5.メイン攻略対象アルジェント
投稿初日、5話同時投稿の5話目です。
ようやくお茶会の席についたラヴィニカとアルジェントは、ノービレ公爵邸の中庭にあるガゼボの中で向き合っていた。
先ほど散々王子に向かって気安い態度を取ってしまったルカは、ラヴィニカの後ろで顔を青くしている。
「ねえ、ルカ」
「はいっ!?」
始まって数秒、アルジェントがルカに向かってにこやかに声をかけた。
「君も席につきなよ。ラヴィニカ、もうひとつ席を用意してもらってもいいかい?」
「ええ」
「いやいやいや、おれは使用人ですから。一緒にだなんてめっそうもありません!!」
「そんなことを言わずに。さあ」
震え上がるルカを横目に、公爵家の優秀な使用人たちはさっさとルカの席も用意してしまう。
ルカは去って行く使用人仲間に目で助けを訴えるが、がんばれと言いたげな視線を返されて終わった。
最終的には、アルジェントの笑みの圧に押されてしぶしぶ腰を下ろす。
「失礼いたします」
ガゼボ内のテーブルの上には、カップケーキや花の香りがする紅茶などがずらりと並べられている。
ラヴィニカは自分の手前に置かれたティーカップを手に取りながら、終始機嫌が良さそうな笑みを浮かべるアルジェントを密かに観察した。
くるくるとくせっ毛なルカと違い、まっすぐな銀白髪。アメジストのように澄んだ瞳は、感情をひどく読みづらい。
確か年齢はラヴィニカと同じ七歳だったはずだ。とてもそうは思えないが。
「ラヴィニカは、婚約者の話をいつ頃聞かされた?」
「一昨日よ。確か、陛下とお父様の約束、だったかしら」
「そうだね。まったく、父上たちにも困ってしまうよ」
アルジェントは苦笑すると、紅茶で口内を湿らせ、ラヴィニカを見極めるように目を細める。
「ぼくとしては、婚約者とはつかず離れずうまくやっていけばいいかなと思っていたんだけれど……存外、君たちはとてもおもしろそうだ」
「光栄ね」
腹の探り合い、とまではいかないが、穏やかではない空気が二人の間に漂う。
そんな二人の間に挟まれたルカは、キリキリと痛む胃を押さえてラヴィニカにそっと耳打ちした。
「お嬢、殿下って本当に七歳なんですか?」
「そのはずだけれど」
「お嬢も大概ですけど、この人もやべえですね」
「ルカ、聞こえているよ」
殿下の口は弧を描いているが、目が笑っていない。
ルカは引きつった笑みを返し、すごすごと引き下がることにした。
ラヴィニカはルカを横目に見つつ、紅茶を一口ふくんでそっとカップをソーサーに戻した。
雰囲気が少し変化したのを見て、アルジェントも背筋を正す。
ラヴィニカには、婚約者に会えたら聞かなくてはならないと思っていたことが、ひとつだけ、あった。
「殿下、ひとつお聞きしたいのだけど」
「ああ。なんでもどうぞ」
「殿下は、わたしが婚約者となることに納得しているの?」
ラヴィニカの質問に、アルジェントはきょとんとする。
その顔は、年相応にあどけなかった。
本当に、ラヴィニカの示唆するところがピンときていないらしい。
「わたしのことは、聞いているでしょう?」
ラヴィニカがじっとアルジェントを見つめれば、ようやく彼も合点がいったようだった。
「……ああ。魔力のこと、かな?」
「ええ」
ラヴィニカはそこで一息つき、ハッキリと自身の欠陥とも言える体質を口にする。
「わたしは、魔力が一切ありません」
「聞いてはいたけれど……魔力が少ないとか、魔力を増やせる能力がない、とかではないのかな」
「はい。わたしの身体には、魔力が完全にないのです」
この世界には、前世と違って魔力というものがある。
この世界の住人であれば、多かれ少なかれみな当たり前に持っているもの、それが魔力だ。
魔力の扱い方を学べば魔法が使える。魔法とまではいかなくとも、簡単な操作さえできれば魔道具という、前世でいうところの家電のようなものも扱えるのだ。
魔力を一切持たない人間など、記録上、ひとりも存在しない。
「魔力測定を行う五歳の時に、魔力が『0』であるという判定を下され、その後も度々測定を行いましたが、結果が変わることはありませんでした」
『魔力欠失症』と名付けられたこの体質こそが、公爵令嬢たるラヴィニカに今まで婚約者が決まらなかった理由だ。
社交界デビューを果たしていないにも関わらず、『欠陥品』という烙印を押されている令嬢。それこそがラヴィニカであり、乙女ゲームの悪役令嬢ラヴィニカと決定的に異なる点だった。
ラヴィニカの説明を受けたアルジェントは「ふむ」と顎に指を当てると、あっさりとうなずく。
「それに関しては、問題ないよ」
そんなわけはないだろう。とラヴィニカは思うのだが、アルジェントはあっけらかんと続ける。
「前回、デクリーア公爵にどうしてもと強行された見合いがあってね。有意義とは言えない時間を過ごしたんだ。対して、君はそうでなかった。それだけで、ぼくとしては十分なんだよね」
完璧な王子様の笑みで、アルジェントはさらりとこう続ける。
「魔力があっても、頭が足りなくては王子の婚約者は務まらないよ」
アルジェントの表情は変わらず完璧な王子様だったが、瞳に宿る光は絶対零度だ。
最初から最後まで一貫して、ラヴィニカのことを冷静に見定めようとしている。
前世で殺し屋のラヴィニカが、瞳に感情を映すことはない。
しばらく見つめ合う時間が続くが、先にアルジェントが肩から力を抜いた。
「その点、君は問題なさそうで安心したよ」
「それは良かったわ。最初に護衛も置いて、わたしたちに声をかけてきたのはそれを確かめるのが目的ね?」
「バレたか。ぼくが言うのもなんだけど、本当に同い年?」
「その言葉、そっくりそのまま返すわ」
「ははっ、その通りだ」
アルジェントは足が浮いていたイスから勢いをつけて降りる。
「それじゃあ、知りたいことは知れたし、ぼくはもう帰ろうかな。おいしい紅茶とおもしろい花をありがとう、ラヴィニカ」
「ええ」
アルジェントはそう言い残すと、ガゼボの外へと足を進め——出て行く直前にくるりと振り返った。
「そうだ。ねえ、ルカ。これは助言だけど、ぼくの婚約者であるラヴィニカの従者で居続けたいのなら、君のその態度、もう少し改めた方がいいかもね。裏と表は使い分けないと、自分の株だけじゃなくて、ラヴィニカの株も落としてしまうよ」
「な……」
「それじゃあ、また今度」
今度こそ、アルジェントは満足したようだ。
ガゼボを去る彼の背は、心なしか機嫌良く見えた。
〇〇〇
お茶会が終わり、ラヴィニカの部屋へ戻ったルカは、ソファに突っ伏す。
まったく、主人の部屋でするくつろぎ方ではない。
「な、なんかドッと疲れた……」
「ルカ、元気出して」
げっそりとしたルカは、疲労を一切見せないラヴィニカを目だけで見上げる。
「お嬢も、おれは未熟だと思っていますか?」
「あら、気にしてたの? そりゃあ、ルカはわたしのひとつ上なだけだし、未熟でしょう」
「そう、なんですね……うう……」
ルカはどんよりとした空気をまとう。
アルジェントに言われたことがよっぽど効いたらしい。
ラヴィニカはこういうとき、どうしたらいいか分からない。
(ルカ……私、なにを言ったら)
励ましの言葉、というものを知らないラヴィニカが珍しくうろたえていると、ルカがぶつぶつと口の中で囁き始める。
「お嬢の隣に立てる従者になる。お嬢の隣に立てる従者になる。表と裏の使い分け……? どうしたら……ああ、殿下、めっちゃ腹黒だったなあ。あれを真似すれば……」
「ルカ? どうしたの?」
いよいよ、ラヴィニカの胸がざわつき始めたとき、ルカがガバッと顔を上げる。
「お嬢!」
「……!」
「おれ、お嬢にふさわしい従者になるんで、待っててくださいね」
「え、ええ」
ルカはすでに自分の中で決着をつけたのか、やけにすっきりした顔をしている。ふっきれた、とも言えるのかもしれないが。
ラヴィニカは、その変化に若干置いてけぼりだったが
「とにかく、あの様子ならすぐ破滅とはならなそうなのは良かったですね」
「そうね」
ルカの言葉に、頭を切り替える。
今日は、乙女ゲームのメイン攻略対象との初対面という大仕事を成し遂げたのだ。
「とりあえず、殺すのは様子を見てからでもいいかもしれないわね」
「なんで最初に出る選択肢が、殺しなんですかねえ!」
ラヴィニカとルカは、とりあえずの方針を確認し合い、うなずき合う。
破滅回避の道のりは、まだまだ長いのだ。
——時は過ぎ十年後。乙女ゲーム『花と聖なるアカデミア』のシナリオが、ついに開幕した。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
初めましての方も、そうでない方も、こんにちは! 茉莉花菫です。
殺ししか知らない主人公と、必死に止める従者の悪役令嬢もの、ぜひお楽しみください
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今後も毎日投稿を続けて参りますので、お付き合いいただけると幸いです




