3.蘇る記憶
投稿初日、5話同時投稿の3話目です。
「お父様、お母様、おはようございます」
「おはよう、ラヴィニカ」
「おはよう」
ダイニングへと足を運んだラヴィニカは、先に席についていた両親へお手本のようなカーテシーで挨拶をする。
ラヴィニカの両親はふんわりのんびり、温厚を絵に書いたような人たちだ。
今も、ルカに引かれた席につくラヴィニカを温かな微笑みで見守っている。
ルカがラヴィニカの後ろへ控えたところで、食事——というのがいつもの流れなのだが、今日はなぜか両親ともにカトラリーへ手を伸ばさない。
すでに目の前にはスープ皿が置かれているというのに、どうしたのか。
このままではせっかくのポタージュが冷めてしまう。
「お父様、どうかされたのですか……?」
ラヴィニカが首をかしげると、父は困ったように眉根を寄せた。
「それがなぁ」
と、なにやらもごもごしている。
しばらくそんな様子なので、しびれを切らした母が大きくため息をついた。
「もう、旦那様。なにをなされているのです? さっさと腹をくくりなさい」
「だが……」
「いいから。これはラヴィニカの人生に関わる話なのですよ」
そこまで言われて、ようやく父は腹をくくったようだ。
表情を改めた彼は、ラヴィニカの瞳をまっすぐに見つめる。
そんな父を見た瞬間、ラヴィニカの頭の中でパチリとなにかがはじけた気がした。
記憶の底の底、ハッキリとしていなかった部分が頭をノックする。
ラヴィニカは表面上いつも通りに、頭の中では記憶の蘇りを感じながら、父の次の言葉をじっと待った。
「ラヴィニカの婚約者が、決まった」
「婚約者、ですか」
婚約者。それ自体は、全くめずらしいことではない。
ノービレ家は筆頭公爵家なのだ。公爵家の令嬢たるラヴィニカであれば、婚約話のひとつやふたつ、当たり前だ。
けど、なんだろう。
頭に響くノックの音が強まっていく。
強烈な予感、いや、確信めいたものが脳裏に浮かんでは消える。
「お父様、婚約者様のお名前をお聞きしても?」
ラヴィニカは、その質問の答えを知っている。直感的に、そう思った。
「アルジェント第一王子殿下だ」
ラヴィニカはいつもよりゆっくりと、まばたきをした。
アルジェント、と口の中で繰り返す。
その名前を聞いた瞬間、前世の記憶の曖昧だった部分が雪崩のように流れ込んでくる。
(どうして、忘れてたんだろう)
〝アルジェント〟は『聖アカ』のメイン攻略対象の名前だ。
そして、そして、〝ラヴィニカ〟は……悪役令嬢、だ。
「ラヴィニカ」
「はい」
「もし、もしもだ。婚約が嫌なのであれば私は……」
父はしどろもどろに、途中でなぜか一度ルカに視線を向けてそんなことを言う。
確かにラヴィニカは婚約などとは縁遠い前世であったが、今世は生まれも育ちも公爵令嬢なのだ。
そんなに不安そうにしなくとも、婚約自体に否やはない。
「お父様。わたしは、婚約に反対はありません。ですが、わたしのようなものを殿下が選んだ、その理由を知りたいと思います」
「ああ、それは、その、陛下と私は学友なのは知っているだろう。昔、若気の至りでお互いの子どもが男女であれば婚約させようと、そんな約束をしてな?」
「旦那様ったら、娘ができたからって昔の約束をそんなに後悔しなくても」
「だ、だって、娘がこんなにかわいいものだなんて知らなかったんだよ!」
「まったく」
両親が通常運転している傍ら、ラヴィニカは父の説明にうなずきつつ納得していた。
(そうよね。そんな事情でもなければ私のような訳ありを婚約者になどしないでしょう)
とにもかくにも、婚約自体は、いい。別に、いい。
問題は、ラヴィニカが悪役令嬢であることだ。
(さあ、どうしたものかしら)
とっぷりと思考の波に沈むラヴィニカを、ルカはじっと見つめていた。
〇〇〇
朝食を食べ終え、ラヴィニカとルカは2人そろって自室に戻る。
「お嬢、さきほどの婚約話、なにか気になることがありましたか?」
部屋の扉を閉めるなり、ルカが距離をつめてそんなことを聞いてきた。
ラヴィニカはゆったりと小首をかしげて、顎に紅葉のような拳をあてる。
「どうしてそう思うの?」
「婚約者の名前を聞いたとき、まばたきの速度が通常の二分の一でした」
「あら、すばらしい観察眼ね」
「人を見るときは、呼吸とまばたきと発汗に注目しろと教えたのはお嬢ですよ」
どうやらルカは、すでにラヴィニカの異変を感知しているらしい。
絶対に話してもらう、という圧力を感じるが、そもそもラヴィニカはルカに隠し事をするつもりなど一切ない。
「ちょっと思い出しちゃったのよ」
「思い出す……?」
「ええ。わたし、前世でこことはちがった世界を生きていたのだけれど、そのとき遊んでいたゲーム……紙芝居のようなものの中身が、この世界と酷似していて」
「ちょちょちょ、ちょっっっと待ってくださいお嬢」
すらすらと前世の話を持ち出すラヴィニカに、ルカが頭を抱え出す。
「前世? 違う世界? お嬢、熱でもありますか?」
「わたしはいたって正常よ。じゃ、続けるわね。その紙芝居の中でわたしは」
「続けないでください。続けないでください。おれを置いていかないで!」
「迷子みたいなことを言うのね」
「実際、おれは今迷子みたいなもんです」
なんやかんや、前世と乙女ゲームの話を終えると、ルカはさらに深く頭を抱えてしまった。
「なんです? お嬢はここではない異世界を生きた記憶があって? そこでぷれいしていたげえむ、が俺たちの世界によくにていて? お嬢はその悪役令嬢で? 未来に破滅しかない、と?」
「その通りよ」
「あまりにも荒唐無稽すぎる……っ」
ルカの心からの叫び声に、ラヴィニカはわずかに視線をそらした。
ルカはいまだにぶつぶつとなにかを呟いており、今後しばらくは戻ってこないだろう。ラヴィニカは、『聖アカ』のストーリーを思い返してみることにした。
『聖アカ』、正式名称『花と聖なるアカデミア』は、田舎男爵令嬢フィオラが王都の学園に入学するところから始まる王道の乙女ゲームだ。
ゲーム内には数人の攻略対象がおり、イベントや会話を通して好感度を上げていく。
その中でも悪役令嬢ラヴィニカは、フィオラと攻略対象との恋路をことごとく邪魔し、最終的に破滅してしまうのだ。破滅のパターンは処刑から失踪まで多種多様。
ひとつだけ言えるのは、ラヴィニカに救いのルートはないということ。
ルカが徐々に我に返ってきたのを確認して、ラヴィニカはぽつりと言葉をもらす。
「別にいいわよ。信じなくても」
「いや、信じますよ。お嬢が言うことなので」
即答だった。
ラヴィニカは、パチクリとまばたきする。
「……大丈夫、ルカ?将来、詐欺に合いそうで怖いわね」
「心外ですね!」
ラヴィニカがじっと見つめていると、ルカはほんのりと頬を染めてそっぽを向いてしまう。
「……おれが無条件に信じるのは、お嬢だけですよ」
「なにか言った?」
「なんでもありません」
ルカは大きくため息をつくと、「とにかく」と言葉を続ける。
「どうにかして、破滅回避のてだてを考えましょう。とりあえずは、アルジェント殿下との初顔合わせが峠ですね。確か、明後日でしたっけ」
「ええ。殿下がうちに来てくださるそうよ」
「では、そのときに」
「ええ、そのときに」
ふたりは顔を見合わせて、こくりとうなずき合う。
「できるだけ仲良くなっときましょう」
「殿下の息の根を止めましょう」
つかの間の沈黙。
次の瞬間、ルカはラヴィニカの肩をガシリとつかんだ。
「お嬢、なに言ってんですか!?」
「帰りの馬車に仕掛けして、事故にみせかけて殺すのよ」
「手段を聞いてるんじゃないです!」
「じゃあ、毒殺? それだと足がつきやすいのだけれど」
「手段を変えて欲しいんでもありません!!」
ラヴィニカの自室に、ルカの絶叫が響き渡る。
幸いなのは、この時間にふたりを訪れる人がいないということだ。
「殿下の息の根止めちゃったら、げえむの破滅の前に処刑されちゃいます!」
「大丈夫よ、ルカ。わたし、一切証拠を残さない自信があるわ」
「そういうことじゃ、ないんですよねー」
ルカは、これは大変なことになるぞ、と遠い目をした。




