29.裏切るわけねえだろ
(ルカ……!)
ルカの姿を見た瞬間、ウルティアの心は晴れた。
(ルカなら、わたくしのことを助けてくれるはず)
ウルティアは絶望から一転、希望を持ち、期待を込めてルカを見上げた。
が、ルカと視線が交わらない。
ルカはウルティアを一瞥することなくアルジェントの元へ歩み寄る。
「収穫はどうだい?」
「出てきましたよ。いっぱい」
(なにを、持っているの?)
ルカは腕になにかを抱え込んでいるようだ。
ウルティアが不思議に思っていると、ルカはつかつかとウルティアの前に歩み寄ってきた。
これは助けを求めるチャンスだ、と口を開きかける。
「ル——」
「これで、やっと終われます」
ルカは、ウルティアの目の前で腕に抱えていた物をボトッと落とした。
それに見覚えがあり、ウルティアは自身の目を疑う。
(——え)
「キャラメル色の鬘に、怪しげな小瓶まで。ここまで出そろえば充分でしょう」
床にキャラメル色の繊維が広がる。さらに、ガラス製の小瓶をわざとらしくウルティアの目前で揺らした。
それらは全て、ウルティアが自室で保管していた物だ。
「わ、わたくしの部屋に勝手に入るだなんて……っ!」
「仮にも聖女が毒殺されかけたんだ。部屋の所持品検査するのは当然だろう?」
当たり前のことのように、アルジェントが言う。
これらは間違いなく、揺るぎない証拠だった。ウルティアはどうにかして逃げられないかと、そう思考を巡らせる。
(そもそも、どうしてルカがこれを持ってきたのよ……!)
ウルティアには目の前で起きる全ての出来事が理解できなかった。
ウルティアは弁明することも忘れ、甲高い声でルカを問い詰める。
「どうして……どうして、あなたが、そちら側のような顔をしているのっ!?」
髪を振り乱すウルティアを、ルカは無表情で見下ろしていた。
閉じられた口は、一向に開こうとしない。
その眼差しは冷たく、ウルティアを突き放していた。
(わたくしが、わたくしだけが、落ちるなんて許さない……っ)
ウルティアはアルジェントに向き直り、早口でまくしたて始めた。
「で、殿下! わたくしだけじゃ、わたくしだけじゃありませんわ!! 聖女様に嫌がらせをしていたのは、ここにいる平民ですの!! その鬘や小瓶だって、わたくしの物ではありませんわっ。この者が、わたくしをはめようとしているのですっ」
ふーっ、ふーっ、と息を荒らげる。
今のウルティアの姿は、令嬢らしさのかけらもない。
アルジェントは静かにウルティアの言葉を聞くと、ため息をついた。
「君はまだ、自分の状況が分かっていないんだね」
「は?」
「これを見せた時、僕たちは一言も、君の部屋で見つけたとは言わなかった。それなのに君は、自室を探されたと、そう断言したんだ」
「……ぁは」
「それに、ルカをそちら側、だなんて。まるでルカが自分の味方だったかのような言い方だね? ルカは、君が言うことには嫌がらせの実行犯らしいけれど」
「ち、ちが……」
「あ、もう言い訳しなくていいよ。確かにこの証拠は全て君の部屋から見つかった物だし」
アルジェントはそこでルカの方を向き、ふっと目を細めた。
「そもそも、ルカは僕たちは裏切っていない。なあ?」
「はい。フィオラちゃんに実害が及ばないよう、潜入をしていました」
「……」
ウルティアは、信じられないと首を横に振る。
現実を、認めたくはなかった。
「う、嘘、嘘よ。あ、あなたは、裏切っていたはずでしょうっ!? 私に忠誠を誓うと、そう言ってくれたじゃない!!」
「いや、あんたに話しかけられた初日にお嬢に報告してますけど?」
「はあっ!?」
さらりと返された言葉に、素っ頓狂な声を上げる。
ウルティアは、令嬢らしさなどかなぐり捨て、心のままに金切り声を上げていた。
「あなたは、平民で従者でしょうっ!? 従者ならば、金を払う主人に従いなさいよ!! 従者というのは、そういうものでしょうっ!? そもそも、あんな魔力なしの欠陥女、どこが良いって言うのよ!!」
そこまで一息で言い切ったウルティアは、見た。
アルジェントの哀れな者を見るような目を。
(どうしてわたくしが、そんな目で見られているのよ)
これはもうどうしようもないのだと、ウルティアは悟る。
自分はもう、全て終わったのだ。あとに待つのは、断罪だけ。
そう、理解する。
「あはっ」
自暴自棄になっているのか、ウルティアの口からは笑いがもれた。
(もう、どうでもいい)
「あはっ、あははははっ。ええそうよ。全てはわたくしが謀ったこと! けど、わたくしが犯人だと分かったところで状況は変わらない。でしょうっ? 聖女は毒で倒れ、ラヴィニカは今頃この世にいない!! ざまあみろ!!」
あっはははははは、と空虚にウルティアの高笑いが響く。
「救いようがないな」
そう呟いたのは、誰だったのか。
ウルティアが笑い疲れイスにもたれかかると、アルジェントの声が耳に入る。
「お前、ルカがお前の味方でなかったということの意味を、分かっているのか?」
「……は?」
ウルティアは髪の隙間から、上目遣いでアルジェントを睨めつける。
アルジェントは涼しげな顔で、その視線を受け止めた。
「フィオラは、元気だよ」
「……は??」
ウルティアの呆然とした声が響いたとき、背後で扉が開く音がした。
「失礼します」
その声は凜と美しく、視界の横を通り過ぎていく立ち姿は華々しい。
フィオラはアルジェントの横に侍ると、夜の海のような底知れない光を宿す瞳でウルティアを見据える。
ウルティアはゾクリと背筋が粟立った。
「あなたが、お姉様を貶めた方ですね」
「どうし、て」
「どうしてもなにも、ルカさんからあなたの計画を聞いたお姉様の作戦です。私はお茶会の前にリリディの解毒薬を飲んでいたんですよ」
(それ、じゃ、最初から)
ルカがラヴィニカを裏切っていなかった時点で、いや、自分がルカに話を持ちかけた時点で、勝敗は決していたのだ。
ウルティアは、自分が手のひらで踊らされていたにすぎないとようやく気がつき、脱力する。
完全に気力を失ったウルティアに、ルカが近寄る。
ルカはうつむいていたウルティアの顎を乱雑につかみ、強引に上を向かせた。
剥き出しの憤怒に彩られたルカの眼光が、ウルティアを刺す。
「俺がお嬢を裏切るわけねえだろ」




