第23話 大型獣討伐用
宿へ着くと、カイルたちが通された資料室は、奥にある静かな一室だった。
広さ自体はそこまでない。
だが、中へ足を踏み入れた瞬間、カイルの目が輝く。
「……っ」
壁一面の本棚には、古びた背表紙や巻物、鍛冶図面、剣の記録書がぎっしり並んでいた。
それも今の時代ではなく、“昔の技術”を残そうとした痕跡が見える。
「すげぇ本の量だな……」
部屋の中央には大きな机と柔らかなソファが置かれ、灯りまで調整されていた。
しばらくすると、宿の人がお茶と焼き菓子を運んでくる。
「はぁぁ……生き返るっす……」
ルークが焼き菓子へ手を伸ばしながらソファへ沈み込む横で、カイルは既に本棚の前へ立っていた。
疲れていないわけではない。
だが、それ以上に好奇心が勝っていた。
カイルは興味を引かれる本を次々と抜き取り、夢中でページをめくっていく。
知らない構造や見たことのない鍔、地域ごとに違う重心設計が並び、ただページを追うだけで、その土地の戦い方まで見えてくる。
机の上には、いつの間にか開きっぱなしの本が積み上がっていた。
そして何冊目かも分からなくなった頃。
「……ん?」
カイルの指が、分厚い図面集で止まった。
擦り切れた革表紙は題名すら薄れていたが、どこか他の本とは違う古さを感じさせた。
カイルは自然とその本を机へ運ぶ。
そしてページを開いた瞬間、視線が止まった。
――《大型獣討伐用》
「……なんだ、これ」
描かれていたのは、騎士剣ではなかった。
異様に分厚い刀身に、前寄りの重心。
人を斬るというより、硬い外殻や骨ごと断ち切るための設計に見えた。
さらに横には、巨大な獣の骨格図まで添えられている。
分厚い毛皮と異常な骨密度。
その内側へ、縄みたいな筋肉が幾重にも走っていた。
まるでアイアーベアをさらに巨大化させたような異形だ。
他にも、見たこともない獣の名が並んでいる。
――《喰山》
――《黒禍》
――《哭雷》
――《深海主》
どれも聞いたことのない名だった。
だが、挿絵を見た瞬間、カイルの背筋へぞくりとしたものが走る。
森を踏み潰す四足獣。
城壁ほどの角を持つ黒い獣や、稲妻を纏う狼。
中には、山そのものみたいな怪物まで描かれていた。
「……大型獣っていうか、これ……」
夢で見た“魔物”たちと、あまりにも似ていた。
偶然では説明できないほどに。
さらにページをめくる。
そこには細かな注釈が並んでいた。
――通常兵装では討伐困難。
――専用武装を要す。
――獣素材との複合加工を前提とする。
カイルの目が細くなる。
「……やっぱりだ」
文献では“大型獣”と記されている。
だが、通常兵装では討伐困難など、ただの獣へ向けて書く説明ではない。
これは、魔物に対抗するための技術だ。
そして、その考えを裏付けるように、ページの端へある文字が刻まれていた。
――《オリハルコン》
「ルーク!!」
半分寝かけていたルークが飛び起きる。
「な、なんすか!?」
「これ見ろ! 夢に出てきた金属の名前だ!」
ルークが覗き込む。
古びた図面の端。
擦れた文字で、その名が確かに刻まれていた。
カイルは食い入るようにページを見つめる。
「夢の中じゃ、伝説級の金属だった。異常に硬くて、折れにくくて、魔力との相性もいいって話だったはずだ」
「いやいや、夢の知識を当然みたいに語られても困るんすけど」
ルークが引きつった顔でツッコむ。
だがカイルは止まらなかった。
さらにページをめくる。
そこには、獣骨や牙、甲殻などの素材が並んでいた。
だが、その形状や説明を読むほどに、カイルの中で確信が強まっていく。
やはりこれは、“魔物の素材”だ。
カイルは半ば夢中になりながら、さらにページをめくった。
そこには、骨や牙を利用した武器の図面が描かれていた。
「これ……似てる」
「え?」
「俺たちが最初に作ったペーパーナイフと」
ルークは驚きのあまり、口が半開きだった。
「あのナイフ、異常に切れただろ?」
「そ、それは……」
ルークの脳裏にも、あのペーパーナイフが浮かぶ。
紙みたいに木を裂き、普通の刃とは思えない切れ味を見せた異常な一本。
あれを一緒に作ったのは自分だ。
だからこそ分かる。
今、古文書へ書かれている理論が、完全に荒唐無稽な話ではないことを。
「……マジっすか!?」
思わず声が裏返る。
カイルの目は、完全に輝いていた。
「やっぱりだ……!」
ページを握る指へ力が入る。
魔物素材。
異形を前提にした武器。
そして、自分たちが作ったペーパーナイフ。
偶然で片付けるには、繋がりすぎていた。
「昔、この国にはいたんだよ。“冒険者”みたいな連中が」
「嘘でしょ……」
「絶対そうだ。じゃなきゃ、こんな記録が残るわけねぇ」
そこには、夢の中ですら見たことのない加工法まで残されていた。
もしこれを応用できれば、今ある技術をさらに先へ進められる。
そんな発見が、まさかこの剣都で拾えるなど思ってもみなかった。
さらにページを追っていくと、そこには工房の名前や職人の署名まで残されていた。
古代文字のような記号。
見たこともない工房印。
だが、カイルの目は一気に輝く。
「……まだ残ってるかもしれねぇ」
「え?」
「この技術だよ! 工房か、弟子筋か、何かしら残ってるかもしれない!」
興奮気味にページを指差すカイルへ、ルークの顔色が変わる。
「坊ちゃん! 紙とペン!」
そのまま勢いよく部屋を飛び出していく。
だがカイルは気づいてすらいなかった。
完全に資料へ呑まれていた。
しばらくして、ルークが紙束を抱えて戻ってくる。
「持ってきたっす!!」
二人は夢中で工房印や図面、加工法、見たこともない素材名まで片っ端から書き写していく。
気づけば夜になり、夕食の時間も過ぎていた。
流石におかしいと思ったエルマーが資料室を覗きに来た時には、二人とも完全に没頭していた。
「……本当に止まらんな、お前たちは」
呆れたように笑いながらも、エルマーは止めなかった。
夜食と追加の灯りを置き、静かに部屋を後にする。
そして翌朝。
薄い朝日が資料室を白く照らしていた。
「…………ん」
最初に反応したのはカイルだった。
「……っ、眩し……」
その声で、隣のルークももぞりと動く。
そして積み上がった紙束を見た瞬間。
「「あっ!!」」
二人の声が綺麗に重なった。
いつの間にか、そのまま寝落ちしていたらしい。
「いっっだ……」
「なんでソファから落ちかけて寝てたんすか俺……」
変な体勢のまま眠ったせいで、全身が痛い。
だが、目だけは妙に輝いていた。
疲労より先に、“この技術を知る工房を探したい”という衝動が勝っていた。
二人は書き写した紙束を抱え、そのまま資料室を出る。
扉を開けると、そこにはノエルたち護衛の姿があった。
どうやら交代で見張りについていてくれたようだ。
「おはようございます……まさか徹夜ですか?」
「たぶん」
「覚えてないっす」
カイルは何も言わず、抱えていた紙束をそのままノエルへ押し付けた。
「持ってきてくれ」
「あっ、はい?」
突然の量に、ノエルが体勢を崩しかけるも、カイルは気にもせず、自分たちへ用意された部屋へ歩き出す。
「風呂入る」
「待ってくださいよぉ……」
ルークもよろよろと後を追う。
完全に寝不足のはずなのに、二人とも妙に楽しそうだった。
ノエルたちはその後を追いながら、宿の者へ風呂の手配を頼む。
部屋へ戻るなり、カイルは椅子へ座り込み、ルークへ手を伸ばした。
「……あれ寄越せ」
ルークが荷物から桃色の小瓶を取り出す。
二人は慣れた様子でそれを飲み干し、同時に顔をしかめた。
「っっ……不味……」
「にっが……」
だが数秒後、ルークが目を開く。
「あ、目覚めたっす」
「だろ……」
ノエルたちは思わず顔を顰める。
「薬ですか?」
「眠気覚まし兼、疲労回復っす。坊ちゃん特製」
その説明に、ノエルたちは無言で顔を見合わせた。
――まさか、魔物素材を入れていないだろうな。
怖くて誰も聞けなかった。
風呂と朝食を済ませる頃には、二人とも完全に目が覚めていた。
「エルマーは?」
「本日は商会側のお仕事があるそうです。挨拶回りや商談があるとのことで、別行動になります」
ノエルが答える。
「夕方頃には戻られる予定です。それまでは我々が護衛を担当します」
「よろしくお願いします」
ルークが軽く手を上げる。
カイルは書き写した紙束を抱え直した。
「じゃあ行くぞ。工房探しだ」
その声には、もう迷いがなかった。
こうして一行は、再び熱気に満ちた剣都グランツェルの街へ足を踏み入れる。
カイルは店へ入るなり、まず並んだ剣へ視線を走らせる。
ただ眺めているわけじゃない。
その剣が“どう使われるか”を見ていた。
工房探しも目的だが、剣都の技術を見る機会でもある。
「この辺、いかにも騎士って感じっすね」
ルークが並ぶ剣を見ながら呟く。
「だな。派手すぎず、地味すぎずってやつだ」
カイルは一本の剣へ視線を止める。
どうせなら、職人たちの考え方まで知っておきたかった。
それに、いきなり工房印を見せても、怪しまれるだけだ。
まずは剣の話で空気を作る。
職人の警戒を解くには、ちょうどいい手だった。
「この剣、少し重心前寄りですよね?」
一本を指差しながら問いかける。
職人は少し意外そうな顔をした。
「おう。長時間振ることを意識してるからな」
「なるほど……」
カイルは頷きながら、指先で軽く柄を叩く。
「たぶんこの工房、“軽さ”じゃなくて“振り続けやすさ”を優先してるんですね。無理に軽くしてない分、腕への負担が流れやすい。だから実戦でも疲れにくい」
「……坊主、よく分かるな」
職人の目が少し変わる。
そこから会話が広がった。
カイルが本気で剣を見ていると分かると、徐々に彼らの態度が変わっていった。
冷やかしではない。
剣そのものへ興味を持っている。
それが伝わるからだ。
そして頃合いを見て、カイルは内ポケットから紙束を取り出す。
「そうだ。ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
広げられたのは、昨夜書き写した工房印と職人名だった。
「この工房とか、名前に心当たりありませんか? 弟子筋とか、末裔とかでもいいんですけど」
職人たちは紙を覗き込む。
だが返ってくる反応は鈍かった。
「知らねぇな」
「見たこともねぇ印だ」
「何だこれ?」
百年以上続く老舗ですら、反応は同じだった。
カイルは紙束をめくりながら、次の質問に変えた。
「なら、“オリハルコン”って金属は扱ってますか?」
その瞬間、職人たちの顔がさらに怪訝になる。
「オリ……何だって?」
「オリハルコンです」
「オリハルトン?」
「違います。オリハルコン!」
まるで話が噛み合わない。
中には「酒の名前か?」と真顔で聞いてくる職人までいて、ルークが吹き出しかける。
カイルは頭を抱えた。
「夢だと超有名金属だったのに……」
「坊ちゃん、その夢基準で話すのやめた方がいいっす」
そして最後に、カイルは半ば諦めながら問いかけた。
「じゃあ、魔物の牙とか骨を使った武器を作った経験はありますか?」
すると――。
一瞬静まり返ったあと、工房の中がどっと笑いに包まれた。
「あんな用無し、何に使うんだよ!」
「飾りにでもするのか?」
「加工なんて出来ねぇよ!」
飛んでくるのは、呆れ半分の笑い声ばかりだった。
中には露骨に馬鹿にしたように笑う職人までいる。
カイルは眉を寄せながらも、表情だけは崩さない。
「ですよねぇ」
軽く笑って返し、それ以上は追及しなかった。
これ以上話しても、まともに取り合う気はないと分かったからだ。
昼を過ぎる頃には、流石のカイルも考え込んでいた。
「……一旦休憩だ」
そう言って近くにあった喫茶店へ入る。
剣都らしく、店内には古い剣や鍛冶道具が飾られていた。
奥の席へ腰を下ろした瞬間、ルークがぐったりと机へ突っ伏した。
「もう何十件回ったんすかこれ……」
「……まだ昼すぎだぞ」
「坊ちゃん基準やめてください」
ノエルたち護衛も、流石に疲れた顔をしている。
席に着くなり、カイルは護衛たちへ顎をしゃくった。
「お前らも座れ」
「いえ、自分たちは――」
「いいから」
有無を言わせない口調だった。
「今は全員で考えた方が早い。案を出してほしい」
護衛たちは顔を見合わせ、遠慮がちに席へ着く。
ノエルは苦笑しながら椅子を引いた。
「護衛が座らされる日が来るとはな」
「俺、そういう堅苦しいの嫌いなんだよ」
皆の分を注文すると、やがて店員が紅茶と軽食を運んでくる。
それに口をつけながら、どうするかの話し合いが始まった。
ルークが紙束をぱらぱらめくる。
「まだ行ってない工房は残ってるっす。地道に一軒ずつ潰していくのがいいんじゃないっすか?」
「……数が多いですね」
ノエルが苦笑する。
別の護衛が顎へ手を当てた。
「剣の工房だけじゃなく、細工師や鉱石商を当たるのはどうです? 鍛冶師本人は知らなくても、噂くらい聞いてるかもしれません」
「猟師とかもありっすね」
「解体職人とかも?」
皆で意見を出し合う中、カイルだけは黙ったままだった。
紅茶を揺らしながら、何かを考え込んでいる。
そして数秒後、小さく息を吐く。
「……おかしいと思わねぇか? ここまで誰も知らないなんて」
その問いに、ルークたちも苦笑いを浮かべた。
確かに異常だった。
百年以上続く老舗ですら、文献に残された工房印を知らない。
名前すら反応しない。
剣都グランツェルなら、多少は痕跡が残っていてもおかしくないはずなのに。
まるで最初から存在していなかったみたいだった。
カイルはカップを置き、ぽつりと呟く。
「……まるで、この世界が一回なくなったみたいだ」
その言葉に、ルークが「うわ」と笑う。
「物語じゃよくある話っすね。古代の技術が滅んで、人類がまた文明作り直したとか」
「そういうやつだ」
「今回も、そんな感じっすかね?」
だがカイルは即座に首を振った。
「んなアホみたいなこと簡単に起きるか」
紅茶を一口飲み、眉を寄せる。
「本当に文明が滅んだなら、武器以外にも痕跡が残るはずだ。建築様式とか、言葉とか、生活文化とかな」
「……じゃあ? なんすか?」
カイルは指先で古い工房印を軽く叩く。
「この工房や職人たち自体が、他国のものだったって方がまだ自然だ」
「他国……」
ルークが呟く。
カイルは小さく頷いた。
「この国じゃなく、他の土地で発展した技術。それが何かの理由で流れ着いた……そっちの方が筋は通る」
カイルはそこで一度言葉を切る。
「……ただ、この国じゃ定着しなかったんだろうな。危険視されたのか、扱える奴がいなかったのかは分かんねぇけど」
空気が少し静かになった。
誰も断言はできない。
だが、文献へ残されていた異形の武器や知らない名前は、今の常識からあまりにも外れすぎていた。
「……まぁ、答えは出ねぇな」
カイルは椅子へ背を預ける。
「なら考え方を変えよう」
全員の視線が集まった。
「最初から“知ってる奴”を探す必要はねぇ」
「……どういうことっすか?」
「必要なのは、昔の技術を知ってる職人じゃない」
カイルの目がゆっくり細くなる。
「魔物素材を見て、“面白ぇ”って言う職人だ」
ノエルが小さく息を吐く。
「つまり、新しく作れる職人を探すと」
「あぁ」
カイルは迷いなく頷いた。
「知識が残ってないなら、作り直すしかねぇ」
そう言って、紙束へ視線を落とす。
「俺の知識と、この文献の情報。あとは実際に試すだけだ」
ルークはしばらく黙っていたが、やがて苦笑した。
「……結局そこに戻るんすね」
「新しいもん作る時なんて、だいたいそうだろ」
カイルは楽しそうに笑った。
ノエルはそんな二人を見ながら、ぽつりと呟く。
「……本当に発明家なんですね」
カイルはきょとんとした後、少しだけ笑った。
「まあ、“面白そう”から始まってるだけだけどな」
だがその横で、ルークはまだ諦めていなかった。
「でも、まだこの街のどっかに知ってる人がいるかもしれないっすよ!」
その言葉には希望が混ざっていた。
カイルは小さく息を吐く。
「もし本当に残ってるなら、この国だけじゃ済まねぇよ」
「え?」
「世界中探すはめになるぞ」
ルークが言葉を失う。
それはつまり、“旅”では済まない。
人生単位の話になる。
するとノエルが、腕を組みながら静かに口を開いた。
「しかし、“魔物素材を使って剣を作ってほしい”という聞き方では厳しいでしょうね」
「……だよなぁ」
カイルは苦笑する。
今日回った工房の反応を思い返せば、答えは明白だった。
笑われるか、冗談扱いされるか、そのどちらかだ。
「あんな用無しを何に使うんだ、でしたっけ」
ルークが半眼になる。
ノエルも苦笑した。
「少なくとも、最初から好意的に受け入れる者は少ないでしょう」
価値を理解していない。
だがカイルは、そこで小さく頷いた。
「まあ、とりあえずナイフならすぐ作れる」
その一言に、護衛たちの動きが止まる。
「……はい?」
「そうなんですか!?」
ノエルたちが思わず身を乗り出した。
今の話の流れで、まさか“もう作れる”という返答が返ってくるとは思わなかったのだ。
カイルは周囲を気にするよう声を落とす。
「アイアーベアの牙、かなりデカかっただろ」
「あぁ……まあ」
ノエルが頷く。
「形そのものは、あのまま使える。後は整えて、削って、刃を作るだけなら、もう方法は分かってる」
カイルは紅茶を飲みながら、当然のように続けた。
「やること自体は、ペーパーナイフと同じだしな」
その瞬間、ルークの顔が引きつった。
「……もしかして坊ちゃん、まだロングソード諦めてないんすか?」
小声だった。
だが確認せずにはいられなかった。
カイルは即答する。
「当たり前だろ」
本気で“真剣”を作る目だ。
「そのために動いてるんだ」
ルークが頭を抱える。
カイルは紙束を指先で叩きながら、小さく呟く。
「まずはナイフだな。加工させて興味を引く。最初から剣なんて言ったら警戒されるからな。だったら先に、“使える素材”だって見せる方が早い」
順番が大事だった。
理解されていない物を、最初から大きく出しすぎれば拒絶される。
だからまずは小さい成功例。
利益になると分かれば、人は勝手に寄ってくる。
それは商売でも同じだった。
ノエルが表情を引き締める。
「……それなら尚更、口の固い職人でなければ駄目です。加工法が外へ漏れるのは危険です」
「……」
「今は誰も価値を理解していない。だから笑って済んでいます」
だが、とノエルは視線を細める。
「もし本当に魔物素材から実用的な武器が作れると知れ渡れば――間違いなく揉める」
その言葉には現実味があった。
金になる技術。
しかも武器。
国も貴族も商会も、放っておくはずがない。
カイルは少し考え込み、それからふと思い出したように口を開いた。
「……なぁ」
カップを置きながら、ノエルへ視線を向ける。
「この街にもヴァルディア商会の工房あるんだろ?」
「えぇ、ありますが」
「トリニティ・クロスの商品も作ってるんだよな?」
ノエルは頷く。
「なら、そっちに頼んだ方が魔物素材に抵抗は少ないか」
その分析に、ノエルがわずかに感心したような顔になる。
カイルは、“既に魔物素材へ触れている環境”へ先に目を向けた。
そこに合理性がある。
「……確かに。普通の鍛冶師よりは受け入れやすいでしょう」
カイルは少し考え込み、それから小さく息を吐いた。
「……一回、エルマーに聞いてみるか」
ヴァルディア商会なら、秘密を守ることもできる。
少なくとも、その辺の工房よりは遥かに安全だった。
やがてカイルは顔を上げた。
「……やみくもに探すより、今は文献漁った方が得られるもんはデカい」
その判断は早かった。
工房探しも大切だ。
だが今は、この資料室へ残された知識の方が価値がある。
土台が足りない状態で動いても、結局遠回りになる。
そう判断したのだ。
工房巡りを切り上げ、一行は夕方前に宿へ戻った。
用事を済ませたエルマーは少し驚いた顔をした。
きっと夜まで戻ってこないと思っていたのだろう。
しかも、カイルの表情は浮かない。
考えることが増えすぎていた。
そのまま無言で資料室へ入り、椅子へ腰を落とす。
ルークもぐったりしたままソファへ倒れ込んだ。
「……全然駄目っす」
状況を聞きに来たエルマーは、ぐったりした二人を見るなり苦笑した。
「そんなにか?」
カイルは机へ肘をつきながら、小さく舌打ちした。
「誰も知らねぇ。工房印も、職人名も、オリハルコンも」
紙束を机へ放る。
「百年以上続く工房でも駄目だった」
部屋へ沈黙が落ちる。
エルマーもすぐには言葉を返さなかった。
剣都で見つからない。
それはつまり、想像以上に古く専門的な技術ということだ。
そして数秒後。
カイルがふと顔を上げた。
「……そうだ」
「ん?」
「ヴァルディア商会の工房じゃ剣は作れないのか?」
その問いに、エルマーは少しだけ考え込む。
「……無理ではない」
カイルの目がわずかに動く。
だが次の言葉は、期待したものではなかった。
「だが、向いていない」
話はまた振り出しに戻った。
――翌日。
カイルたちは、この街で“鍵を握る人物”と出会うことになる。




