32.大団円のその先へ
「あーあ、やっぱりこうなってる」
「ルカ」
ラヴィニカが公爵の座っていたイスに腰かけて休んでいると、ルカがひょっこり顔を見せた。
ルカは部屋に入るなり、顔をしかめる。
「あの……これ、どういう状況です?」
「見ての通りよ」
そう言われても、と呟いたルカは改めて目の前の光景を直視していた。
まず目に入るのは、無造作に寝かされているデクリーア公爵。気絶し、口の端から泡を漏らしている上、縄でこれでもかと縛り付けられている。
次はラヴィニカ。寂れた廃屋の一室ではあるが、ゆったりとイスにもたれてくつろぎ、周囲だけ優雅な空気が漂っている。
そして最後に、街で出会った暴漢たち。彼らは何故かみな、ラヴィニカの下僕のようにせっせと肩を揉んだりお茶を出したり、接待していた。
「お嬢様ー、他にして欲しいこととかございますかね?」
「特にないわ」
「お嬢様! お茶をお持ちしました」
「ありがとう」
ラヴィニカは庶民式の薄いお茶をためらいもなく口にする。
「お嬢、まさかみなさんを脅したりしたんじゃ」
「失礼ね。彼らの好意よ」
ラヴィニカはまた、ズズッとほぼ水なお茶を飲んだ。
と、ラヴィニカの肩を揉んでいた男がルカに気が付きハッとする。
「おお! ルカ殿ではないか! おーい、お前ら! ルカ殿も丁重にもてなせー!」
「承知しました、お頭!」
「イスだ、イスを用意しろ!」
「お茶ぁ、淹れるか」
「え、え……ええ」
あれよあれよという間に、ルカもイスに座らせられ、肩を揉まれ始める。
ルカはなすがままになりながら、遠目で公爵の様子を眺めた。
「お嬢、殺してないですよね?」
「殺してないわよ。見れば分かるでしょう」
「いやでもやりすぎじゃ……」
「お茶です」
苦言のひとつでも言おうとしたのだろうか、ルカが口を開きかけた時、当然のようにお茶が出される。
ルカはそれを受け取り、口をつけた。
「……ッ」
ルカはぴたり、と動きを止め、ニコッと引きつった笑みを浮かべた。
(まずい、という顔ね)
それはそうだ。
正しい淹れ方なんてまるで無視。ほとんど水だし、味なんてあったもんじゃない。
そんなお茶を平然とした顔で飲み込み、ラヴィニカはルカの報告を促す。
「それで? 警備隊の手配はできたの?」
ルカはお茶をなんとか飲み込んでから口を開いた。
「はい。殿下に頼んで、こちらに向かってもらっています」
ルカはそう言ってから、周囲の男たちを見回す。
「あー、みなさんの協力あったからこそ捕えられたと伝えているので、ご安心ください。少々拘束してしまうかも知れませんが、お約束は必ず守ります」
「おー、感謝するぜえ、ルカ殿」
「お嬢様も、ありがたやありがたや」
なにやら拝められているような気もするが、見なかったことにしてルカに続きを促す。
「ルカ、肝心なことは忘れていないわね?」
「はい。お嬢と僕が暗躍したことは、殿下がうまく誤魔化してくださると約束してくださいました。今から来る警備隊には、公爵は手段が悪辣すぎて、手駒のはずの暴漢に裏切られた、とでも言っておきましょう」
「そうね」
(とりあえず、このあとの面倒ごとは全部アルジェントに任せてしまいましょう)
デクリーア公爵は権力に溺れた男ではあったが、政務の一端を担っていた。
きっと、事後処理が大変になるだろう。
加えて、暗躍したラヴィニカとルカの存在を隠せとお願いするのだから、アルジェントの嫌そうな顔が目に浮かぶ。
(ま、私のやるべきことは全部終わったわ)
終わった、と思ったらあくびが出てきてしまった。
抗えないほどの眠気に襲われ、まぶたが重くなる。
それもそのはず。ラヴィニカはお茶会から今まで、ずっと気を張り続けてきたのだ。
ルカはそんなラヴィニカの様子を見て、サッと立ち上がり、ラヴィニカの顔を覗き込む。
「疲れましたね。警備隊が来たらまた事情聴取があるでしょうし、仮眠しておきますか?」
「そう、させてもらうわ」
ラヴィニカは寝ぼけ眼を擦りながらおもむろに立ち上がる。
キョトンとしたルカを横目に壁際に座り込んだ。
「ルカ、ここ」
ラヴィニカは自身の真横をぽんぽんと叩く。
「隣に座れ、ということですか?」
「ええ……ふぁ」
ルカは首を傾げつつも、素直にラヴィニカの横に座り込む。
ラヴィニカは隣のルカの肩へともたれかかった。
「お嬢!?」
「警備隊が来たら、起こして……」
目を閉じたラヴィニカは、数秒もしないうちに寝息を立て始める。
思わぬ危機に陥ったルカは、赤面して悶えつつ、無防備に寝るラヴィニカを起こさないよう、動かないと決意した。
「おいおい、あれ」
「微笑ましいなあ」
途中、男たちがニヤニヤして見守っていたので
「見てんじゃねえよ」
「「すみませんっ!」」
と睨み付け震え上がらせたのは、また別のお話。
〇〇〇
フィオラ毒殺未遂事件から数ヶ月後。
ラヴィニカとルカはとある場所に向かって、学園の敷地内を歩いていた。
「なんだか、ようやく落ち着きましたね」
「そうね」
ルカが言っているのは、事件の後処理のことだろう。
デクリーア公爵家が起こした聖女毒殺未遂事件は、公爵家の爵位剥奪と財産没収、そして公爵本人の国家追放で幕を閉じた。
ウルティアは北の修道院に送られ、規律に守られた厳しい生活を送っているらしい。
ちなみに、この話は後処理を全てやったアルジェントから伝え聞いたものだ。
ラヴィニカたちに事後報告という形でこの話をした時、アルジェントの目だけ笑っていなかったことは、いわずもがなだろう。
では、犯人ではという噂が広まっていたラヴィニカたちはどうなったか、というと。
「あ……」
「の、ノービレ嬢だ……」
道中、偶然遭遇した生徒たちはラヴィニカを見るなり、気まずそうに視線を逸らし去っていく。
今、学園内でのラヴィニカの扱いを一言で表すならば、腫れ物扱いだった。
「どうしてこんなに、よそよそしい態度を取られているのかしら」
「婚約解消したからでしょう」
ラヴィニカがボソッとこぼすと、ルカがすかさず答える。
そうなのだ。ラヴィニカとアルジェントは数日前に婚約を解消していた。
解消といっても深刻なものではなく、双方同意の上で行われたとても円満なものなのだが……。
生徒たちの、どう接したらいいか分からない、という気まずさをひしひしと感じる。
だが、生徒たちのラヴィニカを見る視線に以前のような敵意はない。
「そういえば、思っていたよりあっさり私の噂は消えたわよね」
「フィオラちゃんの尽力でしょう」
「そうね」
これにはラヴィニカも素直にうなずく。
アルジェントが後処理に奔走している間、フィオラは生徒たちひとりひとりと対話し、ラヴィニカの無実と素晴らしさを言い聞かせていたらしい。
その結果、ラヴィニカへの心ない噂は消えた。
同時に、ラヴィニカへの崇拝者も増えたとかなんとかで、フィオラがライバル心を燃やしていた……とアルジェントが言っていたが、きっと彼の聞き間違いだろう。そうであってくれ。
ふたりでとつとつと話していたら、大ホール扉前に辿り着いていた。
「まだ夏の夜会がつい最近のことのようなのに、もう冬の夜会だなんて……驚きだわ」
「時の流れは早いですねえ」
今日は二学期最後の一大行事、冬の夜会の日だ。
当然ながらラヴィニカは今回も美しく着飾っている。前回とは意匠の違う真紅のドレスに、くるりと巻いた髪。
女神のような神々しさ、と例えたのは誰だったか。ノービレ公爵家の名に恥じない令嬢姿だった。
(今日は、エスコート役がいないのよね)
ラヴィニカは自身の空いている右手を眺める。
ラヴィニカにエスコート役はいない。
アルジェントとは婚約を解消してしまったからだ。
かといって、適当な家の子息に頼んでしまうわけにもいかず、弟はまだ中等部でこの夜会には参加できない。
このままエスコートなしで入場してもいいのだが……。
ラヴィニカはルカをじっと見つめ、手を差し出した。
その手に気づいたルカはじわりと目を見開く。
この手がなにを意味しているか、分からないルカではない。
「お、お嬢!?」
「ほら」
「ほら、じゃありません! 僕は従者で、そういうことは」
「ここはアウローラ学園でしょう。関係ないわ」
「それでも、僕のような平民が」
「いいから。私をエスコートのいない恥ずかしい女にするつもり?」
ルカはなにやら葛藤があるようで焦っていたが、最終的にはおずおず手を取ってくれる。
「……本当に、僕でよろしいのですか?」
「あなたがいいなと思ったのよ」
そう、言った瞬間。ルカの顔は隠しきれない嬉しさで緩んでいた
(そんなに嬉しそうにしてくれるなら、もっと早くに頼んでも良かったわね)
大ホールの扉が開く。
ラヴィニカの隣に立つのは、夏の時と違い、アルジェントではない。
この世界で最も信頼する従者が、ラヴィニカの手を引き、一歩前へ踏み出した。




