31.選択を誤っていたら
これに驚愕の表情を浮かべるのは公爵だ。
男たちが自分の命令に従わないばかりか、得物を手放す様子を見て、理解が追いつかないと頭を抱える。
その中でひとり、ラヴィニカは満足気にこの状況を眺めていた。
(あの時、彼らをこちらに引き入れておいて、正解だったわ)
この場に集まったこの男たちは、ラヴィニカと二回、王都で邂逅している。
一度目は、フィオラがスリにあった時。
二度目は、フィオラが襲われかけた時。
あの時、ラヴィニカとルカの手でコテンパンにされた暴漢たちが、彼らだ。
一度目に会った時に拾ったカフスボタンの紋章が、もう使われていない先代国王王弟の物だと判明し、もしや彼らを雇っているのはデクリーア公爵ではと思っていたのだが……どうやら、大正解だったようだ。
「なにをしているのだっっ! 私の声が聞こえないのか!?」
「無駄ね」
諦め悪く、喚き続ける公爵の声を遮る。
「彼らとは先日、私の従者がお話したのよ。快く、こちらに寝返ってくれたわ」
公爵はラヴィニカの言葉を聞くと顔を青くするが、すぐに赤く反転させる。
「ふざけるな! お前らにいくら払ったと思って……っ」
「あら、あなたたちが言ったことじゃない。下々の者との絆は、金が全てなんでしょう?」
「いくらだ。いくら払った!! 私はその倍は出す! さあ、言え!」
公爵は男たちの中でも指示役である彼に詰め寄り、胸ぐらを掴む。
彼は迷うように瞳を揺らすが、公爵越しにラヴィニカと目が合い、覚悟を決めたように口を開いた。
「雇い先を……」
「あ?」
「雇い先の斡旋をしてくださったのです」
公爵は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。
彼は公爵と間近で対面したまま、とつとつと語って聞かせた。
「公爵。俺たちは、人から奪うことしかできない暴漢だ。だがな、そんな俺たちでもできることがあるって、そこのお嬢様が言ってくれたのよ」
彼の言葉に、他の男たちも大きくうなずく。
男たちが公爵のため動くことは、もうない。
公爵は腕を震わせると、苛立ちをぶつけるように乱雑に彼を放った。
「お頭!」
咄嗟に男たちが駆け寄り事なきをえたが、彼の口の端からは血が流れている。
公爵は彼に見向きもせず、血走った目でラヴィニカに向き直った。
「ありえない。私が落ちるなど、ありえない! ……ああ、そうだ。全てをウルティアがやったことにすれば……あいつも父親を助けるためならば、喜んで引き受けてくれるはず……」
ブツブツと、諦め悪く逃げ道を探している。
「私の次は娘、ね」
ラヴィニカだけでなく、娘にまで罪を被せ生き残ろうとする彼は、いっそ滑稽だった。
権力にしがみつくその様は、まるで醜い獣のよう。
「あなた、本当に救いようのないほどの愚か者ね」
「……は?」
「娘を売ったのよ? 自分の利益のために」
ラヴィニカがそう告げれば、公爵はなにを当然のことを、と言う。
「それが貴族に生まれるというものだろう」
「違うわね」
ラヴィニカは殺ししか出来なかった。殺ししか出来ないと、そう思い込んでいたのだ。
(この男は、前世の私に少し、似てるわね)
公爵は、貴族というものに囚われすぎている。
「いずれ、あなたの悪事は取り沙汰されるわ。ウルティアさんに押しつけることなど出来ない」
「証拠は、証拠はあるのか!? 私は王族の血が流れる、デクリーア公爵家の当主だ。断罪できるわけが」
「ウルティアさんがいるでしょう?」
ラヴィニカは自分の行動とそれがもたらす結果を理解できていない公爵を、可哀想に思った。
「ウルティアさんの証言があれば、違うわ」
「あいつは話さない」
「話すわ。あなたが今、ウルティアさんを売ったように。自分がやることって、自分に返ってくるのだもの。ウルティアさんは、あなたの娘なのでしょう? なら、あなたと同じようにするはず」
かつての自分も、そうだったから。
前世は殺し屋で、数多の人々を手にかけた。だから自分も、殺されて死んだ。
当然のことだ。
あの結末にラヴィニカは納得しているけれど、公爵はそうではないようだった。
「黙れ!」
公爵は自身の結末を拒否するように、激昂する。
手のひらをラヴィニカに向けると、魔法を放った。
「水の精霊よ——ウォーターボールッ!」
両手で持てるほどの水球が、空中に作られる。
水球はラヴィニカに向かって高速で飛んできた。
「お嬢様!」
男たちの焦ったような叫びが聞こえるが問題ない。
ラヴィニカは縄を切る際に使った小さな刃物を、飛んできた水球に向け縦に振り下ろした。
「水なら、切ればいいのよ」
スパッと水球は綺麗に真っ二つになる。
割れた水球は勢いを落とし、その場で離散した。
「嘘だ……っ」
「おしまいよ」
ラヴィニカは公爵が瞬きする間に接近し、拳を深く腹に突き刺す。
「ゴブぁ」
公爵は生唾を吐き出し、白目を向いて倒れた。
ラヴィニカは体勢を整え、公爵がしっかり気絶していることを確認する。
公爵を見下ろすラヴィニカの瞳には、哀れみと同情が浮かんでいた。
(この人は、私がなったかもしれない、もうひとつの姿だわ。人を信頼できなくて、自分はこうあるしかないって、決めつけて)
ルカや、アルジェント、フィオラ、両親だって。誰かひとりでもラヴィニカの人生に欠けていれば、ラヴィニカも送ったかもしれない末路。
「残念ね」
ラヴィニカの呟きが、寂しげに響いた。




