2.殺し屋の女
投稿初日、5話同時投稿の2話目です。
柔らかな朝日が、窓越しに部屋へ差し込む。
白を基調にしたクラシカルなその部屋は、朝の静けさに満ちている。
部屋に置かれた調度品はどれも一級品だが決して華美ではなく、愛らしい花や小鳥のモチーフが散りばめられていた。
そんな部屋の中央、大きなベッドがもぞりと動き出す。
ふんわりとふくらんだ白の掛け布団は、ベッドの大きさに見合わないサイズの少女をくるんでいた。
「ん、う……」
まどろむ天使のようなその少女——ラヴィニカ・ノービレは、朝の日差しに照らされてキラキラと輝く。
ぴくりとまぶたが震えたかと思うと、ラヴィニカの宝石のような瞳が徐々に顕わになった。
「ふあぁ」
大きなあくびをしたラヴィニカは緩慢に身体を起こし、窓の外へ視線を向けた。
「なつかしい夢をみたわね」
ふと、まぶたの裏にまだ鮮やかな赤の色彩がこびりついている気がした。数度まばたきを繰り返してから、するりとベッドから降り立つ。
ゆったりとした純白のネグリジェを引きずりつつ、バルコニーへと歩を進めた。
飾り窓を開け放ち外へ出たラヴィニカは、とんっと軽く地面を蹴り、手すりの上に跳び乗る。
爽やかな風に髪をなびかせ、朝日のまぶしさに目を細めた。
「やっぱり、こてこての西洋風異世界、ね」
眼下に広がるのは、茶や赤茶の石造りの街並み。街全体に伸びる入り組んだ道は、全て石畳だ。
懐かしい夢を見た直後だからか、もう見慣れたはずのこの光景が新鮮に思える。
その時、背後で扉の開く音がする。
「おきる時間ですよ、お嬢——って、なにしてるんですか」
「ルカ」
顔を見せたのは、ラヴィニカと同じ年頃の少年だ。
バルコニーの手すりの上で風に吹かれるラヴィニカに驚くでもなく、呆れたように見つめている。
ラヴィニカは軽やかに飛び降り、従者の少年——ルカの元へ駆け寄った。
「ちょっと、あんま手すりの上にいるとか、やめてくださいよ。来たのがおれだからいいですが、他の侍女だったら大さわぎでしたよ」
「ちかづいてきたのがルカ以外の気配なら、わたしも降りていたわ」
「まったく、ああ言えばこう言う……」
「なにか言った?」
「ああもう、なんでもありませんよ。じゃ、着替えさせるんで。うで、あげてください」
「ん」
素直に両腕を上げたラヴィニカのネグリジェをルカがするりと脱がし、慣れた手つきで用意していたドレスを着付けていく。
着替えが終われば流れるようにドレッサーの前へ誘導し、髪を梳き始める。
この間、ラヴィニカはされるがままである。
今も髪に触れられ丁寧にブラシを通される心地よさに目を細め、ゆらゆらと頭を揺らしていた。
「お嬢、ちょっとそこの魔導整髪機、とってください」
ラヴィニカはルカに言われ、ドレッサーに置かれた二叉のコテを取る。
何度かグッグッ、と力を込め、なにも起きないことを確かめてから手渡した。
「そろそろ諦めたらどうですか、お嬢」
「べつにいいでしょ」
ルカが一度強くコテを握ると、コテはほんのりと赤い光を帯びた。
ラヴィニカはそれを鏡越しに確認し、鏡に映る自分へ視線を移す。
長くまっすぐに伸びたキャラメル色の髪と、鮮やかに煌めくストロベリー色の瞳。
七歳らしい丸みを帯びた頬は、うっとりするほどにきめ細かい。
纏うドレスは貴族令嬢らしく華やかで、ふんだんにあしらわれたリボンが愛らしい。
どこからどう見ても、箱入り娘。大事に育てられた貴族令嬢だ。
(前世の私からは考えられないわね)
ラヴィニカ・ノービレは、ここカシオピオン王国の筆頭公爵家の令嬢でありながら、産まれた時から前世の記憶を持つ転生者でもあった。
前世の記憶は曖昧な部分も多いが、ハッキリと分かっていることもある。
ラヴィニカの前世は殺し屋であり、数え切れないほどの人を手にかけているということだ。
そんな自分は今、命の危機など無縁なぬるま湯の中で平穏を享受している。
それがとても歪なことだと、どこかで違和感を抱きながら。
「できましたよ、お嬢」
気がつけば、ルカが髪のセットを終えて満足そうにうなずく。
ラヴィニカも自分の頭をそっとなでた。
「ええ、ありがとう」
ルカに促され、ぴょんとイスから降りようとしたところで、もう一度鏡を見つめる。
「どうしたんです、お嬢。自分の顔なんてみつめて」
「いえ。ただ、やっぱり見覚えがあるなと思っただけ」
「そりゃ、自分の顔なんですから。見覚えくらいあるでしょう」
ルカにいぶかしげな顔をされてしまったが、言葉の通りラヴィニカは自分のこの顔をどこかで見た気がしてならない。
今よりももっと幼い、まだ赤ん坊の頃はあまり意識していなかったのだが、成長していく中で、余計にそれを感じるようになった。
ラヴィニカ、という名前の響きもどこか聞き馴染みがある気がする。
「さ、へんなこと言ってないで、朝食を食べにいきましょう。旦那様たちが待っています」
「わかったわ。……ルカの顔には、覚えがないのよね」
「なんですか。覚えにくい顔で 申し訳ないですね」
「そういうことじゃないわ。ルカは美形だと思うわよ」
「はいはい。ありがとうございます」
ラヴィニカは事実だけを口にしているのだが、ルカにそれを信じたそぶりはない。
本当にルカは、若草色の髪も瞳も綺麗で、八歳とは思えない程に顔も整っていると、そう思っているのだが。
ラヴィニカはルカに手を引かれると、先ほどまで感じていた違和感を頭の隅にやって、今日の朝食に思いを馳せた。




