第二話:畑と手紙
朝の仕事は、もう迷わなくなった。目覚めて、毛布を畳み、水場で顔を洗い、台所へ行く。椀は八つ。竃の火は、わたしが着く頃にはもう入っている。マダムの背中は、いつも同じ丸まり方をしている。
今日は畑の日だった。
朝食のあと、鍬と籠を持って裏の畑へ出る。畝は全部で三本。大根の畝、豆の畝、葱の畝。残りは休ませている土だった。休ませている畝にも草は生えるから、取る。生えては取る。それが畑というものだと、教わった。
指に土が入る。爪の間の黒ずみは、夜に洗っても落ちない。温室では、手はいつも白かった。白い手で、白い部屋にいて、白い盆の食事を取った。今のわたしの手は、土の色をしている。赤くて、硬くて、関節に小さな傷がいくつもある。
この手を、誰も褒めない。誰も咎めもしない。ただ、隣でミラが同じ色の手を動かしている。
「ろく、そっちの畝、終わったら水やってもらっていい?」
「うん」
「優しくね。苗の根っこ、驚くから」
驚く、という言い方を、この子はする。苗が驚く。鶏がご機嫌。風がいたずら。ミラの言葉には、生きていないものまで生きている。最初は変な言い方だと思った。今は少し違う。この子には、全部が生きて見えるのだ。
井戸から水を汲んで、じょうろに移す。じょうろの口から出る水は、弧を描いて畝に落ちる。土が水を飲む音がする。ごくごくと、喉を鳴らすような音。飲み切った土は、色が濃くなった。
それを見ていると、喉が渇いた。自分のことなのに、土に教えられた。畑仕事はそういうものかもしれない。身体のことが、土や苗の様子で分かる。
昼のあと、子供たちは縁側に集められた。週に二度の、字の時間だった。教えるのはマダムだ。木の板に炭で字を書いて、それを子供たちが砂の入った盆に指でなぞる。本はない。紙は高い。だから砂だ。
「今日は『木』だよ。立ってるものの字だ」
マダムの書く字は、太くて、少し曲がっている。子供たちが砂の上に指を走らせる。ミラの指は迷いがちで、フィンの指は乱暴で、五歳の子は木の字のつもりで自分の手のひらをなぞっていた。
わたしは、なぞるふりをする。
砂の上で、指を動かす。止めて、消して、また動かす。読めることは、見せない。書けることも、見せない。
温室では、字は道具だった。板の文字を読め、と言われれば読んだ。検査の器具の表示を読め、と言われれば読んだ。誰に教わったのかは、覚えていない。気づいた時には読めていた。読めることは、あそこでは何の褒められることでもない。番号の読めない道具は、道具として半分しか仕上がっていない、というだけのことだった。
ここでは違う。ここでは、読める子が読めないふりをする理由が、誰にも分からない。分からないものは、問われる。問われると、答えなければならない。答えるには、あの白い場所の話をしなければならない。
だから、なぞるふりをする。
「ろく、上手じゃん」
隣を覗き込んで、ミラが言った。砂の上には、消しかけの「木」が残っている。なぞるふりのつもりが、いちばん正しい形になっていた。
「……まぐれ」
「まぐれ、二回目も出る?」
答えに困って、砂を均した。全部消える。ミラは笑った。疑った顔ではなかった。疑わないで笑ってくれるのは、ありがたい。と思うと、胸の奥が少しだけ苦しくなった。何かを隠しているのは、わたしの方なのだ。字の時間の終わりに、ミラが手紙を書き始めた。
砂ではなく、本物の紙に書く。裏紙の、使える白い部分だけを切り取った、掌ほどの紙だった。宛先は、知っている。あの屋敷の、火の使い手の子。時折、配達の途中の人に託して届けているらしい。
「『げんきですか』……『か』って、こうだっけ」
炭棒を持ったまま、ミラが首を傾げる。わたしは覗かなかった。覗けば、直したくなる。直せると知られれば、なぞるふりが崩れる。
「マダムに聞けばいいのに」
「ううん。手紙はね、自分ので書きたいの」
自分の、というところに、小さく力が籠もっていた。理由は分からなかった。分からないけれど、その力の入り方には、見覚えがあった。大事なものに触れる時の、手の強ばり方だ。
結局その日、手紙は三行で止まった。
「ねえ、ろく」
畑へ戻る途中、ミラが言った。
「手紙ってさ、届くまで、どこ通ってくんだろうね」
「……人の、手」
「うん。人の手、人の手。人の手で渡って、色々な所に着くんだよね。面白いよね。わたしの書いた字を、知らない人が運ぶんだよ」
面白い、と言う顔が、少し遠くを見ていた。書いた字が旅をする。読むのは、ひとりだけ。それを待つ間、字は誰のものでもない。
「早く読めるようになりたいな。全部の字」
「……なんで」
「迷わないで書きたいから。『げんきですか』のあと、たくさん書きたいことがあるの。畑のこと。鶏のこと。ろくが来たこと」
歩く足が、少しだけ遅れた。
ろくが来たこと、と、この子は言った。書きたいことの中に、わたしがいる。ここに来た時から、まだ何十と数えていない日数しか経っていないのに。
「……書いていいの」
「書くに決まってるじゃん!だって、ふえたんだよ!」
ふえた、という言葉が、あの朝の両手いっぱいの「はち!」と重なった。この子たちにとって、増えることは、書き残すほどのことなのだ。
夕食の支度を手伝いながら、窓の外を見た。
畑が、夕日で赤くなっていた。朝に水をやった畝が、黒く濡れて光っている。明日も水をやる。明後日も。その次も。続けることが、ここでは許されている。同じ場所にいて、同じ畝に水をやる。昨日と同じ明日が来ることを、誰も疑わない。
わたしも、疑わないことにしている。
疑わない、というより、疑うと壊れそうな気がするのだ。壊れる、というのがどういうことかは、知っている。温室を出る時、何かが欠ける音がした。実際に聞こえたわけではない。でも、欠けた。欠けたものは、まだどこかに落ちている。畑に落ちていたわたしを拾ったように、誰かが拾ってくれるとは、思っていない。
夜。寝所の灯が消えて、寝息がひとつずつ増えていく。わたしは横になったまま、天井の梁を見ていた。闇の中の梁は、線のような影に過ぎない。その線を目で追っているうちに、意識が、するすると抜けていく。抜けた先は、いつもの場所だった。
誰かの夢の、入り口。扉のない、曇り硝子のような向こう側。今夜は近かった。隣の寝具の、あの小さい子の夢。
中に立つ。
畑があった。昼間の畑より、少し大きい。苗がみんな同じ高さで並んでいて、風もないのに、葉が揺れている。夢の中の小さい子は、畑の真ん中でじょうろを持っていた。じょうろから出る水が、空に向かって昇っていく。昇った水は雲になって、雲は鳥の形をしていた。
夢は、おかしい。おかしいまま、進んでいく。
わたしは、その端に立って、見ていた。近づきすぎないように。入り込みすぎないように。そう決めている。決めている、という自覚がどこから来るのかは、分からない。分からないけれど、越えてはいけない線があることだけは、身体が知っていた。
夢の中の子が、こちらを見た。見られた、と思った。でも、目は合わない。普段夢の中の人は、わたしを見ない。いつもそうだ。見ないで、笑っている。じょうろの水が、また昇っていく。
声は、聞こえない。
この場所には、声が届かない。笑っていても、叫んでいても、何も聞こえない。だから、声の代わりに、温かさだけが伝わってくる。この夢は、温かい。昼間の日差しと、粥と、誰かの手の温かさが、全部混ざっている。
いい夢だ、と思った。悪い夢というものもある。熱い夢。狭い夢。追いかけられる夢。そういう夢の前に立った夜は、わたしは、ただ端に立っている。何もできない。起こすことも、声をかけることも、できない。見ていることしか、できない。
見ていることしかできないことが、昔から、わたしの一番嫌いなことだった。
朝。隣の子が目を覚まして、布団の中で手足を伸ばした。
「……ゆうべね、とりになった夢、見た」
「へえ」
「とんでた。そら。……ろくも、とんでた?」
とんではいない。端に立っていた。それを言うことは、できない。できないので、わたしは少しだけ、首を傾げた。
「わからない。……たぶん、とんでた?」
嘘を、ついた。初めてではない。なぞるふりも、嘘だ。読めることを隠すのも、嘘だ。この場所で、わたしは、小さな嘘をいくつも重ねて生きている。重ねた嘘は、いつか大きくなる。大きくなった嘘は、いつか、誰かの足元に落ちる。
それでも、小さい子は満足そうに笑った。
「やっぱり!いっしょに、とんでた!」
毛布を畳む手が、一瞬だけ止まる。止めた手を、そのまま動かす。端を揃える。三つ折りにして、枕を上に載せる。台所から、粥の匂いが流れてきた。今日も、同じ朝が始まる。始まることが、どれほどのことか、わたしは少しだけ知っている。知っているから、椀を並べる手つきは、昨日より少しだけ、丁寧になる。
——八つ、並べた。




