪いと聞きますし、俺心配で」


ルークが本音を漏らすと、エルマーは笑いながら椅子へ深く座り直した。


「安心しろ。私も昔から付き合いがある」


その一言に、ルークは意外そうに瞬きをした。


「……え、そうなんすか?」


「あぁ。昔から変わり者だったよ、あの方は」


エルマーは苦笑混じりに肩をすくめる。


「その変わり者ぶりが一番出たのは、騎士団を辞めた時だな」


「あー……確か、もう結構前に辞めてるんすよね?」


「リューゲン卿が王国騎士団を去ったのは、今から九年前だ」


「……もうそんな経つんすか」


「あぁ。当時まだ五十歳。騎士団長としては、あまりにも早すぎる引退だった」


エルマーは静かに続けた。


「普通、王国騎士団の団長職は六十を超えてなお務める者も珍しくない。だから当時は随分騒がれたものだ。戦傷が限界を迎えたのではないか、不治の病ではないかと」


ルークは黙って聞いていた。


「だが、実際は違った」


エルマーは肩をすくめる。


「騎士団へ残した最後の言葉は――“騎士に飽きた”だったそうだ」


「……は?」


思わず間の抜けた声が漏れる。


エルマーは小さく笑った。


「戦乱が終わり、平和が訪れた王国に、あの男は退屈したのだろう」


そして少しだけ懐かしむように目を細める。


「あの方はな……少々誤解されやすいだけだ」


「誤解……っすか?」


「無口で目つきが悪く、剣のことになると極端だからな。周囲が勝手に恐れる」


エルマーは肩をすくめた。


「だが少なくとも、子供へ危害を加えるような男ではない。心配するな」


その言葉に、ルークはようやく少し肩の力を抜いた。


「……なら、良かったっす」


一礼して部屋を後にする背中を見送りながら、エルマーは小さく息を吐く。


リューゲン卿。


あの男は、どれほど名声を得ても、どこか孤独を抱えたままだった。


天才でありすぎたが故に、周囲から距離を置かれ、並ぶ者がいなかったのだ。


ふと、カイルの顔が脳裏を過ぎる。


――あれも、似た側の人間かもしれんな。


一瞬そんな考えがよぎったが、エルマーはすぐに小さく笑った。


「……違うな」


あの少年には、ルークがいる。


トリニティ・クロスの工房には、ユルグたち職人がいる。


放っておけば勝手に人を巻き込み、気づけば輪の中心に立っているような男だ。


孤独を抱えた伝説の男と、人を惹きつけて離さない少年。


そんな二人の天才が出会った。


エルマーは、ふっと口元を緩める。


「……これは面白くなるぞ」


その呟きには、商人としての好奇心と、年若き才能へ向ける期待が滲んでいた。


そして、その予感を裏付けるように――


その夜。


リューゲン卿の館。


視察を終えたリューゲンは、酒杯を傾けながら昼間の少年を思い返していた。


「……カイリス、か」


偽名を使いながら、それを偽名だと言う少年を鼻で笑う。


だが脳裏に残っているのは名だけではない。


あの少年が口にした、たった一つの言葉だった。


――“僕の尊敬する人は、逆のことを言います。人が剣を選ぶと”


「……ふん」


その瞬間、脳裏に浮かんだのは一人の男。


己の信念を頑として曲げず、真正面からぶつかってきた愚直な騎士。


若き日の――ラインハルト・フォン・グランツ。


彼の考えと重なる。


「……似ておる」


あの真っ直ぐな眼差しは、どこか重なるものがあった。


ぽつりと漏れた言葉は、酒の香に溶ける。


だがすぐに、リューゲンは口元を歪めた。


「いや……あれは違うな」


どこか狡猾で、商人らしい口のうまさがある。


礼を尽くしながらも、気づけば懐へ潜り込んでくる術を知っている。


「……面白い」


低く笑う。


どこの家の子かは分からぬ。


だが、あの立ち居振る舞い。


剣への執着。


そして、あの眼。


ただの商人の息子で終わる器ではない。


「次に会う時は本名を名乗る、と言ったか」


酒杯を揺らし、獰猛に笑みを浮かべた。


「ならば見せてもらおう――お前が何者なのかをな」


そう呟いた後、リューゲンは静かにグラスを置き、席を立った。


向かった先は、館の奥深く。


重い扉を開いた先には、無数の剣が並ぶ蒐集庫が広がっていた。


戦場で奪った剣。

名工が打った剣。

そして――誰にも再現できなかった、異形の武器。


リューゲンは、その一振りの前で足を止める。


巨大な刃。


異様な重心。


根元へ刻まれた、古い工房印。


昼間、カイルが見せてきた紙束と同じ印だった。


しばし無言で見つめた後、リューゲンは低く呟く。


「……再び、この剣へ挑もうとする者が現れるとはな」


その眼には、久しく忘れていた愉悦が宿っていた。

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