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戦姫メイド  作者: 白彩
空っぽ
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第七話:沈黙の街

翌朝、私は街の音で目覚めた。戸の開く音。水を撒く音。商人の呼び声。この街の朝は、エステル領より、ずっと騒がしい。騒がしい音の中に、あの子の気配は、なかった。

昨日の夕方、塔の中で奪われた音。あの無音は、あの子の術の中だけのものだ。街は、何も知らない。知らないまま、今日も、動いている。


宿の裏の水場で顔を洗った。水は冷たかった。顔を上げると、城壁の向こうに、王宮の白い塔が見える。その塔の下に、今朝も人だかりがあった。一昨日より、ずっと大きな人だかりだ。

近づいてみると、人混みの中心で、誰かが演説をしていた。


「国王陛下のご無念を、我らは決して忘れない! 銀髪の魔女を、この街から追い出すのだ!」


魔女、と言われた。頭巾の下で、少しだけ目を細める。演説する男は立派な服を着ていた。庶民の着るものではない。雇われた者の服だと、私は思った。演説は、昨日も見ている。一昨日も、違う場所で似たような声を聞いた。日ごとに増えている。増えるということは、誰かが、増やしている。


中心には、例の貼り紙。一昨日は一枚だったそれが、今は何枚も重ねて貼られている。重なった紙の端が、朝風にぱたぱたと鳴っていた。見ているだけでは、何も変わらない。私は荷をまとめて、その場を離れた。



 状況は、歩きながら整えることにした。私は国王暗殺の下手人として追われている。殺していない。だが街は私を探している。そして、街を動かしている声がある。あの演説のような、金のかかった声だ。

声の主は、まだ分からない。分かっているのは、一つの名前だけだ。ヴァルガス宰相。顔の白い老男。国王が殺された夜、銀髪の女を「見た」と言った、唯一の目撃者。


目撃者が一人しかいないということは、その目撃が作り物である可能性が高い。そこまでは、誰でも考える。だが、本当にそうなのかは、まだ分からない。あの夜の塔で、私は別の術者と戦っていた。衛兵二人が傷なく気絶させられていたという話とも、辻褄は合う。合うが、合うだけだ。証拠は、どこにもない。


証拠を探すなら、王宮の西の塔。あの夜、私が戦った場所の、もう一つの顔があるはずだ。


考えているうちに、市場の裏道に出ていた。

目的は薬草だ。あの薬の残りはある。だが、あれは十番の差し入れで、あれに頼り続けるのは気が引ける。自分で調達する。調達するなら、行商の裏市だ。表に出せないものを売る市には、時々、本物が混ざっている。


裏市は、埠頭の近くの、物干し場の裏にあった。

正確には「ある」と分かる場所だ。数人の男たちが、何も売っていないふりをして立っている。足元には、小さな包みが散らばっていた。


「何か、お探しで」


声をかけてきたのは、年配の女だった。果物を売るふりをしているが、籠の中身は全部傷んでいた。傷んだ果物は看板で、その下で本当の商売が行われている。


「薬草を。血を、作る薬草を」

「血を作る、ね。珍しいもんをお探しだ。あることは、ある」

「おいくらですか」

「金貨、三枚」

「高いですね」

「高いよ。だが、ここ以外じゃ、もっと高い。街中が、今、薬草に敏感でね。傷の多い時期は、薬も上がる」


金貨三枚は、持ち合わせの半分だった。切るかどうか、少し考える。だが、夜の約束がある。約束には血が要る。要るものは、買う。


「分かりました」

「買うのかい」

「はい」


女は籠の底から、小さな束を取り出した。乾燥した赤い草。見覚えがあった。


「これは、良いものです」

「分かるのかい。分かる人には、安くしなきゃね。金貨、二枚でいい」

「ありがとうございます」

「礼はいいよ。ただ、嬢ちゃん。一つだけ、聞いてもいいかい」

「はい」

「その髪。本当は、何色だい」


少しだけ、間を置いた。女の目は、疑っている目ではなかった。ただ、知りたそうにしていた。


「銀です」

「そうかい。銀か。綺麗な色だろうね。街は今、銀を探してる。でもね、嬢ちゃん。探してる街と、探されてる人は、違うもんだよ。その頭巾、もう少し深く被りな」


女は果物の籠を抱え直すと、籠の底からもう一つ、小包を出して私の手に乗せた。


「おまけだ。干し葡萄。血を作る薬は、単体じゃ効きが悪い。甘いものと一緒に、取りな」

「ありがとうございます。あの——なぜ」

「なぜ、助けるのか、ってかい。嬢ちゃん、あたしはね、果物が傷んでる時、どうするか知ってるかい。傷んでるところだけ、切り取って、食べるんだよ。街が腐ってる時も、同じさ。腐ってるところに、全部を任せるわけにはいかない。そういうもんだ」


その言葉を、私は胸にしまって、深く頭を下げた。頭の先で、女がくすくすと笑っていた。



 午後は、街の様子をもう一度確認した。下町をゆっくり歩く。午前より、さらに熱っぽかった。あちこちで小さな演説が行われている。内容はどれも似通っていた。


『銀髪の魔女』『王宮の裏切り者』『賞金は誰の手に』。


似通っているということは、どこかから指示が出ている。


酒場の裏の賭博場の前で、男たちが小銭を受け取っていた。演説の手当だ。金を配っている男を、遠くから観察する。商人の格好だが、靴が違った。上等な革靴。あれは商人の靴ではない。役人の靴だ。それに、右手の甲に古い火傷がある。

火傷は職業を物語る。書記か、錬金術の助手か。どちらにせよ、王宮に出入りする者の痕だ。


それ以上近づくと、頭巾の下を見られる。私は離れた。靴と指輪と火傷。三つは覚えた。いつか役に立つ。



 夕方、西の塔へ向かった。途中、パン屋の前を通ると、マーヤが閉店の支度をしていた。私を見つけて、手を挙げる。


「リラさん!」

「マーヤ。こんばんは」

「もう夕方だよ。……ねえ、頭巾、似合ってる」

「ありがとうございます。おかげさまで」

「おかげさまで、じゃないよ。今日、街、すごい騒ぎだから。リラさん、気をつけてね。髪、銀じゃなくても、雰囲気で分かる人もいるから」


雰囲気、という言葉が、少し胸に残った。


「マーヤ。今夜、遅くなります。遅くなりますが、戻ります」

「戻るって、どこに」

「あの宿に。荷物を、置いてきていますので」

「荷物。……あー。リラさんの荷物って、剣だけだもんね。ねえ、今度、ちゃんとした宿、紹介するよ。うちの知り合いのとこ」

「お願いします」

「うん。じゃあ、気をつけて。あ、そうだ。これ、おやつ」


差し出されたのは、紙に包まれたパンの切れ端。焦げ目がついていた。それを見て、少しだけ笑った。


「焦げてます」

「焦げてるのが、うまいんだよ。うちのは」

「いただきます」


歩きながら齧る。焦げの香りが良かった。この香りで、トムを思い出した。今頃、厨房に立っているだろう。その姿を思い浮かべながら、もう一口齧った。


今日も塔の階段を上がる。広場には誰もいなかった。ただ、中央に、小さな影が一つ。夕日を背にして、足をぶらぶらさせている。


「おそーい。待ったよ、リラ」

「待たせました。すみません」

「ううん、いいよ。あーしも、さっき来たとこ。ねえ、今日は、鳴らせる?」

「分かりません。分かりませんが、昨日よりは、近い気がします」

「近い気がする。いいね、それ。あーしもね、昨日の夜、考えたの。考えるの、苦手だけど、考えた。リラの剣、鳴らす方法」

「方法を」

「うん。あーしの術と、リラの血、合わせたら、鳴るかも。合わせるって、どういうことかは、分かんないけど。分かんないけど、やってみようよ。ね?」


十番は立ち上がって、こちらを見た。その目は、昨日とは少し違う。敵の目ではなかった。敵ではない目で、この子は、私の剣を待っていた。


私は剣に手を置いた。答えたくなった気持ちを、押さえなかった。


「やってみます。一緒に」

「うん!」


夕日の中で、十番の笑い声が響いた。昨日とは、少しだけ違って聞こえた。その理由を、私はまだ言葉にできない。できないまま、剣を抜いた。

抜いた剣の先で、夕日が、一筋、光っていた——

ご拝読ありがとうございました。

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