28.笑顔の尋問官
生徒会室に入ると、生徒会長席でひじをつき顎の下で手を組むアルジェントに迎え入れられた。
ウルティアをここまで連れてきた女生徒は、退室していく。
(ふ、ふたりきり……!)
「よく来てくれたね、デクリーア嬢。さ、そこに座って」
「はっ、はい!」
ウルティアは一挙手一投足に細心の注意を払い、生徒会長席の目の前にある簡素なイスに腰を下ろした。
胸はドキドキと高鳴り、そわそわと指先を動かしてしまいそうになる。
なかなか口を開こうとしないアルジェントを前に、うずうずとした。
「あ、あの、殿下」
「早速だけれど、本題に入っても良いかな」
ウルティアの言葉を遮るように、アルジェントが口を開いた。
「え、ええ。もちろん」
「ありがとう」
本来、相手の言葉を遮るのは不敬にあたるのだが、今のウルティアはアルジェントの完璧な王子様の笑みにあてられ、そんなことは考えつきもしなかった。
「では、まずこれを見て欲しいのだけれど」
そう言ってウルティアに差し出してきたのは、一通の手紙だ。
真っ白な便せんに、青みがかったインクで文字を書かれたなんの変哲もないただの手紙。
(どうして、これを?)
だが、ウルティアはその手紙の正体をよく知っていた。
「あ、あの、殿下? これは、一体……?」
「ああ。これは、ラヴィニカを待機させていた部屋に残っていたものだよ。読んでみてくれるかい?」
そう言われ、ウルティアは便せんに目を落とすが、内容は頭に入ってこなかった。
なにせ、この手紙にどのようなことが書かれているかなどわかりきっている。
これは、ラヴィニカの遺書——に見せかけた、仕掛けだ。
ウルティアは、今ここで初めてこの手紙を読んだ令嬢、としての最適な反応を見せることにする。
「うっ、うそです! ラヴィニカ様が、自害だなんて……っ」
動揺し、手は震えさせ、目には涙をにじませて。
ウルティアは人生で最も力を入れた、と言っても過言ではない名演技をして見せた。
だが、内心ではうろたえアルジェントの意図をつかみかねていた。
(どういうつもりなの……?)
アルジェントがウルティアの演技を信じたかどうかは不明だが、ニコッと笑みを深め、ウルティアが返した便せんを受け取った。
「君も読んでくれたから分かると思うが、この手紙では嫌がらせはラヴィニカが全てやったことだと書かれているんだ。僕は今、その真偽を確かめていてね。君は、階段でフィオラを突き落とそうとした人物を見たと言っていただろう? その時の話を聞かせて欲しい」
(なあんだ。そんなこと!)
ウルティアは胸をなで下ろし、フィオラが階段から突き落とされそうになったときの話を——正確には、自身がフィオラを突き落としたときの話を口にし始める。
「あの時は、確か、夕方でしたわ。わたくし、授業の帰りにたまたま階段を通りかかりましたの。そしたら、目の前で聖女様が突き飛ばされて! 咄嗟に突き飛ばした方の顔を見ようとしたのですが、見えたのは髪色だけで……でも、その髪色が特徴的な色味だったのです」
ウルティアはウッと言葉を詰まらせ、口元を手で覆った。
「最後は、聖女様を毒で、だなんて……っ。わたくし、ラヴィニカ様をお慕いしていたので、辛くて……っ」
「そうなんだね」
ウルティアの渾身の演技だったのだが、イマイチアルジェントの反応が希薄だ。
手応えのなさに不安を覚えていると、アルジェントはウルティアに寄り添うように眉を寄せた。
「君も辛かっただろう」
その、ウルティアをおもんばかるような言葉に、表ではしおらしい態度を貫きつつ、心の中では勝ち誇った笑みを浮かべた。
だが、ここで油断はしない。ウルティアはなおも、嘆くような慟哭を響かせる。
「わたくしが、止められていれば……っ」
「君は悪くないよ」
「そんなことありませんっ。わたくしがもっと早くラヴィニカ様の異変に気がつき、止められていさえすれば、こんなことには……っ。階段で聖女様を突き飛ばそうとしたところを見たときに、自ら罪を認めるよう、説得出来れば良かったのですっ」
ウルティアは饒舌に、語ってみせた。
「では君が見た、フィオラが突き飛ばされたときの話を聞かせてくれ。」
「はい!」
「まず、突き飛ばした者のドレスは何色だった?」
「制服でしたわ」
「そうか」
アルジェントは、ウルティアの証言を書き留めているのか書面にペンを走らせる。
(この質問になんの意味が?)
少々違和感を抱いたが、アルジェントの微笑みを前にそんなものは吹き飛んだ。
「君の他に目撃者は?」
「いなかったと思いますわ。あそこは人通りの少ない階段ですので」
「ああ、確か。本校舎の南側の階段だったか」
「い、いえ。北側ですわ」
「ああ、そうだったな。すまない」
続けざまにされる質問に、どくどく、と嫌な汗がつたってくる。
(な、なんですの。このプレッシャー)
先ほどまでは見ると鼓動が高鳴ったアルジェント微笑みが、瞳だけ笑っていないように見える瞬間があったのだ。
(気のせい、かしら。気のせい、よね? 落ち着くのよ。私は完璧なはず、落ち着いて)
「ところで」
「……」
「君も、ラヴィニカが犯人だという噂を誰かから聞いたのかな?」
「は、はい。噂を聞いたときは、私もショックで……」
「誰から聞いたんだい?」
「えっ……」
ウルティアは、咄嗟に答えられず沈黙する。
我に返って慌てて口を開いたが、頭が混乱して曖昧な答えしか出てこなかった。
「みんなが……」
「噂を聞いた、ということは、誰かの口から聞いた、ということだ。それは誰だい?」
「そ、れは、聞いた人が多すぎて、分かりませんわ」
「ほお? 噂の根源が分からない、と?」
「そ、そうですわ。噂というのは、そういうもので……」
「では君は、そんな不確かなもので公爵令嬢たるラヴィニカを犯人だと断定した、と?」
ウルティアは顔を青ざめさせた。
その質問に答えられる回答など、ありはしない。
「デクリーア嬢、それは、貴族として褒められたことではないね」
口内がカラカラに乾いてきた。
「それに、奇妙だな」
真綿で首を絞められているような、錯覚。
嫌な汗が、頬を伝った。
「あの北側の階段、光を灯す魔道具が壊れていただろう? フィオラが階段から突き飛ばされたのは、確か夕方だったはずだ。そんな時に、髪色まではっきり見えるかな」
「そ、それは、わたくしには、キャラメル色に見えて」
「それだよ、それ。茶色や薄色、といったざっくりした色味ではなく、キャラメル色と断定しているのはなぜだい?」
「……そ、それは」
「まるで、ラヴィニカを犯人にしたいみたいだ」
「……っ」
「ねえ、デクリーア嬢。君は本当に、ラヴィニカを見たのかい?」
(どういうことなの、どういうことなの、どういうことなの……っ)
ウルティアは、バクバクと鳴る心臓を必死になだめていた。
冷や汗が留めなく溢れ出す。
なにか言わなければと口を開くが、ハクッとのどがなっただけだった。
「そういえば、君はお茶会でフィオラが倒れたところは見ていたのかな」
唐突な話題転換に戸惑いつつ、ホッと息を吐いて答えを口にした。
「え、ええ。呼吸が苦しそうで、見ていておかわいそうで」
「おや、おかしいな」
「……え?」
「フィオラを介抱したのは僕だけれど、フィオラは呼吸が苦しい、というより眠るように気絶していたよ」
「……」
「君はどうして、呼吸が苦しそうだった、と断定したんだい?」
「あ——」
「もしかして、毒の種類を知っていた、とか」
(この人は、誰)
「ああ。それなら、フィオラが苦しんだはず、と思っても仕方ないね」
アルジェントは、ウルティアにしゃべらせる隙を与えない。
ウルティアが弁明をしようと口を開いても、ウルティアがしゃべるより先にアルジェントが言葉を紡ぐ。
「君は、ラヴィニカを慕っていた、と言ったね」
今まで見ればうっとりと呆けるほどに美しい、と感じていた王子の笑みが、今は首に押し当てられる刃物のように感じる。
ヒヤリと冷たく、容赦なくその命を狩りにくるような
「ならなぜ、ラヴィニカの遺書を読んだ直後に」
ウルティアは判決を待つ罪人のような心で、アルジェントを見上げていた。
「ラヴィニカの心配ではなく」
この王子から逃れることなど、できはしないのだと、思い知らされる。
「ラヴィニカが犯人であることを前提に話した?」
「……あ」
「おや、答えられないのかな?」
にこり、と深められた笑みは、まるで猛獣が獲物を見定めたような獰猛な色が宿っていた。
ダンッ
その時、生徒会室の扉が開く。
「戻りました」
「おお、お帰り。ルカ」
若草色の髪を持つ従者が、この場に参入した。




