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戦姫メイド  作者: 白彩
近づく足音
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21/53

第九話:嬉しい、という言葉

一つの指標である。500PVに到達しました!

一ヶ月でこれるとは思っていませんでしたが、本当に嬉しいです。


一応、四章の終わりまでは、毎日投稿を継続することが決まっていますので応援のほどよろしくお願いします!

朝から、離れの窓の外に、見知らぬ小箱が置かれていた。


「シエルさん、これ、朝一で届いたんですけど……」


トムが、木箱を抱えて台所に入ってきた。差出人の名は書かれていない。ただ、包み紙の端に、拙い字で「エステルけの人へ」とだけあった。


「孤児院からでしょうか」

「たぶん。……あそこの子供たち、字、まだあやふやなんで」


開けると、中には、干し草で編んだ小さな籠が三つ、それぞれに木の実が詰められていた。編み目は粗く、ところどころほつれている。手紙も一枚、入っていた。


『このまえは あめありがとう。またきてね。ミラ』


蜜、と書くべきところを「あめ」と間違えている。訂正するべきかどうか迷って、結局、そのまま受け取ることにした。訂正して意味のある間違いではなかった。


「可愛らしいですね」

「はい。……行けないの、伝えてないんですけど、大丈夫でしょうか」

「後で、手紙を書きます」


外出を控えている今、孤児院を訪ねることはできない。だが、手紙なら出せる。箱を厨房の棚に置き、朝の支度に戻った。六時十五分。かまどの火は、ノエル様が既に灯していた。記録は、この数日、十四秒あたりで安定している。速さより安定を優先し始めたらしい。


「シエル、今日のミラちゃんからの荷物、見たか」

「見ました。木の実が入っていました」

「あの子供たち、律儀だな。……返礼、何がいいと思う」

「蜜煮の作り方を、簡単に書いた紙はいかがですか。子供でも作れる分量で」

「いいな、それ。トムに手伝わせよう」


制限のある生活の中でも、屋敷は少しずつ、日常のやり方を見つけ始めていた。窮屈さを、窮屈なままにしない工夫が、あちこちに生まれていた。



 昼は、離れでシュピの訓練があった。先日に引き続き火を継続させるための訓練である。


「お姉ちゃん、今日こそ三十秒、いくよ」

「見ています」


手のひらの上、小さな火が灯る。シュピの表情が、いつもより真剣だった。十秒、二十秒、二十五秒。私は数えながら、これまでの記録を思い出していた。二十八秒で消えた日が、何度もあった。


二十八秒を超えた。


シュピの眉が、僅かに動いた。集中が乱れかけたのが分かった。だが、消えなかった。二十九秒、三十秒。


「——いった!」


声を上げた瞬間、火が消えた。三十一秒だった。


「シュピ、やりましたね」

「やった!やった、やった!」


シュピは両手を上げて、その場で跳ねた。子供らしい喜び方だった。普段の落ち着いた物言いとは違う、年相応の姿だった。


「見た?お姉ちゃん、ちゃんと見た?」

「見ました。三十一秒です。目標達成です」

「うおおおお、やっと、やっと超えた!」


その喜びようを見ていると、こちらまで頬が緩んだ。緩んだことに、自分で気づいて、少し驚いた。


「お姉ちゃんも、笑ってる」

「笑っていますか」

「うん、珍しい」


珍しい、と言われて、自分の顔に触れてみた。確かに、口角が上がっている感触があった。いつからそうなっていたのか、分からなかった。


「これ、ご主人様に報告しなきゃ」

「はい。喜ぶと思います」

「お姉ちゃんも、一緒に来て」

「行きます」


二人で母屋に向かうと、ノエル様は書斎で書類と格闘していた。


「ノエル様、聞いてください! 三十一秒、いきました!」

「本当か!」


ノエル様は椅子から立ち上がり、シュピの肩を掴んだ。興奮のあまり、シュピはいつもノエル様をご主人様と呼ぶのに、呼称で呼んでいた。


「やったな!やったじゃないか!」

「はい! ノエル様の火起こしの記録、僕、そろそろ抜くかもしれません」

「おいおい、それは別の話だろ。俺は継続と別で、着火の速さで勝負してるんだからな」

「言い訳っぽいです」

「言い訳じゃない、区分の違いだ」


二人のやり取りに、私は少しだけ、口元を緩めたまま立っていた。この光景を、単純に良い光景だと思った。良い、という言葉の軽さが、今は不思議と気にならなかった。


 

 夕方、厨房でトムと蜜煮の仕込みをしていると、ノエル様が顔を出した。


「シエル、ちょっといいか」

「はい」

「今夜、少し早めに切り上げてほしい。夕食の後、話がある」

「何か、ありましたか」

「悪い話じゃない。……というか、いい話だ。詳しくは、後で」


含みのある言い方だったが、それ以上は聞かなかった。夕食の支度を進め、いつも通りの時間に、いつも通りの料理を並べた。ただ、蜜煮だけは、いつもより一瓶多く出した。


 

 夕食の席には、シュピも呼ばれていた。制限期間中、離れで食べることが多かったが、今夜は特別だったらしい。


「今日は、皆で食べよう」


ノエル様の一言で、四人が食卓を囲んだ。使用人が主人と同じ食卓につくことは、本来なら異例だ。だが、この屋敷では、既にそういう異例が、いくつも積み重なっている。


「実は」


食事の途中、ノエル様が切り出した。


「今日、詰め所から連絡があった。……先日の襲撃、街道の痕跡を調べていた件、進展があったらしい」

「進展、というと」

「増援が逃げた方角に、馬車の轍が見つかった。北へ向かっていた形跡だ。……これで、組織の拠点が北方面にある可能性が、少し高まった」

「まだ、確定ではないのですね」

「ああ。だが、手がかりが増えたのは事実だ」


情報としては、まだ断片的だった。だが、闇雲に警戒するだけの状態から、一歩前に進んだことは確かだった。


「それと、もう一つ」


ノエル様は、少し表情を緩めた。


「お前たちに、伝えておきたいことがある。今回の襲撃で、シエルの働きがなければ、被害はもっと大きかった。……それは、みんな分かってると思うが、改めて、ちゃんと言葉にしておきたかった」

「ノエル様」

「聞け。シエル、お前がいたから、シュピは無事だった。俺も無事だった。屋敷の被害も、最小限で済んだ。……ありがとう」


その一言に、私は、すぐに返す言葉を見つけられなかった。任務として当然のことをしただけだ、と言おうとして、口を閉じた。当然のこと、という言い方が、今は正確ではない気がした。


「トムも、良く迅速に詰め所に報告してくれた。あれがなければ、対応がもっと遅れてた」

「い、いえ、俺は、当然のことを」

「当然のことを、ちゃんとやるのが、一番難しいんだよ」


トムは、耳まで赤くして俯いた。


「それと、シュピ」

「僕?」

「離れで、ちゃんと隠れて、無事でいてくれた。それだけで、十分だった。よくやった」

「僕、何もしてないよ」

「何もしないのが、正解の時もある。今回は、それだった」


シュピは、少し不思議そうな顔をしたが、それ以上は言わなかった。


「それで、これは、大したものじゃないんだが」


ノエル様は、席を立ち、棚から小さな包みを持ってきた。私に差し出す。


「シエル、開けてみろ」

「これは」

「開けてから聞け」


包みを解くと、中から、小さな革の鞘飾りが出てきた。剣の鞘に取り付ける、装飾用の金具だ。実用的なものではない。ただ、細かい細工が施されていて、丁寧に作られたものだと分かった。


「街の職人に、頼んで作らせた。……お前、剣は大事にしてるのに、鞘は随分と質素だったからな」

「これを、私に」

「他に誰がいる」


私は、その金具を、しばらく見つめていた。剣の実用性には、何の影響もない品だった。あってもなくても、戦闘には関係がない。それでも、手のひらの上のそれは、これまで受け取ったどんな道具とも、違う重さを持っていた。


「……ありがとう、ございます」


声が、いつもより少し小さくなった。


「気に入ったか」

「はい」


短く答えた。それ以上、言葉が出てこなかった。その様子を見ていたシュピが、隣で、にやにやと笑っていた。


「お姉ちゃん、顔、赤い」

「赤くありません。表情の管理は怠っていないつもりですが」

「赤いよ。ねえトムさん、赤いよね」

「あ、えっと……ちょっと、赤いかもしれないです」

「三人がかりで、からかわないでください」


言いながら、自分の頬に触れた。確かに、熱を持っている気がした。

食事が終わり、片付けを済ませた後、自室に戻る前に、もう一度、鞘飾りを取り出して眺めた。丁寧な細工の一つ一つを、指でなぞる。


この感覚に、名前をつけるとすれば。


海馬の棚上に置いてある「面白い」「悔しい」とは、明らかに違う質感の感情だった。もっと、温かく、もっと、単純で。単純だからこそ、名前をつけるのに、それほど時間はかからなかった。


嬉しい。


その言葉が、迷いなく浮かんだ。かつて、シュピが最初にこの言葉を使った時のことを、思い出した。あの時は、意味を理解するのに時間がかかった。今は、理解するより先に、体がその言葉を選んでいた。



自室で日誌を開く。


『本日の血液消費量:一滴。

用途:巡回の灯(補助)。


備考一:孤児院より、ミラという子供から木の実の贈り物。手紙に「あめありがとう」とあった。訂正しない。返礼に蜜煮の作り方を書いた紙を送る予定。


備考二:シュピ、火の継続時間、三十一秒を達成。目標であった三十秒を超えた。本人、非常に喜んでいた。年相応の喜び方だった。


備考三:街道の痕跡調査で、増援が北へ向かった形跡が見つかった。組織の拠点、北方面の可能性が高まる。


備考四:夕食の席にて、ノエル様より、先日の襲撃対応について感謝の言葉があった。トム、シュピにも、それぞれ言葉があった。


備考五:ノエル様より、鞘飾りを頂いた。実用性はない。細工は丁寧。


備考六:嬉しい、という感情を認識した。棚には置かない。この言葉だけは、置く前に、名前が分かった。』


筆を止めて、鞘飾りを、もう一度手に取った。灯りに透かすと、細工の陰影が、はっきりと浮かび上がった。剣に取り付けるかどうか、少し迷った。実戦で傷つけたくない気持ちと、実戦でこそ使いたい気持ちが、同時にあった。両方とも、本物だった。


結局、その夜は、鞘に取り付けないまま、机の上に置いておくことにした。明日、もう一度考える。

窓の外を見ると、離れの灯りが、まだ点いていた。今夜は、いつもより明るく見えた。三十一秒の余韻が、まだ続いているのかもしれない。

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