9.ヒロインってこんなんだっけ
新入生歓迎会の翌日昼。ラヴィニカはルカと共に生徒会室にいた。もちろんアルジェントは生徒会長席に座っている。
そしてこの場にはもうひとり、生徒会役員ではない人間がいた。
「お姉様! お姉様の好きな食べ物はなんですか?」
「好き嫌いはないわ」
「素敵です!」
真夏の海のように澄んだ眼と花のようなピンクブロンドの柔らかな髪。一挙手一投足全てに自然と吸い込まれてしまいそうな魅力がある。
「お姉様。どうかお姉様のお名前を教えてください!」
「そんなことしたら、あなた一生ついてくるでしょう」
ラヴィニカの真横を陣取ってピタリと身体を密着させるその少女は、ラヴィニカの苦々しい視線もものともせず満面の笑みを返した。
「では私の名前から! 私はフィオラ・ロゼッティーニと申します」
「そう。フィオラさんというのね」
「はい! フィオラです!……きゃっ、お姉様が名前を呼んでくださいましたっ」
フィオラはラヴィニカが名前を呼んだだけで心から嬉しそうに顔をほころばせる。
ラヴィニカはかれこれもう数十分以上こうしてフィオラに拘束されていた。
(まさか、ヒロインがこんな人だなんて)
ラヴィニカはため息をつきそうになるのをグッと堪えた。
『聖アカ』のヒロイン、フィオラ・ロゼッティーニ。
太陽をそのまま人にしたかのような人柄とヒロインらしく可憐なデザインから、多大な人気を得たキャラクターだ。
ゲームの中では人を思いやる心や、人を惹きつける生来の気質が着目されていたのだが……まさか、まさか、こんなにも押しが強い人間だなんて思わなかった。
昨日、うっかりアルジェントとフィオラの出会いイベントを奪い、ラヴィニカがフィオラを助けてしまった。まあ、それはいい。そこまでは、いい。
そこからが、どうにも理解しがたい展開だった。
助けた途端、フィオラはなぜか目を輝かせ、ラヴィニカを「お姉様」と呼んだ。
それからも、しつこくラヴィニカのことを質問攻めにしてくるので寮の部屋まで逃げ帰ったのだ。
そして今日、登校したら本校舎の入り口で待ち伏せしていたフィオラに捕まった。
生徒会室なら遠慮して入ってこないだろうと踏んだのに、堂々と一緒に入室して貼り付いてくる始末。
ラヴィニカは初めて出会ったタイプの人間に、完全に参ってしまっていた。
フィオラはラヴィニカの隣に座り、ラヴィニカの腕をがっしり握りしめてずいずいと詰め寄ってくる。
ラヴィニカが助けを求めようとルカに視線を送れば必死に視線をそらされる。
「……ルカ?」
「楽しそうですね、お嬢」
これはダメだ。
ならばアルジェントはというと、面白いものを見たと言いたげな顔で吹き出すのを堪えていた。
(あなた、メイン攻略対象よね?)
いよいよその事実を疑いたくなる。
良かった。と言えるのは、ヒロインがこの調子ならラヴィニカが破滅する未来はほど遠い、という点くらいだ。
(今は、それだけで満足しましょう)
ラヴィニカは腕にかかる重さを見て見ぬふりをしながら、そんなことを思った。
〇〇〇
フィオラと知り合い早数日。ラヴィニカは寮の自室でぐったりとソファにもたれていた。
王立アウローラ学園では、基本的には寮への入居が定められており、公爵令嬢たるラヴィニカも例に漏れない。
ただし、女子寮に男の、それも現役学生であるルカを従者として引き入れられたのは、一重に公爵家の権力あってのことだ。
ラヴィニカのぐったりした姿はめずらしい。
ルカはそっと自分の目元をぬぐって見せた。
「ああ、お嬢。おいたわしい……」
「ルカ、わざとらしいからやめなさい」
ラヴィニカの言葉に、ルカはこれっぽっちも涙が浮かんでいない瞳をぱちぱちと瞬いた。
そして、なにを思い出しているのか、斜め上を見上げる。
「でも、本当にすごい勢いですよね、フィオラちゃん」
「ええ。あれはもう、自然災害かなにかよ」
ここ最近、ラヴィニカは毎日のようにフィオラに突撃されては、付きまとわれている。
フィオラの顔を見ていない日は、今のところない。
「もしや、私を慕うフリをして隙を狙ってるのかしら」
「ありえませんね。フィオラちゃんは完全なる一般人です。そもそも隙ってなんですか、なんの隙ですか」
「もちろん、殺しの——」
「あーあー、聞こえないー」
フィオラが刺客である可能性を口にすると、即座にルカに否定されてしまった。
けれどラヴィニカの前世での経験上、自分にいい顔をして近寄ってきた連中はことごとく自分を殺しに来た奴らだったのだ。
ラヴィニカには、初対面で自分を慕う、という行動そのものが理解できないし信じられない。
「お嬢は変なところで自信がないですね。フィオラちゃんが素直に自分を慕ってくれてると、思わないんですか?」
「思わないわね」
「うっ、なんて悲しい人なんだ」
オヨヨ、と泣き真似をするルカを無視していれば、さっさと切り替えたルカがラヴィニカの乱れた髪を整え始める。
「それはそうと、こうなったら、作戦を変更するのはいかがでしょうか」
「作戦を……?」
「はい。今までは仲良くしようとしたり、出会いを妨害しようとしたりしていましたが、今度は殿下とフィオラちゃんを積極的にくっつける方向に動くんです」
ラヴィニカは、「題して、橋渡し大作戦」などと真顔で言い切るルカを見上げる。
「どうして? アルジェントとフィオラがくっつけば、私は婚約破棄される。婚約破棄されるということは、破滅するということでしょう」
ラヴィニカが眉間に皺を寄せると、ルカは分かっていないと首を振る。
「いいえ、お嬢。発想の転換です。私たちは破滅回避を目指しているのであって、婚約破棄回避を目指しているのではない。でしょう?」
「そうね」
「なら、むしろ積極的にくっつける橋渡し役を担い恩を売っておけば、ふたりがくっついても破滅させられないという算段です……今のフィオラちゃんを見ているとくっつくか怪しいですが」
ラヴィニカはルカの説明に納得し、鷹揚に首肯する。
「なるほど。キューピットになるのね」
「きゅーぴっと?」
ラヴィニカの頭の中では、頭上に輪が浮かび羽を生やした赤ちゃんの図が思い描かれた。
殺し屋とはほど遠い概念である。
(私が、死神ではなくて天使になるなんて)
別に天使になる訳ではないが、そこは置いておく。
とにもかくにも、ラヴィニカの中で破滅回避の道のりが見えてきた。
「なら、早速動きましょう。まずは」
まずは、どう動くか。
ラヴィニカの言葉を待つルカに向かって、心の底からの疑問を投げかける。
「まずは——なにをすればいいの?」
ラヴィニカとルカの新しい作戦——『橋渡し大作戦』は、こうして見事に出だしからコケた。




