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戦姫メイド  作者: 白彩
空っぽ
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エピローグ:帰還と音

ヴァルガス宰相との会見は、王宮の応接間で行われた。というより、呼び出された。十番を連れて塔を降りた翌朝、私の宿に王宮の使者が来ていた。使者は丁寧な言葉で、こう伝えた。


『宰相殿が、銀髪の方に、お会いしたいと』


銀髪の方、という呼び方が少し可笑しかった。だが断る理由はない。私は十番を連れて、王宮へ向かった。連れていくことに、使者は何も言わなかった。


応接間に通されると、白い顔の老男が一人で座っていた。噂通りの顔色だった。血色が悪いというより、色というものを最初から持っていないような白さ。その奥で、目だけがきらきらと動いていた。


「お嬢さんが、噂の」

「シエル、と申します。この国では、リラ、と名乗っていました」

「リラ。良い名だ。短くて、覚えやすい。我が国では、短い名は信用される」

「そうですか。では、リラで」

「ふむ。では、リラ殿。座りたまえ」


座った私の隣に、十番も座った。部屋の中をきょろきょろ見回している。その姿を、宰相は少し困った顔で見た。


「その子は」

「私が、預かっています」

「預かっている、か。ふむ。それは、組織との話し合いが必要になるな」

「話し合います。そのために、参りました」


宰相はゆっくりと茶を一口飲み、カップを置いた。置く音が、応接間に小さく響く。


「リラ殿。あなたを利用した事、そして危険な目に合わせたこと。それに申し訳ないと感じている。あなたは、我が国の王を殺していない」

「はい」

「殺したのは、私だ。これも率直に言おう。言ってしまえば、あとは話が早い」


言葉の通りだった。私は少し待ってから、聞いた。


「なぜ、それを、私に」

「なぜ、と聞くかね。普通は剣を抜くものだ」

「剣は抜きません。抜く前に、聞くべきことがあります」

「聞くべきこと。いいだろう。聞きたまえ」


私は隣の十番を一度だけ見てから、宰相に向き直った。


「あなたは組織と取引をしました。転移の術式と、音の術者を借りた。対価は、何ですか」

「対価。対価は、なんだと思う」

「私の、測定データではないのですか」

「違う」


驚いた。何も隠さずに堂々と答えてきた。私は次の言葉を待つことにする。


「対価は、この国の南の港だ。組織は港を欲している。港を使って、『温室』を動かすつもりだ。動かす先は、南のさらに南。海の向こうだ」

「海の向こう」

「ああ。リラ殿。あなたが測られたのは事実だ。だがそれは、組織の主目的ではない。主目的は、あなたという個体が、どこまで通用するか、だ」

「通用、とは」

「分からん。だが組織は、あなたを壊したくないようだ。壊したくないということは、使いたいということだ。使う先は、海の向こうかもしれん」


海の向こう。

その言葉を噛んでいる間に、宰相はもう一口茶を飲み、少し疲れた顔をした。


「リラ殿。私は王を殺した。理由は、この国を守るためだ。王は組織に国を売ろうとしていた。売られる前に、私が殺した。それだけの話だ」

「それだけの話、ですか」

「それだけの話だ。善悪は、あとで誰かが決める。私は決めない。決めない代わりに、これを渡そう」


宰相は懐から、小さな金属片を取り出した。掌の半分ほどの大きさで、表面に細かい紋様が刻まれている。見覚えのある紋様だった。転移の術式の一部だ。


「これは」

「転移術式の断片だ。これだけでは動かない。だが、あなたの国の術師が調べれば、防ぐ方法くらいは見つかるだろう。持っていきなさい。そして、組織が企んでいることに予防線を張るんだ。私は加害者ではあるが、それは仕方のなかったことで、本意ではないことを理解してほしい」

「よろしいのですか」

「よくない。だが渡す。あなたに少しの貸しを作るためだ。貸しは、いつか返してもらう。返す時は、この国がもう少しまともになっている時に」


金属片は、ひんやりと冷たかった。宰相は両手で包んで、深く頭を下げた。


「ありがとうございます。必ず、返します」

「返すものを、返す時まで覚えていなさい。それだけだ」


頭を上げると、宰相はもう窓の外を見ていた。白いままの顔で、老男は最後にこう言った。


「リラ殿。あなたの名は、シエル、だったな」

「はい」

「その名は、この国の古い言葉で、『空っぽ』という意味だ。知っていたか」

「はい。知っています。知っていますが、今は、もう」

「もう、何だ」

「空っぽでは、ありません。半分くらい、入っています」


宰相は、初めて笑った。その顔は、少しだけ白くなかった。


「行きなさい。あなたの、帰る場所へ」


帰りの術式は、王宮の地下に用意されていた。転移の門だ。倉庫のものより小さい。その前で、術師の老女が待っていた。


「片道です。戻りの門は、向こうにはありません。よろしいですね」

「はい」

「その子も連れていくのですか」

「はい。連れていきます」

「その子、刻印は残っているかい。残っていると、門が拒むことがある」

「刻印、ですか。私には、分かりません」

「あんたには関係ないよ。あんたは番号じゃない。番号以前の個体に、刻印は入っていない。問題は、その子だけだ」


十番が自分の右腕を見た。刻印の類いは、見当たらない。


「あーし、そんなの、付いてるっけ」

「分からないなら、触れて確かめるしかないね。来な」


老女に手を引かれて、十番が門の脇へ歩いていく。確かめるのに、少し時間がかかった。かかった時間のあと、老女はこちらを振り返った。


「大丈夫だ。この子は、通れる」


刻印がなかったのか、あっても反応しなかったのか。そこまでは、教えてもらえなかった。


「十番。手を」

「ん」


冷たい手を握って、門の前に立った。門がゆっくり光り始める。その中で、十番が私の顔を見上げた。


「リラ。あーし、ちょっと、怖い」

「怖いですか」

「うん。でも、リラと一緒なら、まあ、いいか」

「はい。一緒です。あと向こうでは私のことはレイラ、もしくはシエルと呼ぶように」

「お姉ちゃんでいいや!」


満面の笑みと明るい口調が妙にシュピと被った。そして光が強くなった。握った手を少し強く握ると、少しだけ握り返してくる。その感触を確かめながら、目を閉じた。


光が収まった——草の匂いがした。草と夜露と、かすかに煙の匂い。煙は厨房の煙だ。つまり、ここは、あの庭。


「お姉ちゃん。ここ、どこ」

「私の、帰る場所です」

「帰る場所。へえ。いい匂い」


十番は草の上にぺたんと座り、空を見上げた。星がちらほら出ている。


「音が、いっぱい」

「いっぱい、ですか」

「うん。風の音。虫の音。遠くで、誰か笑ってる。あーしの中の音と違う音。違う音がいっぱい。いっぱいで、あーし、ちょっと、嬉しい」


嬉しい。この子がその言葉を使うのを、私は初めて聞いた。どこまで意味を分かっているのかは分からない。でも、分からないままでもいいと思った。

庭の向こうを見る。屋敷の灯りが点いていた。書斎の窓が明るい。向こうに誰かいる。たぶん、書類をめくっている。その音が、ここまで聞こえる気がした。


少しだけ笑って、十番の手を引いた。


「行きます。皆が、待っています」

「うん。ねえ、お姉ちゃん。あーし、その」

「はい」

「ありがと」


ぎこちない言葉だった。ぎこちないまま受け取って、私も少しぎこちなく答えた。


「どういたしまして」


初めて出た言葉にモヤモヤが掛かるが、二人で屋敷に向かって歩き始める。足音が、庭の草を二人分鳴らした。その先で、玄関の扉が開いた。トムが顔を出して、私を見て、目を見開いた——


「——レイラさん!」


声が屋敷中に響く。廊下の向こうから足音がいくつも近づいてくる。その中に、小さな駆ける足音が混ざっていた。階段を駆け降りてきたシュピが、ホールに飛び出して、私を見て立ち止まり、大きく息を吸った。


「お姉ちゃん!」


走ってきたシュピに抱きつかれて、少しよろめいた。後ろから十番が支えてくれる。

その時だった。

抱きついたままの私越しに、シュピの目が、十番の顔を捉えた。捉えた目が、見開かれる。走ってきた勢いが、その場で止まった。


「五番」


十番が先に言った。私の後ろから顔を出して、シュピを見ている。


「あー、やっぱり。五番だ。生きてたんだ」

「十番。なんで、お前が、ここに」

「お姉ちゃんが拾ってきた。あーしのこと」

「拾ってきた。お姉ちゃんが、十番を?」

「うん。いいの?」


いいの、と聞かれて、シュピは少し黙った。黙って、十番を見ている。その顔は、喜びとも警戒ともつかなかった。やがて、シュピは小さく鼻を鳴らした。


「別に。いいけど。けど、お姉ちゃんは、僕のお姉ちゃんだから」

「えー、あーしのお姉ちゃんでもあるよ。ね、レイラ!」

「二人の、お姉ちゃん、です」


そう答えるしかなかった。答えた途端、シュピがふくれて、十番が笑った。

書斎の方から、ノエル様の声が響いてきた。


「シエル!無事か!」

「はい。ノエル様。ただいま、戻りました」

「戻ったか。戻ったならいい。いいが、その、隣の子供はなんだ」

「拾ってきました」

「拾ってきた。お前、それ、師匠の口癖だぞ」

「はい。教わりました」


ノエル様は階段の上から、私、十番、シュピを順番に見て、頭を一度掻いた。


「分かった。分かったから、まず入れ。入って、飯にしよう。トム、厨房、頼む」

「は、はい!」


トムが厨房へ駆けていき、すぐに鍋の音が聞こえ始めた。いつもの夜の音だった。



 玄関の戸を閉める。向こうで、庭の草が風に鳴っていた。その音を最後に一度だけ聞いてから、屋敷の中に入った。中は温かかった。シュピが十番に、温室の頃のことを聞いている。「お前、六番と仲良かった?」「んー、普通」「ふーん」。聞き取れるのはそこまでで、あとは二人の声が低くなって、代わりに十番の笑い声だけが時々響いた。


帰ってきた。ということは、また出られるということだ。出られる日がいつか来る。その日まで、ここで待つ。待つことは、悪くない。シュピと十番の後ろを、ゆっくり歩いた。食堂からはいつもの匂いが漂っていて、その中に、少しだけ焦げたパンの香りを見つけた。


小さく笑って、私は家に帰った。

ご拝読いただきありがとうございました。

長いようで短い5章が完結です。


次回から平和な回にしたいなと思っています(どうなるかは分かりませんが)。

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