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8.新入生歓迎会=ターゲットの確認

 シナリオ開始日の夜。

 ラヴィニカとルカは、新入生歓迎会の会場にいた。

 集まった生徒たちはみな、思い思いに歓談をしている。

 

「どういう風の吹き回しです? ヒロインちゃんのことは徹底的に回避するとおっしゃっていたはずですが」

「ターゲットの顔は見ておかないとでしょう」

る気満々なのやめてください」

 

 新入生歓迎会の会場である食堂の隅にて、ラヴィニカとルカは声をひそめて囁き合う。

 学内での夜会や舞踏会は大ホールで行われるのが常だが、新入生歓迎会がそれらよりも気軽な場であること、新入生の中にはまだ立ち居振る舞いに不安が残る人がいること、などが理由で食堂での開催である。

 ドレスコードも制服だったりと、堅苦しい場にならないよう徹底している。


(ヒロインは、もうこの場にいるのかしら)


 ラヴィニカは、学内の人が集まるイベントを回避できるだけ回避している。

 そんなラヴィニカが来たくもない新入生歓迎会に足を運んだ理由は、ヒロインの顔を確認することと、もうひとつ。

 

「それに、出会いイベントそのものを潰してしまえば、破滅の可能性が下がるでしょう」

「それは確かに」


 この新入生歓迎会こそが、アルジェントとヒロインの出会いイベントであることを思い出したからだった。

 ラヴィニカはそもそもアルジェントとヒロインを会わせなければいいのだ、と決めてこの場に来ている。

 不安な点があるかといえば、どうにも細かいシナリオが思い出せないことだ。「新入生歓迎会の時に出会った」ことだけは覚えているのだが、どういうシチュエーションで、どんなタイミングだったか、が思い出せない。

 ただ、いるだけで目立つアルジェントとヒロインのことだ。とりあえず歓迎会の会場にいれば見つかるだろうと踏んでいる。


「ルカ。ヒロインとアルジェントをそれとなく、自然に、離すわよ」

「はい。がんばりましょう」


 拳を握り返事をするルカは、いつもより溌剌としている気がする。

 ルカは普段からラヴィニカに付き合って、こういった場に出ていない。

 自分から出たいとも言わないので、てっきり自分と同じで人が集まる場が好きじゃないんだと思っていたのだけれど……。


「ねえ、ルカ。ルカはこういう集まり、好きなの?」

「へっ? どうしてですか」

「だって、普段より顔が明るい気がするんだもの」

「そっ……れは」


 ルカは気まずそうに視線をそらし、ほんのりと頬を染める。その顔はまるで、恥ずかしがっているようではないか。


(……ん? どうしたのかしら、あの顔)


 ラヴィニカはじぃっとルカの顔を見つめる。ルカはますます顔を隠そうとしてしまう。

 先にしびれを切らしたのは、ラヴィニカだ。ルカの袖をつかんで揺すってみる。


「ねえ、ルカ」

「……」

「ルカ」


 いつもと立場が逆である。

 しばらくラヴィニカが粘っていると、観念したルカが蚊の鳴くような声を絞り出す。


「だって……普通の夜会とか、って、僕、お嬢の傍にいられないじゃないですか」

「そうね」

「でも、学内の行事なら、僕も生徒だから参加できる、ので」


 ラヴィニカは目をパチクリと瞬く。

 予想外、というより、予想も出来ないような答えだった。

 ラヴィニカは心底不思議だ、という声音でルカに問う。


「それだけ、なの?」

「俺にとっては、それだけ、じゃないんですよ」


 その、言葉は、筆舌に尽くしがたい熱がこもっていた。

 ラヴィニカはルカの言い分を受けて、少しだけ記憶を探った。

 そういえば、何度か学内の夜会があるときに不審な動きを見せていたときがあった気がする。


「ルカは、私といっしょに夜会に出たかったの?」

「……はい」

「そう。なら今度から、出るようにしましょうか」

「……え!?」


 ルカは自分で出たいと言ったくせに、なぜだかひどく驚いたような顔をする。


「どうして驚いているの? 行きたいんでしょう?」

「た、確かにそうですが……でも、お嬢はお好きではないでしょう」

「でも、ルカが行きたいんでしょう?」


 ラヴィニカは、至極当然のことを言うように、ルカに告げる。


「ルカが行きたいなら、私は行っても良いわよ」

「……っ」


 その瞬間、ルカが顔をくしゃくしゃにして満面の笑みを浮かべる。


「……ありがとうございます。お嬢」

「……」


 その笑みは、完璧な従者とはほど遠かったが、なぜかラヴィニカの胸をほわほわと温かくした。


(こんなことで喜んでくれるなら、早く気づいてあげれば良かったわ)


 ラヴィニカが密かに反省していると、ルカが空気を変えるように声を上げる。


「あー、それにしても、遅いですね、ヒロインちゃん」

「そういえば、そうね」


 ラヴィニカはすっかり忘れていたヒロインの存在を思い出す。

 そういえば、歓迎会はすでに始まっているというのにヒロインの姿が一向に見えない。

 あたりはわいわいと盛り上がる生徒たちばかりで、人捜しに適した環境ではない、というのもあるけれど、それにしたっておかしい。

 軽くあたりを見回せば、アルジェントがいるのであろう一角は一目瞭然なのに、ヒロインらしき人影は見当たらなかった。


「お嬢、そろそろ部屋に戻りますか?」

「でも」

「ヒロインちゃんが来ないなら意味ありませんし、お嬢はこういうところ得意でないでしょう? 僕はもう十分堪能しましたから、戻っちゃいましょう」


 ラヴィニカはそう言われて、ずっと肩に力が入っていたことに気がつく。


「そうね。そうするわ」


 ここは、ルカの言葉に甘えよう。

 ラヴィニカはそう決めて、食堂の出入り口に足を向ける。


「ねえ、ルカ。よく寝られるミルクティーを淹れて欲しいのだけれど」

「かしこまりました、お嬢」


 ラヴィニカとルカは連れだって、食堂を後にした。


 〇〇〇


 食堂を出た先は二階建ての外回廊になっている。

 ラヴィニカとルカは、外回廊の二階部分を夜風に当たりながら歩んでいた。


「少し肌寒いですね。ショールがありますが、かけますか?」

「大丈夫よ」


 ふたりで歩いていると、夜風に乗って人の声が耳に届く。

 最初、それは大ホールの喧噪がここまで届いているのだと思ったのだが


「ルカ、ちょっと待って」


 ラヴィニカが足を止めたのに合わせ、ルカも立ち止まる。

 口をつぐみ耳をすませば、今度はよりハッキリと声のする方向と内容が聞こえてきた。


「もめてるわね」

「そうですね。様子を見てきますか?」

「私も行くわ。……嫌な予感がするの」


 ラヴィニカは複数の声のうちのひとつが、どうにも聞き覚えがあるような気がして胸がざわつく。

 足早に声がする方へ向かえば、案の定、嫌な予感が的中していることを悟った。


「やめてください! 彼女が怖がっているのが、分からないんですかっ?」


 最初に聞こえたのは、凜と大輪の花のような芯の通った声。

 物陰から様子をうかがうと、二人の女生徒と彼女たちを囲う数人の貴族子息が見えた。

 女生徒のひとりは涙目でもうひとりの女生徒の背で震えている。

 震える女生徒をかばうように立つ彼女は、自分を囲う男たちを意志の強そうな瞳で凜とにらみ返していた。


(あの子、は)


「おいおい、勘違いだって、お嬢ちゃん。僕たちはそこの子と、楽しくおしゃべりがしたかっただけだよ」

「嘘言わないでください。怖がって、震えているじゃないですか!」

「それは、その子がシャイだっただけで。僕たちはなにも怖いことはしてないさ。なあ?」


 子息のひとりが他の者たちに問えば、全員がにやにやと笑いながら同意する。

 彼女に向きなおった子息は、蔑むような視線を向けた。


「田舎の下級貴族が。格上である僕たちに逆らうものじゃないよ」


 子息の言葉に、彼女は涙をこらえて必死に足を踏ん張っている。


(そういうこと、ね)


 ラヴィニカはだいたいの事情を察した。

 おそらくは、かばわれている女生徒があの子息数名に強引な言い寄られ方をしていたのだろう。

 そこで、たまたま居合わせた前に立っている彼女が女生徒をかばった、というわけだ。


 ラヴィニカは物陰から出ようと一歩、踏み出す。


「お嬢、行くんですか」

「ええ。見ていられないでしょう」

「ふっ、お嬢らしいですね」


 (私らしいって、どういうことかしら)


 それをルカに問う前に、目の前の状況は悪い方へと変化する。


「身分が高いからって、女性に乱雑な対応をしていいわけではありませんっ」

「おいっ。田舎貴族が、いい加減にしろよ!」

「きゃっ」


 激昂した子息が、彼女の肩を突き飛ばす。


(まずい……っ)


 小柄な彼女は、バランスを崩していとも簡単に外廊下の手すりの外へと身体が傾く。

 彼女の大きな海色の瞳が、目一杯に見開かれた。


(距離、速度、問題なし)


 ラヴィニカの判断は、早かった。

 彼女が突き飛ばされた瞬間駆け出し、気配もなく彼らの間に割って入る。

 ぐらりと手すりの外へと放り出された彼女の手を取り、自分の方へと強く引き寄せ、彼女の背をもう片方の手で支えた。

 まるで抱きしめたような格好になってしまったが、まばたきする間にラヴィニカは彼女を救うことに成功していた。


「……な」


 シン——とあたりが静まりかえる。

 さすがにやりすぎた、と思っているのか、子息たちの顔からは血の気が引いていた。

 ラヴィニカはそんな彼らの顔を、静謐に見据える。


「なっ、こ、このおん……お方は、ノービレ公爵家の……」


 彼らも曲がりなりに貴族だ。ラヴィニカの顔は知っていたらしい。

 

「ひっ」


(今、私はどんな顔をしているのかしら)


 ラヴィニカを見た彼らは、幽霊でも見たかのように固まるとへなへなとその場にへたり込んだ。

 その姿は貴族とは思えない程に情けない。

 ラヴィニカは彼らから視線を外し、今度は腕の中にいる彼女のことを考える。


(この子、どうしようかしら)


 ほとんど反射的に飛び出してしまったが、今、自分の腕の中にいるのは()()なのである。

 それを思い出し、ラヴィニカはさっさとこの場を退散しようと決めた。

 ラヴィニカは抱きしめてしまっていた彼女から身体を離し、目線を下げる。


「あの、私はこれで……」


 そこまで言って、ラヴィニカは言葉を失った。

 彼女の輝く海色の瞳が、ラヴィニカを射貫く。ふわりふわりと揺れる花色の髪は、ガラス細工のように繊細だ。

 月光に照らされた彼女は、妖精のような可憐さと清純さを持ち合わせている。

 そんな彼女の桜貝のようなくちびるがゆっくりと開き


「お姉様……」


 と呟いた。


「……え?」

「大丈夫かい。こちらで騒ぎがあったと聞いたんだけれど……って、ラヴィニカ?」


 その時、歓迎会の主催であり、生徒会長であるアルジェントが現れる。

 アルジェントはラヴィニカに気がつき、次いで腕の中の彼女に目を向けた。


(——思い、出した)


 刹那。ラヴィニカの脳裏にとある一枚のスチルが浮かぶ。

 それは月光の中の、アルジェントとヒロインの出会いの一幕。

 意志の強いヒロインは貴族子息に強引に言い寄られる女生徒をかばい、手すりから突き落とされそうになる。

 そこに偶然居合わせたアルジェントが助け、ふたりの恋が始まる、というもの。……というものの、はずだったのだが。


 ヒロインを抱き留めたのはアルジェントではなくラヴィニカで。初対面を果たしたふたりの間には、なぜかラヴィニカが堂々と立っている。

 そして最も不可思議なのは、腕の中のヒロインがアルジェントではなく悪役令嬢のラヴィニカを見て瞳を輝かしていることだ。


(どうして、こうなったの……?)



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