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第13話 止まらない熱

翌朝。


森に薄く朝霧が残る中、商隊では既に出発準備が始まっていた。


荷馬車へ積み込まれていく木箱の音。馬の鼻息。乾いた革紐を締め直す音。護衛たちの低い声が、静かな森へ溶けるように広がっていく。


その喧騒を横目に、カイルはちらりと昨夜の護衛団員へ視線を向けた。


昨夜、焚き火の前で話をした元騎士の男。


食事の後、改めて名前を聞いてみれば――ノエル・ヴァルデンと名乗った。


その瞬間、カイルは思わず「あのヴァルデン伯爵家の?」と聞き返してしまったほどだ。


ヴァルデン伯爵家。


王都と各領地を結ぶ流通と運搬事業で名を上げた裕福な家であり、ノエルはその三男だった。


食料、武具、薬品――扱う物資は多岐にわたり、王国騎士団への補給にも深く関わっていると言われている。


貴族の中でも、物流と商流に強い影響力を持つ家系として知られていた。


そして同時に、ヴァルディア商会とも古くから取引関係がある家でもある。


ヴァルディア商会が扱う商品の多くを各地へ運んでいるのも、ヴァルデン伯爵家の運搬網だ。


当然、その中にはカイルたちの作るブランド――“トリニティ・クロス”の商品も含まれている。


つまり、自分たちの品を王国中へ流している家ということだ。


だからこそ、カイルは少し納得していた。


騎士を辞めたノエルが、なぜこの商会の護衛として流れ着いたのか。


人と物が動く場所には、自然と情報も集まる。


王国騎士団を離れた彼にとって、ヴァルディア商会は、最も現実的で、最も居場所を見つけやすい場所だったのかもしれない。


「……坊ちゃん、昨日めちゃくちゃ驚いてたっすよね」


隣で荷物を抱え直しながら、ルークが小声で笑う。


「そりゃ驚くだろ。力を持った家だ」


ただの護衛ではないとは思っていたが、まさかそこまで大きな家の出とは思わなかった。


「そんな有名なんすか?」


「有名だよ。まぁ、最初からちょっと金の匂いしてたけどな」


「……は?」


ルークが呆れたように眉を寄せる。


カイルは、馬車へ荷を積むノエルをちらりと見ながら続けた。


「腰の短剣。柄に小さい宝石が埋め込まれてただろ」


「そうでしたっけ?」


「あぁ。護衛連中の装備も見たけど、ああいうの付けてる奴はいなかった。実用品ってより、家から持たされた類だな。多分、父親あたりにもらったやつだ」


それは単なる飾りではない。


使い込まれてはいたが、乱暴に扱われた痕はなく、とても綺麗だった。


護衛として泥に塗れてもなお持ち続けている時点で、あの短剣には“捨てられない理由”がある。


カイルはそこまで見ていた。


ルークは半目になった。


「そんなところまで見てるんすか……」


「当たり前だろ。使い込まれてたけど、手入れは丁寧だったし、捨てられないものなんだろ」


騎士を辞めても、まだ持っている。


それだけで、あの短剣がどういう物か何となく伝わってきた。


「……だから昨日、相談料とか言い出したんすか?」


「そうだ。金持ってそうだし」


「アホなこと言わないで下さい」


間髪入れない即答に、近くで荷を運んでいた商人たちが小さく吹き出す。


カイルは悪びれもせず肩を竦めた。


「でも本当に金持ちだっただろ? 流通、補給、運搬路、それに王国騎士団――」


そこで言葉を切り、カイルは視線を前へ向ける。


騎士学校を卒業し、正式な立場を手に入れた時。


余計な横槍を避けながら自警団へ物資を流すには、ヴァルデン伯爵家は間違いなく鍵になりそうだった。


結局、物が流れなければ、人は守れない。


だからこそ、流通を握る家は強い。


「いやぁ、いい出会いだったな」


口元を隠しきれないまま、カイルはニヤニヤと笑う。


その顔は、まるで新しい商談先でも見つけた商人のようだった。


ルークはじっとその横顔を見つめ、深いため息を吐く。


「坊ちゃん……せめて普通の顔で言って下さいよ」


「何でだよ」


「完全に“新しい駒見つけた”って顔してるんす」


「失礼だな」


否定しながらも、口元はまったく引き締まっていなかった。


そうして、ようやく出発の笛が鳴る。


商隊はゆっくりと動き出し、車輪が湿った土を踏み締めながら森の奥へ進んでいく。


カイルは馬車へ揺られながら、学校から持ち帰った教本を広げ、休みの間に授業へ遅れないよう内容を確認していた。


その隣では、ルークが次第に重くなる瞼と必死に戦っている。


時折、こくりと頭が落ち、そのままカイルの肩へぶつかっては、慌てて目を覚ます。


エルマーはそんな二人を眺め、小さく笑った。


「……どっちが従者か分からんな」


そう言いながら、自らも帳簿を開いている。


移動中ですら時間を無駄にしない。


それは商会を大きくした男らしい習慣だった。


順調に、馬車は進む。


森は少しずつ深さを増し、頭上を覆う枝葉が陽光を削り取るようになるにつれ、空気もひんやりと重くなっていった。


日が傾き始める頃には、その日の野営準備が始まっていた。


だが、相変わらずカイルは大人しくしていない。


焚き火の準備が始まる頃には、もう木剣を手に護衛や傭兵たちの輪へ混ざっている。


昨日の手合わせですっかり打ち解けたのか、傭兵たちも「今日は勝つぞ」と笑いながら次々と前へ出てきた。


最初は貴族の坊ちゃん相手に遠慮もあった。


だが、カイルはそれを嫌う。


本気で来いと笑い、本気で打ち返す。


だからこそ、今では誰も手加減をしなくなっていた。


少し離れた場所からそれを眺めながら、ルークは苦笑する。


(……坊ちゃん、完全に馴染んでるっすね)


正直、この旅で一番気が合っているのは傭兵たちかもしれない。


見た目は怖い。


ガタイもいいし、目つきも鋭い。


中には派手な耳飾りを付けた者や、腕へいかつい墨を入れた者までいる。


街で肩でもぶつかれば、そのまま喧嘩になりそうな連中だ。


だが、カイルはそんなこと気にも留めず、楽しそうに木剣を振っていた。


その最中だった。


昨日とはまるで違う軌道の剣が、カイルの懐へ滑り込む。


「――っ!」


咄嗟に身を捻り、剣先を外す。


見たことのない動きだった。


騎士学校でも、夢の男とも違う。


型ではない。


殺すために、懐へ入るためだけに組まれた動き。


だが次の瞬間には、恐怖より先に、強い高揚が胸を叩いていた。


「……何だ、今の!?」


思わず声が弾む。


傭兵は歯を見せて笑った。


「すげぇだろ?」


その言葉に、カイルは確信する。


――世界は、まだまだ広い。


知らない剣が、この先にはいくらでもある。


騎士学校の中だけでは、絶対に見られないものがある。


「すごいな! どうやったか教えてくれ」


勢いのまま叫ぶカイルへ、傭兵は呆れたように鼻を鳴らした。


「馬鹿か。自分の手の内を簡単に教えるかよ」


それは当然の話だった。


剣で食ってきた人間にとって、技は命だ。


だが、カイルは引かなかった。


「じゃあ、せめてもう一回だけ見せてくれないか?」


その目は真剣だった。


勝ちたいのではない。


知りたいのだ。


どう動き、どう崩し、どう懐へ入ったのか。


そこに宿る理屈を。


傭兵はしばらく黙っていたが、やがて頭を掻きながら笑った。


「……ったく。見せるだけだぞ」


「それでいい」


それからのカイルは、半ば手合わせそっちのけだった。


足運び、重心、肩の入り方。


まるで商人が品定めをするように、相手の動きを細かく観察し始める。


「……なるほど。重心、少し後ろか」


木剣を振りながら、ぶつぶつと独り言を漏らす姿に、傭兵たちは呆れ半分で笑っていた。


「見ただけで真似する気かよ」


「完全には無理でも、ものにしたい」


即答だった。


その夜。


夕食を終えたあとも、カイルは木へ向かって木剣を振り続けていた。


――こん。


乾いた音が夜へ響く。


見たものを、そのまま終わらせる気はない。


どう動けば、あの軌道になるのか。


どこで力が流れ、どこで繋がるのか。


答えが出るまで、手を止めるつもりはなかった。


そんなカイルを少し離れた場所から眺めながら、エルマーとルークは苦笑する。


もう一時間はやっている。


エルマーは、ふと小さく呟く。


「……まったく。アイツは何に対しても、熱中するな」


どこか懐かしむように目を細めた。


あの姿は、昔、工房へ籠もって朝から晩まで何かを作っていた頃とよく似ている。


一度興味を持てば止まらない。素材を並べ、道具を弄り、納得するまで何度でも試し続ける。周囲が見えなくなるほど没頭する癖は、昔から変わらなかった。


「それも、騎士学校の寮へ入ってからは落ち着いたと思ってたんだがな」


規律だらけの生活では、工房へ籠もる時間も、好き勝手に動き回る余裕もない。


だが、ルークは苦笑しながら首を振る。


「いや、今も変わってないっすよ」


焚き火の向こうで木剣を振るカイルを見ながら、呆れ半分に肩を竦めた。


「休日の坊ちゃん、だいたいあんな感じっす。今は旦那様の目もないんで、余計自由にやってるだけっすよ」


「……なるほどな」


エルマーは小さく笑った。


確かに今のカイルは、久しぶりに檻から出された子どものように見えた。


カイルはまだ気づかない。


外の世界へ出てから、自分が少しずつ変わり始めていることに。


騎士学校では見られなかった剣。


商会の護衛との会話。


傭兵たちの戦い方。


自警団との交流。


知らない生き方。


そのすべてが、少年の好奇心へ火をつけていた。


そして翌日。この旅に出て3日目となる。


商隊が進むにつれ、道は細くなり、森は確実に深さを増していった。


夜の野営地。


焚き火が灯る頃には、空気ががらりと変わる。


昼間は笑っていた護衛たちも、武器へ伸ばす手に自然と力が入っていた。


森が深くなるほど、魔物と遭遇する確率も上がる。


それは、この場にいる誰もが知っている現実だった。


「……今夜は、魔物が出るかもしれん」


商会の護衛長の低い一言で、場が引き締まる。


不安そうに顔を見合わせる者。


逆に、ここからが本番だと目を鋭くする傭兵たち。


皆の気持ちが手に取るように分かる空気だった。


そんな中、カイルは焚き火の周囲を見回し、何か思いついたように手を打つ。


「ならさ。簡易でいい。野営用の魔物避け、作ろうぜ」


一瞬、皆がきょとんとし、それから腰や首から下げた匂い袋へ視線を落とした。


「魔物避け? それって、この匂い袋みたいなやつか?」


国から支給された袋を示しながら、傭兵の一人が言う。


「そう。それと同じ系統のやつだ」


「作れるのか?」


「もちろん。比較的、どこでも材料は手に入る」


――静寂。


言い方が、あまりにも自然だった。


まるで“作った側”が話しているような距離感だった。


「……お前、中身知ってるのか?」


誰かの低い声が、焚き火の向こうから刺さる。


――あ。


エルマーは焚き火越しにカイルを見て、内心で小さく舌打ちした。


(まずいな)


責める声音ではない。


だが、今のカイルは完全に“知っている者”の口ぶりをしていた。


材料や効き方を知っているという線を越え、“どう作るか”まで踏み込みかねない喋り方。


(……気が緩みすぎだ)


エルマーは、迷わず立ち上がった。


「確かに、そう聞こえたかもしれんな」


声は穏やかだったが、場を切る強さがある。


「だが、それは“作り方や中身を知っている”という意味じゃない。商会で扱っている以上、どんな森で材料が揃うか程度は、説明として知っているだけだ」


一拍置き、焚き火を挟んだ全員へ視線を巡らせる。


「それ以上でも、それ以下でもない」


その一言で、空気の主導権がエルマーへ戻る。


張り詰めかけていた空気が、ようやく緩んだ。


カイルは炎を見つめ、ようやく気づく。


(……調子に乗って喋りすぎた)


エルマーはその様子を横目で見ながら、内心で息を吐いた。


(放っておけば、本当に名乗りかねん)


だから、ここで止めた。


短く指示が飛び、商会の護衛団たちが動く。


浅い森へ入り、草や実を集めてくる。


使ったのは、灰葉草はいようそう赤鈴実あかすずみと呼ばれるどちらも森では珍しくない植物だ。


寒暖差に強く、どんな環境にも馴染む雑草のような存在で、灰葉草は青臭さが強く、赤鈴実も実をつけると少し渋臭さを放つ。


そのため、森沿いでも好んで何かに使われることは少ない。


役に立つこともない草と実。


その程度の認識だ。


けれど、この二つは混ぜた時だけ性質が変わる。


鼻についた臭いが、不思議と柔らかく落ち着き、人にはそこまで不快ではない香りへ変化するのだ。


だが、魔物には違う。


混ざり合った瞬間に生まれるその匂いを、魔物は露骨に嫌う。


夢の中でも、魔物を狩る者たちはこの臭いを嫌っていた。


単体では問題にならない。


一方で、灰葉草と赤鈴実が近くへ生えている場所は厄介だった。


風に乗り、雨に濡れ、混ざり合った匂いが広がると、魔物が露骨に寄り付かなくなるからだ。


獲物が来ない。


だから見つければ燃やし、踏み潰し、時には群生地ごと焼き払う者までいた。


もしかすると、この国には、これらが近くへ生えていることで、知らないうちに守られている街や村もあるのかもしれなかった。


草を刻み、実を潰す。


作業そのものは単純だったが、手伝いに入ったカイルの手際は妙に良かった。


国から配布されているものには、この草や実が腐らないよう、砕いた魔物の骨と血、それに食用油が混ぜられている。


効果を長持ちさせるためだ。


魔物の種類は、特別である必要はない。


数の多い小型魔物でも十分だった。


そもそも魔物は、森や土、水脈のような“自然の力”を取り込みながら生きている。


それは膨大な力を得るためではない。


体内の力を循環させ、身体を安定させるための、本能に近い性質だ。


もちろん、それだけで生きられるわけではない。


腹は空く。


だから魔物は獣や人を襲い、時には魔物同士ですら喰らい合う。


だが、それでも自然の力を取り込み続けることで、肉体の崩壊を遅らせ、異常な生命力を維持しているのだ。


そして、その循環が異常なほど強い個体は、体内へ溜め込んだ力を外へ放出することがある。


絵本で語られる“魔法”のような力であり、人々はそれを、“魔能”と呼ぶ。


だからこそ、骨や血にも、その性質が微かに残る。


完全に死んだあとも、わずかに自然の力を巡らせ続けるのだ。


灰葉草と赤鈴実から滲み出る自然の力を吸い上げ、袋の中で小さな循環を保ち続ける。


まるで、死んだあとも自然へ繋がったままのように。


そして循環した力は、今度は草や実へ少しずつ戻っていく。


植物からすれば、絶えず栄養を与えられ続けているような状態なのだ。


そのため、草や実は鮮度を保ち、腐りにくくなる。


ある意味では、魔物が存在することで、この世界の自然は生き続けているのかもしれなかった。


即席で使うだけなら、草と実だけでも十分だった。


吊るされた即席の匂い袋から、独特の香りが静かに森へ広がっていく。


皆の意識はすっかり匂い袋へ向いており、誰もそれ以上、カイルの発言へ踏み込もうとはしなかった。


エルマーは内心で胸を撫で下ろす。


その匂いが濃くなるほど、先ほどまで聞こえていた夜鳥や虫の音も次第に遠のき、森の闇は不気味なほど静かになっていった。


カイルはその変化へ満足したように頷くと、今度は焚き火の端へ縮こまるように座っていた自警団の男たちへ近づいていく。


魔物が出るかもしれないと聞いた以上、せめて少しでも生き残れるようにしておきたかった。


「なぁ、その槍ちょっと見せてくれ」


気軽な調子で声をかけられ、自警団の男たちは最初こそ戸惑っていたが、カイルは気にした様子もなく次々と武器を受け取ると、眉をひそめ、商会護衛に砥石を借りる。


そしてその場へ腰を下ろし、槍や剣を研いでいく。


「刃、かなり死んでるな。こういうのは角度が大事なんだよ」


ぎり、ぎり、と。


夜の野営地へ、一定のリズムで研磨音が響く。


カイルの手つきには迷いがなかった。刃へ当てる角度も、力の抜き方も自然で、まるで長年やってきた職人のように滑らかだ。


焚き火の明かりを受け、鈍く曇っていた刃へ少しずつ光が戻っていく。


「うお……」


自警団の若い男が、思わず目を見開いた。


「すげぇ……全然違う……!」


気づけば、周囲の自警団員たちまで身を乗り出している。


「見ただけで、砥石かけた方がいいって分かるもんなんすか?」


「そりゃ分かる。これ、変な削れ方してるし」


カイルは軽い調子で答えながら、刃先を指で軽く弾いた。


澄んだ金属音が、小さく夜へ響く。


「このまま使うと、次魔物の骨に当たった時、下手すりゃ欠けるぞ」


「ま、マジか……アンタすげぇな」


思わず素の口調が漏れた若い男は、次の瞬間にはっとしたように口を押さえた。


「あ……いや、その、すみません……!」


貴族相手だということを、完全に忘れていた。


焚き火の周囲に、一瞬だけ気まずそうな空気が流れる。


だが、カイルは気にした様子もなく肩を竦めた。


「別にそのままでいいよ。そっちの方が話しやすいし」


街へ出入りすることの多いカイルにとって、妙に堅苦しく距離を取られる方が、むしろやりづらかった。


商人も職人も、腹を割って話す時は大抵こんな空気だったからだ。


そう言いながら砥石を持ち上げ、自警団の男へ軽く差し出す。


「ほら、こうやって研ぐんだ。刃へ当てる角度を固定して、流す感じ。押し付けすぎると逆に駄目になるからな。覚えとくといいぞ」


「あ、あぁ……!」


男は慌てて頷き、ぎこちなく真似を始める。


その様子を見た傭兵たちから笑い声が漏れた。


「おいおい、坊ちゃん、完全に鍛冶屋みてぇになってるぞ」


「剣の授業より熱入ってんじゃねぇか?」


「そっちの才能もありそうだなぁ」


そんな軽口に、カイルも普通に笑い返す。


気づけば、妙な緊張感は消えていた。


自警団も傭兵も商会護衛も、同じ焚き火を囲みながら好き勝手に話し始める。


そこには、本来ならあり得ない光景が広がっていた。


身分も立場も違う連中が、同じ火を囲み、同じ夜を越えようとしている。


そして、その輪の中心には、いつの間にかカイルがいた。


その時、自警団の若い男が、砥石を受け取りながら何気なく鼻を鳴らした。


「しかし、今作った袋、匂いが強ぇな」


吊るしたばかりの袋を見ながら、呟く。


隣にいた自警団員も頷いた。


「だな。でも、配られた直後のやつも、こんな感じじゃなかったか?」


「……ん?」


その言葉に、カイルの手が止まった。


砥石を動かしていた音が止まり、焚き火の火の爆ぜる音だけが小さく残る。


「配られた直後?」


カイルが顔を上げる。


自警団の男は、特に気にした様子もなく頷いた。


「おう。国から支給された時は、もっと匂いが強かったんだよ」


「定期交換されてるだろ?」


その問いに、自警団の者たちは揃ってぽかんとした顔をした。


「……交換?」


「いや、されたことねぇぞ?」


「最初にもらったままだな」


「もう五年くらい前か? それっきり、交換なんてしてない」


その瞬間、焚き火の前から、すっと音が消えたような気がした。


カイルの眉が、ぴくりと動く。


「……は?」


低い声だった。


先ほどまで傭兵たちと笑っていた時とは、明らかに違う。


ルークが横目でカイルを見る。


嫌な顔をしていた。


――金の匂いではない。


もっと厄介な、“腐った金”の臭いを嗅ぎつけた時の顔だった。


「おい……それ、本気で言ってるのか?」


張り詰めた声と同時に、焚き火の火が小さく爆ぜた。

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