4.最初の贈り物
投稿初日、5話同時投稿の4話目です。
アルジェントとの顔合わせ当日。
ラヴィニカは朝から庭に出て、せっせと草花を引き抜いていた。
ノービレ公爵邸が誇る庭園はちょっとした公園のような広さで、様々な草花が咲き誇っている。
その一角に座り込み、ラヴィニカは多種多様な植物を引き抜く、いや、むしり取る。
採取したものは全て傍らに置いた籠の中に放り込んだ。
そんなラヴィニカの後ろ、ラヴィニカが日焼けしないようにと日傘を持って立ちつくしたルカは、かれこれ数十分以上草花をむしり続ける主人を見守っていた。
「お嬢」
「……」
「お嬢、そろそろツッコんでもいいですか」
「なに?」
ラヴィニカはすでにアルジェントと面会する用のドレスに身を包んでいる。そのドレスが汚れることも気にせずしゃがみ込んでいるのだから、ルカとしては小言も言いたいところである。
しかし、それ以上に先に聞きたいことがあった。
「何してるんですか、お嬢」
「なにって、植物採取」
「それは見ればわかります。おれが聞きたいのは、どうしてわざわざ殿下との面会当日の朝にそんなことをしてるのか、という点です」
ラヴィニカは、一度手を止め、籠の中の草花を指差した。
「殿下への贈り物を、準備してるのよ」
「え、お嬢、それ贈り物なんです?」
ルカは改めて、籠の中をのぞいてみた。
ひとつひとつの花は鮮やかだが、全く統一性のないごちゃごちゃとした草花の集まり。どう考えても、綺麗な花束にはなりえない。
中には雑草にしか見えない草も混じっているし、贈り物には絶対に適していない。
「お嬢、本気ですか?」
「? ええ」
ラヴィニカは、さも当たり前の様な顔をしている。
ルカは思った。アルジェントとの顔合わせの成功は、自分にかかっている、と。
「お嬢、いいですか。お嬢は同年代のお友だちがいないかわいそうな方なので、殿下がお喜びになる贈り物がわからないのだと思いますが」
「ルカって、たまにひどいと思うのだけれど」
「全面的にお嬢が悪いです」
「君たち、なにをしているんだい?」
ラヴィニカとルカの間にぬるりと入り込む影があった。
ふたりそろってそちらを見やれば、銀髪紫瞳の美少年がにこにこと笑みを浮かべていた。
少年はおそらく、ラヴィニカと同い年くらい。纏っている衣服はどれも上等で、おそらくは貴族の子息なのだろう。
ルカは彼を見るなりよそ行きの笑みを浮かべて、目線を合わせた。
「君、迷子? もしくは迷い込んじゃった感じ?」
「うん、ちょっとね」
「屋敷の方面はあっちで、出口はあっちだよ」
「ありがとう。そうみたいだね」
自分よりも年下と踏んだからなのか、気安い態度でそう説明するルカ。
屋敷と出口を指で指し示し、「じゃ」と手を挙げてラヴィニカの方に向き直る。
「ねえ、ルカ……」
「お嬢、やっぱり贈り物は考え直しましょう。さすがにそれはありえないですって」
「そうじゃなくて、ルカ」
「仕方ないですね。おれが同年代の男が好むものというものを教えてさしあげましょう」
「君は、贈り物を作っているのかい?」
ルカはせっかく屋敷と出口の方向を教えたにもかかわらずラヴィニカの横にしゃがみ込んだ少年に、疲れたような顔をする。
ラヴィニカはなにか言いたげだったが、ルカが完全にスルーしてしまったため諦めて草花むしりを再開した。
(まあ、それほど大事にはならなそうだし、いいでしょう)
ルカが再び少年をこの場から立ち去らせようとする前に、ラヴィニカが少年の問いに答える。
「このあと、殿下が来るから贈り物を作ってるの」
「へえ……花束?」
少年はラヴィニカのすることが気になるようで、ラヴィニカの手元を熱心に見つめている。
ラヴィニカは黙々と草花をむしり続けた。
少年はちらり、と花束になるとは思えない籠の中の草花に目を向けてから、にこりと笑顔を作る。
「すてきだね」
「そんなバカな」
ルカの心からの呟きは、少年とラヴィニカによって綺麗に無視される。
「でも、なんでその花々を選んだんだい?」
ラヴィニカはそれまでずっと少年に興味を示さなかったが、この質問に対してはキラリと目を光らせる。
「あなた、興味あるの?」
「そうだね。どうして殿下にそれを選ぼうと思ったのか、気になるかな」
「王城ってとても恐ろしいところなんでしょう? だから、毒をあげようと思って」
「……ん?」
ずっと柔らかかった少年の笑みが、ピシッと固まった。
ルカは自分の主人の相変わらずさに、ため息をつく。
ラヴィニカはそんな2人の反応などお構いなしだ。
「毒ってね、すごいの。この植物は全部、毒にも薬にもなるの」
いつもよりいきいきとしたラヴィニカは、饒舌に集めた草花の説明を始める。
「これはね、ロージアっていって消化を助けたり血行をよくしたりするけれど、たくさん取るとけいれんしてしまうの」
「物知りですね、お嬢」
「これはカーミア。安眠作用があるけれど、神経毒にもなるわ」
「怖すぎます、お嬢」
「あとこれは、マドレイアね。うっかりすると、幻覚や昏睡を引き起こすわ」
「これ、昔盛られて死にかけたなぁ」
ルカの合の手が入る説明を少年はふむふむと聞くと、感心したように首を縦に振った。
驚いているのか、わずかに目も見開かれている。
それもそうだ。今ラヴィニカが示した草花は、どれも当たり前に庭で生えているようなものなのだから。
「おどろいたな」
「なにか気に入るものはあった?」
「うーん、全てとても興味深いけれど、残念ながらほしいとは思えないかな」
「あら、いらない?」
「うん。今のぼくには必要ないよ」
それを聞いたラヴィニカは、手に持っていた一輪をパッと手放す。
「なら、あなたのお眼鏡に叶うものはなかったのね——アルジェント殿下」
「……はい?」
「おや、気づいていたの?」
ラヴィニカの言葉に、ルカはぽかんと口を開け、少年は意外そうに目を瞬いた。
「ふふ、君にはおどろかされるなぁ」
「今日来るって聞いていたもの」
「え? え?」
ルカはまだ状況が理解しきれていないようで、ラヴィニカと少年の顔を交互に見ている。
ラヴィニカは混乱中のルカのため、改めて説明してあげることにした。
「ルカ。この方が、アルジェント第一王子殿下よ。ほら、襟元に王家を示す紋章が縫い付けられているでしょう」
「初めまして、アルジェント・カシオピオンと申します」
「お……っ」
みるみる顔を青ざめさせたルカは、ラヴィニカの方へすっと身を寄せ、耳元に口を寄せる。
「お嬢! 分かってたなら早く言ってください!」
「だって、ルカが話を聞かないから」
「それはすみませんでした! それでも、どうにか言って欲しかったです!」
「ふ、ふふっ」
アルジェントの笑い声が聞こえてきて、ラヴィニカはゆっくりと彼の方へ身体を向ける。
「君たちは本当におもしろいね」
そんなことを言ってアルジェントは目の端に浮かんだ涙をぬぐうが、ルカは冷や汗をかきっぱなしだ。
ルカの脳内では、彼に向かって放った自分の言葉がぐるぐると回っている。
アルジェントは今だ泰然としているラヴィニカの顔をのぞきこんだ。
「ねえラヴィニカ、解毒薬になる花はないの? それなら、僕も持っていたいんだけれど」
「それなら、これね。リリディっていう花で、毒ならなんでも効くわ」
「うん、悪くないね」
ラヴィニカは黄色い星の形をした花をアルジェントに手渡した。
こうして、ラヴィニカは『花と聖なるアカデミア』のメイン攻略対象——アルジェントとの対面を果たす。
ただし、その始まりは前世で知る乙女ゲームのシナリオとは少し、いや、かなり、違っていた。




