10.ピクニックは突然に
『橋渡し大作戦』を立案した翌日。
ラヴィニカとルカは、アルジェントとフィオラを引き連れ学園の裏庭にいた。
何をするかといえば、ピクニックである。
昨日、出だしからズッコケた『橋渡し大作戦』は、ラヴィニカが記憶を振り絞りアルジェントとフィオラのピクニックイベントがゲーム内であったことを思い出したことで、なんとか前進を果たした。
今日の朝、当然のようにラヴィニカを待ち構えていたフィオラに約束を取り付け、昼休みは常に生徒会室にいるアルジェントを引っ張り出し、ようやく漕ぎ着けた今である。
さあ、アルジェントとフィオラをそれとなく、かつ、自分たちが恩を売れるような形で近づけよう、と思っていたのだが……
「お姉様っ。よろしければ私のオムレツを半分こしませんか? 一番の自信作です!」
「あなた、料理なんてできたのね」
「はいっ。お姉様とピクニックができると聞き、急遽作って参りました! 多めに!」
「そう。だから朝、いきなり寮の方へ走っていったのね」
裏庭には等間隔でベンチが設置されているのだが、ベンチは二人がけだ。
当然、ラヴィニカとルカはアルジェントとフィオラを同じベンチに座らせようとしたのだが、なぜかフィオラはラヴィニカの隣にいる。
とすると、必然的にアルジェントはもうひとりと組むことになるわけで。
「ねえルカ、ラヴィニカは一体、なにがしたかったのかな」
「さあ、なんでしょうかね」
にこにこと面白いものを前にした子どものような無邪気な笑顔のアルジェントと、死んだ魚のような目をするルカが隣合ってランチボックスを膝に乗せている。
ちなみに、ラヴィニカとルカの昼食は、ルカお手製弁当である。
ルカは今日の朝、せっせとラヴィニカの好きなものをランチボックスに詰めたのだ。
対してアルジェントは、食堂の人に頼んで作ってもらった片手で手早く食べられるサンドイッチを口に運ぶ。
さすが貴族中心の学園だけあって、ただのサンドイッチも材料ひとつひとつが高品質。王子だからこそ多忙で、食事を疎かにしがちなアルジェントの為にと考えられた一品だった。
「ああ。なんで僕は、男ふたりでベンチ座ってピクニックしてるんでしょうか」
「ルカ、僕は王族だよ? 僕とピクニックできるなんて、とても名誉なことだと思わないかい?」
「思いませんね。誰が見たいんですか、男ふたりのこんな絵面」
「その意見には賛同しとくよ」
男たちの周りだけ数段色彩が落ちたような錯覚に落ちる。
(ルカたち、暗いわね)
ラヴィニカはちらりとルカとアルジェントを見るが、こっちはこっちで手一杯で気にかける余裕はない。
なぜなら
「お姉様。はい、あーん」
「ふぃ、フィオラさん」
フィオラが執拗に、あーんさせようとしてくるからだ。
フォークで刺したオムレツをラヴィニカの口元に寄せてくる。ラヴィニカはうっと口を真一文字に結ぶ。しかし、フィオラのうるうるとした上目遣いを前に、おずおずと口を開けた。
フィオラはすかさずオムレツをラヴィニカの口の中へ放り込む。
ふわりとした食感と、卵の甘みが口いっぱいにひろがった。
「……おいしい」
「本当ですかっ?」
「ええ。おいしいと、思うわ」
「嬉しいですっ」
しっかりと味わって飲み込むと、食べ終わった名残惜しさを感じるくらいには、おいしかった。
ラヴィニカのそんな感情を察したのか、フィオラは二口目を差し出してくる。
「はい、お姉様」
「も、もう十分よ」
「でも、まだ食べたいってお顔ですよ」
「う……せめて、自分で食べさせてちょうだい」
「分かりましたっ。そんなこともあろうかと、お姉様分のカトラリーも用意してきたんですよ」
フィオラのお弁当セットがやけに大きいと思っていたのだが、ラヴィニカ用のカトラリーや他にもいろいろと入れてきたらしい。
なんだかんだ、ラヴィニカがピクニックを楽しんでいると、ルカの声がこちらに届く。
「フィオラちゃん。フィオラちゃんは、学校生活でなにか困っていることはないですか?」
いきなりなんの話だろうか。
自然とラヴィニカとフィオラはルカとアルジェントの方に顔を向ける。
ラヴィニカとルカの目が合うと、ルカからなにやら強い意志を感じた。口パクでなにかを言っている。
『目的を思い出してください!』
(そうだったわ)
そういえば今日は、アルジェントとフィオラをくっつけようとしてこの場を作ったのだと思い出した。
ラヴィニカはルカの言葉に続くように、フィオラを見下ろした。
「そうよ。今ここには、二年生と三年生、生徒会長までいるのだから、困ったことがあったら今言ってしまいなさい」
「せ、生徒会長もですかっ!?」
そう言うと、フィオラはなぜかきょろきょろとせわしなく視線を動かした。
(……この反応は、どういう意味かしら?)
「お、お姉様。生徒会長って、確か第一王子殿下、ですよね」
「そうよ」
「で、殿下がこの場にいらっしゃるんですか?」
「ええ、というより」
ラヴィニカはまさか、と思いながら隣のベンチに座るアルジェントを手のひらで指す。
「この方が、第一王子アルジェント殿下よ」
数秒、フィオラはぽかんと口を開けた。
「えっ、殿下、ですか!?」
まぬけな声が、裏庭に響く。
ラヴィニカは頭痛がするような思いで、額に手を当てる。
「まさかとは思うけれど、殿下だと思わず接していたの?」
「は、はい。お姉様のお友だちなのかなーくらいしか。領地は田舎ですし、殿下のお顔を見る機会もなくて……」
フィオラも動揺しているようで視線を揺らしていたが、すくっと立ち上がる。
そしてアルジェントの前に立つと、ドレスの裾をつまみ右足を後ろに引き頭を軽く下げる。
お手本のような、見事なカーテシーだった。
彼女の周りの空気だけ、不純物が全て取り除かれたような、そんな錯覚を覚える。
「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。ロゼッティーニ男爵家が娘、フィオラと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「うん、よろしく」
アルジェントが答えるとフィオラは顔を上げ、淑女の微笑みを見せた。
一連の流れを見守っていたラヴィニカとルカは言葉を失っていたが、ラヴィニカがぽつりとつぶやく。
「フィオラさん、そんな振る舞い方もできたのね……」
ラヴィニカに話しかけられたフィオラの雰囲気が、パッと元の朗らかなものに戻った。
「はい。その、うちのお母様が礼儀作法に厳しい方だったので。厳しくしごかれ……いえ、しつけられました」
(それでどうして、私には突撃してくるのかしら……?)
謎が謎を呼ぶ事態だったが、その問いを口にするより先にぶつぶつと口の中でなにかを呟くアルジェントの声が耳に届く。
「ロゼッティーニ、ロゼッティーニ……ああ、そういうことか」
「アルジェント? どうかしたの?」
「いや、ロゼッティーニ男爵というと、少し思い出すことがあってね」
アルジェントはニコリとフィオラに微笑む。
「フィオラ嬢。そろそろ、ラヴィニカを解放してくれないかな」
「で、ですが、私はお姉様にオムレツを」
「それはさっき食べていただろう? それに、ここにラヴィニカを独り占めされて、そろそろ我慢の限界を迎えそうな男がいるからね。彼と場所を代わってくれると嬉しい」
「ちょっと殿下!」
(ルカ……?)
アルジェントに手のひらで示されたルカは、なぜか顔を赤くしている。
フィオラはラヴィニカとルカの間を視線を行ったり来たりさせ、それからアルジェントの方を見た。
「え、え、まさか……そういうこと、なんですかっ?」
「うん。そういうこと、だよ」
フィオラもなぜか頬を薔薇色に染めると、「きゃあっ」と小さな悲鳴を上げる。
そしてバッとラヴィニカの方に身体を寄せると、ギュッと手を握りしめてきた。
「お姉様っ」
「な、なに?」
「私、ルカさんと場所を代わりますねっ」
「え、ええ」
先ほどまで決してラヴィニカの横を譲らなかったフィオラが、あっさりとルカと場所を交換する。
アルジェントの横に収まったフィオラは、なにやら口元をによによさせていた。
「フィオラさんは、いきなりどうしたの?」
「ど、どうされたんですかねー」
ルカは冷や汗をかきながら、視線を泳がせている。
ラヴィニカは分からないことだらけだったが、フィオラがアルジェントの横で大人しくしていることが最重要であると思い直す。
(収まるところに収まった、のかしら……?)
若干の煮え切らない感じはありつつも、ラヴィニカは外の気持ちの良い風に目を細めた。




