第24話 生み出す剣
魔物を狩るための剣を作りたい。
その考えは、もうカイルの中で固まっていた。
資料も見つかり、記されていた工房や関係者を辿って話も聞いて回った。
しかし成果は薄い。
しかも頼みの綱だったヴァルディア商会の工房を、エルマーは「向いていない」と言った。
それには、理由がある。
あの工房で作られているのは、騎士団へ卸すための量産品だ。
求められるのは、安定した品質と再現性。
魔物素材を使った異形の武器を作るには、向いていない。
必要なのは、失敗を恐れず挑戦できる職人だった。
「なるほどな……」
カイルは確かにエルマーの言う通りだと思った。
そうなると、やはり街の工房を一つずつ当たるしかない。
「こちらでも、少し探してみよう」
エルマーがそう言ってくれたのは、正直かなり心強かった。
商会の仕事で各国を回る男だ。
剣都グランツェルだけではなく、他国の鍛冶事情にも繋がりを持っている可能性が高い。
もし本当に昔の技術や異形の武器が存在していたなら、案外こういう人脈の先に痕跡が残っているかもしれない。
カイルの期待も自然と膨らんだ。
この日も、遅くまで資料室へ籠もり、文献から知識を拾い上げていく。
もっとも、前日みたいな無茶はしなかった。
職人探しは長引く。
そう分かったからだ。
きちんと部屋へ戻り、ベッドで眠り、体力を回復する。
そして翌朝。
ノエルたち護衛を引き連れ、カイルたちは再び剣都グランツェルの街へ出ていた。
エルマーとは別行動で、今日も工房を回る。
昨日から街を歩いて気づいたことがある。
ここには、古くから続く工房が驚くほど少ない。
ほとんどが、ここ二十年、三十年ほどで建てられた店ばかりだった。
おそらくは、元王国騎士団長リューゲンの名声へ惹かれ、この剣都へ集まってきた職人たちなのだろう。
つまり、この街そのものが比較的新しい。
だからこそ、文献に残されていた古い工房印へ、誰も反応しなかったのかもしれない。
それでも、集まってきた職人たちも元はどこかで鍛冶屋をやっていたはずだ。
なのに、誰一人として知らない。
違和感だけが、ずっとカイルの胸に引っかかっていた。
そんなことを考えながら、一軒の工房へ足を踏み入れる。
――静かだ。
剣都の工房らしい、金属を打つ甲高い音は奥から聞こえてくる。
それなのに、この店は妙に落ち着いていた。
壁へ並ぶ剣も、他の店みたいな派手さがない。
宝石を埋め込んだ装飾剣もなければ、金を使った見栄え重視の拵えもない。
あるのは、黒や銀を基調にした無骨な剣ばかりだった。
なのに――妙に目を引く。
「……へぇ」
カイルは一本の剣の前で足を止めた。
その横で、ルークはきょろきょろと店内を見回している。
店先には、一人の若い男がいた。
年齢はルークとそう変わらない。
煤で少し汚れたシャツに、革の前掛け。
腕まくりした腕には細かな火傷跡が残っていた。
男は入ってきたカイルたちへ気づくと、手を止めて気さくに笑った。
「いらっしゃい。ゆっくり見ていって下さい」
まだ若いが、職人特有の気難しさは薄く、どこか商人みたいな、話しやすい空気を纏っていた。
こういう人間を店先に置くのは、正解だ。
「ただ、注文だと少し待ってもらうかもしれません。今ちょっと立て込んでて」
申し訳なさそうに頭を掻く。
ぶっきらぼうな職人が多かった中では、かなり珍しい対応だった。
「繁盛してるんですね」
カイルは感心したように店内を見回すと、すぐに気づいた。
――全部、実戦寄りだ。
無駄に軽くしていない。
重心はどれも振り抜きを意識した位置に置かれている。
騎士の剣というより、“戦場で生き残るための剣”だった。
しかも、一振りごとに微妙に作りが違う。
柄の太さ。
刃の反り。
使い手に合わせて調整しているのが分かる。
見た目は地味だ。
それでも――妙に扱いやすそうだった。
カイルは一本を手に取り、軽く構える。
「ルーク、これ分かるか? この剣、わざと重さ残してる」
「えっ?」
ルークが隣から覗き込む。
カイルは剣を軽く持ち上げる。
「普通ならもっと軽くする。売るならその方が人気出るしな。でもこれ、無駄に削ってない」
指先で刀身の根元を軽く叩く。
「……確実に仕留めるための調整だ」
「……坊ちゃん本当、剣馬鹿っすね」
「剣を使うんだから、知識はあった方がいい。ほら、柄が少し太いだろ」
得意げに小声で解説するカイルへ、ルークはぽかんと口を開ける。
そのままカイルは、店先にいた若い職人へ視線を向けた。
「ここのお客さんって、傭兵の方が多いんじゃないですか?」
「え?」
突然の質問に、若い職人が目を瞬かせる。
カイルは手にした剣を軽く揺らした。
「この国の騎士って、ここまで実戦寄りの剣あんまり好まないでしょ?」
平和な王国内で人気が出る剣とは少し違う。
「でも、まだ戦を繰り返してる他国なら話は別だ。傭兵は飾りより、“最後まで振れる剣”を欲しがる」
若い職人の表情がわずかに変わった。
「……よく分かりましたね」
「勘ですけど」
カイルはあっさり笑って返す。
若い職人は一瞬きょとんとしたあと、どこか嬉しそうに笑った。
「そうですね。うちは他国へ向かう傭兵とか、実際に前線へ出る人の注文が結構多いです」
カイルの目が輝く。
そこから先は、まるで堰を切ったようだった。
鍛造時の温度管理、焼き入れの角度、刃の厚みと反りの相関、柄と鍔の重さの調整。
そんな専門的な質問が次々と飛び出し、職人もまた面白がるように答え始める。
話しやすい相手だったこともあり、その時間は他の工房より長かった。
その時だった。
工房の奥で、ふっと空気が静まる。
何人かの職人が自然と姿勢を正し、視線が一方向へ集まった。
カイルもつられるように振り返る。
そこには、重厚な衣をまとった一団がいた。
その先頭に立つ男が、ゆっくりと一歩前へ出る。
「若いのに、随分と剣に詳しいな」
低い声だった。
ただ、その一声だけで工房の空気そのものが変わった気がした。
カイルもルークも、一瞬だけ言葉を失う。
輝くような長い銀髪に、よく整えられた髭。
年の頃は五十代ほどだろうか。
父――ラインハルトより、少し年上に見える。
それでも背筋は微塵も衰えを感じさせず、衣の上からでも分かるほど身体は鍛え抜かれていた。
何より、その目が鋭い。
獣のようでいて、同時に熟練の剣士だけが持つ静かな観察眼を宿している。
視線を向けられただけで、肌を薄い刃で撫でられたような緊張が走った。
工房の職人たちまでもが自然と一礼しているところを見るに、この街で相当の立場にある人物なのは間違いない。
カイルは胸を張り、まっすぐに答えた。
「自分なりに、日々学んでおります」
「ほぅ……熱心だな」
カイルは照れたように笑いながらも、視線だけは逸らさない。
「だって剣は、持つ人の生き方を映すと思うんです。だから色んな剣を見て、知りたくて」
その答えに、男の表情がわずかに和らいだ。
次に口を開いた時、その声には揺るぎない信念が宿っていた。
「なら覚えておけ。どんなに欲しい剣があっても――人が剣を選ぶのではない。剣が人を選ぶ」
その言葉に、ルークは小さく息を呑み、カイルは口を閉じた。
「己にふさわしいものでなければ、剣はその力を示さぬ。選ばれることこそが騎士の誉れ。わしはそう信じている」
カイルはそっと腰に差した木剣の柄を隠すように、自然な仕草で上着の前を整える。
しかし男は、その腰元へなお一瞥をくれ、鼻で笑った。
「成人しているのかと思ったが、木剣を持っているな」
カイルはにこやかに笑って答える。
「はい、僕はまだ未成年なんで」
「騎士候補生か?」
「いいえ、僕は庶民ですので、騎士学校へは入れませんでした」
隣にいたルークは、一瞬「えっ」と声を漏らしかけたが、どうにか飲み込んだ。
あまりにも自然な嘘だった。
男は興味を失ったように視線を逸らす。
――もっとも、観察する目だけはまるで緩んでいなかった。
「何だ、貴族の子ではないのか? その割にはいいものを着ておるな」
「そうですか? 家は商売をやってますので、他よりかはお金持ちかもしれませんね」
「なるほど。まあ、剣を持つのは貴族に限られたものではない」
カイルは頷いた。
「お金はありますからね。本物の真剣を手に入れたいと思ってたんです。成人するまで、部屋に飾るのは自由でしょ?」
「確かにな。そういう子は多い」
「ええ。だからこそ、この街に来ました」
その返答に、男は短く唸り、再びカイルを見据えた。
「いい剣に選ばれるといいな」
にっと口角を上げるその笑みは、どこか挑発するようでもあった。
するとカイルも、小さく笑って口を開く。
「……でも、僕の尊敬する人は、あなたとは逆のことを言います。“人が剣を選ぶ”と。心構えと意思次第で、どんな剣も使いこなせるんだって」
男の空気が、わずかに変わる。
「青い考えだな」
低く吐き捨てるような一言だった。
それでもカイルは怯まない。
むしろ楽しそうに笑った。
「でも、僕は……どっちとも違う考えです」
「その者の考えを、鵜呑みにせぬか」
男は面白そうに尋ねる。
カイルは静かに頷いた。
「尊敬するからって、その人と全部同じ考えになるわけじゃないでしょ?」
くっくっと喉の奥で笑い出す男は、ならばお前は剣をどう考える、と問い返した。
カイルは静かに口を開く。
「――僕は、自分だけの剣を作ります」
男の眉が、ぴくりと動いた。
「選ばれるのでも、選ぶのでもなく、自身で生み出していく。それが僕にとっての剣です」
男はしばらく黙り込み、やがて低く笑った。
「……面白い。剣を“生み出す”か。これまで出会った剣士に、そう言った者はおらんな。ならばお前は、鍛冶屋になりたいのか?」
カイルは首を横に振る。
「いいえ。形にしてくれるのは職人さんです。でも、その構造は自分で考えます」
そう言って、一度工房の剣へ視線を向けた。
「どれだけ考えても、形に出来なきゃ意味がないですから。彼らの技術は、毎日炉に向き合って積み上げてきたものです」
カイルはどこか楽しそうに笑う。
「だから、力を合わせて一緒に作っていきたい」
男の眉がわずかに上がった。
「……職人に敬意を持つか。若いわりによくそんな言葉が出るものだ」
短い沈黙のあと、男は低く問いかけた。
「坊主……名は?」
カイルの胸の奥に、ひやりとしたものが走る。
名乗れば、素性が割れる。
「……カイリスです」
一瞬の逡巡ののち、偽名で答えた。
男はカイルをじっと観察する。
服装、留め具、護衛の存在。
裕福な商人の息子というが――どこの者か断定はできない。
ただ一つ、大人へ臆せず意見し、なお職人を尊ぶその態度に、確かに高潔な血の匂いがあった。
「そうか……覚えておこう、カイリス」
その瞬間、カイルはわずかに口元を吊り上げた。
「――あなたは、リューゲン卿ですね?」
男の瞳が鋭く細まる。
「……ふん。まだ名乗ってもおらぬのに、よく分かったな」
「あなたのお顔も、剣に対するお考えも有名です。それに胸元のボタンの紋章。貴族の印の中でも、別格ですから」
一拍の沈黙。
そして――。
「はははっ!」
リューゲン卿は、腹の底から豪快に笑った。
「坊主の目とは侮れんな。まだまだ若い世代にも認知されているとはな。しかも、わしと分かってなお、剣の話を続けたか。――大した度胸だ」
ルークは顔を引きつらせ、肘でカイルを小突く。
「ちょっ坊ちゃん……やべぇっすよ」
それでもカイルは動じない。
「カイリス。この街で本物の剣を作るのだな?」
「そうですね。形にしてくれる職人さんと出会えたら」
リューゲンは満足そうに頷く。
「なら次に会う時は、その剣を見せてもらおう」
その言葉に、カイルはふと思い出したように内ポケットへ手を入れた。
「そういえば、少し聞きたいことがあって」
取り出したのは、昨日資料室で書き写した紙束だった。
工房印。
古い職人名。
文献に残されていた記録。
カイルは紙を広げながら尋ねる。
「この印とか名前、何か知りませんか?」
リューゲンは無言で紙を受け取った。
工房の空気が静まった気がした。
視線が、紙へ落ちる。
ほんの僅かだった。
だが確かに、男の空気が変わった。
しかし次の瞬間には、何事もなかったように紙を返す。
「……知らんな」
短い返答だった。
カイルは小さく息を吐く。
「そうですか」
少し間を置き、続けた。
「なら、少し変わった素材で剣を打つ職人さんに心当たりはありませんか?」
「変わった素材?」
「大きな獣の牙や骨を使って、武器を作るような方です」
リューゲンの空気が、僅かに変わる。
「……獣?」
低い声だった。
探るような響きに、カイルは内心で笑う。
だが表情には出さず、にこりと頷いた。
「えぇ。それはそれは、“強い獣”から取れた牙や骨です」
意味ありげな言い方だった。
リューゲンは無言でカイルを見つめる。
まるで、その言葉の奥を探っているみたいに。
やがて何事もなかったように口を開いた。
「……聞いたこともない」
そう返しながらも、視線だけは鋭いままだった。
――今、確かに反応した。
それでもカイルは追及しない。
紙をしまい、もう一度笑みを作る。
「ありがとうございました。お話しできて光栄でした。剣が完成して、もしまたお会いできたら、必ずお見せします」
そう言って一度頭を下げ、そのまま工房を出ようとする。
しかし扉の前で、ふと足を止めた。
そして振り返る。
「――あ、そうだ。その時は、本名を名乗りますね」
カイルは悪びれもせずひらひらと手を振り、軽い足取りで去っていった。
一瞬の静寂。
そして次の瞬間――。
「はははっ!!」
去っていく背中を見ながら、リューゲン卿は愉快そうに喉を鳴らした。
「偽名か! だが……憎めん坊主よ!」
火花散る工房に、その声が朗々と響いた。
工房を出た途端、ルークと護衛たちが血相を変えて追いかけてくる。
「な、何やってんすか坊ちゃん!? あの人、超大物じゃ――!」
「本名を名乗ったら、親父と重ねて見られるだろ?」
カイルは肩をすくめる。
「木剣に入った紋章で家がバレてたら終わりだったけどな。正直ヒヤヒヤした」
「勘弁してくださいよ……心臓に悪いっす!」
カイルは悪戯っぽく笑った。
「でも、面白かったろ?」
「……笑えねぇっす!!」
ルークの叫びと、護衛たちの深いため息が、鍛冶の街の熱気へゆっくりと溶けていった。
しばらく歩いた後。
カイルがふと口元を吊り上げる。
「……あのじじぃ、絶対何か知ってたな」
ルークも真顔で頷いた。
「最後、完全に反応してたっす」
カイルは小さく笑う。
「やっと当たり引いたかもしれねぇ」
その笑みは、まるで獲物を見つけた狩人みたいだった。




