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戦姫メイド  作者: 白彩
空っぽ
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第八話:黒幕の輪郭

 調査は、革靴から始めた。火傷の男の行き先は、案外すぐに分かった。裏市から程近い役人宿に入っていくのを、二日続けて見たからだ。王宮に出入りする下級役人の泊まる古い宿。門番はおらず、代わりに宿の婆さんが煙管をくわえて入口に座っている。


私は銀貨を一枚、見せた。


「火傷の男について、聞きたいことがあります」

「火傷、ね」


老婆は煙管を灰皿で二度落とし、銀貨を眺めた。眺めるだけで、取らなかった。


「あの人、ハンスっていうよ。王宮の書記さ。昔は錬金術師の助手だったって話で、その火傷はその頃のだろう」

「どういう仕事をしている人ですか」

「書類を運ぶのさ。王宮と、港の倉庫と、あとは夜の賭場にね」

「港の倉庫」

「ああ。北岸の倉庫街だ。表向きは交易品の管理。でもね、嬢ちゃん」


老婆は声を落とした。私はもう一枚、銀貨を足した。情報自体に価値があったのもそうであるが、この老婆は情報の使い方を上手く理解しているようだった。なので、私はその言葉が打ち切られようとする前に牽制する。


「よく分かってるね。嬢ちゃん……あそこの倉庫には、夜、変な客が出入りする。この国の者じゃない客だ。言葉が違う。一度だけ聞いたことがある。『温室』、とかなんとか」


温室。

その言葉を聞いた時、いくつかの点が線になった。


「その倉庫に、案内していただけますか」

「案内はできないよ。足が悪くてね。だが、地図は描いてやる」


老婆は煙草の箱の裏に、炭で地図を描いてくれた。描きながら、付け足した。


「嬢ちゃん。あんまり深くは入るなよ。あそこはこの街の、裏の裏だ。帰ってこない人もいる」

「心得ています」

「心得てるならいい。あと飯は、ちゃんと食べな」



 夜、北岸の倉庫街に降りた。潮の匂いがする。その向こうに、明かりのない倉庫がずらりと並んでいた。その中で一棟だけ、扉の隙間から光が漏れている。青白い光だった。あの庭の術式と同じ色だ。近づく前に、血の糸を張った。

糸は倉庫の壁を這い、内部の構造を伝えてくる。奇妙だった。倉庫なのに荷物がない。代わりに、床の中央に大きな円が刻まれている。幾重にも重なった円の中心から、血のような色の筋が伸びていた。


これは転移の術式。門だ。門の周囲に人影が三つ。一つは革靴の男、ハンス。座り込んで書類を広げている。もう一人が、それを読み上げていた。


「次の個体、十二番の準備は」

「まだ早い。十番の測定が終わっていない」


答えた声に見覚えはなかった。だが言葉には覚えがある。十番の測定。私は、測られている途中だ。

三人目の人影が動いた。背が高く、声は低い。


「宰相殿が気にしている。『戦姫の値踏みに、何日かける』とな」

「伝えてくれ。測定は術者の意思に任せるしかない、と。十番は、ああいう個体だ」

「分かった。ところで、五番の件だが」


五番。


その番号が出た瞬間、私の指先が勝手に力んだ。糸が微かに揺れて、私はすぐに制した。


「五番は保留だ。あの南の屋敷は堅い。だから戦姫をここに呼び出したのだろう?先に戦姫のデータを完成させろ。それが取引の柱になる」

「国王の始末は、これでよかったのか」

「あれは宰相の手柄だ。我々は術式と個体を貸しただけだ。貸したものの使い道に、口は出さん」


笑いが、低く重なった。

私は糸を引きながら、聞いた言葉を順に並べた。


国王を殺したのはヴァルガス宰相。組織は術式と十番を貸した。対価は、私の測定データ。つまり私は、この街に呼ばれたのではない。売られたのだ。商品として、値踏みされに。


そして、五番——シュピは、まだ狙われている。

並べ終えた時、腹の底に、静かなものが溜まっていた。この感情は明確に認識している——『怒り』だ。だけれど、どのように行動するかについては、あとで考える。今は、ここを離れることが先だ。


離れようとして、気配が変わった。倉庫の扉が、内側から開く。


「——お客さんだ。聞き耳かい?」


ハンスではない。背の高い男の声だった。声の主が、こちらの闇を、まっすぐ見ている。


気づかれていた。走った。糸を収束させながら、倉庫街の路地へ飛び込む。後ろで、男が何かを合図した。合図の意味は分からない。分からないまま、夜の埠頭を駆けた。


振り返ると、倉庫の光が、一度だけ強くなって、消えた。


追ってくる気配はなかった。追う必要がないと判断されたのか、それとも、私が聞いたことを、先方も欲しかったのか。どちらにしても、今夜の収穫は大きい。大きすぎるほどに。


それから宿に戻って、藁の寝床に座り込んだ。

座り込んでから、手が少し震えているのに気づいた。震えの理由を、急いで探さなかった。探さずに、まず水を飲み、傷の様子を確かめ、血の残量を数えた。

数え終わってから、ノート代わりの紙切れに、今夜のことを書いた。字は、暗がりでも書ける。教わったのは師匠だ。師匠は言っていた。戦場では、暗がりで書けない手紙に価値はない、と。


書き終えて、紙を眺める。


ヴァルガス宰相。国王暗殺の実行。組織への術式の貸与。十番は実験の駒。私は測定対象。シュピは保留中の獲物。全部、線で繋がった。繋がった線の先に、あの白い顔の老男がいる。

明日、十番に会う。会った時、何を言うべきか。あの子は、自分が駒だと知っているのか。知っていて笑っているのか。それとも。考えが少し走りそうになって、私は紙を畳んだ。畳んで、枕の下に入れた。


明日の夕方、西の塔で、十番が待っている。待っている子に、私は、剣を鳴らす約束をしている。剣を鳴らすこと。それが今の私にできる、一番確かなことだった。

確かなことを、確かめるために、私は目を閉じた。閉じた目の裏に、倉庫の青白い光が残っていた。残った光を、消そうとは思わなかった。消さずに、眠った。

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